香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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智者の指し手②

 

 

(────────これで、懸念点はクリアされた。後は、出来るだけ陥穽を潰しつつ進めるだけだ)

 

 東はレイジからの報告を聞き終え、薄く笑みを浮かべる。

 

 現状がのっぴきならない状態であり、予断の許さない状況である事は百も承知。

 

 しかし、全てを台無しにしかねない「想定外」の懸念が消えた今、盤面は大分安定したと言える。

 

 少なくとも、東の頭の中に描かれている盤上の駒は。

 

 全てが綺麗に、並んでいたのだから。

 

「そちらの準備は大丈夫か?」

『問題ないっすね』

『大丈夫です。いけますよっと』

「そうか。なら、予定通りに頼む」

 

 了解、という軽やかな声が通信越しに聞こえる。

 

 東は作戦の為に呼び寄せていた二人の同僚の返答を聞き、薄く笑みを浮かべる。

 

 これで、駒の配置は終えた。

 

 後は、作戦通りに()()()だけである。

 

 敵の能力はこれまでの戦闘で解析が完了し、概ねその性質は理解出来た。

 

 あと一つか二つは隠し玉がある可能性はあるが、今回は敵の能力を多少過剰に評価した上で作戦を組み上げてある。

 

 戦場に於いては予想外(イレギュラー)は起きるのが当たり前であり、それを何処まで計算に入れて動けるかが優れた指揮官の素質とされる。

 

 恐らくこうだろう、と適当にヤマ勘をかけて作戦を組み上げると、その推測が外れた時に致命的な遅れを生じさせる。

 

 かといって既存情報だけを元に作戦を完成させてしまえば、予定外の要素が加わった瞬間に作戦そのものが破綻する。

 

 故に作戦を組む際にはある程度の「修正可能な余白」を組み込みつつ、想定外の要素が混入したとしてもカバー出来る前提で盤面を構築する必要がある。

 

 理論立てた洞察力と、臨機応変な対応力。

 

 これらが揃って初めて、指揮官は優れた指し手足り得るのだ。

 

 それが完璧に備わっているからこそ東は稀代の戦術家と呼ばれるのであり、指揮官として彼の右に出る者がいないと言われるのもその為だ。

 

 そこに彼の持つ豊富な経験が加算され、対処能力が大幅に引き上げられる。

 

 だからこそ東は少ない手札でも必要最低限以上の成果を挙げる事が出来るし、潤沢な手札を配られれば大きな戦果を獲得する。

 

 そして今、状況がそのどちらであるかは語るまでもなかった。

 

「始めよう。出水、烏丸。撃て」

『『了解』』

 

 

 

 

「行くぜ、京介」

「ええ、やりましょう」

 

 出水は東の号令を受け、共にそれを受けた烏丸と共に攻撃準備を整えた。

 

 自身は両側に二つのキューブを展開し、烏丸は突撃銃型(アサルトライフル)を構える。

 

 そして、二人は同時に射撃と銃撃を開始した。

 

 出水が展開したのは、バイパーとアステロイド。

 

 変幻自在の軌道を描く変化弾(バイパー)と、彼の豊富なトリオンから放たれる通常弾(アステロイド)が、迫り来る生物弾を迎撃する。

 

 当然の如く、それらはほぼ全弾が命中。

 

 飛来する白い鳥の弾丸を、悉く撃墜してみせる。

 

 弾数自体は、黒トリガーである遊真のそれよりも少ない。

 

 しかし、出水にはトップランクの射手としての精密極まりない弾道制御能力がある。

 

 ボーダーでも彼と那須しか実現していないバイパーのリアルタイム弾道制御により、出水の操るバイパーは文字通りの変幻自在な軌道を実現する。

 

 弾数で黒トリガーに劣ろうとも、その精度が段違いなのだ。

 

 彼が本職の射手であり、尚且つ技術の面に於いてもボーダー内で並ぶものが殆どいない程の実力者である事もまた大きい。

 

 出水一人が迎撃に加わる事で、ハイレインの攻撃の大部分を抑え込む事に成功していたのである。

 

 更に、それを援護しているのが烏丸だ。

 

 彼は出水と違って万能手であり、弾道制御能力自体は彼には及ばない。

 

 しかし、烏丸の強みは盤面を的確に読み解く解析力と、臨機応変な対応力にこそある。

 

 烏丸は事前に出水と打ち合わせた上で、アステロイドによる銃撃を展開。

 

 出水の弾と食い合う事がない個所のカバーを、重点的に行っていた。

 

 幾ら出水が精密な弾道制御を実現しても、敵は黒トリガー。

 

 そもそもの出力が違う為、正面からの力押しではまず勝てない。

 

 故にそこは、物理的な手数と連携で対抗する。

 

 元は同じ部隊で戦っていた事もあり、二人の連携力は高い。

 

 トップランクの射手であり、類稀な弾道制御能力を持つ出水。

 

 優秀な万能手であり、臨機応変な対応力を持つサポーターにして万能選手である烏丸。

 

