香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ハイレイン③

 

 

「来てくれたのか、木虎」

 

 修は砲撃型を屠った木虎を、呆然と見やる。

 

 そんな修に対し、カツカツと靴音を立てて歩み寄って来た木虎は常の強気な笑みを浮かべてみせた。

 

「ええ、嵐山隊(わたしたち)でトリオン兵を駆除して回っていたのだけれど、此処が危ないと聞いて駆け付けたわ────────ところで、何か言う事は?」

「…………ありがとう。助かったよ」

「よろしい」

 

 修の返答に、木虎は満足気にふふん、と胸を張る。

 

 至近距離で行った為に彼女の豊満な胸が強調されるが、修は特段何の反応も示す事はない。

 

 これが佐鳥であれば紳士的に気付かない振りをするか眼を背けるかはするが、修は特にそういった事もなく思春期男子には割と刺激が強い光景を見ても顔色一つ変えはしない。

 

 男として枯れているのかと思う程の精神性を持つ修の、ある意味平常運転な光景であった。

 

 ちなみに木虎にとっては無意識の行動であり、別段自身の容姿を褒めて貰う為にやったワケではないのでそんな修の反応を気にする事はない。

 

 すぐ傍でそれを見ていた照屋がふにふにと自分の胸に手を当てていたという一幕もあったが、些細な事である。

 

 たった今まで緊張が張り詰めていた空気を見事に変えてみせたという点で、木虎のキャラの強さが分かろうというものだ。

 

 無論、そんなやり取りをしながらも警戒は解かないのが木虎ではあるが。

 

「それじゃあ、嵐山さん達は来ていないのか」

「ええ、市街地のトリオン兵の駆除は終わっていないし、私だけ少し無理を言って来させて貰ったわ。なに? 不満なの?」

「いや、木虎だけでも来てくれて助かったよ。正直、来てくれなきゃ危なかった。けど」

「分かってるわ。状況が、楽観出来ないって事くらいは」

 

 そう言って、ちらりと木虎は遠くからこちらを伺っているハイレインに目を向ける。

 

 油断なく、その一挙手一投足を見逃さないように木虎は敵首魁を凝視した。

 

「あれが黒トリガー使いの人型ね。何でもキューブにする反則的なトリガーを使うって報告で聞いたけど、今のところ分かっている能力はそれだけかしら?」

「あいつの能力に関してはそうだ。けど、さっきから時々黒い穴からのワープで新型を送り込んで来てるから、例のワープ使いも近くにいる筈だ」

「成る程、つまりいつどんな戦力が送り込まれてもおかしくない状況、って事ね」

 

 木虎は短い会話から、現状を理解する。

 

 敵はあらゆるものをキューブ化してしまう凶悪極まりない黒トリガーを使用し、尚且つワープ使いの援護もある。

 

 とうのワープ使いは姿を見せていないが、これは当然と言えば当然だろう。

 

 何せ、緊急脱出の存在しない敵にとっては彼女の存在こそが生命線であろうからだ。

 

 これまでの戦闘の報告は、既に木虎の耳にも届いている。

 

 香取隊が戦った時は現れなかったようだが、風間隊を筆頭とした面々が倒した敵はそのワープ使いの女が現れて回収し、生駒隊と二宮隊が敵を撃破した際にも同様に姿を見せたらしい。

 

 その時は敵の回収ではなく()()を行って帰ったようだが、どちらにしろ件のワープ使いが敗れた敵の()()()を担っているのは明らかだ。

 

 アフトクラトルの者達にとって、この世界は敵地。

 

 緊急脱出(ベイルアウト)システムの存在しない彼等にとって、戦闘での敗北は即ち生身を曝け出してしまう事を意味している。

 

 貴重な黒トリガー使いを含む戦力を惜しみなく投入している以上、それを失った場合の損失は計り知れない。

 

 遠征経験がない為近界の事情には詳しくない木虎ではあるが、近界民が正体不明のエイリアンなどではなく住む世界が違うだけの人間である、という事実は薄々察している。

 

