「救援に来て下さってありがとうございます。出水先輩、烏丸先輩。でも、烏丸先輩は確か捕虜の護送を行っていたと聞いていましたが」
「ああ、そうだ。けど、途中でレイジさんに会ってな。捕虜を連れて行くのを代わってくれたんだ。
修の質問に、烏丸は淀みなくそう答える。
先程までに得ていた情報では烏丸は倒した敵の捕虜を護送していると聞いていたが、どうやらその情報は既に古かったらしい。
想定外の返答に、修は眼を白黒させた。
「えっと、消耗したってレイジさんがですか? 確か、人型撃破に貢献したとは聞いていますが……………………そこまで、苦しい戦いだったって事ですか?」
「否定はしないが、それ以上に切り札を使ったのが大きかったらしくてな。前にも話した玉狛支部謹製の特殊なトリガーは、強力である反面、燃費が悪くてな。俺のそれよりはマシとはいえ、レイジさんのトリガーも結構な消耗を強いるからな。撃ち合いまでやったっていうし、その状態で戦いに向かうよりも俺に任せた方が良い、って判断らしい」
烏丸はそう言って、修の疑問を晴らしていく。
玉狛支部に所属する隊員は彼の言う通り、通常とは異なる規格のトリガーを扱っている。
小南の双月、そして話だけは聞いていたレイジの
レイジの全武装はどうやら大量の武装を一斉展開する類のトリガーであるらしく、火力は馬鹿高いが消費も相当に大きいらしい。
高いトリオンを誇るレイジだが、そんなものを使って撃ち合いまでやったのだからその消耗度合いは察して知るべしである。
あのランバネイン相手に勝ちを拾う為には加減するワケにはいかなかったとはいえ、決して楽な戦いではなかった、という事だ。
レイジはそうやって消耗した自分が主戦場に向かうよりもまだ大きな戦闘を経ておらず余裕のある烏丸に向かわせた方が良いと判断し、捕虜の護送を代わりに引き受けたのである。
それが適材適所であると、そう考えた上で。
「とはいえ、俺で何処までレイジさんの代わりが務まるかは分からないがな。けれど、任された以上は全力を尽くすさ。幸い、途中で出水先輩も拾って来れたしな」
「おう、任せてくれていーぜ。丁度、雑魚掃除は飽き飽きしてたトコだったしな。大一番に同行させてくれるとあっちゃ、断る理由もねーだろ。どーやら、奴さんは相当厄介な相手みたいだしな」
出水はそう言って、離れた場所に陣取るハイレインを見据える。
これまでの戦闘データは、道中で既に聞かされている。
彼の黒トリガー、
「
「…………? それは、どういう…………?」
「だから、奴の弾が当たったものは本当に全てキューブに変わったのか、って聞いてるんだよ。たとえば、
「あ…………」
出水に指摘され、気付く。
確かに、それは盲点だった。
敵のトリガーの驚異的な能力を前に、考える余裕がなかった、と言っても良い。
何せ、これまで防戦だけでも精一杯だったのだ。
幾ら常人とは異なる精神性を持つ修とはいえ、そのような状態で生存以外の思考にリソースを回す余裕がなかったのだ。
彼がもう少し実戦慣れしていれば違っただろうが、修は王子の教導を受けたとはいえ経験の面では素人同然。
戦場での最適な心構えはこれから実地で学んでいくところであり、経験不足は如何ともし難い。
言われるまで気付かなかったのも、無理は無いと言えよう。
「そういえば確かに、あいつの弾が当たっても地面や壁はキューブになっていませんでしたっ! という事は、もしかして…………っ!」
「ああ、多分あいつのトリガーはトリオンで出来たモンにしか効かねーんだ。アンチトリガーとでも言えるおっそろしい能力だけどよ。きちっと穴はあるってこった」
出水はそう言って、ニヤリと笑みを浮かべる。
この情報の持つ意味は、大きい。
完全無欠と思われた凶悪極まりない敵の黒トリガー、
すぐさま突破口になるかは分からないとはいえ、何の情報も無い状態とでは雲泥の差がある。
情報アドバンテージというものは、それだけ重要なのだから。
「というワケで、指示下さい東さん。今の話、聞いてたんでしょ?」
