「うしうし、当たりましたね、っと」
佐鳥はスコープを覗き込み、自身の戦果を確認して笑みを浮かべる。
誰あろう、砲撃型ラービット
ツイン
佐鳥の代名詞とも言うべき
二丁の狙撃銃を同時に扱うという離れ業を行う以上、覗けるスコープは一つだけ。
一方の狙撃銃の照準は山カンで当てる他なく、普通に考えればまず成功などしない。
彼には、樹里のような
故に、理屈で考えるのならばどう考えても出来る筈のない芸当であった。
しかし、それを成し遂げてしまうのが
彼は事前にスコープを覗いてある程度の軌道を脳内で予測した上で、培った感覚を頼りに引き金を引いたに過ぎない。
本来であれば理屈立てた説明があって然るべき代物であるが、佐鳥がこの変態技巧を成功させている最後の詰めは積み重ねた修練に基づいた感覚頼りな部分があり、明確な
一度荒船にやり方を聞かれた事があるのだが、最後の照準部分に関しては「フィーリングで」としか答えられず、溜め息を以て返されたという経緯もある。
その見栄えの派手さから彼の真似をしようという者がいなかったワケではないが、結局のところ模倣に至るまでの技術理論を説明出来ない為にそれが実現した事は一度たりともない。
あの当真や東でさえ、ツイン
これは真実佐鳥の
言動や態度の軽さから軽んじられがちな佐鳥ではあるが、その技巧の
遊び心を忘れず自身の技量に絶対の自信を持つ当真とユズルの二人には何とかしてその技巧が再現出来ないかと若干のライバル心を持たれてはいるが、佐鳥自身がそれを気にした事はない。
彼からしてみてばツイン
これでも自己顕示欲はそれなりにあるので「俺のツイン
彼の表面上の態度は半ば演じているようなものであり、その本来の性質はストイックそのもの。
第一、己に対し真摯でない者にこれだけの変態技巧を習得出来るだけの鍛錬を重ねられる筈がない。
表面上は道化を演じながらも、本当に大事な事の為なら何処までも真剣になれる男。
それが、佐鳥と言う少年の本質であるのだから。
『相変わらずどうやってか分かんねーな、それ。撃破数もそっちのが多いし、サカナ避け当てゲームは今んトコそっちの勝ちか』
「ゲームじゃないですけどね、これ。それを言うなら本丸に当てた東さんが最大加点を得て然るべきでしょう」
『そりゃそうか。けどま、あの傷ならトリオンもガンガン漏れるし詰みだろ。面倒な黒トリガー使ってたが、奴もこれでお終いだな』
同じくラービットを狙撃した当真は、そう言って通信越しに笑った。
三機のラービットのうち最後の一機を狙撃したのはこの当真であり、ハイレイン本人を撃ち抜いたのは誰あろう東である。
旋回する魚型の生物弾を掻い潜って標的に命中させたのは二人も同じであるが、より防御が厳重だったハイレインに狙撃を直撃させた東の手腕は驚嘆して然るべきと言える。
指揮能力ばかりがフューチャーされる東であるが、狙撃の腕前の方も充分
ハイレインは急所を射抜かれこそしていないが、脇腹を抉った弾丸によるダメージはかなりのものだ。
これまで彼は、複雑な軌道を描く生物弾を湯水の如く使用していた。
あれだけの性能を誇るトリガーである以上、トリオン消費も相応に激しいに違いない。
黒トリガーに加えトリガー
あそこまでの大きな傷口が出来れば、そこからトリオンが大量に漏れて一気にその消耗を加速させる。
すぐに倒れる事こそないかもしれないが、後は持久戦に持ち込めばこちらの勝ちだ。
「────────そうだと、いいんですけれどね」
しかし、佐鳥はそんなハイレインの様子を疑念に満ちた眼で見つめていた。
まだ、何かある。
これまで培った経験と感覚が、佐鳥にそう訴えかけていた。
(まさか、この防御網を抜いて俺に一撃を加えて来るとはな。大した狙撃手がいるようだ)
狙撃の直撃を受けたハイレインは、それを成し遂げた玄界の狙撃手の技量にひたすらに感心していた。
彼はこれまで、防御を怠った事はない。
あらゆるトリオン由来のものをキューブ化出来る
ありとあらゆるものをキューブ化出来るという性質上、生物弾を自身の周囲に旋回させておけば無敵の盾として機能するからだ。
無論生物弾同士がぶつからないように軌道を調整する必要がある以上隙間は出来るが、そこは数で以てカバーしてある。
攻撃に大部分を用いているとはいえ、これだけの生物弾の大群を前にすればあらゆる攻撃は無為と化す。
その筈だったのだ。
しかし敵の狙撃手はその隙間を縫うような弾道で狙撃を行い、正確にこちらに攻撃を当てて来た。
ラービット三機は、まだ分かる。
事前の弾幕によって生物弾の数が減っていた為、そこを狙われたと考えれば一応の納得は出来る。
だが、ハイレイン本人は別だ。
彼の周囲には白い魚の大群が宙を泳ぐように旋回しており、その防御に一見翳りは見えない。
だというのに、敵はその状態でも防御を抜いて狙撃を当てて来た。
どれだけの技量、どれだけの胆力でそれが成し得るのだろうか。
敵ながらその技量の信じがたい高さを前に、感嘆以外の感想が出て来ないハイレインであった。
(恐らく、敵は最初からこれを狙っていたのだろう。一撃で倒す事は出来ずとも、俺に痛打を与えてトリオン切れを誘発出来るだけの傷を作る。後は持久戦を仕掛ければ、俺の方が勝手に倒れるという寸法か)
だが、とハイレインは薄く笑みを浮かべる。
確かに、このまま放置すれば近いうちに自身はトリオン切れで倒れるだろう。