 何せ、彼女は遊真という実例を知っている。

 

 彼が意思疎通可能な普通の人間と変わらない事を知っている彼女にとって、近界民というものの全貌を察するには充分な材料は既に揃っていたのだ。

 

 その事に対して思うところがないと言えば嘘になるが、それは今は関係ない。

 

 重要なのは、敵のワープ使いが本格参戦して来る事はないだろう、という事実のみだ。

 

(ここぞという時の介入くらいはして来るだろうけど、そこまで積極的に力を使っては来ない筈ね。虎の子の回収役を何かの拍子で失うワケにはいかない以上、そこまで安易には使っては来ない筈よ)

 

 散発的な介入は注意する必要はあるが、少なくともワープ使い本人が姿を見せての積極的な参戦はないだろう、と木虎は見ていた。

 

 そもそも、そのつもりがあれば撃破された人型の時も介入するタイミングは幾らでもあった筈だ。

 

 それがないという事は、敵がそのワープ使いを一時の勝敗よりもずっと大事にしている、という事実に繋がる。

 

 戦力そのものはこちらが捕まえる前に回収してしまえば取り返しが利くが、要である彼女が欠けてしまってはそれも叶わない。

 

 故に、ワープ使いに関しては警戒はしつつも対処項目としての優先度は下がる、と木虎は判断したのである。

 

 無論いつ介入があるか分からない以上警戒をしない理由にはならないが、脅威度の順番を正しく認識するのは大事なのだ。

 

 選択一つで勝ち負けが左右される戦場に於いて、正しい判断をする為の材料は幾らあっても足りないのだから。

 

「とにかく、今は敵の攻撃を凌ぎ切る事を優先して行動しましょう。他の手の空いた人たちも、此処に向かっているわ。時間は、私達の味方になる。今は少しでもそれを稼ぐ事を優先して、立ち回るべきだわ」

 

 

 

 

(新手か。優秀な駒のようだが、見たところ近接戦特化のタイプか。私にとっては脅威とは成り得ないが、ラービットを瞬殺できる駒が増えたのは問題だな)

 

 ハイレインは新たに現れた木虎の姿を見て、冷静に戦況分析を行っていた。

 

 見たところあの少女は近接戦闘に特化した兵士であり、生物弾の鉄壁の守りによって容易に近付く事が出来ないハイレインにとってはさしたる脅威にはならない。

 

 腰の拳銃を見る限り遠距離攻撃手段もあるようだが、これまでの玄界の兵との戦闘データを鑑みるにあの形状の銃であれば連射性能はそこまで高くはない筈だ。

 

 少なくともこの場にいるもう一人の少女の持つ銃と比較すれば小型であるし、あのサイズであれば取り回しが容易な代わりに連射性能は低いのが普通である。

 

 仮に突貫を選んだとしても、ハイレインの防御を抜く事は出来ないだろう。

 

(加えて、判断も冷静だ。破れかぶれの特攻ではなく、援軍が到着するまでの時間稼ぎを選んだか)

 

 だが真に厄介なのは、その冷静な判断力だ。

 

 最大の脅威であるハイレインを排除する為に奮起して突っ込んで来るようであれば、どうとでも料理出来た。

 

 しかし彼女は自身の力を誇示するような登場シーンを見せた割には、これまで積極的な攻勢を見せていない。

 

 それはつまり、この場に更なる援軍が到着する可能性が高い事と同義であった。

 

 その証拠に、黒トリガー使いの少年もこちらに向かって来る様子はなく、いつでも動けるように待機状態を維持していた。

 

 迂闊に近付けばキューブにされるだけというのが分かっているのもあるだろうが、それにしても攻めっ気が無さ過ぎる。

 

 それが意味するところは、向こうの意思が「援軍が来るまで持ち堪える」という内容で一致している事を示している。

 

 たった今現れた少女と黒トリガー使いの少年は、双方共に無視出来ない戦力ではあるがハイレインを攻略する為には決め手に欠ける。

 

 遊真の方は射撃を行う事も出来るようだが、その動きから本職ではない事くらいハイレインにはお見通しだった。

 