「ああ、勿論だ。今の情報は大きい。これで、奴の攻略の筋道を立てる事が出来る。二人共、お手柄だな」
東はそう言って、通信の向こうの二人を労った。
出水達を向かわせたのが東である以上、当然情報は共有しているしさり気なく今の会話を聞かせてくれた彼の意図も理解している。
優秀なサポーターであり指揮もこなせる出水ではあるが、この場に東がいる以上そちらに主導権を譲った方が良いと判断するのは当然と言えば当然だ。
何せ、指揮という面に於いてボーダーの中で東の右に出る者はいない。
ランク戦では部下の教導を最優先する為表立って指揮を執る事はない東ではあるが、その確かな戦術眼と豊富に過ぎる手札の広さは誰もが知っている。
何せ、かつては二宮を始めとした問題児達を率いてA級一位にまで上り詰めた程だ。
彼の指揮能力を疑う者など、いる筈がない。
ボーダー屈指のサポーターである出水からしても、この場で誰が指揮者として適格であるかは充分以上に分かっている。
だからこそ、彼は早々に指揮を東に任せる事に決めていたのだ。
それが、勝利への最適解へ繋がると確信して。
出水は、己の命運をあっさりと東に預けたのである。
それだけの価値が彼にはあると、理解しているが故に。
「仕込みはもう済ませてある。敵が能力の全てを見せていない可能性が存在する以上不確定要素もあるが、それ込みで動く事にしよう。いつまでも時間をかけていては、万が一が発生しかねないしな」
そう言って、チラリと東はヴィザと戦闘を繰り広げている小南達を見据える。
忍田の参戦で何とか拮抗出来てはいるが、未だ優勢とまではいかない様子だ。
あの二人の実力を知るだけに、彼等相手にあそこまでの戦いぶりを見せるヴィザには驚嘆しかない。
東の知る限り、小南も忍田も真実「最強」という言葉がこの上なく似合う傑物だ。
小南はそもそも攻撃に被弾したところをほぼ見た事がなく、忍田もまたあの太刀川を軽くあしらう事が出来るというだけでその実力の程は伺い知れる。
その二人を相手に苦戦どころか圧倒している時点で、ヴィザの規格外ぶりが分かろうというものだ。
このまま時間をかければ相手が根負けする前に、敵の刃が二人に届きかねない。
ヴィザは、その気になればたった一人で
それだけの
故に、彼に本気になられる前にどうにか状況を好転させる必要があった。
あの翁は、恐らくまだ本当の意味で本気を出してはいない。
手を抜いているワケではないだろうが、未だ余力を残して戦っているのは見れば分かる。
だが。
もしも
仮にハイレインが敗退した状況でその目的の人物がこちらにいると確信を持たれていれば、彼は躊躇いなく命じるだろう。
ヴィザの本気を解禁し、こちらと全面戦争を行う覚悟で殲滅を実行する事を。
そうなれば、全てが終わる。
恐らくではあるが、本気を解禁したヴィザを相手には幾ら数が揃おうとも意味が無い。
あらゆる戦力が容赦なく蹂躙され、三門市は瓦礫の山に変わるだろう。
チラリと、東はスコープ越しに修の後方のC級の集団に目を向ける。
そこには、他のC級と共に不安気な様子で戦況を見守っている千佳の姿があった。
(彼女がとんでもないトリオンの持ち主だとバレれば、恐らく敵は本気になる。それが露見するような真似は、断じて避けなければならない。かといって、下手に彼女だけを逃がせばその動きから彼女の存在を奴らに知らせる事になりかねない)
彼女のとんでもないトリオン量については、例の基地の壁ぶち抜き事件を当事者として目撃していた東は知っていた。
あれだけのトリオンの持ち主である千佳があの場にいる事がバレれば、十中八九敵は本気になる。
ハイレインが今も尚ある意味で悠長な姿勢でいるのは、こちらに「何としてでも確保したい特定の対象」がいないからだと推察出来る。
彼にしてみれば、ある程度の数のC級を確保出来ればそれで問題はないのだろう。
だからこそ無理をせず堅実な手を取り続けているし、強引な手で戦況を変えようともしていない。
