「あ、えっと、ぼくは玉狛支部の三雲修と言います! こっちは同じ支部の空閑です。救援、ありがとうございましたっ!」
「…………玉狛だぁ? まあいい。東のオッサンに言われて来ただけだ。気にすんな」
修の挨拶に、影浦は素っ気なくそう返す。
というよりも、混じりけ無しの感謝の視線にいたたまれなくなっていた。
彼は玉狛支部の事は「迅や小南が所属する支部」くらいの知識しか知らないが、修のような見るからに素人臭い少年が所属しているとは聞いた事がなかった。
しかし、修が嘘を言っているワケではない事は分かっている。
感情受信体質と言う
今の問答もそれを用いて相手の感情の動きを察知し、特段嘘を言っている感じではないと判断したワケだが、修から放たれる圧倒的な感謝の念に辟易した次第である。
負の感情ならば敵意と行動で示して来た影浦ではあるが、一方で純粋な好意に対してはどう対応して良いか分からず困惑する事が多々ある。
修のようにある意味で裏表のない人物は、影浦の天敵と言って良かった。
彼の場合は裏表が無さ過ぎるのが問題だが、
今の会話から、修は気になるワードを見つけ出していた。
「東さん、ですか。えっと、その方は確か────────」
『ああ、俺だ。状況は把握している。影浦の言う通り、俺が彼等をそこへ向かわせたのは事実だ』
「え…………?」
問いかけようとした矢先の突然の通信に、修は眼を白黒させる。
させるのだが、そこでその声に聞き覚えがある事に気付く。
そして、東という名前の持つ意味も。
────────────────このボーダーで戦術に最も精通しているといったら、やっぱり東さんだね。ボーダーに所属する多くの正隊員が彼の教えを参考にしているし、師匠筋に関しても元を辿ればあの人に行きつく事が多い。色々な意味で、規格外な人だよ────────────────
かつての雑談の中で、王子が言っていた言葉が蘇る。
東春秋。
ボーダーでも屈指の実力者にして、稀代の戦術家。
「あ、す、すみません。救援要請を出してくれていたんですね。ありがとうございます」
その彼が直々にこうして通信を繋げて来ているという事実に、ようやく認識が追い付いた。
今の会話内容から鑑みるに、影浦達をこの場所に送ったのは彼の手によるもので間違いない。
厳し過ぎる状況に差し伸べられた救援は、これ以上なくありがたいのは事実。
それを成してくれた事に改めて感謝し、修は通信越しに謝意を送った。
『気にしなくて良い。というよりも、このくらい当然の事だ。小荒井達が落とされてしまったとはいえ、介入出来る状況で静観を選んでいたのは俺だからな。君が連れて来てくれた空閑くんが奮闘している分、このくらいの埋め合わせはさせてくれ』
「い、いえ、あの見えない攻撃の射程限界が分からない以上迂闊に動くワケにはいかなかったでしょうし、構いません」
「…………ほぅ」
東は修の返答を聞き、思わず感心するように息を吐いた。
今の解答は、一部ではあるが東の思惑を正確に突いていたからだ。
確かに東が動かなかった要因の一つに、翁の攻撃の射程限界が分からなかった事にある。
どうやら修はこれまで得た情報から、思った以上に正確に現状を認識していたらしい。
戦闘技術も知識も素人に近いという話だったが、どうやら王子による教導の成果は思った以上に挙がっているようだと、東は判断した。
この場で敢えて自分が非難を受けかねない「これまで静観を選んでいた」という情報を明かしたのは、それに対する修の反応を見たかった為だ。
影浦や照屋といった正隊員の事は東は理解出来ているが、生憎修に関するデータは殆どない。
故に、作戦に組み込める相手なのかどうかを確かめる必要があったのだ。
反発が強いようなら作戦から外すし、そうでなければ最低限の役割を振って何かあればフォローする。
その程度の認識だったが、此処まで自分の頭で考える事が出来る相手となれば話は別だ。
東は頭の中の戦略に密かに軌道修正を加え、不敵な笑みを浮かべた。
『三雲くん、君達には頼みたい事があるんだ。それは────────』
「いっくよー」
ゾエの気の抜けた声と共に、無数の弾丸が射出される。
