香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ハイレイン⑤

 

 

(マズイな。単純に()が足りない。個人の武で戦術を凌駕するなんて、悪い冗談だな)

 

 東はスコープ越しに戦況を俯瞰しながら、あくまでも冷静に考察していた。

 

 小荒井・奥寺と共にC級防衛戦闘を行っていた東であったが、その前衛二人が敵の攻撃で纏めてやられてしまった為に迂闊な事は出来なくなり攻撃を控えていたのだ。

 

 向こうで奮闘している者達の為に動いてやりたいのは勿論だが、何分今の状況で出来る事は殆ど無い。

 

 東は優れた戦術家であるが、無から有を生み出す事は出来ず何をどうやっても変えられない状況というものは厳然として存在する。

 

 とはいえ、そういった状況は殆ど無い筈であった。

 

 稀代の戦術家であり人望も厚い東は、どんな劣悪な手札であれ一定以上の戦果を挙げる事が可能だ。

 

 多少不利な程度なら策一つで盤面を書き換えてみせるし、どうしようもない状況であったとしても撤退の策くらいは打ち出せる。

 

 だが今、そんな彼であってもどうにもならない状況に直面していた。

 

 敵の、老剣士の一撃。

 

 あれで、全てが狂わされた。

 

 黒トリガーの規格外ぶりは理解していたつもりであったが、あそこまでとは想定外にも程があった。

 

 何せ、たったの一撃でラービット相手に善戦していた者達を軒並み落としてしまった。

 

 その者達は、何も一列に並んで戦っていたワケではない。

 

 ある程度近い距離にいたとはいえ、全員が個々に戦っていたのだ。

 

 にも関わらず、あの翁はただの一撃でその全てを屠ってみせた。

 

 驚くべき射程、精密動作である。

 

 たった一撃で全ての防衛線が壊滅するなど、規格外にも程がある。

 

 しかもその攻撃は()()()()()()()()()()だというのだから、手に負えない。

 

 あの攻撃はエネドラの気体化ブレードのような真の意味での不可視の攻撃ではなく、単純に()()から視覚で捉えられない、という類の代物である事は分かっている。

 

 認めるのは抵抗があるが、これまで見て来た性質から考えるに間違いない。

 

 あれはただ、途轍もないスピードで振るわれる斬撃であると。

 

 そう、認めざるを得なかった。

 

 あの攻撃で落とされた者達の話によれば、攻撃は全て()()から振るわれていたらしい。

 

 身体の中を何かが通り抜けるような違和感の刹那、自分の胴が両断されていた事に気付いたのだという。

 

 それはつまり、あの攻撃が翁を中心に放たれた射撃に類するものではなく、薙ぎ払うように振り抜かれた斬撃である事を意味している。

 

 加えて、シールドに一切触れる事なく直撃させたというのも厄介な情報だった。

 

 つまりそれはあれ程の射程・威力を誇りながら、自在に攻撃軌道の取捨選択が行えるという事なのだから。

 

 眼に映らない程高速の、広範囲殲滅即死斬撃。

 

 脅威としてはこの上なく、東と言えども明確な対抗策を出せずにいた。

 

(問題は、あれの射程限界がどれ程かがまだ分からない、って事だな。下手をすると此処まで届く可能性がある以上、迂闊に動いて落とされるワケにはいかない。これ以上、士気を落とす要因を作るワケにはいかないからな)

 

 加えて、あの斬撃の射程が何処まで伸びるか不明な以上、東が軽々に動く事も躊躇われた。

 

 戦況を動かす為であれば捨て身も吝かではないものの、ささやかな時間稼ぎ程度で自分という駒を差し出すような真似は出来なかった。

 

 東は自分の人望についてある程度自覚しており、そんな自分が落とされた時の隊員の受ける心的ダメージが大きい事も理解している。

 

 あの東が落ちた、というだけで味方の士気に甚大な影響が起こる事は目に見えているからだ。

 

 ただでさえ不利な状況下である以上、それを更に悪化させるような真似はするべきではない。

 

 それ故に、東は遠くから手が届く狙撃手でありながら、静観を余儀なくされていた。

 

 たった一人の、個人の武による脅威。

 

 ただそれだけで、東は身動きを封じられていたのだ。

 

(小南はあの剣士の相手で精一杯。空閑くんっていう子は三雲隊員やC級を守らなければならない事が枷になって、思うように動けないでいる。動かせる駒が少な過ぎる。反撃の手を打つには、手札が足りない)

 

 そして、深刻なのは現状の戦力不足であった。

 

 最大戦力の小南はあの老剣士を押し留める事に全力を尽くしており、とてもではないが他に余力を回す事は出来ない。

 

 新たに現れた空閑遊真という大戦力も、修やC級の防衛を行う為に行動に制限がかけられている。

 

