香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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智者の指し手、貧者の一矢

 

「…………!」

 

 ハイレインはそれを見て、あからさまに顔を歪めた。

 

 空より飛来する、無数の弾幕。

 

 それは明らかに、これまで彼が戦って来たいずれの射手とも違う相手からの攻撃だった。

 

 まず、数が違う。

 

 相対する射手の少年────────────────出水の弾幕も相当な数だったが、これは更にその上をいく。

 

 菱形に分割された光弾が、雨の如くハイレインへ向け降り注ぐ。

 

 これをまともに受ければ、防御を根こそぎ削り取られてしまいかねない。

 

卵の冠(アレクトール)

 

 故に、ハイレインは黒トリガーを操作し生物弾を生成。

 

 無数の白い魚の大群が、主を守るべく更なる展開を行った。

 

 宙に浮かぶそれはまるで、巨大な魚影のよう。

 

 キューブから吸収したトリオンで回復したばかりのハイレインの防御の厚さを証明するかのように、それらは弾幕に対する盾として機能した。

 

 衝突する、光弾と魚影。

 

 降り注ぐ光の雨を、白い魚の群れが悉くキューブへと変えていく。

 

 如何に弾数が多いとはいえ、所詮はノーマルトリガー。

 

 黒トリガーたる卵の冠(アレクトール)の前では、単独の出力勝負では勝ち目はない。

 

「…………っ!」

 

 無論、そんな事は相手とて承知の上だった。

 

 これは決闘ではなく、戦争である。

 

 故に、第三者の横槍は必然として存在した。

 

 出水と烏丸は、ハイレインが防御の為に動いた隙を見逃さなかった。

 

 両者はすかさず攻撃を再開し、無数の弾幕が再び降り注ぐ。

 

 弾数自体はたった今飛来したものには及ばないが、当然ながら無視出来るレベルでもない。

 

 ハイレインは攻撃の為に展開していた白い鳥の一部を操作し、防御網に重ねる。

 

 それによって厚みを増した白い生物弾の群れが、弾幕を受け止める。

 

 こちらも悉くが生物弾に着弾し、弾幕がキューブへ変わっていく。

 

 新たに飛来した弾幕────────────────二宮によるそれと、出水達による両面攻撃。

 

 それを以てしても、ハイレインの防御を崩す事は叶わなかった。

 

 普通であれば受けるだけで固められ、敗北必至であるその弾幕を以てしても。

 

 黒トリガーは、ハイレインは崩れない。

 

 確かに二宮と出水は、ボーダーでも屈指のトリオン量を誇る実力者だ。

 

 出水は樹里と同等の12、二宮に至っては14というトリオン評価値を誇る。

 

 だが、ハイレインはその比ではない。

 

 黒トリガーによって水増しされたそのトリオンは、評価値に換算すれば40。

 

 二人のトリオンを合計してもその倍程の数値を誇る出力は、伊達ではない。

 

 幾ら連戦を重ねていたとしても、根本的な出力差は如何ともし難い。

 

 それを実現するのが命を代価とした超遺物(黒トリガー)であり、トリガー(ホーン)によって強化されたアフトクラトルの精鋭にして領主ハイレインだ。

 

 だが、その表情は優れない。

 

 この状況が楽観出来るものではない事を、彼は既に理解していたのだから。

 

(援軍が、これで途切れる保証がない。今は何とか保っているが、あの射手クラスの相手が更に追加されれば押し切られる可能性も見えて来る。ただでさえ、この場には玄界の黒トリガーまでいるのだ。攻撃の手を緩めるワケにはいかない以上、どうしても限界はある)

 

 今現在、敵はこの主戦場以外に戦力を割く理由が無い。

 

 市街地のトリオン兵はその殆どを駆逐されつつあるし、密かに送り込んでいたラービットも二刀の剣士によって概ね殲滅されていた。

 

 つまり、敵が残る戦力を注ぎ込む場所はこの場以外に有り得ないのだ。

 

 今はまだ拮抗状態が維持されているが、玄界の黒トリガーの所有者たる少年に守勢を強要する必要がある以上、これ以上攻撃の手を緩めるワケにはいかない。

 

 この場の優勢を維持している出力差という武器も、同じ黒トリガーであれば脅かしかねない。

 

 故に、彼に守勢に回り続けて貰う為にも攻撃の継続は必至であった。

 

