香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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貧者の決意、羅刹の目覚め

 

 

「メガネくん、正気か…………?」

「はい。理屈は通っている筈です。推測が正しければ、これで敵に最後の詰めを行えるでしょう」

 

 それは、作戦実行の少し前。

 

 東から作戦内容の説明があった、直後。

 

 唐突に修から「提案がある」と聞かされ、傾聴した結果。

 

 皆は、その信じ難い「献策」を前に唖然としていた。

 

 何せ、修は。

 

 遊真に自分を抱えて貰い、トリガー解除した自らを生物弾の盾にする、と言ってのけたのだ。

 

 理屈は分かる。

 

 だが、それを実行に移すかどうかというのは全く別の話だ。

 

 成る程、確かに敵の黒トリガーが「生身の生物には通用しない」という推測が正しいのであれば、確かに有効ではあるだろう。

 

 戦場のただ中で生身になるという、無謀極まりない真似をする事に目を瞑れば、であるが。

 

 ボーダー隊員は戦いに赴く際は必ず戦闘体に換装し、それが破壊されたとしても緊急脱出という最終安全弁によって無事を確約されている。

 

 これがあるからこそ学生の兵士化に等しい事を行っておきながらその実態を誤魔化す事が出来ているのであり、組織にとっての生命線と言っても良い。

 

 故に、自ら生身になるという事はそういった安全弁を全て手放す事を意味している。

 

 生身で攻撃を受ければ当然傷を負うし、最悪の場合命を落とす事すら有り得る。

 

 それを自ら進んで行うというのだから、正気を疑うのも無理はない話と言えた。

 

「修、そんな事をしなくても東さんの作戦で充分の筈だ。敵の攻撃に対しては、俺と出水先輩が弾幕を張る事で対応すると、そう言っていただろう」

「ですが、烏丸先輩。烏丸先輩と出水先輩は、敵からすれば()()()()()()です。ですので、向こうの意表を突く事が出来ません。違いますか?」

「それは…………」

 

 だが、修の話に利があるのは確かなのだ。

 

 現状、出水と烏丸はハイレインからすれば既知の駒である。

 

 故に彼等から攻撃が飛んで来るのは予想の範疇である筈であり、対応されてしまう可能性は低くないどころかむしろ高いと言えた。

 

 これまで見せた敵の対応能力から鑑みれば、むしろ対応されるのが当然、と言ってしまっても過言ではないだろう。

 

 それだけの能力を、ハイレインは見せ続けていたのだから。

 

「い、いや、そこは何とかなる。俺の玉狛製トリガーを使えば、より強力な攻撃を行う事が出来るんだ。俺達が見えている駒だという点は、それでカバー出来る」

「ですが烏丸先輩。聞いている話の通りなら、烏丸先輩の()()は消耗が著しく一度使えば戦線離脱は避けられない、との事ですが。あの敵を倒してもまだ()()()()が控えている以上、切り札は温存するべきではありませんか?」

「…………!」

 

 修の話に、烏丸はハッと眼を見開く。

 

 その瞳が、遠くで小南達と斬り合うヴィザの姿を捉えていた。

 

 確かに、修の言う通りだ。

 

 ハイレインを倒せたとしても、まだあの老剣士が残っている。

 

 そして、戦力的な脅威で言えば明らかにあの剣士の方が上だ。

 

 何せ、こちらの最大戦力に等しい小南と忍田が二人がかりで戦って、ようやく抗戦が成立するレベルの相手なのだから。

 

 一度使えば終わり、に等しい烏丸の()()()は、温存するに越した事はないのは事実なのだ。

 

「烏丸先輩の消耗を、ぼく一人の行動で軽減出来るならそうするべきです。そうすれば、こちらは労せず切り札の一枚を温存出来ます。どちらが利があるかは、明らかだと思いますが」

「…………それは…………」

 

 修の指摘に、烏丸は押し黙る。

 

 確かに、彼の言う事は理屈が通っている。

 

 彼の言う通り、修の作戦が成功すれば烏丸の奥の手と言う切り札(ジョーカー)を温存しつつ敵を倒す事が出来る。

 

 烏丸の切り札である玉狛製のトリガーは、使えばそれだけで戦況を一変させ得る力がある。

 

 代償はとんでもなく大きいものの、こと出力という点で言えば比するもののない武器であるのは確かだ。

 

 それを温存しながら敵を一人倒せるという話は、確かに魅力的だ。

 

