リ・エスティーゼ王国辺境の開拓村、カルネ村。
村人たちは小麦を中心とした農作物を育て、大森林の恵みを採取する。そんな代り映えのない日々が永遠に続くように思われたその村は、しかし今、悲壮な雰囲気に包まれていた。
昨日よりも数を減らした村人たちは、村の中央広場に集まり、涙とともに故人たちに別れを告げ、その亡骸を葬っている。
今朝、この村で痛ましい惨劇が引き起こされた。
隣国の兵が、罪もない村人たちを襲ったのだ。
しかしながら幸いにして、その被害は最小限に抑えられ、平穏を壊した騎士たちも一人残らず捕縛された。
村人たちの自衛による勝利ではない、一人の流れの騎士の手によって、この村未曽有の事態は解決されたのであった。
その立役者たる男はひとり、葬儀の場を離れ、村のはずれの小高い丘の上に来ていた。
緋色の全身鎧を身に着けたその男の剣と魔法の力は桁外れに強く、村を襲う外敵を瞬く間に蹴散らしたのであった。
その強さの程は、装備の豪華さや端正な顔立ちと合わせ、村人たちから「住む世界が違う」と思われるほどであった。
そしてその実、彼はこの世界とは異なる世界から来た人物である。
DMMO-RPG『ユグドラシル』のプレーヤーの一人。
火属性の魔法を得意とする、人間の神官戦士。
緋色の全身鎧を身に纏い、炎のように揺らめく剣を携えた正義の騎士。
プレーヤー名、ヒイロ・ワン。
それが、彼が三日前までゲーム上で操作していた自身のアバターであり、カルネ村を悲劇から救った今の彼自身の姿であった。
目の前に広がる美しい自然、彼の慣れ親しんだ、大気汚染の進んだ地球では決して見ることのできなかった景色を見ながら、ヒイロ・ワンはひとり決意する。
――異世界に転移したことを理解した直後は、この美しい世界を冒険すればきっと楽しいだろうと、ただ漠然と思っているだけだった。
しかしどうやらこの世界でも、かつての世界のように、理不尽な出来事に苦しめられる弱い人々というのは減らないようだ。
幸いにして、今の自分の、ゲームの中のアバターの能力は、この世界基準ではかなりの強者であるらしい。
であるならば――
「弱き人々に救いを。巨悪を打ち倒す正義を。今度こそ」
それは、現実という壁に打ちのめされ、それを良しとしたまま生きた男の――ゲーム上のヒーロー
ヒイロ・ワンは自身の握る剣を見つめる。
この村に辿りついたとき、最初に見たのが、逃げようとする姉妹に剣を振りかぶる敵兵であった。
それを見た直後、何を思うより先に、体は勝手に動き、次の瞬間には接近して剣を振りぬいて――兵士を両断し焼き尽くして――いた。
その後も、村を救う過程で、彼は幾人かの兵士を殺してしまっている。
びっくりするほど簡単に、殺してしまっていた。
罪悪感はあった。
人殺しの実感は、今もその身を焦がし、気持ち悪さがのどに張り付いている。
しかしながら同時に、今の自分が持つ力の大きさを、これ以上ないほど実感できた体験であった。
現実世界では決して手に入れることのできない、正義を実行できる『力』だ。
これであればかつての自分が思い描いたような、ヒーローとして弱気を助け悪を挫くことができると思えた。
だが、行き過ぎた力であるとも感じた。
先の「びっくりするほど簡単に」という表現を使えるほど、敵と自身との差は隔絶していた。
うまく力を制御しなければ穏便に制圧できないほどだ。
自らがこの力を好き勝手ふるい、正義を押し付けるような振る舞いをすることがないよう、己を律しなければ――
――などと考えていた彼の耳が、こちらにかけてくる足音を捉える。自身を呼ぶ声も。
「ヒイロ様ー!」
見れば、彼が最初に助けた姉妹の姉の方――エンリ・エモットという名前だったはずだ――がこちらに向かってきているところだった。
ちなみにであるが、彼は現実での名前でなく、プレーヤーネームであるヒイロ・ワンを村人たちに名乗っている。その後「ワン様」などと呼ばれてなんだか変な感じがしたので、ヒイロ呼びでいい、とも。
「こ、こちらにいらっしゃったんですね!」
とりあえず、切迫した様子ではなさそうであるため、敵の新手が現れたわけではないようだと判断する。
しかし自分に何の用だろう、と思い、小走りして若干息の上がったエンリが落ち着いたタイミングで用件を聞くと、答えは予期しないものであった。
「村の入り口に、ヒイロ様に会いたいという方が来られてるので、探していたんです。」
「私に?」
さて、この村の外に自分を知る人間はいないはずだが。
転移直後は深い森の中にいたため、この村に来るまで人間とは出会わなかった。
森の中では知性のあるモンスターと仲良くなったこともあったが、彼がこの村まで来たのだろうか。
いや、彼と接触した人間が自分の話を聞いたという可能性の方が高いか。
しかしながらそれも疑問符が付く推測であり、彼の口からは自然と疑念が零れる。
「一体誰が……?」
呟いた直後、ヒイロの脳裏にひとつのひらめきが生じる。
自分と同じ、ユグドラシルプレーヤーがやってきた。という可能性である。
転移したのが自分だけとは限らない。十分にあり得る仮定だ。
