香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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若村麓郎①

 

 

「…………っ!!!」

 

 香取は緊急脱出(ベイルアウト)用マットに放り出され、硬直した後盛大に拳をマットに叩きつけた。

 

 苛立ちが表情に滲んでおり、鏡があれば香取は自らの顔の険しさに驚いたに違いない。

 

 それだけ、今回の負けは彼女にとって大きいものだったのだ。

 

(…………負けた。アタシだけじゃなく、三人で挑んだのに負けた。これじゃあ、樹里の言葉を否定する事が出来ないじゃないの…………っ!)

 

 香取は自分自身に対する怒りで拳を振るわせ、唇を噛みしめる。

 

 今回の試合は、樹里が若村達をこき下ろした事が発端だ。

 

 自分以外が身内を貶める事を許容出来なかった香取は当然の如く激怒し、樹里に発言の撤回を求めて勝負を挑んだ。

 

 樹里の言葉を否定する為に、彼女がこき下ろしたチームメイトを連れ立って。

 

 だが、結果は敗北。

 

 それも、惨敗と言って良い有り様だった。

 

 3対2という人数の有利がありながら、香取達は樹里にまともなダメージすら与えられなかった。

 

 それが結果であり、許容し難い事実でもある。

 

 加えて、「樹里が勝ったら二週間は勧誘を止める」という約束の所為で期限を迎えるまでは彼女に干渉する事すら出来ない。

 

「…………ちくしょう。ちくしょうちくしょうちくしょう…………っ! なんで、アタシは…………っ!!!」

 

 香取は自分が情けなくなり、慟哭する。

 

 その光景を、出て行く機会を失った三浦と若村が沈痛な面持ちで垣間見ていた。

 

 

 

 

「…………凄かったですね。樹里先輩も、佐鳥先輩も」

「ああ、同感だ。改めてジュリアーナの実力を再認出来たし、さとりんもA級としての格を改めて確認出来たよ」

 

 一方、試合を観戦していた修と王子は素直に樹里達の戦いぶりに感嘆していた。

 

 香取の試合運び自体は、そう悪いものではなかった。

 

 むしろ、あの状況で打てる最善手に近かっただろう。

 

 しかし、樹里と佐鳥はそんな香取を軽々と凌駕した。

 

 寄られれば終わりの筈の狙撃手でありながら自分を落としに来た若村の動きを読み切り、罠に嵌めて撃破した手腕は彼が黎明期から存在する敏腕ぶりを十二分に見せつけてくれた。

 

 最後の特攻を仕掛けて来た香取とそれを囮として奇襲を狙った三浦を、難なく退けて見せた樹里の手腕。

 

 そのどちらも、非常に見応えのあるものであった事は言うまでもない。

 

 指揮官としての優秀さで知られる王子から見ても、彼女達の実力の高さは明瞭だった。

 

「でも、どうして三浦先輩は背後からじゃなく側面から近付いたんでしょう? 奇襲を狙うなら、後ろからの方が効果的だと思うんですが。透明化した三浦先輩に気付けたのが木岐坂先輩の副作用(サイドエフェクト)の恩恵だったんなら、よりそっちの方が良かった筈ですよね?」

「良い着眼点だオッサム。じゃあ、推測交じりにはなるけれど解説しようか」

「お願いします」

 

 相変わらず良い所に目を付けるな、と王子は思案しつつ。

 

 出来の良い生徒の質問に上機嫌になり、王子は何処からともなく取りだした教鞭を手に説明を開始した。

 

「奇襲をするなら、背後からが効果的。これは誰しもが思う一般的な戦闘思考だ。でも、()()()()()背後からの奇襲というものは対策され易い。近付かれれば不利なジュリアーナがそのあたりの対策をしていない筈がない、ってミューラーは考えていた筈さ」

「だからこそ、背後ではなく側面からの奇襲を選んだという事ですか」

「恐らくはね。結果的にそれが逆効果になってしまったけれど、これはジュリアーナの副作用(サイドエフェクト)の精密性を知らなかった故の失敗と言える。一概に、ミューラーだけのミスとは言えないな」

 

 副作用(サイドエフェクト)

 

 この特異な能力はボーダー隊員にとっては概要だけであれば既知の知識であると同時に、その詳細まではあまり知られていない事が多い。

 

 これはサイドエフェクトが()()()と呼ばれている事から分かるように、持っている当人にとっては必ずしもメリットばかりを齎すものではないからだ。

 

 その最たる例の一つが、影浦の副作用(サイドエフェクト)である感情受信体質だ。

 

 これは自身に刺さる感情を肌感覚で察知出来るというものだが、この能力はオフにする事が出来ない。

 

 つまり影浦は人の視線を受けるだけで肌に突き刺さるような違和感を覚え続け、人と一緒の空間にいるだけでそれが積み重なっていってしまう。

 

 本人は当初これを何らかの病気の()()として見ており、普段からマスクをかけているのは少しでも肌に刺さる違和感を軽減する為だ。

 