 お世辞にも単体では戦力になるとは言い難い修が多少無茶をする程度でそれが成し得るのだとしたら、これに乗らない手はないように思える。

 

 あくまでも、修の安全性という点を無視すればの話であるが。

 

「だ、だが修。流石に危険じゃないか? 戦場で生身になる事の危険性は、言うまでもないだろう。幾ら敵のキューブ化が生身の相手に通用しないとはいえ、相手はトリガーに依る攻撃だ。ボーダーの射撃トリガーだって、一般人を殺傷出来ない仕様になっているとはいえ当たればかなりの激痛を齎すんだ。近界のトリガーが同じ事を起こさないという確証が、どうして出来る?」

 

 烏丸の言う通り、ボーダーのトリガーには確かに一般人に当たっても害を成す事がないように調整が施されている。

 

 だがそれは、決して()()()()()()()()()()()()というワケではない。

 

 当たれば怪我こそしないものの、かなりの激痛が齎される。

 

 それこそ、一発で気絶するくらいの痛みに襲われるのだと聞く。

 

 ボーダーのトリガーでさえ、そうなのだ。

 

 戦争が日常のように行われている近界のトリガーにそんな安全弁は存在する筈はなく、生身で当たれば致命的なダメージを負う可能性があってもおかしくはない。

 

 烏丸の懸念は、当然と言えた。

 

「大丈夫です。敵のトリガーはどうやら、特殊効果を与える事に重点が置かれている代物のようですので。王子先輩から話に聞いた鉛弾(レッドバレット)のように、当たったとしても直接的なダメージはないものである可能性が高いでしょう」

「む…………」

 

 だが、修はそれに即座に反論した。

 

 敵のトリガー、卵の冠(アレクトール)によって生成される生物弾は見た限り鉛弾(レッドバレット)と同種の()()()()()()()()()()()()()()()()()代物である事はほぼ間違いない。

 

 加えて、生物弾そのものの強度もそう高くない様子が見受けられた。

 

 標的から外れた生物弾が地面に当たった時はその場で霧散しているし、それに際して触れた個所に傷が付いた様子もない。

 

 修の推測が正しい可能性は、割と高いように思えた。

 

 あくまで全て推論ではあるが、修の堂々とした物言いからはそれを微塵も感じさせない。

 

 このあたり、王子の教育の成果が光っていると言っても過言ではないだろう。

 

「あまり長く話し合っている時間はない筈です。ですので────────」

『やらせてみれば良いだろう。だが、その前に一つ聞かせろ。三雲』

「…………!」

 

 だが。

 

 提示された理屈を前に納得しかけている烏丸相手に更に畳みかけようとした修に対し、横槍を入れる声があった。

 

 通信の向こうから声をかけて来たのは誰あろう、東の作戦を共有する為に通信越しに話を聞いていた二宮であった。

 

 突然の第三者の介入に、修は眼を見開く。

 

 そんな修に、二宮は淡々と告げる。

 

『お前の案を採用する利点は理解する。だが、お前は自分の行動に責任を取れるのか? 今、この場を預かっているのは東さんだ。お前の行動の結果で何らかの被害が生じる事があれば、その責任を取らされる可能性が高いのは誰かは言うまでもないな?』

「…………!」

 

 二宮の言葉に、修は眼を見開く。

 

 確かに、修の論法は見事だった。

 

 自分の提案の利点を説明しつつ、安全性の懸念に関しても()()()()()理屈を並べてみせた。

 

 更には時間がない事を理由に決断を迫れば、そこまで論戦に強くない烏丸を丸め込む事は出来ただろう。

 

 だがそこに二宮は、()()()()()の話を持ち出した。

 

 今、この場を事実上預かっているのは実際に指揮を執っている東だ。

 

 東はボーダーでも名目上は一般隊員でありながら影響力や発言力は非常に高く、彼の一言で動く者は数知れない。

 

 そんな東であるからこそ、事実上この場を預かる責任者となっているワケだ。

 

 そして、この場での失点はそのまま東の失態に繋がる。

 

 二宮はそれを懸念して、修に警告したのだ。

 

 王子の入れ知恵の数々によって弁が立つようになった修ではあるが、そういった所にまで頭が回っていなかった事も事実。

 

 忘れがちになるが、彼はまだ中学生なのだ。

 

 嬉々として王子の独自(スパルタ)式弁論教育を受けていたとはいえ、経験そのものが足りない以上そういった配慮にまで頭が回らなかったのは無理からぬ事と言えた。

 

