(クソッ、無茶苦茶じゃねぇか…………っ! 強いってのは聞いてたけど、殆どこれ二宮さんを相手にしてるようなモンじゃねぇかよっ!?)
若村は路地を駆けながら、現在の状況に毒づいていた。
良く分からない理由で自分達を巻き込み、樹里と佐鳥の二人と戦う事になった。
これは良い。
いや、良くはないが香取の我が儘の範疇という事であれば納得は出来ないが理解は出来る。
だが。
いざ試合に臨んで目の当たりにした光景は、若村の想像を超えていた。
どうせ口だけだろうと高を括っていた香取の、的確で鋭い指揮。
そして、その自分から見ても見事な作戦を実行して尚、傷一つ付ける事すら出来なかった樹里と佐鳥。
そして今、樹里の手で無差別に降り注ぐ
その一つ一つが若村の理解の埒外であり、毒づきでもしなければやっていられなかった。
(とにかく、癪だが葉子の言う通りにするしかねぇ。さっきみてぇに木岐坂を追い込んでも、佐鳥がいる限り妨害されちまう。だから、多少のリスクを負ってでも佐鳥を落とさなきゃならない────────俺、が)
どくん、と心臓が高鳴る。
初めてと言える状況に、若村の緊張は否応なく高まっていた。
香取隊を結成して以来、若村は本当の意味で戦局を任された経験などない。
いつも独断で動く香取の動きに合わせてフォローをするだけで、振り返ってみれば自分から積極的に戦況を変えようと行動した事などなかったのだ。
常々「勝手な行動はするな」と香取に文句を言っていた若村であるが、此処に来て彼女の独断専行という
確かに、試合の基本的な方針自体は若村が考案してはいる。
しかしそれはあくまで「これをしたらマズイ」だとか「合流を優先しろ」だとかの本当に基礎的な事に過ぎず、具体的にどう勝利の道筋を掴むかといった展望は殆どなかったのだ。
これは若村が無意識ながら、「香取が暴れてそれが邪魔されなければ勝てる」という甘えを抱いていた事に起因する。
香取隊の戦術コンセプトとしては、それで間違ってはいない。
この部隊は香取というエースを中心とした部隊であり、良くも悪くも彼女が本領を発揮出来るかどうかに全てが懸かっている。
だが、肝心の
そして当然、今回のように重要な戦局を単独で任された経験など無い。
常に思考を止めず、最適な判断を下し、更にそれを速やかに実行に移す。
そのランク戦では当たり前の事を、若村は初めて経験していた。
(…………位置バレしても良いとか言ってたけど、位置が割れたら木岐坂の合成弾が飛んで来るんじゃねぇか? あんなもんで狙われたら、まず助からねぇ。やっぱ、バッグワームは脱げねぇよな)
若村はこの時点で、二つの選択肢があった。
一つは、バッグワームを纏ったまま佐鳥が射程内に入った瞬間攻撃を仕掛ける、というもの。
こちらはレーダーで位置がバレる心配はなく、返り討ちに遭う心配の少ない堅実な策だ。
しかし同時に確実性には欠ける為佐鳥を逃がしてしまう可能性も孕んでおり、作戦行動自体が失敗するケースも充分有り得る。
もう一つは、バッグワームからカメレオンに切り替えて至近距離から銃撃を喰らわせる手だ。
こちらはより近距離から銃撃を叩き込める為、成功すれば確実に佐鳥を落とす事が出来る。
だが同時に、僅かであってもレーダーには映ってしまう為樹里の攻撃を受ける可能性がある事だ。
レーダーでは大まかな位置しか分からないだろうが、彼女にはサラマンダーがある。
あれを落とされれば、周囲一帯ごと吹き飛ばされてしまうだろう。
仮に防御が間に合っても、そのまま削り殺されて終わりだ。
(どうする? どっちがいいんだ? 早くしねぇと、佐鳥が逃げちまう…………っ! けど、迂闊に姿を晒すのは…………っ!)