 二人の連携により生じる盤面は強固且つ柔軟で、かつてはそれに太刀川による突破力が加わる事で並みいる相手を悉く蹂躙せしめた。

 

 烏丸は玉狛に移籍し、戦力的にはお荷物としか言いようがない唯我が代わりに入った後でもA級一位を堅持出来た安定力は伊達ではない。

 

 出水達は久々に組んで戦う事が出来た事も相俟って、気力は充分。

 

 相手に不足はなく、戦力状態(コンディション)も万全に近い。

 

 ならば、結果を残さなければ嘘というもの。

 

 二人の戦友は、意気乾坤といった様子で完璧に近い防衛戦を実現していた。

 

 

 

 

「…………!」

 

 その様子は、当然ハイレインも目にしていた。

 

 たった二人。

 

 たった二人が加わっただけで、敵の防衛能力が大幅に向上してしまった。

 

 ハイレインの放つ生物弾は遊真の広範な射撃と出水と烏丸による射撃連携によってその殆どを駆逐され、僅かな撃ち漏らしも照屋や修によって迎撃されている。

 

 先程までのような、弾数による対応であるならばどうとでもなった。

 

 ハイレインの持つ黒トリガー、卵の冠(アレクトール)の真骨頂は出力や手数ではない。

 

 その精密且つ自在な制御能力にこそあり、複雑な軌道を描いて弾を飛ばす事もお手の物だ。

 

 だからこそこちらで弾道を制御し、敵の防御網の隙を突く事も出来たのだ。

 

 しかし、出水による精密射撃がその強みを殺してしまった。

 

 彼はほぼ百発百中といった精度でこちらの弾を迎撃しており、事実彼がカバーしている範囲では一発たりとも生物弾が敵に到達出来ていない。

 

 弾数自体は遊真よりは少ないが、それを圧倒的な精密制御によってカバーするどころかむしろ上回っている。

 

 多少の出力差など問題ないとばかりに、出水の圧倒的な精密射撃能力が戦場を塗り替えてしまっていた。

 

(このままでは些か不味いな。ああいった手合いこそ、ヴィザ翁との連携で対処したかったが────────あちらは、多少の横槍では崩れそうもないか)

 

 こういった厄介な相手が現れた時はヴィザとの連携で始末するつもりであったが、現在ヴィザの相手をしている二人の兵は極めて優秀だ。

 

 元々ヴィザの相手を一人でこなしていた女兵士の傑物ぶりは言うまでもなく、後から現れた剣士も彼女と同等か或いはそれ以上に腕が立つ実力者である。

 

 まさか二人がかりとはいえ、あのヴィザ相手に防戦が成立しているというだけで驚くべき偉業と言える。

 

 ヴィザはハイレインにとって「切れば必ず勝ちを獲得できる手札」という扱いであり、彼をしてもすぐには倒し切れない相手がいるという事自体想定外にも程があった。

 

 無論、このまま戦闘を継続すれば最終的に勝つのはヴィザであろう。

 

 何とか防戦が成立しているとはいえ、眼に映らぬ速さの高速斬撃を実現する星の杖(オルガノン)による攻撃は防御に全力を注がなければまず戦闘自体が成立しない。

 

 それを二人は神がかった攻撃的な防御で凌いでおり、その時点で驚嘆に値する芸当を成し遂げているのは確かだろう。

 

 だが、それにも限界はある。

 

 ヴィザは、数多の戦場を潜り抜け屍の山を積み上げて来た文字通りの戦狂いの修羅だ。

 

 その精神性はとっくに常人を超越しており、こと戦いに於いて彼の心がブレる事などまず有り得ない。

 

 二人は全神経を研ぎ澄ませてヴィザの攻撃に対処しているようだが、そのような極限状態は精神の耐久力を大きく削る。

 

 トリオン体によって体力的な限界は大幅に引き上げられているとは言っても、精神は別だ。

 

 極限の戦いをすればそれだけ精神的な摩耗は加速し、忍耐力や集中力を容赦なく削っていく。

 

 そうなればその分だけミスは誘発され易くなり、ヴィザ翁相手には一つの失敗が文字通りの致命傷となる。

 

 そんな極限の防衛戦闘が長く続く筈もなく、いずれ限界を迎えるのは二人の側に違いない。

 

 こと戦闘に於いて、ヴィザ翁の精神力が尽きる事などまず有り得ないのだから当然と言えば当然である。

 

 過去にはたった一人で一国を落とした、などといった武勇伝にも事欠かない偉人だ。

 

 その程度の事は、造作もなく成し遂げるだろう。

 

 だが、その拮抗が崩れるまでは暫くかかる。

 

 その間にこちらの戦況が激変する可能性は、決して無視出来なかった。

 

 先程のようにハイレインが横槍を入れたとしても、既に二度見せた方法が彼等に通じるとは思えない。

 

 まだ温存している手札はあるが、援軍が彼等で終わりというワケではない以上軽々にそれを切るのは憚られた。

 

 加えて出水と烏丸の参戦によってこれまで防御網の一角を担っていた影浦と北添が自由(フリー)になったのも懸念点だ。

 