『だから、それをやるなら確約しろ。お前の案を採用した結果何が起こったとしても玉狛支部の、いや────────────────全てお前の責任でやる覚悟があるのかどうか、答えろ』

 

 故に、二宮は問いかける。

 

 お前に、その覚悟があるのかと。

 

 自分の言葉に、責任を持つ事が出来るのかと。

 

 返答次第では容赦しないという言外の脅しを隠しもせず、二宮は詰問する。

 

 ことは、彼一人の問題ではない。

 

 二宮の敬愛する東の進退にすら、関わりかねない問題だ。

 

 故に、彼は動いた。

 

 本当に、この少年の言葉は、信念は。

 

 そんな東の立場を懸け札(チップ)に乗せる価値があるのかどうかを確かめる為に。

 

 自身の行動の結果に相応の覚悟が持てるのかを、問うた。

 

「────────勿論です。何かあっても、全部ぼくの責任でやります。二言はありません」

 

 だが、最初から修に迷いなどなかった。

 

 彼からしてみれば自分の行動の責任を自分で取るのは当たり前であり、二宮に言われるまでもなく覚悟完了していた事でもある。

 

 修に思慮は足らなかったが、覚悟だけは最初からあった。

 

 故に一連の流れを見ていた遊真の眼から()()も修は嘘を言っておらず、その言に一時凌ぎの虚構の色はない。

 

 死線を乗り越えた経験などないのに覚悟だけは完了しているあたり、彼は嵐山と同類と言えた。

 

『────────そうか。東さん、何かあれば俺が責任を取ります。やらせてみてはどうでしょうか?』

『そうだな、三雲の案を採用しよう。だが、何かあれば責任を取るのはあくまで俺だ。そこは間違えないさ』

「え、あ、えっと…………」

 

 突然の思いも依らない話の流れに、修は眼を白黒させる。

 

 そんな様子を通信越しに察した二宮は、ふん、と鼻で笑った。

 

『馬鹿が。何の実績もないお前が責任など背負えるワケがないだろう。今のはお前に覚悟があるかどうか確かめただけだ。実際の責任を取るのは、大人(おれたち)の仕事だ。それを間違えると思うな』

 

 二宮にしては珍しく、(彼にしては)丁寧な説明を行いそれを聞いた修はハッとなった。

 

 実際問題、彼の言う通りである。

 

 この場合、修が幾ら「責任を取る」と言っても最終的な責任はこの場を預かっている東に帰結する。

 

 修の意思がどうであろうと、最終的に彼の案を採用した責任は東にあるのだから当然といえば当然である。

 

 責任を取る為には、相応の立場と言うものが必要なのだ。

 

 それを分かっているからこそ二宮は修に念押しをして、何かあった時に少しでも責任を自分と分散出来るようにしたワケだ。

 

 この流れであれば、修の行動に認可を下ろしたのは東と二宮の合同という事になる。

 

 二宮からしてみれば恩師である東が何らかの不利益を被る事は可能な限り避けたいところであるし、自分の行動に責任も持てないような輩であればどんな提案であれ一蹴するつもりであった。

 

 しかし、修が迷いなく自分の行動に責任を持つと宣言した事で彼を信じてみても構わない相手として認識し、責任を取っても良いと言ったのだ。

 

 無論、そんな二宮の内心などお見通しであった東に見事に釘を刺されたワケであるが、そこはそれ。

 

 東の許可を得た事で、無事修の作戦は採用される事になったのである。

 

『だが、安全に最大限気を配る事だけは留意しろ。着地するまでには必ず換装し直す事を忘れないようにしろよ。無理そうなら空閑にカバーして貰え。良いな?』

「はいっ! ありがとうございますっ!」

 

 自身の提案が許諾された事に修は満面の笑みを浮かべ、謝辞を述べる。

 

 この状況で一切の迷いなく返礼を告げた事で東の中には別の懸念が湧き上がったようであるが、それを言葉には出さない。

 

 あくまでもこの場での東と修の関係は一時的な指揮官と部下であり、彼の内面に踏み込む権利も筋合いもないからだ。

 

 そこは自分の役割ではないな、と東は通信の向こうで一人思案するのであった。

 

「オサム。正直言うとオレは反対だけどさ。言ってもオサムは聞かないもんな」

「空閑」

 

 そんな東の意を汲むかのように、遊真は若干険しい表情で修を見詰める。

 

 遊真からしてみれば、修が死ぬような危険を冒す真似は断じてして欲しくはない。

 

 しかし同時に、言って聞かない相手である事も充分以上に分かっていた。

 

