香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ハイレイン④

 

 

(う、嘘だろ…………っ!? 一瞬で、こんな…………っ!?)

 

 修は目の前で起きた事のリアリティのなさに、呆気に取られていた。

 

 一撃。

 

 たったの一撃で、これまで戦線を支えていた者達が悉く両断されてしまった。

 

 あの老剣士。

 

 彼の斬撃が、全てを変えてしまった。

 

 良い流れだった筈だ。

 

 キューブに変えられたC級は多いが、それでも順調に人型を倒し、残る脅威の数も少なくなっていた。

 

 まだまだ予断を許さない状況とはいえ、続々と集結しつつある援軍の存在を考えれば未来は明るいと思えた。

 

 つい先ほどまでは。

 

 本当に、そう思えていたのだ。

 

 それが、変わってしまった。

 

 無慈悲なる、剣聖の一撃。

 

 その一刀が、これまでの良い流れの全てを両断してしまったように思えた。

 

 認識が、甘かったのだ。

 

 あの小南が防戦しか成立出来ていないレベルの敵が、尋常な相手である筈がなかった。

 

 小南は名実共に、ボーダーでもトップランクの猛者である。

 

 その突破力は他の追随を許さず、数々の戦場を潜り抜けて来た経験の重みはそう簡単に崩れるものではない。

 

 通常であれば、彼女一人を投入しただけで戦況の趨勢を決定付ける存在。

 

 それが小南だ。

 

 その彼女が何とか戦えているレベルの戦闘しか許されていなかった時点で、あの老剣士の戦力の見積もりがどれ程のものかを察していなければならなかったのだ。

 

 とはいえ、それが修には困難な話であった事は言うまでもない。

 

 トリオンが低く、戦闘技術も拙い修にとっては周りにいる誰も彼もが()()としか映らない。

 

 自分より上である事はそもそも当然である為、正確な戦力比を量る事に慣れていないのだ。

 

 これがランク戦を経験し、多くの隊員の戦いを直で感じて来た者であれば違っただろう。

 

 しかしこれまでランク戦とは縁遠かった修にとって、他者の戦力比較はまだまだ未経験の域。

 

 一騎当千を文字通り体現する者の存在など、予測しろと言う方が無理がある。

 

(あの木虎が、こんなにあっさり…………ッ! ラービットの相手をしていた人たちもやられた…………っ! つまりそれは…………っ!)

 

 そして、情勢は深刻である。

 

 今の一撃で、これまでこの場でラービット相手に善戦していた者達が軒並みやられてしまった。

 

 つまりそれは、彼等が担当していたラービットが自由(フリー)になった事を意味している。

 

 その数、合計6機。

 

 防衛戦力が減った今、それは無視出来ない数の敵戦力と言えた。

 

 成る程、遊真がいればラービットの相手は出来るだろう。

 

 しかしそれは。

 

「────────卵の冠(アレクトール)

 

 ハイレインが何の介入もしなかった場合、の話である。

 

 彼方より放たれ空を埋め尽くす、白い鳥の群れ。

 

 それらが一斉に動き出し、大雨の如く地上に降り注ぐ。

 

 一つ一つが致死的な、無視出来ない白い雨。

 

 それが再び、修達へと襲い掛かった。

 

「…………っ! 『射』印(ボルト)!」

 

 白い鳥の雨に対し、遊真は先程と同じく射撃を実行。

 

 無数の黒い弾丸が、夥しい鳥の雨を迎撃すべく放たれる。

 

 数には数を。

 

 その言葉通り、遊真の放った弾丸が次から次へと白い鳥を撃沈し、その代価のように小さなキューブが地上へ落下する。

 

 しかし、あくまでもそれは無作為に近い射撃。

 

 出水であれば正確に全ての鳥を迎撃出来ただろうが、遊真にはそこまでの精密射撃適正はない。

 

 元々学習(ラーニング)能力は高い為、近接専門の戦闘員としては充分な射撃能力を持ってはいる。

 

 だが、これ程までの数の標的を撃ち落とすには矢張り出水クラスの変態的な技術が要るのだ。

 

 そも、高速で動く小さな的に正確に当てるだけでも至難の業なのだ。

 

 遊真はそれを、弾数を以て強引に成しているに過ぎない。

 

 むしろ、それが可能となる出水の方がおかしいとさえ言える。

 

 ともあれ事実として、遊真の射撃では全ての鳥を迎撃する事は出来ていない。

 

「く…………!」

「…………っ!」

 

 その穴を埋めるべく、修と照屋もまた射撃と銃撃で応戦する。

 

 遊真のそれと比べれば微々たるものでしかないが、彼等はそれを自身を狙う弾道の鳥を優先して迎撃する事で何とか対応する。

 

 彼等もまた精密射撃の能力はそこまで高くはないが、曲りなりにも万能手と射手。

 