(早急に、射手を片方だけでも落とす必要がある。より厄介なのは、この場から視認出来ない新しく来た方か)

 

 出水も厄介ではあるが、単純な出力で言えば新たに参戦した射手の方がより脅威度は高い。

 

 恐らくは、エネドラを撃破した黒衣装の男だろう。

 

 これだけの出力を持つ射手の存在を他に確認出来ていない以上、間違いはない筈だ。

 

 単純な技量でいえば出水の方が上であるが、最大出力はこちらが勝る。

 

 そして、今はその出力こそが最も厄介であった。

 

「ミラ。この射手の位置は捕捉出来たか?」

『はい。部下と思しき者達と共に、この先の高台におります。小窓を繋げますか? 一度くらいであれば、まだ何とか余裕はありますが』

「やってくれ。此処で、そいつは落としておく事としよう」

 

 ハイレインはミラに命じ、窓の影(スピラスキア)を開かせる。

 

 この小窓を通じて生物弾を送り込み、奇襲を以て敵を仕留める。

 

 気付かれる可能性を減らす為に新たに生成したものではなく、マントの下に潜ませておいた無数の蜂型の生物弾を使用。

 

 それらを自身の背面に展開させた黒い穴の中へと、密かに送り込んだ。

 

 

 

 

 二宮の背後に、静かに黒い窓が開く。

 

 彼の死角に開いたそれから、無数の白い蜂が出現する。

 

 羽音で気付かれる可能性はあるが、この至近距離であれば気付いたところで手遅れだ。

 

 二宮は意識の外からの奇襲により、倒れる事になるだろう。

 

「させないよ」

 

 この場に、彼一人でいたのであればの話ではあるが。

 

 二宮の背後に黒い穴が開いた瞬間、犬飼は遠隔シールドを展開。

 

 送り込まれた白い蜂の群れは、彼の展開したシールドによって防がれた。

 

 敵が転移能力を用いての奇襲を使って来る事は、当然彼等にも伝達されていた。

 

 この局面であれば必ず、敵はそれを用いて二宮の撃破を試みるであろう事は推測出来ていたのだ。

 

 ならば、いつでもそれに対処出来るように備えておくのは当然の事。

 

 犬飼は警戒していた通りの攻撃が来た事で対応し、予定通りに防御を成功させたに過ぎない。

 

「そこか」

 

 そして、それを予期していたのは二宮も同じ。

 

 彼は滑らかな動きでその場から側面へ移動した後、待機させていた弾丸をその小窓に向けて叩き込んだ。

 

 

 

 

「…………っ!?」

 

 

 ハイレインは、生物弾を送り込んだ小窓からの攻撃によって右足を吹き飛ばされた。

 

 まさか、奇襲を仕掛けた側である自分の方が攻撃を喰らう事になるとは思わなかったのだ。

 

 ミラの窓の影(スピラスキア)を用いた奇襲攻撃は、敵の意識の外から密かに攻撃が可能な優れた隠密攻撃だ。

 

 先程のように凌がれる事くらいはあったが、それでもまさか小窓を逆用して攻撃を送り返して来るなどといった経験はこれまでになかった。

 

 こちらの力を利用された、陥穽の一撃。

 

 それは確かに、難攻不落の冠の主へ届いていた。

 

 片足を失い、ハイレインは体勢を崩す。

 

 このまま転倒でもすれば、致命的な隙を晒す事になるだろう。

 

(ならば…………!)

 

 だが、そうはならない。

 

 動揺したのは、一瞬。

 

 それだけで精神を立て直したハイレインは、即座に回復能力を使用。

 

 周囲に散らばったキューブからトリオンを吸収し、吹き飛ばされた右足を修復する。

 

 卵の冠の使用には影響はないとはいえ、片足を失っていてはいざという時動けない。

 

 故にハイレインは最優先で、己の回復を実行した。

 

 

 

 

「そうだ。それで良い」

 

 そして、それをスコープ越しに確認した東はほくそ笑む。

 

 敵が転移能力を用いた攻撃を実行するであろう事は、分かっていた。

 

 この敵は、頭が回る上に慎重だ。

 

 現状が決して楽観出来るものではない事を見抜き、その対処を行うのは当然の帰結だろう。

 

 だからこそ、それを利用した。

 

