【完】転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件 作:ホッケ貝
「アツゥイ…!アツゥイ…!アツッ!!」
ガッチリと固めたスーツ姿で悶絶している男が一人いる。俺の事だ。
くそうっ!北海道の夏は本州と比べたらそれほど暑くないって言われているが、じめじめさを抜いただけで十分暑いじゃないか!
暑すぎてキチゲ発散寸前!そんな時のオトモはこいつだ!
「なに!?ダブルソーダッ?!」
「今日は暑いんでこれでも食べてスカッとしましょうよ!!」
汗が映える満面の笑みで、冷気を発するダブルソーダを差し出すのは、レース観戦でよく一緒になる土方のおっちゃんだ。
時は夏。少し前まで穏やかな気温で過ごしやすい日々を送っていたのに、いきなり暑くなり始めて意気消沈している真っ只中だ。
今日は土日で本来であれば定休日であると言う事と、いったん数字から離れて休みを満喫してリフレッシュしたら、何かイイ案が思い付くのではないか?という考えのもと、学園に隣接しているレース場にやって来た。
そんなときにまた出会ったのが、ここの常連である土方のおっちゃんだ。
歳を取れば取るほど友が減るとよく言われている世知辛い世の中、この歳(といっても精神年齢は辛うじて20代前半)になって友ができるだなんて人生は奇妙だなと思いつつ、俺はありがとうと感謝して、相手の善意を受け取る。
「ウマいウマい」
そう言いながらアイスを食べつつ、土方のおっちゃんが読む新聞をシレッと盗み見する。
(ホッカイドウシリーズ、土日開催から撤退……旭川トレセン学園の成功を受けて、加盟校の制服をいっぺんに更新……差別化は校章やネクタイで、か)
とデカデカと記載してあるため、流し読みしただけでもなんとなく頭の中に入ってくる。
アイスが溶けると手がベタベタになって後から色々と面倒なことになるのと、もうそろそろで始まる予定のばんえいレースの観戦に集中するため、歯と頭がキーンッ!となる覚悟で一気に食べる。
そして、腕時計で現在時刻を確認して出走まで残り何分かを計算しつつ、ふと周りの様子を見渡す。
「ソールズベリーさん、頑張って……!」
「ばんえいレースって初めて見るからどんな感じなんだろ~」
「メロンパフェおいしいですわ!パクパクですわ!」
去年と比べて考えられない程の数の観客が、寂れきった旭川レース場の観客席に活気を取り戻していた。
制服更新というこの時代ではかなり進歩的な改革に加えて、北海道でしか開催されていない"ばんえいレース"という潜在的な集客力の塊が巧い具合に話題の波に乗ったことで、旭川レース場に活気をもたらしていた。
とはいえ、そんなごった返す程ではなく、まだまだ空間が目立つ程度にだが……
「……最近、人が増えましたな」
「確かに、そうですなぁ。ここの魅力がようやく広まったような気がして、かなり前から応援していた身としては嬉しいもんですよ」
推し活の鑑かッ!心の中で俺は最敬礼をする。
とまぁそんな事はさておき、俺とおっちゃんは、見に来る人が増えて良かったと心なしか嬉しい気持ちになる。
ただ、ここで終わってはいけないのが、客ではなく経営者である俺の定めだ。
今のところその話題性から一時的な利益増に繋がっているが、確固たる基盤と矢継ぎ早に話題性を提供して活気に結びつける経営努力を常に心がけなければならない。
さもなくば来る終焉は……
綱渡りをしている現状、なかなか直視したくない未来だ。
「お!きたきたっ!始まりますよ!!」
「――!」
ボーッと黄昏ていた俺の手を、おっちゃんはポンポンと叩く。
それでハッと我に帰った俺は、身長が2mにもなる筋肉モリモリマッチョウマーンのばんえいウマ娘の方向を見る。
「――続きまして二番、ソールズベリー」
「前回の敗因はペース配分ミスとのことでしたので、今回のレースで反省を生かす事ができるかが胆ですね――」
淡々とした様子で読み上げるナレーションの声……
「うわ~!すっげ、あんなに筋肉!?」
「1tをソリで引くってまじ?そんなのウマ娘の私でも無理だよ~」
「わあ~!ソールズベリーさんだ!!頑張ってー!!」
いつもよりも活気がある観客の歓声……
そして、アップを始める走者のばんえいウマ娘たち……
全てが完璧に整っていた。
ガシャンッ!!