 遊真と違い元より射撃能力自体は伸ばしている為、弾数の差を何とか技術でカバーしている。

 

 無論修の技術は他の射手と比べれば拙いものに過ぎないが、王子という優秀な師の下で研鑽した時間は嘘をつかない。

 

 付け焼刃気味ではあるものの、何とか射手としてやっていける程度には彼の技術は上達していた。

 

 これが射手自体は専門外である烏丸の指導だけであれば、こうも巧くはいかなかっただろう。

 

 烏丸は優秀な人間ではあるが、矢張り専門の適性を持っているかどうかというのは響くものだ。

 

 王子は射手ではないとはいえハウンドの扱いには習熟しており、本職の射手である蔵内の指導も同時に受けていた為、修はしっかりと()()()()()()()()を積む事が出来ていた。

 

 二人が教え上手だったという事もあり、以前と比べれば修は射手として名乗るには充分な技量を手にしていた。

 

 そうでなければトリオンで劣る身で、この防戦を成立させる事は出来なかったであろう。

 

「え…………?」

「…………っ!?」

 

 だが。

 

 ハイレインは、そんな彼等の努力など関係ないとばかりに冷徹に策を巡らせていた。

 

 修と照屋が足に違和感を覚え、下を見る。

 

 すると、そこには自分の右足に纏わりついて這い上がる、白い蜥蜴の姿があった。

 

 その正体に瞬時に思い至るが、時既に遅し。

 

 蜥蜴に触れた足はキューブへと変わり、軸足を失った二人は体勢を崩す。

 

 未だ白い鳥の豪雨が降り注ぐ中、それは致命的な隙と言えた。

 

(鳥を囮に、目立たない生物弾を密かに放っていたのか…………っ!)

 

 空を埋め尽くす白い鳥の弾は、あくまでも陽動。

 

 それらを迎撃する為には、必然視線は上空へ向ける事になる。

 

 ハイレインはその隙を狙う形で、密かに目立たない蜥蜴型の生物弾を放っていたのだ。

 

 しかも可能な限り発見を遅らせる為に少数、且つ的確に敵の足を狙う形で。

 

 敵の隙を突き、拮抗状態を崩す為の策を仕込んでいたのだ。

 

 ハイレインは、欲張らない。

 

 蜥蜴型の生物弾はあくまでも敵の足を狙い、体勢を崩させる事のみを目的としていた事からもそれは伺える。

 

 もしもこの伏兵で敵を仕留めようと数を放っていれば、流石に修達もその存在に気が付いただろう。

 

 しかしハイレインはあくまでも敵の足を崩すだけの最小限の数の蜥蜴のみを放ち、発見を遅らせる事を最優先として動いた。

 

 経験豊富で視野が広くこのやり方でも防がれる可能性の高い遊真は敢えて狙わず、二人のみを狙ったあたりそれが徹底している。

 

 結果として修達は白い蜥蜴という伏兵の存在に気が付く事が出来ず、まんまと被弾してしまった。

 

 体勢を崩した二人目掛けて、無数の鳥の雨が襲い掛かる。

 

「…………っ!」

 

 遊真はその状況に気付き、二人へ向かう鳥の雨を迎撃すべくそちらに射撃の大部分を向ける。

 

 大量の弾丸の集中砲火により、修達へ向かった鳥の群れは撃墜される。

 

 何とか、二人の隙はカバーする事が出来た。

 

「く…………っ!?」

 

 だが、代償なしとはいかなかった。

 

 遊真はこれまで、修達や背後にいるC級を守るべく広範囲に弾をばら撒いていた。

 

 その大部分を修達を守る為に使い、更に照屋達の銃撃も途絶えていた状況とあっては、必然他の守りは薄くなる。

 

 故に必然C級を狙う鳥の圧が増してしまい、彼等を護衛していた虎太郎だけでは流石に対処するには数が多過ぎた。

 

 結果としてC級の幾人かが被弾してキューブに変わり、虎太郎も左腕を失ってしまった。

 

 照屋達を失うよりはマシであったとはいえ、この損害は無視出来ない。

 

 虎太郎は照屋とは違い、セットしているトリガーの形状は拳銃型。

 

 必然的に一度に撃てる弾数は少なく、彼はそれをもう一つのスロットにセットしているダミービーコンをばら撒く事でカバーしていた。

 

 本来の使い方とは異なるものだが、生物弾相手ならトリオンで生成された物質であれば盾として扱える。

 

 それにいち早く気付いた虎太郎は、弾数の不足を持ち得る手札だけでどうにか補っていたのだ。

 

 だが、何の代価もなしとはいかない。

 

 ダミービーコンは一つ一つのトリオン消費は微々たるものだが、虎太郎はそれを多く用い過ぎた。

 

 何せ、射撃の弾の代わりとして大量にバラ撒いたのだ。

 

 当然トリオン消費も相応のものとなっており、その上で片腕を失うだけのダメージは無視出来ない。

 

 既にトリオンは枯渇状態に近く、トリオン切れによる緊急脱出も秒読み状態と言えた。

 

 照屋や修がC級の護衛の約半分を受け持ってくれていたとはいえ、その消耗は激しい。

 

 仮に木虎や帯島が生き残ってくれていれば、此処まで状況は悪化しなかった。

 

 恐らく、それを見越した上でハイレインはヴィザに彼女達を始末させたのだろう。

 

 確実に敵の消耗を狙い、この場の守りを崩す為に。

 

 ハイレインは、冷徹に策を巡らせたのだ。

 

(マズイ。このままじゃ…………っ!)