 少なくとも、射撃の腕に関してはエネドラを倒した兵の中にいた射手よりは低いだろう。

 

 射撃を用いての迎撃の際にも命中率はそこまで高くはなかったのが、その証拠である。

 

 結果としてその撃ち漏らしを残る二人がカバーする形となっていた事からも、そこは間違いない。

 

 故に彼等が一丸となっても、こちらに肉薄する可能性は低いと見ていた。

 

 専守防衛に努めているキューブを持った少女と奥で雛鳥を守っている少年は、尖った部分はないがいち兵士としては優秀な程度で眼を引く部分はない。

 

 眼鏡の少年はトリオンも技術も拙く、戦力としてカウントする必要もない。

 

 エース級と目される少女と黒トリガー使いの少年は脅威度は高いが、ハイレインとは能力的な相性が悪くこちらの守りを崩し切られる心配は少ない。

 

 敵はそれを冷静に考慮した上で、時間稼ぎを選択したのは間違いなかった。

 

「ミラ、状況は?」

『複数の兵がそちらに向かっています。すぐに到着する事はないでしょうが、時間的猶予がそうあるワケではありません』

「成る程」

 

 ミラの報告により、ハイレインは自説の正しさを確信した。

 

 間違いなく、敵は援軍を待っている。

 

 少人数での突貫ではなく、あくまでも戦力を揃えてからこちらの排除に動くつもりだ。

 

 ハイレインはアンチトリガーとも言うべき代物である卵の冠(アレクトール)の使い手ではあるが、決して無敵の存在ではない。

 

 まず心配する必要はないがトリオンは有限である以上、いつまでも戦い続けていられるワケでもないのだ。

 

 更にエネドラを倒した射手がこの場に加われば、生物弾の守りを強引に剝がされる可能性も見えて来る。

 

 トリオンの差で1対1であればこちらが勝つであろうが、その隙をあの二人のエース級が見逃す筈もない。

 

 それだけで倒される程甘いつもりはないが、現状より不利な状態になるのは事実。

 

 敵の足止めを行っていた面々がヴィザを除いて全員撃破された以上、その相手をしていた者達が此処へ向かわない理由はない。

 

 時間をかければかける程敵戦力は増大し、そうなって来れば幾らハイレインだとしても無視は出来ない。

 

 早々に卵の冠(アレクトール)を攻略されるとまでは思わないが、盤面上の不利は見過ごせない。

 

 如何に格下であろうとやりようによっては想定外の結果を叩き出す事があるという事を、今のハイレインは知っている。

 

 あのククロセアトロでの失態は、今も尚彼の脳裏に焼き付いていた。

 

 絶対に勝てると確信した相手からの、想定外の一手による甚大な被害。

 

 あの戦いに参加させていた、少なくない数の部下を彼は失っている。

 

 目当ての()()を確保する為に、通常随行させている精鋭の他に多少実力で劣ってはいてもある程度の能力はある人員を追加戦力で参戦させていた事が仇となった。

 

 その事で他の領主に付け入る隙を与え、多少立場が危うくなった事は今でも忘れていない。

 

 当然己の手腕で権勢の維持はしっかり行ったが、それでも無視出来ない数の戦力を失った事実は変わらない。

 

 ランバネイン達がそうであったように、彼の心にもしっかりと、あの時の記憶は刻まれていた。

 

 常より多くの戦果よりも「失敗し過ぎない事」を念頭に置いて計画を練るハイレインであるが、あれ以降その傾向はより顕著になったと言える。

 

 「金の雛鳥」を積極的に探さず、「確実な戦果」として雛鳥の確保を最優先目標として動いている事からもそれは明らかだ。

 

 元より「神」の候補が容易く見つかるとは思ってはいなかったが、事前の斥候によりそれらしい反応があった事自体は掴んでいた。

 

 にも関わらずそれを探そうとしないのは、これまでの経緯から見て件のターゲットが基地の奥に匿われている確率が高いと見たからである。

 