金属が擦れる乾いた音が響くと同時に、ソリにトレーナーを乗せたばんえいウマ娘達はゆったりとしたペースで一斉に飛び出す。
「「いけーッ!がんばれーッ!」」
それと同時に巻き起こる応援の大喝采、一瞬にして場の興奮は頂点に達する。
「ハッ!!アウッ!ウォォォッ!!」
「よし、よし!その調子だソールズベリー!無理に前に行く必要はない!ほら、あの時を思い出すんだ!」
肺の奥から吹き出る雄叫びと機関車の煙のような吐息と共に、冷静な指示を与えるトレーナーを背後に彼女らはたくましい歩みを一歩一歩確実に進める。
「おー、すごい……」
思わず口に漏らすほど、やはり何度見てもこの気迫に圧倒される。
そして何より、これがばんえいレースの醍醐味……"迫力"なのだと気づかされる。
「ノースイルソンが坂を乗り越えて最後の直線へ。二番手にソールズベリー、両者譲らぬ一騎打ちです!」
「「がんばれーッ!がんばれーッ!!」」
「ソールズベリーさんっ!!」
ここで二人のウマ娘が他と抜け出す形で最後の直線に突入し、歓声はより大きくなる。
ここまで来ると、あとは体力がモノ言う世界だ。
「並んだか!?おっとノースイルソン!ここで限界かっ!ずるずる下がる!すかさず駆け込むソールズベリー!」
「ソールズベリーさん!!」
「ゴールイン!ソールズベリーゴールイン!チャンスを掴めるまで踏ん張ったソールズベリーの勝利ッ!!」
「「おめでとう!おめでとう!」」
「やったぁ!ソールズベリーさんが勝ったんだ!!」
「くっ、賭けは俺の負けだぜよっちゃん……メロンパフェは俺の奢りだ。トホホ……」
なんだか元気がある子供がいるなとふと振り返ると、そこにいた子供はなんと体験入学でここへ訪れた小学生……いや、中学生だったのだ。
そうかそうか、まさかあの体験を通して推しができるとは……
つまり思い出戦略は成果を出していると言うことだろうか?
「……さて、レースが終わった事ですし、次はウイニングライブと行きましょうか」
「……そうしましょうか」
白熱した戦いの直後、熱が抜けた俺達観客は、ゾロゾロとウイニングライブ会場へ向かうのであった。
・・・
どこにでもいそうな中学生、よっちゃんはおそらく人生の岐路に立っていた。
なぜなら、目の前に心の底から応援しているお姉さんことソールズベリーがいるのである。
そしてなんと、二人きりというシチュエーションなのである。
「えへへ、私のこと覚えててくれたんだ……」
「は、はい」
事の発端は、よっちゃんの親友であるミノル君が、賭けに負けて一人で二つのパフェを買いに行った事から始まる。
マスメディアから注目の的にされたここ旭川レース場には、いつもよりも多くの入場者で賑わっていた。そのため、普段ならあまり起こらない列で渋滞ということが発生したのである。
購入責任はミノル君が果たすため、あとは適当に時間を潰すだけのよっちゃん少年は、適当にスタンド内をうろつく事にした。
その時たまたま、控え室へ移動していたソールズベリーと不意に遭遇したのである。
そのまま通りすぎるものかと思っていたその時、なんと彼女は彼の事を覚えていたのである。
汗ばんで疲れきった表情をピシリと直し、できる限り精一杯の笑顔と共に手を振ったのである。
「おっ、久しぶりですね」
丁寧語が砕ける程噛み噛みなよっちゃんの言葉が、全ての始まりであった……
本来であれば関係者以外立ち入り禁止なところを、関係者特権的な感じのモノで特別に通過したよっちゃんは、一生に一度もないチャンスをたった今掴んでいると薄々気づいていた。
控え室でデカいお姉さんとショタ(直球)二人、何も起こらないはずがな……いわけがあるわけない。
「私ね、あなたに感謝したかったんだ」
「え、感謝?」
よっちゃん青年は戸惑う。自分は彼女に対して何か感謝するような事をしただろうか?と……
「覚えてる?体験入学の時、私とあなたとでレースをしたわよね」
「そうですね。あのとき、それで勝ちましたけども……」
「そう、あのときの経験と、あなたの応援で今日勝てたのよ!」