 無論その程度で刺さる感覚をシャットアウトする事は出来ないが、こればかりは気持ちの問題である為やらないよりはマシというのが本人の認識である。

 

 他人から見れば羨むような有用な能力であっても、当人にとっては()()()()()でしかないというのがサイドエフェクトだ。

 

 故に無暗に他人の副作用を詮索するものではないという暗黙の了解が出来上がっており、公然と話題に挙げる事は避けられている。

 

 その為、影浦のサイドエフェクトにしても「他人の心が読める」と、ある意味では間違っていないだけの情報しか知らない者もいる。

 

 樹里の副作用(サイドエフェクト)もまた、()()()()()()()()()()()()()という部分がクローズアップされているが、今回の試合を見て分かる通り彼女の能力の応用性はそれだけに留まらない。

 

 むしろ、まだ何か隠している手札があると思った方が良いだろうというのが王子の見立てである。

 

「それに、ジュリアーナの後方の方角にはさとりんがいたからね。下手に後ろに回った事で彼の射線に入る事を嫌った、という側面もあったと思うよ」

「成る程、そこまで考えての判断だったんですね」

 

 王子の言う通り、樹里の後方の方角には若村を撃破して自由(フリー)になった佐鳥が生存していた。

 

 下手に後ろに回った事で彼の狙撃の射線に入る事を嫌った、という王子の推測はそう的外れなものでは無い筈だ。

 

「でも、今回のカトリーヌ達も捨てたものじゃないと思うよ。最初の攻撃はさとりんの介入がなければ成功していただろうし、三人がかりとはいえ惜しい所まで行った事は事実だ」

 

 けど、と王子は付け加える。

 

「彼女だけが成長しても、周りが追随しなきゃ意味は薄いけどね。そのあたりは、残る二人に期待かな」

 

 

 

 

「…………ろっくん」

「……………………」

 

 香取の慟哭を聞いていた三浦と若村は、共に顔を俯かせて沈鬱な空気を纏っていた。

 

 今回二人はいきなり香取に呼び出され、強引に樹里との対決に巻き込まれた被害者だ。

 

 少なくとも若村の側には、そういった意識があった。

 

 だが。

 

 負けて喚き散らすかと思われた香取は本気で悔しがり、今回の敗北が相当に堪えている様子だった。

 

 てっきり自分達に負けた責任を追及しに来るかと構えていただけに、彼女のそんな態度に若村は大いに面食らっていた。

 

 その香取も、既に退室してこの場にはいない。

 

 彼女が出て来た時に目は合ったが、香取は何も言わずにそのまま去って行ってしまった。

 

 正確には、何かを言いかけてはいたのだが若村の顔を見た瞬間に目を逸らして走り去ってしまった。

 

 その時の香取の申し訳なさそうな、それでいて何処か諦めたような瞳が若村の脳裏から離れない。

 

 彼の思い違いでなければ、あの時向けられた視線は怒りだとか失望だとか、そんなものではなく。

 

 ただ、()()がそこにあった。

 

 期待するだけ無駄なのだと、諦めたように。

 

 香取は何も言わず、去って行ってしまった。

 

(なんだよ、葉子の奴。いつもならうるさいくらい文句を言って来る癖に、もうオレにはそんな価値すらないってのかよ────────クソ)

 

 その時の衝撃が忘れられず、若村は歯噛みする。

 

 香取がまともに指揮を執った影響で、若村はこれまで自分がどれだけ中身のない文句を言っていたのかを自覚しつつあった。

 

 独断専行は、チームの足を引っ張る行為。

 

 そんな常套句(かんちがい)を口にしながら、自分は代案もなくただ香取の行動を否定していただけだった。

 

 だが、実際はその香取の独断専行が主軸となって、香取隊の作戦行動は初めて形になっていた。

 

 それをまざまざと見せつけられた若村は、自分の情けなさと素直に認め難いプライドの狭間で葛藤していた。

 

 ある意味で年相応な悩みが、少年の心に重くのしかかっていたのだ。

 

「…………ろっくん、行こうか。試合が終わったのにいつまでも此処にいちゃ、他の人に迷惑だし」

「…………そうだな」

 

 しかし、公共の場で用もなくこれ以上留まっているワケにはいかない。

 

 若村は三浦の言葉に従い、試合の為に入っていた部屋から出て。

 

「やあろっくん。試合、見てたよ」

「…………! 犬飼、先輩」

 

 部屋から出た直後。

 

 いつも通りの笑みを浮かべた犬飼が、彼を出迎えた。

 

 犬飼澄晴。

 

 B級一位二宮隊の銃手である彼は、若村の師匠である。

 

 我流でやって行く事に不安を覚えた若村が頭を下げて頼み込んで師事した相手であり、銃手の基本等は彼に教わっている。

 

 そんな犬飼を見て、若村は気まずそうに俯いた。

 

(あんな無様なやられ様を見て、失望されたよな。よりにもよって狙撃手に接近戦で負けたんだし、破門とか言われてもおかしくねぇ)