 そして、玄界の基地に攻め入り全面戦争を行うつもりはハイレインにはない。

 

 追い詰められた相手がどれだけの悪あがきをして、尚且つそれが想定外の結果を引き起こしかねない事を、今のハイレインは痛い程知っている。

 

 迂闊に敵を追い込み過ぎれば、黒トリガーを作られる可能性もあるのだ。

 

 急造の黒トリガー程度でヴィザ翁がどうにかなるとは思わないが、不確定要素が増える事は事実。

 

 断じてそんな愚は犯せない以上、金の雛鳥の発見は諦める他ない、というのがハイレインの結論であった。

 

 時間は敵の味方であり、徒に時をかければかける程こちらが不利になる。

 

 それを承知しているハイレインは、チラリとヴィザの方を見据えた。

 

「ミラ、今から────────」

 

 

 

 

(ホント、底が知れないわねこの爺さん。アタシでも生き残るのが精一杯とか、マジ洒落になんないわ)

 

 一方、ヴィザと対峙していた小南は戦闘を継続しながら内心で舌打ちしていた。

 

 帯島達には悪いが、こちらは敵の攻撃を凌ぐだけでも精一杯だ。

 

 修や遊真が来た事も把握はしていたが、とてもではないが向こうに助力出来るような状況ではない。

 

 悔しいが、この翁は自分より遥かに格上だ。

 

 この世界では向かう所敵なしの小南ではあるが、この老剣士はそんな小南でさえ届かない高みに立っている。

 

 むしろ、これまで生き残れたのが奇跡のようなものだ。

 

 ボーダー内でも飛び抜けた生存能力を持つ小南だからこそ此処まで抗戦出来ているのであり、他の面々であればとうにやられていた筈だ。

 

 もし、この場で小南が敗退すればあの老剣士が自由になる事を意味している。

 

 そうなれば形勢は加速度的に悪化し、一気に趨勢が傾きかねない。

 

 それだけは断固として阻止しなければならない以上、軽挙をするワケにはいかなかった。

 

「…………!」

 

 そうやって、最大限に警戒を強めていた小南は、その類稀なる直感に従ってその場から跳び退いた。

 

 その一瞬後、彼女の背後に開いた黒い穴から無数の白い鳥が出現する。

 

 少しでも回避が遅れていれば。あれが直撃して小南はやられていただろう。

 

「────────隙を、見せましたね」

「しま…………っ!」

 

 だが、その動きは敵の策の内だった。

 

 少なくとも、彼等にとっては。

 

 小南の意識を一瞬でもヴィザから外す事こそが、肝要だったのだから。

 

 彼女の生存本能が、最大限の警鐘を鳴らす。

 

 戦場に最適化された彼女の直感による警戒網が、瞬間的に張り巡らされる。

 

 動揺は、僅かな刹那。

 

 すぐさま態勢を立て直した小南の手腕は、驚異的なものと言える。

 

「────────星の杖(オルガノン)

 

 されど。

 

 敵の狙いは、小南ではなかった。

 

 ヴィザの不可視とすら思える速度の斬撃が、戦場を席捲する。

 

「え…………?」

「嘘だろ…………っ!?」

 

 その一閃で、ラービット相手に片腕を失いながらも抗戦していた奥寺と小荒井が、胴を斬り裂かれ緊急脱出する。

 

「ぐ…………っ!?」

 

 たった一人で三機ものラービットを相手にしていた村上でさえも、その刃を躱す事は敵わず両断される。

 

「え…………?」

「な…………っ!?」

 

 そして、木虎に合流しようとしていた帯島と、とうの木虎も。

 

 突然飛来した不可視の斬撃に反応する事は敵わず、村上達と同じように胴を斬り裂かれた。

 

 緊急脱出の光が続けざまに5つ、空に昇る。

 

 一瞬。

 

 ただの一瞬で、好転していた戦況が一気に悪化してしまった。

 

 剣聖、ヴィザ。

 

 彼の翁の一撃が、情勢を最悪なものへと変えてしまった瞬間であった。

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