【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
「あー、やっぱりだめだ。どう頑張ってもむりだなこれ…」
と、脳内で弱音を吐く。
いつもなら、すぐにポジティブな思考へ切り替えて、前へ進むべしと発破をかけていたことだろう。
しかし、今回ばかりはどうしようもならない事情があった。
問題と言えば色々とあるのだが、その中で最も重要なものをピックアップすると、"このまま職務を遂行しちゃって本当にいいのか問題"というのが挙げられる。
今現在、あの恐ろしい景気崩壊による前代未聞の不景気の真っただ中だ。
そんな時代であるから、俺は細心の注意を払って、一寸狂わぬ正確さをもってして会社経営の舵取りをしなければならない。
ほんのちょっとでも間違えれば、地獄へ真っ逆さまな状況なのだ。
幸運なことに、皆の献身的な協力とうまく刺さった改革によって経営は持ち直しており、少なくとも、一度のミス程度で大きく傾くという事態には陥らない状態になった。
一度っきりだがコンテニューできるようになった……はずなのだが、実はとある条件を満たすと、残機を貫通してそのままゲームオーバーになってしまうことがある。
条件とは何か?ズバリ、跡継ぎの準備がない状態で指導者が居なくなってしまうという事である。
未完全な後継移管作業……組織の頂点に立つものほど、これを恐れることはないだろう。
たとえどれほど汗や血を垂らしてコツコツと積み上げても、移管作業がしっかりしていないと、それに群がるハイエナに荒らされてグチャグチャにされるという光景は想像に容易いだろう。
実際、かのモンゴル帝国やチトー閣下が治めるユーゴスラビアも、後継者争いでバラバラに分裂して消滅してしまった。
こうした準備不足は、それまで団結し合っていた兄弟の絆から世界最強の帝国まで、びっくりするほど簡単に消滅させてしまうのである。
――最悪の事態を避けなければならない――
倒れたあの日を境に、そういった考えに行きつくのは、我ながら自然なように思う。
ちなみに、俺自身はまだまだ働ける。
皆のためならば、どんなデスマーチだってこなしてやるぜ!
しかし、睡眠から永眠しちゃうリスクが出てきてしまった以上、そんな暢気なことは言ってられない。
ましてや、今の俺は定年間近の高齢者だ。
いずれにせよ、最後の時が訪れる。
それがほんのちょっと早まった…たったそれだけのことだ。
まだまだやるべきことはあるが、このまま権力の座にしがみ付いて来る時に大問題を呼び起こすぐらいなら、まだ動けて、正常な判断力が残っている今のうちに身を引いて後任に任せた方が、よっぽどみんなのためになるだろう。
という訳で、俺は引退する。
行動は退院した直後から始まる。
重鎮が集う会議の場にて、当たり前っちゃ当たり前のことだが、作業を円滑に進めるため、今年度以内(3月31日)までに引退することを伝える。
「まだ3年しかやってないのに辞めるのは早いのでは?」というような意見が出たものの、それに対してワケを説明すると、皆は辞める理由を静かに納得する。
とにかく、スタートラインに立つ事に成功したので、次のステップに踏み出す事ができる。
作業を開始した今、次に、記者会見を通じて大衆に向けた告知をする。
リジチョーが倒れたヤベーイ!!となり、退院からの復活を遂げて世論が安心しつつある直後に引退を宣言した結果、案の定世論に震撼が走った。
わりとざっくりどんな世論だったかを言い表すと、「リジチョーやめないで!」や「ここで止めたらホッカイドウシリーズはどうなっちゃうの!?」という先行きを不安視するものがかなり多かった。
同時に、……その、自分で言うのもアレな話だが、思いの外みんなから慕われていて、嬉しいっちゃ嬉しいものの、なんだかむず痒い恥ずかしさを感じた。
実際、国内外問わずに取引先や個人的な友好関係がある人、さらにはシリーズに携わっているウマ娘や職員、さらにさらに一般市民まで、たくさんの人から引退を惜しむ電報やら手紙やらが連日大量に届けられて、うおーっすっげ……となった(トプロ並みの感想)
ここまで来ると、もはやアイドルと言っても差し支えないかもしれない。
それはともかく、引退を惜しむ声を泣く泣く払いのけつつ、作業を進める。
告知の次にやったことは、後継者の選定だ。
こいつぁとんでもねぇ地雷だぜ…と、やりようによっては事態が悪化する最悪のパターンを危惧していたものの、いざ覚悟して挑んだ結果、皆の円滑なやり取りによって"新理事長は現副理事長が"という形で決まった。