 幾ら東とはいえ、手札が致命的に足りない状況では戦況を動かす事など出来はしないのだ。

 

 稀代の戦略家とはいえ、無から有を生み出す事は出来ないのだから。

 

(とはいえ、空閑くんがいなければとっくに敵は目的を達していただろうな。それを考えると、彼を連れて来た三雲くんはファインプレーだ)

 

 しかし、その遊真がいなければ戦況は劣悪を通り超して最悪の結果に終わっていただろう。

 

 あの場は、彼一人の力で保たれていると言っても過言ではない。

 

 修達も奮起してはいるが、真に防衛の要を担っているのは遊真である事は明らかだ。

 

 もしも彼があの場にいなければ、とうに敵は目的を達して撤退していただろう。

 

 それを考えれば、護衛していたC級を引き連れてでも彼をこの場に連れて来た修の行動はファインプレーに過ぎた。

 

 彼の行動がなければ、そもそも苦境に喘ぐ事すら出来なかったのだから。

 

(敵が自由(フリー)になった新型をまだ動かしていないのも、彼がいるからだな。迂闊に動かせば全滅させられる恐れがある以上、投入を渋るのは理解出来る)

 

 加えて、すぐに打てる手がないからと言って思考を止める東ではない。

 

 これまでの状況から、敵の現状に関するある程度の推察は既に終えていたのだ。

 

(そういう動きをするという事は、敵の新型の残数が少ない事を意味している。恐らくではあるが、先程までのように延々と新型を投入され続ける、という事態が起きる可能性は少ないと見て良いだろう)

 

 敵は、あの老剣士の一撃によって小荒井達を落とした事であの場にいる6機のラービットを自由に動かせるようになっている。

 

 にも関わらず、その新型達は未だ動く様子を見せていない。

 

 位置を微調整している事からも後々使うつもりであるのは分かるが、これまで目立った行動が見られない以上それを動かさない理由は明白だ。

 

 空閑遊真。

 

 あの少年は、驚くべき技量でラービット数体を瞬殺してみせている。

 

 敵は恐らく遊真の戦力を警戒し、新型の軽々な投入を控えているのだろう。

 

 今は敵の生物弾の迎撃に手一杯な遊真ではあるが、だからといって一切動けない、というワケでもないのだ。

 

 極端な話、「後で回収すれば良い」と割り切って防衛を放棄し、向かって来たラービットを全滅させる事に注力するという選択肢もあるのだから。

 

 無論それをすれば修達やC級の大部分はキューブに変わるだろうが、キューブ化されたとしても敵に奪われなければ問題ない、と割り切って行動する事は大いに有り得る。

 

 実際、それしか手段がないなら東とてやるだろう。

 

 勿論リスキーな行為であるのであくまでも最終手段ではあるが、苦肉の策としては存在する以上敵がそれを考慮していない筈がない。

 

 これまでの動きから見るに、向こうはキューブの「回収役」はラービットに担わせるつもりであるようだ。

 

 あの生物弾を操る敵首魁と思われる人物が移動する気配がないのは、接近戦特化である遊真に近付くリスクを厭っての事だろう。

 

 トリオンで出来たあらゆるものをキューブ化する能力を持つあの黒トリガーは、トリガーメタとでも言うべき凶悪な代物だ。

 

 どんなにトリオンの高い人物のシールドであっても有無を言わさずキューブへ変え、その膨大な物量で押し潰してしまう。

 

 防御面でも夥しい数の生物弾を自身の周囲に展開する事で、鉄壁の守りを誇っている。

 

 これ程の能力を持っていながら、敵には油断というべきものが一切ない。

 

 修と照屋に絞って蜥蜴型の生物弾による奇襲を敢行したやり方を見て分かる通り、敵はとにかく確実な成果を求める慎重なタイプだ。

 

 ああいう手合いは欲張って多くの戦果を求めるのではなく、最低限の結果を持ち帰る事に最大限注力する傾向がある。

 

 博打の類は一切打たず、ただひたすらに「失敗しない事」に重点を置いて行動する。

 

 些か慎重の度が過ぎているようにも見受けられるが、遠征部隊のリーダーともなれば伴う責任も多大であるだろうから仕方のない側面はあるのだろう。

 

 ともあれ、敵の指揮官がそんな典型的な拙速は巧緻に如かずというタイプである事はこれまでの経緯から見て間違いない。

 

 東も分類的には同じタイプであるので、その思考は理解出来る。

 

 彼等の違いは、ただ一点。

 

 黒トリガー二枚という絶大な戦力を持っているか否か、である。

 

 敵の保有する黒トリガーは、広範囲神速即死斬撃を可能とするものと、あらゆるトリオン製の物質をキューブ化する強力極まりない性能を持った二枚。

 

 出力も然る事ながら、その能力が凶悪に過ぎる。

 

 前者の脅威は先程目撃したばかりであるし、後者も性質の悪さではその上をいく。

 