先程の爆撃とは異なり弾数を重視したその銃撃は、数多くの生物弾を悉く撃墜していた。
影浦隊銃手、北添尋。
彼がランク戦で適当メテオラと呼ばれる攻撃で用いているその
それをすぐさま理解した北添は、爆撃から銃撃へと即座に切り替えた。
トリオンの豊富な彼の銃撃は、照屋のそれと比べ圧倒的と言える弾数で、多くの生物弾を撃墜していた。
狙いそのものは荒いように見えるがその実的確で、尚且つ弾数が多い為かなり多くの弾を迎撃する事が出来ていた。
評価値で言えば9のトリオンを誇り、サポートも的確な北添らしい援護と言える。
チームメイトの影浦とユズルは個人主義が強く、他の部隊のような密な連携は望めない。
それを強引に連携の形に持って行っているのが、サポーターとして高い能力を持つ北添の手腕なのだ。
彼は視野が広く、俯瞰的に物事を見る事に長けている。
判断力も的確で、ほんわかとした外見からは想像出来ない程機転も利く。
その対応力はあの犬飼からしても評価の対象であるあたり、優秀さが伺える。
だが、その北添の銃撃援護があっても撃ち漏らしは出て来る。
ある程度の精密性はあるとはいえ、北添はどちらかといえばパワーで押すタイプの銃手だ。
狙いの正確さで言えば流石に出水クラスには及ばず、百発百中とまではいかない。
故に、彼の銃撃から逃れた白い鳥は容赦なく厄介な銃手を排除しようと迫り来る。
「ハッ!」
だが、それをカバーするのは誰あろう最前列に立って待ち構えていた影浦であった。
北添を含めた後衛を背にした影浦は、腕から伸ばした鞭のような斬撃────────────────スコーピオンの発展形であるマンティスを振るい、自分達に直撃する
無論それらに触れた刃の先端はキューブに変わるが、あくまでも触れた部位周辺がキューブに変わる性質上、接触面積を減らしておけばブレードの再利用は利く。
元より再展開の容易なスコーピオンを用いている事もあり、影浦は同じ方法で迎撃を繰り返し、マンティスが維持出来なくなる短さまで刀身が欠けた段階で再生成する、といった手法を用いていた。
こんな離れ業が成立するのは、影浦の
彼は自身に向けられる感情を肌で感じる事が出来、敵意や悪意といった負の感情はより鋭く刺さるのだ。
つまり、相手の攻撃の際に発生する敵意や攻撃意思等もそれに該当し、要は彼は自身に向けられる攻撃のタイミングや軌道が文字通り本能的に察知出来るのだ。
これは相手の攻撃の種類を問わず発動し、向こうが影浦を認識していれさえすれば攻撃前からその存在に気付く事すら可能なのだ。
相手が狙撃手ならスコープで影浦を視認してしまった段階でこの能力が発動して位置を察知される為、狙撃手殺しとも言える副作用と言える。
影浦はこれを利用して後衛の前に自ら盾となる位置に立つ事で、相手の攻撃の軌道の全てを感知。
正確にそこに刃を飛ばす事で、完璧な迎撃を可能としていた。
基本的にブレード使いはハイレイン相手には不利なのだが、そんなもの関係ないとばかりに北添との連携迎撃によって見事にその攻撃を凌ぎ続ける事に成功していた。
北添と影浦。
この二人が加わるだけで、修達の現状は大幅に改善に向かいつつあった。
(援軍が合流したか。予想通りだな)
ハイレインは、視線の先で修達と並んで戦っている面々に目を向けていた。
大柄な男は武骨な銃器を用いた銃撃で、こちらの生物弾を悉く撃ち落としている。
広範囲に弾をばら撒く彼の攻撃の影響で、これまで防衛に力を割いていた遊真に余裕が出来て来ている。
このままではいずれ形勢を覆される可能性もあり、決して楽観視できる状況ではない。
とはいえ、ハイレインとしてもこの状況を予想出来なかったワケではない。
元より援軍が向かっているのは既知の情報であった為、彼等の合流も予定調和でしかなかった為だ。
(頃合いだな。好調な時程、水を差せば落差が大きい。援軍をこの場で屠れば、敵の戦意も挫けるだろう)
援軍が向かっているというのに、ハイレインが悠長な作戦を取っていた理由。
それは、現れた援軍を先程と同じように逐次仕留める為だ。
向こうで戦闘している少女兵士が、ヴィザとの戦いで精一杯である事は把握している。
あのヴィザ相手に此処まで粘る継戦能力は称賛に値するが、その彼女とて余裕があるワケではない。