なぜそうなったのかざっくり言うと、俺がいない間に代理として職務を遂行したり、経営理念的にも問題なさそうだったからだ。
そして最後、これは絶対に外してはならない作業だ。
それはなにか?ズバリ、"これからやるべきことリスト"の作成である。
題名通り、後にこのような事件が起こるだろうから、それに備えてこういう対策をすべしだとか、北海道の衰退を食い止めるためにはこのような経営と政策を打ち出すべしだったり、選手や労働者の育成・質向上のためにはこうするとよい、というような、俺無き(又は亡き)後にどのようなことをするべきなのかというのが書かれているリストである。
もうこのような絶望的な状況とあれば、ここは思い切って未来知識を存分に使い、最大限のサポート力をもってして後輩をサポートするという考えのもと、リストを作成するに至ったのだ。
先へ、先へ、その先へ、さらにその先の未来を見据えて作ったリストは、俺が生きていた2020年代まで作る予定だ。
これら以外にも細々とした作業はあるものの、特筆するほどではないから割愛する。
そんなこんなで、再発を防ぐために定期的に病院に行くのと同時にリストの作成に悪戦苦闘しつつ、温い夏は終わり、短い秋を経て、泣く子も凍るような寒い冬がやってくる。
そして、延々と続く書類作業に明け暮れること数か月、いつの間にか正月になってしまっていた!(絶望)
体感時間の速さに俺は驚きと絶望を同時に感じつつも、そういった負の感情を振り払って、例年通りに初詣に行く。
「長生きできますように!」
と、俺は願った。
さぁ、神に延命を頼んだところで、いよいよ俺の仕事はラストスパートに差し掛かる。
それは、"氷上レース"である。
大変うれしいことに、一年強越しの事業はいよいよ結果を実らせようとしているところだ。
人員の育成や機材の配置、旅行会社や行政との提携など、とにかく自分ができる範囲のところは全て、完璧にやり遂げた。
すでに氷上レースのコース生成は大詰めを迎えているところであり、このまま順当にいけば問題なく開催できる見通しだ。
「スピーチの内容、何にすっかなぁ……」
そんな独り言をぼやきながら、布団に入る。
開催数週間前まで迫っているというのに、原稿は文字通りまっさらな状態だ。
まぁ、明日にでも考えちゃおうと、我ながら自堕落なことを考えつつ、俺は眠りに就いた。
いい夢、見れるといいなぁ。
「理事長先生…なんだか遅くないですか?」
「うん、そうだ。やっぱりそうだ。だってもう10時だよ。いつも始業時間前からバリバリ仕事を始めてるあの方が遅刻だなんて……」
「……嫌な予感がしますね」
オフィスの片隅にて、とある重役二人は、時計を見て心配の声を上げていた。
時刻は9時55分。
理事長のデスクに、彼が居ない。
つまり、そういう事なのだ。
「……ちょっと電話してみましょう」
重役の一人が電話をしようと提案し、直ぐに行動に移す。
プルルル
一回。
プルルル
二回。
プルルル
三回。
プルルル… プルルル… プルルル…
何度しても、理事長は電話に出なかった。
真っ暗な部屋中に、受話器のコール音が不気味に響き渡るばかりであった。
これは不味いぞと本格的に察するまで、時間はあまり掛からなかった。
理事長は付近に地下鉄駅がある住宅街の賃貸アパートに住んでおり、そこへ数人の社員が理事長の自宅へ急行した。
「理事長!理事長!起きてますかー!リジチョー!!!」
ドンドンドンと鉄の扉を叩くが、中からはうんともすんとも言わない。
恐ろしい静けさが、そこにあった。
そして、そこにいる社員は薄々真実に気づきはじめていたが、表にはあえて出さなかった。
一人の社員が裏に回って、理事長が住んでいる部屋の窓を見る。
その窓にはカーテンが掛かっており、つまり、理事長は起きていないと言うことが分かった。
そして、大家と警察に事情を説明して、それから間もなくして突入の体制が整った。
「失礼しますッ……!」
社員の一人が、そう言ってドアをこじ開ける。
社員、警官、そして大家が真っ暗な部屋の中に突入する。
一分もしないうちに、畳床の寝室に敷かれた布団で寝ている理事長が発見された。
警官が理事長の肌に触ると、体温の低さに驚いて、一瞬だけ背筋が凍る。
恐らく、生きてはいないであろうことが察せられた。
理事長は死んでしまったのだ。
次回、最終回
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