【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
「――番組の途中ですが、臨時速報です」
地方の放送局から大手放送局、北海道から沖縄、そして海外で、"ホッカイドウシリーズの理事長が永眠した"という旨の臨時速報が、ありとあらゆる番組をぶった切って放送される。
テレビが、ラジオが、新聞が、とある偉大な男の孤独な死の情報を拡散する。
ある者は街中の巨大スクリーンで、またある者は職場のラジオで、その男のあまりにも早すぎる死を知った。
人らの心に、ぽっかりと穴が空いた瞬間だった。
理事長が死んだすぐあと、残された重鎮らは緊急会議を開いた。
議題は、"理事長亡きあとに何をするべきか"というものだった。
「――では、"理事長の指示"通り、空いた職位は現副理事長が引き継ぐという事を正式に決定いたします」
いつも進行役として円滑な会議進行を担っていた理事長が居なくて大丈夫なのだろうか、という各々の不安を良い意味で裏切るように、極めて円滑に可決される。
そうなったのは当然のこと。なぜなら、生前に理事長がこうするようにと指示していたからである。
かくして、空白だった理事長席は埋まることになった。
「…失礼します」
副理事長、改め新理事長の新井は、からっぽの理事長席に座る際、一声掛けてから座る。
そこには誰もいなかったが、「声を掛けないと失礼」という意思が湧いたのだ。
死しても敬意を感じさせる理事長の人柄に感服しつつ、今まで経験したことのない理事長席からの景色を見て、もの言えぬ重圧やらプレッシャーに圧倒される。
冷たい、又は熱い目線、重苦しい場の雰囲気、そして巨額の資金……そこにあるものないものが猛獣のような鋭い目線を放ち、新井はその気迫に圧巻される。
このような圧のなかで、理事長は舵取りをしていたのか…と、またも理事長の凄さに感服する。
新井は、目を瞑って一度深呼吸、という理事長がよくやっていた方法で心を落ち着かせる。
そして、「俺はうまくやれるんだろうか」という不安を覆い隠すように「がんばろう」と覚悟を決める。
かくして、権力の移管作業は完璧に上手くいったのであった。
理事長の死は、経済面にも少なからぬ影響を及ぼした。
理事長の死が発表された数分後、日経平均株価はいきなり1000円以上も下落し、取引所が閉場する頃には最終的に1500円近く下落した。
これは、理事長不在の北海道経済の先行きを不安視したことによる、主に北海道を拠点とした企業の株の取り付け騒ぎが起きたことが原因とされている。
後に、この株価の下落は"理事長ショック"と呼ばれる事となる。
翌日になっても株価は回復する兆しを見せず、ゆるやかに下落するが、午後に行われた記者会見で"これからやるべきことリスト"(一部のみ)が公開されると、ゆるやかに株価は回復する。
そして、翌日に新井理事長によって行われた記者会見で"シン・ホッカイドウメソッド"という経営計画が発表されると、株価はうなぎ登りとなった。
一時は不景気が訪れると噂されていたが、その後の対応によってうまいこと建て直すことに成功した。
それどころか、昨今の大不景気の中で、後に"理事長の置き土産"と呼ばれるプチ好景気を起こすことに成功したのであった。
死が発表されたとき、様々な分野の業界人がメディアを通じて声明を出したりした。
例えば、北海道を地盤とする大手食品メーカーの代表取締役はこう述べた。
「今回のことは大変残念であるとともに、非常に大きな損失だと感じております。私達にとって、北海道にとってもなくてはならない存在です。……本当に悲しいです」
さらに、別の大手企業の社長はこう述べた。
「理事長の訃報を聞き、心よりお悔み申し上げます。理事長は我々北海道民に最も身近で寄り添ってくれていた方だと、私は個人的に思っています。神はいい人ばかり引き抜くものですね……」
その他にも、かなり多くの企業が哀悼の意を示したり、今後についてコメントを発表した。
経済界以外に、右派左派問わずに政界の者も追悼の意を示した。
ちなみに、後にも先にも普段は対立し合っている両者がいっしょに追悼したのは理事長のみ…なんとも言われたりもする。
それだけ多くの人に好かれたと言う訳だ。
また、海外でも動きがあった。
真っ先に動いたのは、スウェーデン版URAの代表であるゴトランド氏であった。
「数年前に彼に会って話したのが最後なので、いきなりの別れとなって悲しい。だから、私は葬儀に出席する。そして、感謝と労いの言葉を告げたい。例え届かなかったとしても」