若村は、迷う。
この土壇場で、彼は己の判断力のなさに直面する。
これまでは香取というワンマンアーミーが試合を引っ張っていたからこそ、こうした自己判断が必要なケースに直面する事がなかった。
しかし、その香取の庇護から離れた今。
若村は、自分の判断を信じるという当たり前の事が出来ずに、二の足を踏んでいた。
たとえメリットが明確であっても、リスクのある判断が取れない。
彼の抱えていた問題が、香取がチームプレイをするという若村が望んでいた筈の展開によって表面化していた。
(…………やっぱ、バッグワームは脱げねぇ。こっちの位置がバレる前に、ギリギリまで近付いて銃撃する。これしか、ない筈だ)
迷った末に、若村は安全策を取った。
幸い、佐鳥の姿は辛うじて視認出来ている。
香取の右腕を吹き飛ばした際に、丁度若村は佐鳥が見える位置にいたのだ。
気付いたのは狙撃を実行された後だったので、止める事は叶わなかったが。
それでも、佐鳥の位置が視認出来た事に違いは無い。
佐鳥は狙撃した場所から南側────────────────即ち、樹里の後方に移動しようとしている。
恐らく、樹里がサラマンダーで邪魔な建物を薙ぎ払った後、敢えて残した建造物の中に紛れて次の狙撃を狙うつもりだろう。
幸運だったのは、彼の移動経路が若村のいる場所へ近付くルートである事だ。
このままいけば、もう少しで彼を射程内に入れる事が出来るだろう。
(あそこだ…………っ!)
T字上になった路地の先に、
その右側に、たなびくバッグワームが垣間見えた。
(あの先は確か、隠れる場所のない一本道の筈だ。良し、曲がり角を出た所で銃撃を見舞ってやる…………っ!)
若村はアサルトライフルを取り出し、路地を曲がり次第銃撃出来るように準備する。
幸い、走ったところで足音は未だに続いている爆撃の轟音に遮られるだろう。
菊地原でもあるまいし、この極大の騒音の中でこちらの足音を聴き分ける事など出来ない筈だ。
(よし、これで…………っ!)
曲がり角を出て、アサルトライフルを構える。
そして。
「え…………?」
こちらに向けられた、二つの銃口が視界に飛び込んで来た。
目の前には、二丁のイーグレットを構えた佐鳥の姿。
予想していなかった光景に、若村は硬直してしまい。
「ぐ…………っ!?」
若村が反応する前に、佐鳥の銃口が火を噴いた。
イーグレット、二丁。
その二つの銃口から同時に二発の弾丸が同時に放たれ、若村の右腕と頭部に命中。
抱えていたアサルトライフルごと腕は吹き飛ばされ、トリオン供給脳が破壊された事で致命傷を負った。
「なん、で…………っ!?」
「いやあ、単に佐鳥を狙い易い場所に誘導してカウンターかましただけですよ。今回は若村先輩達が選んだMAPなんですし、狙撃手を狩り易い場所くらい調べてあると思いまして。 なら、敢えてそこに逃げ込めば釣られるだろうって思っただけです」
「…………………」
そう、佐鳥は初めからこの路地で若村を迎撃する為に此処まで彼を誘導していたのだ。
すぐに姿を晦まさず、敢えて位置を晒していたのはその為。
若村の思考を読み切った、A級らしい高い練度の作戦行動だったワケだ。
「カメレオンを使われてたら少し面倒だったかもですが、今更言っても仕方ないですね。すみません」
「…………っ!」
『戦闘体活動限界。
若村のトリオン体が罅割れ、消滅。
機械音声と共に、若村は戦場から離脱した。
『葉子ちゃん、ろっくんが…………っ!』
「…………あの馬鹿、返り討ちにされてんじゃないわよ。ったく」
若村脱落の報は、すぐに香取達の元へ届いた。
この試合はどちらの全滅を以て勝敗を決めるルールである為、先取点を取られた事はそこまで問題ではない。
問題は、これで狙撃手の佐鳥がノーマークになってしまった、という事だ。
時間をかければ、彼は万全の態勢で樹里をバックアップして来るだろう。
そうなれば、ただでさえ少ない勝ち目が本当にゼロになってしまう。
「雄太、樹里の次の合成弾に合わせてアタシがグラスホッパーで突っ込むからカメレオンで近付いて仕留めなさい。もう、それしかないわ」
『分かった。気を付けてね』
故に、香取は賭けに出る事にした。
未だ破壊されていない建物の影から飛び出し、グラスホッパーを使って派手に動く。
その隙に三浦がカメレオンで姿を消して近付き、仕留める。
正真正銘、最後の賭けだ。
「行くわよ」
香取は三浦が位置に着いたのを確認し、樹里の姿を見据える。
そして。
樹里が合成弾を放ったのと、同時。