 

 修は、冷や汗を流す。

 

 損害があったとはいえ、何とかある程度凌ぐ事は出来た。

 

 修は不格好ながらも、照屋は毅然とした表情で体勢を立て直す。

 

 片足を失った状態を何とかカバーするには至ったが、二人のトリオンも余裕があるワケではない。

 

 防衛の為に大量の弾をばら撒いた照屋は当然として、元からトリオンが乏しい修はトリオン切れが秒読み段階に入っている。

 

 当然だ。

 

 元より、修は戦闘員としては失格の烙印を押される程トリオンが低い。

 

 何せ、正攻法ではボーダーの規定する最低水準に達せず不合格を言い渡される程、彼のトリオンは低いのだ。

 

 ボーダーの入隊試験は、試験問題の結果はあくまでも参考程度であり、真にそれを通過出来るか否かは受験者のトリオンが一定基準を満たしているか否かが全てとなる。

 

 これはトリオンの低い者が下手に戦場に出れば、戦力不足により危機に陥ってしまう可能性が高い為だ。

 

 トリオンの低い者が戦闘員を担えば、本人のみならずその者が担当していた場所の防御が薄くなり、結果的に被害が大きくなる可能性が存在する。

 

 ボーダーの入隊基準はそれを避ける為に設けられているものだが、修は迅からの口利きによる裏口入学に近い形で入隊している身の上だ。

 

 才能の有無は、容赦なく結果として現れる。

 

 今の修の状態は、それを残酷なまでに体現していた。

 

「次だ」

 

 そして当然、敵はそんな彼の事情など斟酌しない。

 

 何処からか冷徹な声が聴こえたような錯覚と共に、再び空を白い鳥の群れが埋め尽くす。

 

 容赦のない第二陣の鳥の豪雨が、再び地上へと降り注いだ。

 

 

 

 

(失態ね。敵の狙いを読み間違えたアタシが一番の戦犯だわ)

 

 小南はヴィザの攻撃を凌ぎながら、己の失敗を自覚し舌打ちしていた。

 

 先程、敵首魁と思われる男の攻撃によって生じてしまった隙を突かれる形で、彼女はヴィザの木虎達への攻撃を許してしまった。

 

 自らに明確な隙が生じたと自覚したあの瞬間、小南はかつて戦場で培った生存本能によって反射的に自らの身を護る事を最優先した行動を取った。

 

 それは敗北が即座に死に繋がる戦場を生き抜く為に培った条件反射のようなものであり、彼女が過酷な死地を潜り抜ける為に習得せざるを得なかった生態反応である。

 

 だが、今回はそれが裏目となった。

 

 反射的に自分を守る為の動きを行った結果、後方への攻撃に対する反応が遅れてしまった。

 

 小南の危機感知能力は自身が生き残る為に培ったものであり、彼女の並外れた生存能力にも繋がっているが、それでも守れるのはあくまで()()()()である。

 

 これは当然の事で、他の何よりも自分を守る事を優先して動かなければ、過酷な戦場で生き抜く事は出来なかったからだ。

 

 恐らく、敵は自分のように死地を生き抜いた戦士を相手にした事があるのだろう。

 

 だからこそその本能とも言うべき生態を逆手に取り、木虎達への攻撃を通すべく策を巡らせたのだ。

 

 敵は、近界(ネイバーフット)最大級の軍事国家アフトクラトルの精鋭。

 

 その程度の経験と巧緻は、当然の如く備わっていたのである。

 

(もう、こいつを自由にさせるワケにはいかない…………っ! こいつを自由にさせたら、状況はもっと悪化する…………っ! 申し訳ないけど、そっちは手伝えない…………っ! 何とか、踏ん張って…………っ!)

 

 小南は必死にヴィザの攻撃を凌ぎながら、後方で戦っている修達の身を案じる。

 

 この老剣士を自由にした場合の被害が想定出来る状況にあって、彼女に出来る事は全力を賭して彼を相手に時間を稼ぐ事だけだった。

 

 情勢は、最悪の一言。

 

 未だ勝ちの芽は見えず、知将と剣聖を前にボーダーは未曾有の窮地へ立たされていた。

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