 

 犬飼はハッキリと、試合を見ていたと明言した。

 

 つまり、若村が佐鳥に返り討ちにされた所もしっかり見られていたという事だ。

 

 これが攻撃手や銃手にやられたのであればともかく、若村は近距離まで近付いた狙撃手という普通であればまず負けない相手に落とされてしまった。

 

 それがどれ程の失望を生んだかは言うまでもなく、師弟解消を切り出されてもおかしくないと若村は思っていた。

 

 ある意味、この状況で一番会いたくない相手に出会ってしまった、と言っても彼にとっては過言ではないのである。

 

「えっと、その…………」

「落ち込んでるねぇ、ろっくん。でも、相手は佐鳥だからね。彼はああ見えて東さんと同じく狙撃手のポジションが出来たばっかりの頃からやってるベテランだし、返り討ちに遭ったのも無理はないよ。元気出しなって」

「は、はい…………」

 

 しかし、犬飼は彼を叱るどころか穏やかな顔でフォローを入れて来た。

 

 てっきり厳しく叱責されるとばかり思っていた若村は拍子抜けして、そんな彼の表情を見て犬飼はその内心を読み取ったのだろう。

 

 目を細めて、()()を切り出した。

 

「────────ねぇ、ろっくん。なんで自分がやられたか、分かってるかな?」

「…………! えっ、と……………………あそこでカメレオンを使わなかったから、ですか…………?」

「それだけじゃあ、満点はあげられないな。きっと佐鳥に「カメレオンを使っていれば分からなかった」とか言われたんだろうけど、それって別に()()()()()()使()()()()()()()()()とは一言も言ってないよね?」

「あ…………っ!」

 

 そこで、気付く。

 

 確かに、佐鳥は「カメレオンを使っていれば分からなかった」とは言っていた。

 

 しかし、犬飼の言う通り「そうすれば勝てていた」とは言っていない。

 

 つまり。

 

 カメレオンを使わなかった事はあくまで()()であり、問題の本質ではないという事だ。

 

「あの場面、普通にやればろっくんは佐鳥を落とせた筈なんだ。それが出来なかったのは佐鳥の読みが鋭くて的確だったって事もあるけど、ろっくんが()()()()()()()しか取らなかったって理由もあるんだよ」

「分かり易い行動、ですか…………?」

 

 うん、と犬飼は頷く。

 

「あの場面、ろっくんはとにかく佐鳥を逃がしちゃいけないって思ってたよね? つまり、それだけ()()()()()ってワケだ。まあ、樹里ちゃんが爆撃をやりまくってて時間がなかったから仕方ない面はあるけれど、それが原因で思考が狭まってた自覚はあるんじゃない?」

「それは…………」

 

 確かに、犬飼の言う通り若村はあの時焦っていた。

 

 いつ自分の上に爆撃が飛んで来るか知れない焦りを抱いて、とにかく一刻も早く佐鳥を落とさなければならない、と逸っていた。

 

「だから、佐鳥があの場面で()()()()()()()()を推測する事が出来てなかった。確かに狙撃手は寄られれば脆いけど、それは相手だって充分以上に承知してる。だから、寄られた狙撃手が不利な状態からどう挽回を狙っているか、ってのは当然考えなくちゃならなかったってワケ」

 

 だからこそ、若村は「相手の立場になって物を考える」という思考に欠けていた。

 

 狙撃手は、寄られれば簡単に落とされる。

 

 これは常識であり、当然狙撃手当人も理解している。

 

 故に、狙撃手は居場所が割れた後は思考をフルに用いてその場からの逃走を始めとした打開策を考えて動く。

 

 若村は、そんな常識(あたりまえ)の事すら思い至ってはいなかったのだ。

 

「…………すみません。仰る通りです」

「うんうん、ようやく()()()()()ようで何よりだよ。樹里ちゃんもホント、良い仕事をしてくれたなあ」

 

 にこりと、何処か上機嫌に犬飼は笑う。

 

 そして、自分のあまりの至らなさに顔を盛大に曇らせている若村の肩をポン、と叩いた。

 

「でも、今はそれを自覚出来たからね。これまでは説明しても理解は出来なかっただろうから先延ばしにしてたけど、これでようやく次のステップに進めそうかな」

「え…………?」

 

 キョトンとする若村を見て再び笑いつつ、犬飼は告げる。

 

「────────勝つ為にどうすれば良いか、分からないんだろ? だから、教えてあげるよ。銃手がチームを()()()()方法について、改めてレクチャーしてあげる」

 

 此処が、一つの分岐点。

 

 未熟なまま戦いに臨もうとしていた少年は、惨敗を喫した事により自身の至らなさを自覚した。

 

 その機を逃す程、彼の師は愚鈍ではない。

 

 成長の兆しを見て取った犬飼は、己の弟子に本当の意味で銃手というものを指導すべく。

 

 彼を促し、共に隊室へ向かっていった。

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