ヴィザの戦闘への介入も、あくまでも残しておいた余力の一部を使った作業に過ぎないのだ。
これまでの戦闘で、ハイレインは相当に慎重な性格である事は分かっている。
その彼に、
ハイレインは確かに慎重極まりない人物のようだが、長というものは時として果断な決断力が必要とされる。
此処までの采配を見せた傑物が、それを備えていないとは思えない。
もしも千佳の存在が露見すれば、彼は堅実さを捨ててでもその確保に全力を注ぎかねない。
そうなれば、彼には「ヴィザの本気を解禁する」という選択肢が生じてしまう。
それだけは断固として避けねばならない以上、彼女の存在を隠し通すのは絶対の前提条件と言えた。
(軽挙はしないと信じたいが、彼女は責任感が強く気負いがちな性格のようだった。一応、念押しをしておく必要はあるが────────────────それは、彼が適任だな)
(修くん、大丈夫かな。わたしは本当に、このままただ見ているだけで良いのかな)
千佳は、C級の集団の中で過酷極まる戦場を目の当たりにして、揺れに揺れていた。
これまで、彼女は守られているだけだった。
彼女は、そんな自分が嫌いだった。
何も出来ず守られているだけで、犠牲は他人に押し付ける。
その結果として大切な友達や兄は、この世界から消えてしまった。
千佳の強烈な自己否定は、そんな経験から来ている。
強過ぎる自己犠牲の精神もまた、「自分の代わりに誰かがいなくなるくらいなら、自分が犠牲になった方がマシだ」というある種逃避に似た考えの結果だ。
自分が犠牲になれば、少なくとも自分が責められる事はない。
そんな逃げの思考が、彼女の根底には存在していた。
しかし、そんな彼女を責めるのは酷と言うものだ。
責任を追及されたくない、というのは人間であれば誰しもが持つ感情だ。
未だ中学生である彼女が大切な人物を二人も失うという体験をして来た以上、精神的に追い詰められ打たれ弱くなるのは自然な流れと言えた。
むしろ、そんな境遇でありながら被害者意識を持たない時点で、彼女は相当に出来た人間と言える。
悲惨な境遇に落ちた人間は、得てして被害者意識を振り翳す存在になりがちだ。
境遇自体は同情出来るものの、それを盾にした振る舞いによって厭われる事になるケースは枚挙に暇がない。
そんな者達と比べれば、彼女は他者に責任を擦り付けようとしない分、相当に人間が出来ていると言っても過言ではない。
とはいえ、千佳はまだ14歳の中学生だ。
精神的に未熟である事は言わずもがなであり、多感な年頃でもある。
自らが慕う修が過酷な戦場の中にいるのを見続けて平気でいられる程、彼女の神経は図太く出来ていない。
本当に自分は、守られたままで良いのか。
本当に自分は、このまま何もせずにいて良いのか。
そんな自問自答を、千佳は先程から延々と繰り返していた。
(わたしが目立って囮になれば、少しは修くん達の助けになれるかな? でも、相手が
これまで修が苦境に立たされるのを見続けていた為か、千佳は悪い方向に覚悟を決めつつあった。
千佳は、人を撃てない。
彼女は、自分のトリオンの大きさを既に自覚している。
そんな自分がそのトリオンを用いて戦果を挙げれば、それを快く思わない者達から糾弾をされるのではないか。
そういった懸念が、彼女の中にあった為だ。
しかし、今回の敵は人の形をしているとはいえ、近界民だ。
近界民は、ボーダーにとって共通の敵。
その敵を相手になら、少しばかり無茶をしても責められる事はないのではないか。
そんな理論武装を、千佳は静かに固めつつあった。
(このまま修くん達が苦しむくらいなら、わたしが────────)
その結果起こる事にまでは思慮が至らず、千佳は最悪の方向に向け舵を切り出そうとする。
そして。
『雨取、聞こえるか?』
「え…………? レイジ、さん…………?」
そんな彼女の元に、一つの声が届く。
通信越しに聞こえて来た声は、誰あろう。
彼女の師である、木崎レイジのものだった。