と、氏は述べた。
スイスのとある新聞では「偉大な男の孤独な死」という題名で新聞の一面を飾り、「きっと、理事長は天国で経営改革をしているのだろう」という文で締めくくった。
かくして、悲しみは瞬く間に世界中に普及した。
そして、理事長の質素な私生活に世界中が驚くと共に、今までの働きを「お疲れさまでした」と労うのであった。
それから数週間、いよいよ待ちに待った氷上レースが開催された。
1600m右回り・氷上 G1(H1) "定山渓 理事長記念"の幕開けである。
実は、この重賞の名前は本来このようなものではなかった。
実際、ほんの数ヵ月前まで「日本初の氷上レース!"定山渓杯"を見に行こう!」とあるように、この"定山渓 理事長記念"が直前になって変更されたことが窺える。
レース名変更というものは、各方面に多大な労力を要する。印刷業者やトレーナーなど、多かれ少なかれ変更の受け入れという苦労を強いられる。
それが直前ともなればなおさらだ。
いったいどれ程の人が頭を下げたのか、その数は考えたくないものだ。
だがしかし、レース名は変更された。
許されたのだ。
今までたくさんの人を救ってきた理事長だからこそ、人らはしょうがないと……いや、それぐらいの報いは必要だろうと受け入れたのだ。
もっと言えば、レース名は"理事長記念"単体にもできた。
しかし、新理事長の新井は"あえて"そうしなかった。
「全員が損することなく、円満解決を目指す理事長ならこうするはず」と、本来あった"定山渓"の名を残したのである。
このリスペクトは後に賛否両論分かれるが、少なくとも、理事長の思惑通り、世界に定山渓の名を広める事に一役買ったのであった。
そして、いよいよ氷上レースは始まる。
一般市民から地元の産業界の重鎮、スウェーデンやクロアチアからの観光客や関係者など、実に30万人(!)というとてつもない数が定山渓に集い、レースの時を今か今かと思った。
「おっと、あぶない……!?」
ホットコーヒーを一つ手に持つソールズベリーは、人混みにまみれてコーヒーを落としそうになる。
「あぶなかった~……ちょわっ!」
なんとか耐えたと思った束の間、別の方向から来た人にぶつけられてコーヒーを落としてしまう。
「いやぁそんなぁ……」
コーヒーのカップを拾い上げるが、案の定中には入っておらず、先程まで入っていたコーヒーは下にある茶色く染まった雪が全部吸収してしまったことを嫌々ながら理解した。
「はぁ~……我慢するかな……」
レースの後に行われる理事長の葬儀まで目を覚まそうという考えでコーヒーを買ったものの、既にたくさんの人が並んでいる屋台を見てソールズベリーは諦める。
ここは自衛隊で鍛えたパワーで起きるしかないと諦めたソールズベリーが、その場を立ち去ろうとしたその時
「ソールズベリーさん……?」
と言う声が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには自分と同じ身長の成人男性がいた。
「あっ…!」
それが初恋の男性であると思い出すのに、時間は掛からなかった。
「よっちゃん!」
「ソールズベリーさん!」
二人はほぼ同じタイミングで駆け、そして抱き合った。
二人は大勢の人目を気にする事なく、ただただ再会を喜びあった。
新井という男は、正直言ってカリスマがある人物とは言えなかった。
理事長のように積極的に前に出る男ではなかったので、理事長と新井の認知度には大きな差があった。
だからこそ、新井は今日それを覆してやろうと強気に意気込んでいた。
「これでいいものか……いや、やるしかない」
新井は"追悼演説"と題されたメモに目を向ける。
理事長はやるべきことリストを残したものの、自分の死後にどのような演説をすべきかというものは流石に無かった。
間に合わなかったのか……?いや、自分の力で道を切り開くようにと、これは理事長の挑戦状なのだと、新井は好意的に解釈する。
「――一番、サクラバクシンオー。中央からはるばるやって来ました、短距離界の絶対王者です。二番――」
選手の読み上げが始まったとき、新井は前を見た。
たくさんの人が観戦する、活気と笑顔が溢れるレース場を。
~完~
ついに完結しました!
高評価やお気に入り、感想ください!(強欲)
本編はこれでおしまいになりますが、これからはおまけ編が投稿されることになります
つまり、完全に終わりと言うわけではありません
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