「え!?」
よっちゃん青年は驚く。それはもう人生で経験したことがないほどに。
「私ね、ここ最近ずっと負け続きだったの。デビュー戦で勝ってからずっと、惜しいところで負け続けちゃったの……」
「そうだったんですか……」
過去を話すソールズベリーの目が曇っていくのが、よっちゃんにはわかった。
「でもね!あなたとレースしたあのとき、久々に完璧なレースができたの!」
「完璧な…レース?」
「そう!完璧なレース!ペース配分、テクニック……いろんなものが、あのとき完璧だったの!……だからね、トレーナーさんは言うのよ。「勝ちたかったら、あの日を思い出すんだ」ってね。……でもね、勝てた理由って、あの日の再現だけじゃないと思うの」
「じゃないって……?」
「あなたが応援してくれたからよ」
「――!!」
その時、よっちゃんの脳が破壊された。
だが、そんな事お構いなしに、というか気づかずにソールズベリーは今まで内に秘めていた想いを赤裸々に話す。
「あなたの応援、ずっと聞こえてた。あなたの声が、ずっと……!」
「―――ッ」
「だから踏ん張れて、チャンスを掴む事ができたのよ。――ッだからね、私はあなたに言いたいことがあるのッ!」
グスングスンと涙ぐむのを抑えて、ソールズベリーは全ての感情をさらけ出す。
「ありがとう!」
・・・
「おいよっちゃん、パフェ食わねぇのか?あと、なんか顔赤いぞ」
「い?いいいいやいやいやいや!別に!そんな事ないし!!ね?!」
「はーっ?はぁ……おかしいやつ……」
あれ、またあの中学生達じゃないか。おまけにパフェまで持ってる。
……見てるとだんだんうまそうに感じてきた。後で買って食べよう……というのはさておき、俺とおっちゃんは今、ウイニングライブ会場で二人揃って長椅子に座って待機している。
「ここに来ている人の大半は、ばんえいウマ娘のウイニングライブを見たことがないんじゃないですかね?」
「あー、確かに……」
おっちゃんがそう言ってくるので、俺は確かにと相づちを打つ。
ふと周りを見渡してみると、やはり普段よりも多くの客が、始まるのが今か今かと待機していた。
「どんな反応をするか、楽しみですな」
「絶対驚くぞ~^」
いい年したおっさん二人が唐突ににやけるという謎な光景なんて知らねぇよと言わんばかりに、ウイニングライブが始まる合図であるブザーが鳴る。
「皆さん!私たちを応援してくれて、ありがとうございます!」
そう話すのは今日一着をとったソールズベリーだ。
レース後の疲れがまだ残っているのであろう、顔がまだ赤い。
これから"アレ"をするのだから、これだけの激務をこなす彼女ら選手に敬意の念を送っていると、いよいよライブが始まる。
「それではいきます……ウイニングライブ、"ソーラン節"!」
彼女らの強さをこれでもかと強調する迫真の歌と躍り、それこそがソーラン節である。
三味線の軽快な音と共に、彼女らの舞いは始まるのである。
「「どっこいしょー!!どっこいしょ!!」」
「うぉ、やっぱり何度聞いててもすごっ、揺れが!」
ちょっとジャンプするだけでドスンドスンととんでもない衝撃が伝わってくるのだ。
この衝撃波に耐えれる者のみが、ばんえいウマ娘のウイニングライブを堪能できるのである。
「ちょ、よっちゃん溢れる!」
ドスン!ドスン!ドスン!
「うぉっ!」
こんな歳にもなって情けない声を出しながら、俺はウイニングライブを鑑賞するのであった。
「あのばんえいウマ娘、いいトモの作りだったな。それに、体力も一級品だ」
「幾度となく挫折を経験しても、その度に立ち上がった経歴……間違いない、彼女は"耐えられる精神"を持っているだろう」
「そうだな……あとは、"スカウト"の時を見定めるだけだな」
筋肉モリモリマッチョウーマンに忍び寄る、謎の厳ついスカウトマン……
果たして彼女らの将来はいかに?!
(※犯罪ではありません)
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