となると、エンリが「ヒイロ様に会いたいという方」と言っていたのが若干気になるが、もともと相手がこちらの名前を知らなかったとしても、ユグドラシル金貨でも見せて「同郷の人を探しています」とでも言えば村人たちからこちらの名前を聞くことはできるだろうし、それでエンリが自分を探しに来たというのは、ありえそうな話ではなかろうか。
もしそうであるなら喜ばしい。
この世界で生きていくために協力していきたいのはもちろんのこと、ユグドラシル時代の思い出を語り合ってもいいし、転移当初にヒイロが思ったように、未知を求めて冒険するというのも心躍る想像だ。
実際、そうしたヒイロの予想は、続くエンリの答えによって肯定されることとなる。
最悪の形で。
「アインズ・ウール・ゴウンを名乗る方たちだそうです」
「ア、アアアアインズ・ウール・ゴウン!?!?!!!?」
――アインズ・ウール・ゴウン。
ユグドラシルというゲームの最盛期において、ギルドランク9位にランクインしていたギルドである。
悪役ロールで活動するギルドで、構成メンバーは異形種のみと言われ、ワールドチャンピオンを筆頭に実力者揃いであるという話だ。
しかしながら、そのギルドが有名である理由としては、そういった実力面やロールプレイ面以上に、その活動内容、というか素行面が挙げられる。
簡単に言うと、DQNなのである。
PKのためなら粘着行為は当たり前。資源を確保するためにマップ一つを占拠したり、Gなどのビジュアルに訴えるモンスターを使いプレーヤーの精神に直接攻撃してきたり、他プレーヤーがモンスターをあと少しで討伐するという時に横殴りして経験値とドロップ品を奪い取ったり、そのままプレーヤーからも追い剥ぎしたり、PvPに乱入して漁夫の利したりなどなど、悪質行為を枚挙していけば暇がない。
アンチサイトやメンバーの個別対策wikiが立つほどである。
そんな極悪ギルドが、自分を探している……?
(やべぇ、
ひとたび相手に接触すれば、自分は執拗な粘着行為を受けたうえで
無論ヒイロも、ユグドラシルでのゲーム上の話と、このリアルな世界では話が違うということは理解している。
しかしながら、である。
もしこちらと友好的に接触するつもりなら、アインズ・ウール・ゴウンという名前を出すだろうか?
ヒイロは自分なら出さないと思う。
というか、もしそのギルドに所属していて自分たちの行いを顧みることができているなら、絶対に出すことはない。断言できる。
同じ理由であのギルド以外のプレーヤーが、ユグドラシルから来た、ということを示すためにあのギルドの名前を使うということもない。知っているなら名前を使うはずがないし、知らないなら出てこない。第一悪趣味が過ぎる。
つまり、奴らはこちらに友好的に接触するつもりはないということだ。
いや、自分がその名を聞くことさえ、奴らの策のひとつなのかもしれない。すでにPKの準備は開始されていると見た方がいい。
正直詰んでる。
(全力で逃げたいところだが……)
ヒイロは、先ほどから自分が極度に動揺している様子を見て、こちらを心配そうに覗き込む村娘、エンリを見る。
(もしかしたら奴らは、この世界に元から住む人間たちをも面白半分に殺してしまうかもしれない。
いや、ゲームの時は規制されていたようなことも……)
ユグドラシル時代では、PKの目的といえば相手の装備やアイテムなどであったが、かのギルドのエピソードにはそれだけでない執念染みたものを感じるものもある。
まして、この世界では我々ユグドラシルプレーヤーは圧倒的強者なのだ。力に任せて好き勝手に振舞おうと考える者がいてもおかしくない。
そして、奴らはDQNである。
ヒイロがかのギルドについて知っているのは情報サイトを通じてのみであり、それらの情報がすべて正しいとは思わない。
しかし、それらの情報のエピソードの10分の1でも正しければ、奴らはやる。
村民相手にそういった行為を行う。
間違いない。
ヒイロは確信している。
と、いうことは。
ヒイロが先ほど討つべしと誓った巨悪が、すぐ傍にいるわけだが……
(勝てるわけねぇ~~~!!!)
ヒイロは知っている。
かのギルドのメンバーはPKに関する技術を研鑽しており、その勝率は半々を優に超えることを。
ギルド長をはじめとした何名かが、詳細不明の初見殺しのスキルやアイテムを保有していることを。
かつて1500名からなるチームであのギルドの拠点に挑み、あえなく全滅したことを。
全部対策wikiに書いてあった。動画も見た。
(よし、逃げよう!)
誓いは砕けた。
ヒイロは、この後凄惨なる運命が待ち受けているだろう少女に、正義を志しておきながら助けてやれない自分を嘲笑いつつ、無力感に苛まれながら、最後の別れを告げる。
「た、大変申し訳ないのだけれど私は急ぎ行かなくてはならないんだ。その方にもそう伝えておいてくれ」
「え!?」
「すまないけど、本当に急ぎだからもう行くね。……君の未来にわずかでも幸あらんことを」
〈
次の瞬間にはヒイロの姿はその場からかき消えており、小高い丘の上には困惑するエンリがひとり残るのみとなるのであった。
ヒイロくんは若干思込みが激しいところがあります。
リアルがあんなだからね。