 犬飼にはいつそれが来ても良いように警戒するよう命じた上で、二宮には転移を利用した攻撃が実行された場合には即座に黒い穴を利用して攻撃するよう言っておいた。

 

 結果としてその目論見は成功し、敵は足を失うという痛打を負った。

 

 片足を失ったまま戦闘を続行するのが厳しい以上、敵は回復能力を使うしかない。

 

 機動力を失った状態での棒立ちがどれだけ危険なのかは、優秀な者である程理解している。

 

 ハイレインがそれを分かっていない筈はなく、予測通りに回復能力の使用に踏み切った。

 

 だがそれは。

 

 東の策に踊らされた上での、一見して最善にしか見えない悪手(せんたく)であった。

 

「北添、やってくれ」

『了解』

 

 そして。

 

 東は予定調和の如く、通信にて命令を下した。

 

 

 

 

「…………!」

 

 ハイレインは、それを見た。

 

 先程まで迎撃に専念していた大柄な銃手が、上空に向かって新たな弾を発射した。

 

 放物線を描いて飛来するそれには、見覚えがある。

 

 間違いなく、あの触れれば爆発する炸裂弾だ。

 

卵の冠(アレクトール)…………ッ!」

 

 それを理解したハイレインは、即座に生物弾を使用。

 

 白い鳥の群れが飛翔し、迫り来る弾幕を迎え撃つ。

 

 着弾と同時に爆発する弾であっても、キューブ化をしてしまえば関係はない。

 

 生物弾が触れさえすれば、如何なる弾種であっても等しくキューブとなる。

 

 あの爆撃は脅威ではあるが、ハイレインにとっては何の問題にもなりはしない。

 

 どれだけの威力があろうが、キューブ化してしまえば起爆はしないのだから。

 

 

 

 

「甘いよ」

 

 だが。

 

 それは、生物弾が北添の弾に着弾すればの話だ。

 

 彼は、ユズルは。

 

 チームメイトの放った弾に照準を合わせ。

 

 イーグレットの引き金を、引いた。

 

 

 

 

「…………っ!?」

 

 一つの弾丸が、飛来した。

 

 それが狙ったのは、ハイレインではない。

 

 上空より飛来する、無数の炸裂弾。

 

 そのうちの一つが、狙撃によって撃ち抜かれる。

 

 カバーを撃ち抜かれた弾体が、起爆する。

 

 それは周囲の炸裂弾を巻き込み、連鎖誘爆。

 

 大規模な爆発が、周囲を席捲した。

 

(これは…………!)

 

 爆発はカーテンのように、周囲の視界を埋め尽くす。

 

 出水には及ばないとはいえ高いトリオンを持つ北添の爆撃は、相応の威力を誇っている。

 

 適当炸裂弾(メテオラ)という名で呼称される事もある彼のメテオラは、単純な破壊力もまた折り紙付きだ。

 

 当然爆煙も相当な規模で広がっており、粉塵が広範を覆い尽くす。

 

『弾』印(パウンド)

 

 粉塵の遮光カーテンが広がった、直後。

 

 何処からともなく聞こえた微かな声と共に、爆煙の向こう側から飛来する影があった。

 

 その姿を、ハイレインは視認する。

 

 それは間違いなく、先程まで守勢に回っていた白い髪の少年の姿だった。

 

(隙を突いて、突貫して来たか…………っ! だが…………っ!)

 

 黒トリガーの使い手の接近という、最大級の危機を前にしてもハイレインは冷静だった。

 

 生物弾を操作し、標的である白い少年────────────────遊真へ、大量の生物弾が襲い掛かる。

 

 超加速(ハイスピード)で飛来する遊真に対し、後方や側面からの迎撃では対応出来ない。

 

 故にハイレインは、迎撃の為に動かした生物弾の全てを遊真の前方に配置。

 

 どう足掻いてもその進行ルートにぶつかるように、白い鳥の群れを配置した。

 

 彼の加速能力は凄まじいスピードを誇るが、小回りが利かない事は分かっている。

 

 こうして前面に大量の生物弾を配置しておけば、幾らシールドを張ろうがそれを貫通して本体に届く。

 

 それで、詰みだ。

 

 黒トリガーの使い手たる少年が落ちてしまえば、大分こちらが有利になる。

 