ヴィザとの間に作っている均衡は、少し小突けば崩れる程度の脆いものだ。
流石に全く同じ手は通用しない可能性が高いが、それならそれで手を変えるだけの話。
既に布石は打った後であり、後はハイレインの合図次第でどうとでもなる。
援軍が来る事は、既定路線。
ならば、やって来る者達を逐一屠っていけば良い。
暴論のようなやり方だが、それが出来るのがヴィザであり、そこに至るまでの絵図を描く事が出来るのがハイレインという男である。
彼は別に戦いが好きなワケでも、謀略が好きなワケでもない。
ただ、彼の求める平穏な暮らしを維持する為にはそれが必須であり、必要であるから最大効率で行っているだけに過ぎない。
そこにはランバネインのように戦いを愉しむ享楽も、ヴィザのようにより過酷な死線を求める修羅もない。
効率的に、無駄なく最小限の犠牲で事を済ませる。
それのみに徹底した効率と成果主義の化身が、ハイレインという男の姿である。
そして、その策は既に発動されていた。
「ヴィザ翁、こちらで隙を作ります。予定通り、新たに現れた援軍を始末して頂きたい」
「承知致しました」
ヴィザはハイレインからの通信を受け、にこりと微笑んだ。
目の前の少女との闘争は、心が沸き立つ。
時間稼ぎに徹しているとはいえ、果たしてこれ程までに自分と鐔ぜり合う事の出来る存在が早々にいただろうか。
少なくとも、彼女程ヴィザ相手に食らいつけた相手は数える程しかいない。
しかもその殆どは歴戦の兵である事を考えると、あの齢であそこまでの力を発揮している事実は驚嘆に値する。
可能ならいつまでも斬り合っていたいところではあるが、この身はアフトクラトルの兵士。
作戦遂行には全力を尽くさねばならない以上、ハイレインの命に否やはなかった。
(これも母国の為。恨まないで欲しいとは言いませんが、戦場の倣いです。もう一度、泥の味を噛み締めて頂きましょう)
表面には出していないが、彼女が先程ヴィザの攻撃を止め切れなかった事を悔いているのは分かっていた。
それを表に出さずに自分を抑え込む事に全力を尽くし、こちらの攻撃に対処している対応力は驚嘆に値する。
とはいえ、負い目から多少精彩を欠いた動きになっている事もまた事実。
ヴィザの眼には、背後から彼女に這い寄る二体の蜥蜴型の生物弾の姿が映し出されていた。
「…………!」
普通ならば気付かず、そのまま生物弾の餌食になっていただろう。
だが、小南は驚異的な危機感知能力によって反射的にその場から飛び退き、生物弾の着弾を回避。
高い生存能力を証明するかのように、ハイレインの奇襲を即座に察知し回避した。
されど、それで問題はない。
ハイレインも、ヴィザも。
今の攻撃で彼女が落とせる、などとは思っていなかった。
肝要なのは、ただでさえ少ない彼女の余力をこの攻撃によって削り取る事。
生存本能に由来する回避行動は、最早生態のようなものだ。
長く戦場を渡り歩いた者にのみ現れるその特徴は自身の生存と言う点では有用だが、逆に味方を守る際には不向きだ。
反射的な回避行動故に、そこに思考が挟まる余地がない。
それはつまり、その行動の結果起こる味方への損害に関係なく自動的に身体が動いてしまう事を意味している。
彼女が単騎で戦っているなら、それでも問題はなかっただろう。
しかし、この場で彼女が担っている役割はヴィザを抑え込み、彼を自由にさせない事。
その小南が自身の生存に余力を使い切ってしまえば、必然その瞬間だけはヴィザが
されど。
この剣聖が動くには、刹那の時間があれば充分に過ぎた。
再び敵を屠るべく、ヴィザは剣を振るうべく動く。
「────────旋空弧月」
だが。
それに、待ったをかける者がいた。
清廉な声と共に放たれた拡張斬撃、三連。
その正確無比且つ強烈な斬撃を、ヴィザは体捌きのみで躱してみせる。
そして。
ヴィザはそれを成した者の姿を、目撃した。
「────────小南、良く持ち堪えた。此処からは、私も戦線に加わろう」
「忍田さん…………!」
精悍な顔立ちの、一刀を携えた歴戦の剣士。
ボーダー本部長にしてノーマルトリガー最強の男、忍田真史が小南と並び立ちヴィザの前に姿を見せたのだった。