グラスホッパーを踏み込み、未だ上空へ合成弾を撃ち出した幼馴染の少女へと香取は突貫した。
「────────来たね」
樹里は突撃して来た香取の姿を見据え、目を細めた。
現在、彼女を合成弾を撃った直後だ。
今から射撃トリガーを展開していては、間に合わない。
香取のスピードは、そんなものを悠長に待てる程鈍くはないのだから。
「────────!」
だが。
樹里の左手には、既に解答が存在した。
イーグレットとは違う、近未来的な意匠の狙撃銃。
トリオン量に応じて弾速が上がるトリガー、ライトニング。
引き金が引かれ、凄まじい速度の弾丸が連射される。
「ちっ、そっちを持ち込んでたか…………っ!」
香取は咄嗟にシールドを張り、間一髪でライトニングの銃撃を凌ぐ。
ライトニングは確かに弾速は脅威だが、威力は狙撃銃の中で最も低い。
あと一瞬反応が遅れていればシールドの展開が間に合わなかっただろうが、香取の反応速度は並ではない。
そも、樹里がライトニングを持ち込んで来る可能性自体は予測していた。
狙撃トリガーと射手トリガーを使い分ける樹里は、いつもトリガースロットをフルに使用している。
そして、気まぐれなのか明確な理由があるかは分からないが、彼女は毎回トリガーセットを変えて来る。
ある時は狙撃銃三種類を持ち込んで来た事もあったし、狙撃銃はイーグレットのみでその分ハウンドを両腕にセットして来た事もあった。
今回の場合、こちらにトリオンに優れた隊員がいない為、過剰威力のアイビスはまず持ち込んでは来ないだろうと考えていた。
しかし速力に優れた香取や三浦がいる為、唯一連射可能で弾速に優れる狙撃銃であるライトニングを持ち込んで来ている可能性は充分にあると思っていた。
その前提がなければ、きっと今のライトニングは防げなかっただろう。
確かに樹里のトリオンから放たれるライトニングの弾速は脅威だが、狙いを定める為に動かす彼女の
香取はライトニングの射出に反応したのではなく、樹里が自分に腕を向ける動きを目視して対応したのである。
それが、神速のライトニングによる攻撃に香取が対処出来た絡繰りだった。
(これで…………っ!)
攻撃をいなした香取はそのままグラスホッパーで加速し、軌道を変化させながら樹里へと迫る。
更に側面ではカメレオンで姿を消した三浦が樹里に接近しており、このままいけば挟撃出来る。
香取は三浦がカメレオンを解除するタイミングに合わせ、樹里の頭上に跳躍。
上天に輝く太陽が逆光となり、香取の姿を覆い隠す。
地上の三浦と、上空の香取。
二人の挟撃が、少女へ見舞われる。
(今度こそ、獲った…………っ!)
香取は、作戦の成功を確信する。
佐鳥がいるであろう若村の緊急脱出した場所からでは、直接此処は狙えない。
そもそもこの状況下でレーダーを見る余裕がある筈もなく、三浦の接近には気付いていない筈だ。
香取の攻撃は凌がれるかもしれないが、三浦の攻撃さえ決まればそれで詰みだ。
「な…………っ!?」
「────────
だが。
その目論見は、カメレオン解除の隙を狙って放たれた一発の弾丸によって崩れ去った。
狙い過たず三浦の頭部に叩き込まれたライトニングの弾丸は、彼の急所を貫通。
一発で致命傷を与え、姿なき襲撃者は白日の元で穿たれた。
「私は、
「…………っ!」
それが、樹里が三浦の襲撃に気付いた絡繰りの正体。
彼女のサイドエフェクトは遠方の視認を可能とするだけでなく、周囲の視覚情報の取得精度自体が尋常ではなく高い。
だからこそ、些細な違和感であろうと彼女は見逃さない。
樹里の視界内でカメレオンを解除するのは、ノックをしてドアを開けるに等しい行為に過ぎない。
三浦は勿論、香取もまた彼女の能力の精度がそこまでのものとは思っていなかったからこそ、この結末が訪れたのだ。
そして。
「ぐ…………っ!!??」
上から奇襲しようとしていた香取に、上空から無数の弾丸が直撃する。
合成弾、
樹里が予め誘導設定を弄った上で真上に撃ち上げたそれが、空へ跳躍していた香取へ降り注いだのだ。
太陽光によって軌道が隠されていた弾丸は、その全てが連鎖的に起爆。
瞬く間に香取を呑み込み、跡形もなく消し飛ばした。
『『戦闘体活動限界。
奇しくも、同時。
香取の脱落と共に三浦の戦闘体も崩壊し、消滅。
生き残っていた隊員全てが脱落し、試合は香取隊の敗北で幕を閉じた。
今回の樹里のトリガーセット
メイン イーグレット ライトニング シールド メテオラ
サブ ハウンド シールド アステロイド バッグワーム