 だから、彼に出来る事は一つだけ。

 

 最大限に注意した上で、何があっても彼を死なせないように守る事だけだ。

 

 修はそんな遊真を見据え、彼と正面から向き合った。

 

 彼に、大切な仲間に筋を通す為に。

 

 修は、真摯な眼で遊真を見据え。

 

 そんな修を見た遊真は、視線に力を込めて告げた。

 

「オサムがそういう奴だってのは分かってるし、ある程度諦めた。けど、何があっても捨て身なんかするんじゃないぞ。死んだりしたら、許さないからな」

「ああ、分かってるさ。ぼくだって、無意味に死んだりなんかするつもりはない。必ず、生きてやり遂げるさ。そうしなきゃ、目的を果たす事なんか出来ないからな」

「絶対だぞ。自分の無事を最優先しろよ、オサム」

 

 

 

 

「…………倒した、のか…………」

「そういうの、フラグって言うらしいよ。あのイズホって子が言ってた」

「何の話だよ、まったく」

 

 そして、現在。

 

 無事作戦が成功し、ハイレインを倒した二人は安堵の息を吐いていた。

 

 既に修は換装し直しており、一見して無事に見える。

 

 だが、そんな修を遊真はジト目で睨みつけていた。

 

「オサム、俺言ったよな? 自分の無事を最優先しろって。なのになんで、ギリギリまで換装し直さなかったんだよ?」

「ご、ごめん。本当はそうしようと思ってたんだけど、タイミングが巧くいかなくて。で、でも、怪我はしてないよ?」

「それは当たり前だ馬鹿。怪我してたらこれくらいで済ませてないよ」

 

 ふぅ、と遊真は盛大にため息を吐いた。

 

 相棒の無茶度合いは分かっていたつもりではあるが、そこに更に修正を加える事になるとは思いも寄らなかった。

 

 これからはより一層厳しい眼で修を見守ろう、と密かに決意する遊真であった。

 

「…………まさか、俺まで敗れる事になるとはな…………」

「…………!」

 

 その声に反応し、遊真は戦闘体崩壊で発生した煙の向こうを見る。

 

 そこには既に()の向こうに足を踏み入れた生身のハイレインが立っており、奥には控えるようにして角を持つ女性────────────────ミラが、佇んでいた。

 

 ハイレインは一瞬修の方に視線を向け、深く溜め息を吐いた。

 

「まさか、歯牙にかけていなかった相手に致命打を打たれる事になるとは────────────────失態だな。玄界(ミデン)の兵士の成長は著しい、か。ヴィザ翁の言う言葉には、一理も二理もあったワケだ」

 

 だが、とハイレインは続ける。

 

「これは戦争だ。局所的な勝敗に意味はなく、最終的に戦果をもぎ取れればそれで問題はない」

「…………!」

 

 その言葉に、遊真は戦慄する。

 

 敵は、まだ諦めていない。

 

 そして、この状況でその言葉の意味するところは、一つだった。

 

「ヴィザ翁。あとは、お願いします」

「────────承りました。この老骨でよろしければ、全力を尽くしましょう」

 

 ────────────────この場に於ける最大戦力、ヴィザへの指令に他ならない。

 

 彼への命令を下し、ハイレインが消えた直後。

 

 それは、起こった。

 

 空気が、軋む。

 

 そう錯覚するような圧迫感(プレッシャー)が、ヴィザより放たれていた。

 

「さて、ハイレイン隊長を倒すとはお見事です。矢張り、玄界(ミデン)の戦士達の成長は著しい。この身も、老いぼれを称するにはまだまだ早いと実感致しました」

 

 ギラリ、とヴィザの眼光が輝く。

 

 そこに宿るのは、修羅の魂。

 

 隠し切れない羅刹としての顔を覗かせて、ヴィザは笑う。

 

「我々の目的は、貴方方の全滅でなければ支配でもありません。ですので、用向きを果たす事が出来ればそのまま撤退する所存です」

 

 ですが、とヴィザは凄絶な闘気と共に、口元を歪めた。

 

「その邪魔をするのであれば、何人たりとも容赦は致しません。どうか、お覚悟を。これより先、私の前に立つ者悉くを斬り伏せましょう────────────────少しでも多くの(つわもの)が応じてくれる事を、願いましょうぞ」

 

 ハイレインの命により、一匹の修羅が解き放たれる。

 

 相対するだけで命が削られるような闘気を放ちながら、戦場に一匹の戦鬼が顕現した瞬間であった。

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