 戦力としての最大の脅威はあの老剣士であるが、生物弾の使い手たる敵首魁もその戦術眼と組み合わさる事で脅威度が格段に上昇していた。

 

 少なくとも、生駒達が倒した黒トリガー使いのように自身の黒トリガーへの絶対的な自信による隙などまず見せてはくれないだろう。

 

 そういった意味で、付け入る隙が見当たらない。

 

(今のままじゃ、どうにもならない。だが、手が無いワケじゃあない────────────────そろそろ、だな)

 

 故に。

 

 東は既に打っていた()の内容を鑑みて、盤面を俯瞰する。

 

 確かに、今の手札では何も出来ない。

 

 ならば、どうするか。

 

 答えは、決まっているようなものだった。

 

(良く頑張ってくれた。ようやく、()()が増えるぞ)

 

 

 

 

(このままじゃジリ貧だな。敵がラービットを動かす気配がないのは、オサム達が落ちるのを待っているからか)

 

 遊真は射撃で生物弾を迎撃しながら、冷静に戦況を分析していた。

 

 これまで三人がかりで何とか敵の攻撃を凌ぎ続けているが、それにも限界はある。

 

 本職の射手ではない遊真の射撃では、百発百中で白い鳥を全て迎撃する事は出来ない。

 

 故に修の射撃と照屋の銃撃、虎太郎のダミービーコンによる防御で撃ち漏らしをカバーして貰っているのだが、それが出来るのは彼等がトリオン切れに陥るまでだ。

 

 敵が自由(フリー)になった新型を動かさないのは、恐らくそれを待っているからだろう。

 

 この場の最大戦力は言うまでもなく遊真自身ではあるが、修達の果たしている役割は非常に大きかった。

 

 彼等が護衛に専念してくれているからこそ、遊真はある程度自由に動く事が出来るのだ。

 

 遊真の戦法の基本は、ヒット&アウェイ。

 

 攻撃は得意だが、防御は本来そこまで得手としてはいない。

 

 無論出来る出来ないで言えば可能だが、彼の本領はそこではないのだ。

 

 そんな遊真が自由に動く為には、C級を護衛する人員が必須なのである。

 

 敵の狙いはこちらの撃破ではなく、あくまでもC級を連れ去る事。

 

 つまり、この場で敵首魁を倒す事が出来たとしても、彼等を攫われてしまえば本末転倒なのだ。

 

 優先順位を履き違えてはならない。

 

 敵を倒すのはあくまでも味方を守る為であり、それそのものが目的というワケではないのだ。

 

 だからこそ、遊真は迂闊に動けずにいた。

 

 自分が彼等を見捨てて動いて確実に敵を倒す算段があるのであればともかく、それがない状態で強引に動いても意味が無いからだ。

 

 敵の黒トリガー、卵の冠(アレクトール)はアンチトリガーとも言うべき凶悪な代物だ。

 

 同じく黒トリガー使いである遊真であっても、何の策もなしに突っ込んで勝てる相手ではない。

 

 加えて、敵は徹底してこちらに近付かず攻撃は生物弾に任せている。

 

 ある程度距離が離れている以上、犠牲覚悟の突貫をしても辿り着くまでに撃墜されるのは目に見えていた。

 

「レプリカ。手が足りない。何とか出来るか?」

『ラービットの複製を作る事は出来るが、それには多くのトリオンが必要だ。この場でそれをしても明確な有効打にはならない以上、おすすめはしかねるな。無論、決めるのはあくまでもユーマ自身だが』

「却下だ。どこまでこの状況が続くか分からない以上、トリオンを無駄には出来ないからな」

 

 レプリカの提案を、遊真は即座に却下する。

 

 確かにラービットの複製は戦力にはなるが、あの生物弾相手には巨体である事がネックになる。

 

 同じラービットを相手にするなら使い道はあるが、この場でデカイ的を出しても狙い撃ちにされるだけである以上トリオンの無駄遣いは出来るだけ避けるべきだからだ。

 

『そうか。だが、どの道必要なくなったようだ』

「────────成る程」

 

 されど。

 

 その葛藤の直後、それは起こった。

 

 後方より飛来する、無数の弾丸。

 

 それは生物弾に着弾するなり、全てが()()

 

 上空を爆発が席捲し、それに巻き込まれて数多くの生物弾が吹き飛ばされる。

 

 遊真は後ろを振り向いて、それを成し得た人物を視認した。

 

「救援に来たよー。というか凄い状況。ゾエさんで力になれると良いけど」

「ハッ、やるしかねーならやるだけだろ。ん? オメー誰だ?」

 

 大柄な体格の擲弾銃(グレネードガン)を携えた少年と、目つきの悪い長身の少年。

 

 B級二位影浦隊、北添と影浦。

 

 牙持つ獣の部隊が、救援に到着したのだった。

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