 ハイレインの勝利条件は、敵の撃破ではない。

 

 一人でも多くの雛鳥を鹵獲し、自領の利益とする事だ。

 

 敵が幾ら来ようが、それを全て相手にする必要などない。

 

 隙を見てキューブ化した雛鳥を回収出来さえすれば、それで問題はないのだ。

 

 その最大の障害であった遊真が消えさえすれば、後はどうとでもなる。

 

 彼さえいなければ、ミラに命じてキューブを回収する、という手段も使用可能となる。

 

 高い感知能力を持つ遊真の邪魔さえなければ、充分それが可能だ。

 

 敵は決着を焦り、最大のミスを犯したのだと。

 

 ハイレインは、ほくそ笑む。

 

 これで、目的は達成される。

 

 その想いで、浮かべた笑みは。

 

 次の瞬間、()()を目にした事で崩れる事になる。

 

「なに…………ッ!?」

 

 ハイレインは、目撃した。

 

 こちらへ迫る、遊真の影。

 

 よく見れば彼の腕には、一人の少年────────────────修が、抱えられていたのだった。

 

(あの少年を、盾にするつもりか…………!)

 

 予想外の光景に驚いたハイレインであったが、それが敵の肉盾である事に気付くと動揺を収めた。

 

 成る程、自分で防御が叶わないのであれば他者にそれを任せれば良い。

 

 その考え自体は合理的だが、生憎あの少年のトリオン量はたかが知れている。

 

 ハイレインの眼から見ても彼のトリオン量は雀の涙程度でしかなく、トリオン兵というリソースを用いて攫わせるにしても費用対効果が低いとさえ言える相手だ。

 

 これまでは防戦の一角を担っていた面倒な相手ではあったが、その戦闘力自体はこれまで見て来た兵士の中でも最弱と言って良い。

 

 あの少年程度の張る防壁であれば、何の問題にもならない。

 

 白い鳥の群れは少年の防御を貫き、黒トリガーの使い手を仕留めるだろう。

 

「トリガー、解除(オフ)っ!」

 

 ────────────────その少年が、()()()()防御手段を選んでいたのであれば、の話であるが。

 

 ()()を見た瞬間、ハイレインは理解が出来なかった。

 

 遊真に抱えられていた少年は、あろう事かその状態のまま換装を解いたのだ。

 

 戦場のただ中で、自ら生身になる無謀どころか自殺願望そのものである行為。

 

(まさ、か…………っ!)

 

 されど、ハイレインは。

 

 白い鳥の群れが彼に着弾してその悉くが()()する光景を見て、その真意を悟った。

 

 ハイレインの黒トリガー、卵の冠(アレクトール)はトリオンで出来たあらゆる物体をキューブ化する。

 

 だがそれは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()事を意味していた。

 

 卵の冠によって生み出される生物弾に、物理的な攻撃力は一切存在しない。

 

 種別としては鉛弾(レッドバレット)と同じく、敵に不利な特殊効果のみを与える類のトリガーなのだ。

 

 故に、生身の相手やトリオン製ではない建造物には一切影響を及ぼす事が出来ないのだ。

 

 この時、この場に限っては。

 

 換装を解いた修は、対卵の冠(アレクトール)限定の無敵の盾と化していた。

 

 もし、ミラをこの場に連れて来ていれば窓の影(スピラスキア)によって彼等を別の場所へ放り込む事も出来ただろう。

 

 だが、欠けてはならない最終安全弁である彼女の生存を最優先していたが為にミラは未だに遠征艇の内部に待機しており、先程のように逐次指示しての行動ではない咄嗟の援護は望めない。

 

 加えて、防御の為に仕込んでいた蜂型の生物弾もたった今二宮への攻撃の為に使ってしまった。

 

 右足は修復の最中であり、回避など望める筈もない。

 

『強』印(ブースト)────────五重(クインティ)

 

 故に、迫る遊真に対しようやく修復された足を用いて退避しようとした際には、既に手遅れであった。

 

「ぐ…………っ!?」

 

 遊真の鉄拳が、ハイレインの胸部を貫く。

 

 印によって超強化された拳撃は、一撃で致命傷を与え。

 

 ハイレインの戦闘体は罅割れ、崩壊する。

 

 こうして、敵首魁として脅威をばら撒き続けたハイレインは敗北を迎える事となった。

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