脇腹の傷はそれだけ大きなものであり、これが残っている限り加速度的にトリオンが漏れていく。
あくまで、
(残念だが、その目論見は無意味だったと言っておこう。傷が出来たのなら、
そして、ハイレインは隠していた
彼が掌の球体を掲げた瞬間、周囲一帯に散らばったキューブが光り輝き。
その光がハイレインに吸い込まれ、同時に彼の脇腹に出来た傷は瞬く間に修復されていった。
「回復能力…………っ!?」
「そんな、嘘でしょう…………?」
その光景を見ていた修と照屋は、驚きに目を見開く。
流石に、これは予想外に過ぎた。
あらゆるトリオン由来の物質をキューブ化するというだけでも凄まじいのに、散らばったキューブからトリオンを吸収して回復する能力まであるなど、誰が思おう。
「おいおい」
「信じられませんね…………」
作戦に実際に参加していた出水と烏丸からしてみても、その光景は想定外であった。
回復能力という、あったら良いと思いつつも誰も実現出来ていないそれを、実際に使われた感想としては「反則」と言う他ない。
一度負った傷を治す事は出来ないというのが常識のトリオン体の戦闘に於いて、それを帳消しにしてしまう能力は横紙破りにも程があった。
これでは、作戦の前提が破綻する。
ハイレインを倒す為には、文字通り一撃で急所を射抜く他にない。
そうしなければどれ程のダメージを与えようとも、あの能力で瞬く間に回復されてしまうからだ。
ゲームにたとえるならば、ダメージを与えても即死しなければ瞬間的にHPゲージが全回復するようなものだ。
即死以外は回復可能などと、現実的に見れば悪い冗談にも程がある。
それを成し得てしまう黒トリガーの埒外さに、その場にいる誰もが閉口していた。
『安心しろ。プランに若干の修正は必要だが、手はある。お前達にも協力しては貰うがな』
だが。
そんな彼等の心情など知った事ではないとばかりに。
あまりにもあっけらかんと、通信越しに東は「策はある」と言ってのけたのだった。
『どういう事っすか? 東さんは、これを予想してたって事ですか?』
「流石にこの能力は想定外にも程があったが、まだ敵が奥の手を隠している事自体は推測していた。予想していた中でも最悪の部類が当たってはしまったが、一応こうなった時の為の作戦は考えてあったんだ」
出水の質問に、東はそう淀みなく答えてみせた。
前提として、彼にしてみてもハイレインの見せた回復能力は想定外ではあった。
但し出水と違うのは、「敵に奥の手が存在している」という事を事前に推測していたという点だ。
東はどのようなものであるかまでは分からなかったものの、敵にはまだ何かしらの奥の手があると半ば確信していた。
敵の司令官は、恐らく自分と似たタイプだ。
リスクヘッジを最重要視して行動し、大戦果ではなく失敗しない事を第一に考える堅実主義者。
そんな相手が、あれだけ派手に見せた生物弾による攻撃だけしか手がないという事は、考え難いと思っていたのだ。
故に東は、敵に奥の手がある事自体はほぼ確信を持っていた。
それがどんなものかまでは分からなくとも、最初に立てた
結果として、それは的中。
思い描く中で最悪に近い部類のそれではあったが、敵は確かに奥の手を残していた。
回復能力という、埒外の手段で以て。
文字通り、眼に見える盤面を覆してしまったのである。
普通なら、此処で思考を止めてしまっても無理はない。
しかし、東は。
敵は最悪の可能性を超えて来ると予め覚悟していたが故に、一切ブレる事はなかった。
どころか、数ある可能性を想定して脳内に腹案を既に組み上げていたのだった。
『でも実際、どうするんですか? 新型の防御を薄める為に弾幕張って貰った王子隊は、もう退避させてるんですよね?』
「ああ、あのままだと狙い撃ちにされるからな。一度撃った後は、退避するように言ってある。だから彼等には、指定の位置に着くまでは戦場に介入しないように言ってある』
しかし、まだその内容を説明してはいない。
敵がどのような奥の手を隠し持っているか分からなかった為に、次にどの策を打つかを決める事は出来なかったからだ。
だが、敵の奥の手はこれで判明した。
出水の疑念に、東は明瞭に答えを提示し始めた。
「だが、問題はない。詰めの一手を行える奴が、たった今到着したからな」
「あれが標的ですか」
『ああ、お前にはあいつに全力で攻撃して欲しい。後は、
「了解しました」
街の一角、家屋の屋上。
そこに立つ、スーツ姿の青年がいた。
彼の名は、二宮匡貴。
かつて東の薫陶を受けた射手であり、総合第二位の実力者。
恩師にして敬愛すべき先達である東の要請を受け、内心ノリノリでこの場に馳せ参じた仏頂面の射手の王。
彼は当然のように供回りである犬飼と辻を引き連れながら、主戦場を睥睨出来る高所にやって来ていた。
先程の攻勢の真の狙いは、彼の到着までの時間を稼ぐ事にこそあった。
真打ちは、遅れてやって来る。
その事を無意識に格好良いと考えている二宮は、意気揚々と東の指示に従いこの場にやって来た。
敬愛する師に、助力する為に。
崇敬すべき先達の手並みを、この眼で見る為に。
彼の偉業の、一端となる為に。
「────────
二宮は、両手で二つのキューブを展開。
瞬時に無数の菱形へと分割したそれを、一斉射出。
ハイレインに向けて、射手の王の操る猟犬の群れが一斉に跳びかかった。