 北添は銃撃による防衛に参加しているが、その動きには先程のように無理に広範をカバーしようという様子がない。

 

 出水が百発百中の精度で防衛を実現させているのを見て、下手に同じ範囲に弾を撃てば食い合ってしまう可能性を懸念したのだろう。

 

 彼は専ら出水がカバーしていない外周部の生物弾を迎撃しており、的確な采配を行いつつある程度の余裕が出来ている様子だった。

 

 そして撃ち漏らしを迎撃していた影浦に至っては、撃ち漏らしそのものが殆ど他のメンバーによって迎撃されている事から待機状態を維持していた。

 

 いつでも動けるように構えており、不意打ちで誰かを落とそうとすればすぐにカバー出来る態勢を維持しているように見える。

 

 これまでに見せた的確な対応力を鑑みる限り、下手な不意打ちは彼に悉く潰されると見て良いだろう。

 

 影浦の射程は通常の近接戦闘者よりも長くはあるが、射撃トリガーを所持していない以上どうしても中距離の対応力は劣る。

 

 しかし影浦はそれを、的確な精度の迎撃能力によって完全にカバーしていた。

 

 まさかブレード使い相手に卵の冠の生物弾が正面から迎撃されるなどとは思ってもいなかったハイレインにとって、影浦の存在は相当に異質に思えた。

 

 彼の与り知らぬ事ではあるが、影浦には副作用(サイドエフェクト)感情受信体質がある。

 

 これはトリオン兵のような心を持たない機械兵の攻撃は感知出来ない一方、人相手であれば攻撃の種類を問わず的確にその軌道を感知する事が出来る。

 

 故に、攻撃の際に殺気を消す等といった芸当までは出来ない文官肌のハイレインにとっては、とにかく倒し難い面倒な相手としか見れていなかった。

 

 その相手が自由(フリー)な現状は、この上なく厄介と言える。

 

 何せ、拮抗を崩す為に一手を講じても、それを悉く撃墜されてしまうのだ。

 

 影浦が自由である、というだけで結果的にハイレインの行動に抑制をかける事に成功していたのである。

 

 一見目立たない寡兵にも見えるが、とんでもない。

 

 影浦の存在は、ハイレインの行動に大きな楔を打ち込んでいたのだ。

 

(頃合いだな。温存し続けて作戦が失敗しては、本末転倒にも程がある。ラービットを使うか)

 

 ハイレインはこれまで温存していた、ラービットの使用を即断した。

 

 残るラービットは砲撃型が三機に、磁力型が二機に泥刃型が一機。

 

 密かに市街地に放っていたラービットは一人の二刀剣士によってその殆どが駆逐されており、最早残っている数は少ない。

 

 こと事に至って、ハイレインの側の戦力は底が見えようとしていた。

 

 戦線に出ずにサポートに徹していたミラも、大窓の連続使用を繰り返した事でトリオンの消耗が激しい。

 

 万一の時の回収の為のトリオンを残しておく必要がある以上、彼女を酷使し過ぎるワケにはいかない。

 

 故に、彼に現在動かせる手札は残り僅かとなったラービットくらいなのだ。

 

 他のトリオン兵では時間稼ぎにもならない以上、虎の子として温存していた札を切るしかない。

 

 此処までは迂闊に動かして迎撃される事を懸念していたが、最早慎重論でどうにかなる段階ではない。

 

 堅実を是とするハイレインではあるが、なるだけ多くの戦果を持ち帰る必要がある以上此処は少し強引にでも盤面を動かす必要があると彼は判断した。

 

「やれ」

 

 ハイレインは、三機の砲撃型に命令を下しそれを受諾した灰色のラービット三体は一斉に砲撃モーションに移る。

 

 口腔部を開閉し、口内にエネルギーを充填する。

 

 無論、この瞬間核が露出する欠陥は承知している。

 

 故にハイレインはラービットの周囲にも魚型の生物弾を旋回させ、防御網を構築。

 

 不意の横槍にも対処出来るように、万全の態勢を整えた。

 

「…………!」

 

 案の定、砲撃態勢に移ったラービット目掛けて何処からともなく無数の弾幕が降り注いだ。

 

 その弾の雨は、白い魚型の生物弾が受け止め悉くを防御。

 

 一発たりともラービットには届かず、無為に帰した。

 

「何…………っ!?」

 

 だが。

 

 ハイレインがそれを見た、次の瞬間。

 

 遠方より飛来した三発の弾丸が、正確にラービットの急所を射抜き。

 

 三機の砲撃型は、コアを撃ち抜かれ沈黙した。

 

 弾幕を防御した事で生物弾の数は減ってはいたが、未だに相当数の魚が浮遊していたにも関わらず。

 

 三発の弾丸はその防御をなかったかのようにして、正確に砲撃型三機の急所を撃ち抜いてみせた。

 

「…………っ!?」

 

 そして。

 

 その光景に目を見開いていた、ハイレインへと。

 

 一発の銃弾が直撃し、それによって脇腹が大きく抉れ吹き飛んだ。

 

 この戦闘始まって以来、初のダメージが。

 

 ハイレインの下に、届いた瞬間だった。

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