「させると────────」
「────────思ってるのっ!?」
ヴィザが絶対的な重圧と共に、一歩、足を踏み出そうとした瞬間。
これまで戦って来たが故に誰よりも彼の脅威を知る忍田と小南が、動いた。
忍田は、弧月を。
小南は、双月を。
それぞれ携えて、ヴィザへと斬りかかる。
それは、これまでも彼等が行って来た
しかして、この翁相手に抗戦を成立させて来た戦い方でもあった。
あの剣士に、ヴィザに
戦士としての直感でそれを理解していた二人は、間断のない攻撃を以てヴィザに対する最適解の
一つの極みに立った者は、その動き一つ一つが絶対の暴威となる。
それを体感として知っていた二人は、攻め続ける事でヴィザに防御を選択させ決して攻撃へ移らせなかった。
ヴィザが攻める、ただそれだけで。
最悪の事態へ陥ると、彼等は理解していたが故に。
「───────遅い」
だが。
羅刹としての力を見せる事を躊躇しなくなったヴィザの前には、あまりにも鈍過ぎた。
トン、と軽やかな靴音がしたと同時。
ヴィザは瞬間移動の如く疾駆し、二人の間を抜ける。
そして、すれ違い様に一閃。
忍田の右腕を、付け根から斬り飛ばした。
「な、に…………っ!?」
あまりの早業に、忍田がそれに気付いたのは自身の腕が斬り落とされた後だった。
(不味い…………っ!)
動揺は一瞬。
すぐさま状況を理解した忍田は、即座に左腕を伸ばし右腕が握っていた弧月を掴み取る。
武器を失うという、致命的な状態だけは回避した。
だが。
二人の防衛網をヴィザが突破してしまった、という事実は変わらない。
この瞬間。
等しく全てが、ヴィザという暴威の前に晒される事となった。
「────────
「え…………?」
ユズルがそれに気付いたのは、手遅れになった後だった。
不意の浮遊感の後、ユズルの上半身が崩れ落ちる。
否。
『戦闘体活動限界。
羅刹の刃は、資格なき者には認識する事すら許されない。
自身に何が起こったのか、分からないまま。
ユズルは、緊急脱出を迎えたのだった。
「嘘だろ…………っ!?」
そして。
当真もまた、その刃からは逃れられなかった。
次の狙撃場所へ、彼が到着した直後。
それは、襲って来た。
目にも止まらぬ、どころか眼に映る事すらなかった。斬撃。
それが通り過ぎた後、自身の胴が斬られた事に当真はようやく気が付いた。
(位置がバレるようなヘマした覚えねぇってのに、どういう事だよこりゃあ…………っ!?)
意味が、分からない。
それが、正直な感想だった。
自分は確かに、先程狙撃を行った。
しかし、その直後には冬島の設置していたスイッチボックスで転移していたし、この場所に着いたのだってたった今だ。
位置を気取られるような真似をした覚えはなく、ピンポイントで彼が両断された事からも当てずっぽうの無差別攻撃に巻き込まれたという線は有り得ない。
敵は確実に、位置が分からない筈の当真を狙って斬ったのだと。
理屈は、分からないが。
そう、認識せざるを得なかった。
『戦闘体活動限界。
当真が状況を認識した時には、既に遅い。
機械音声と共に戦闘体が崩壊し、当真は脱落を迎えた。
『戦闘体活動限界。
「野郎…………!」
こちらもまた、例外ではなかった。
ヴィザの攻撃が放たれた、刹那。
状況を認識する前に、それは終わっていた。
不可視の斬撃が北添を襲い、胴を両断。
何が起こったのかを理解出来ぬまま北添は脱落し、それに気付いた影浦はヴィザを睨みつけた。
その内にあったのは、怒りと焦燥。
仲間を守れなかったという己への憤怒と、攻撃に一切の反応が出来なかった、という焦り。
その二つが、影浦の中に渦巻いていた。
(俺のクソ
既に、ユズルが緊急脱出したという報告は影浦の下に届いている。
通信先の光も、珍しく動揺している様子だった。
無理もない。
北添の方は、まだ分かる。
敵に視認される場所にいたし、彼は優秀な
彼がやられたのは、まだ分かる。
だが、ユズルは別だ。
確かに彼は先程狙撃を行ってはいたが、その正確な位置までは晒していなかった。
どの方角から弾が飛んで来たかは分かっていただろうが、それはヴィザを狙ったものではなく北添の援護の為に彼の
加えて言えば、その時ヴィザは小南達と斬り合っている真っ最中でもあった。
自分が狙われた弾の軌道を逆算して狙撃手の位置を割り出したのであればまだ分かるが、自身が標的となったワケでもない狙撃の実行者の位置を果たして知る事が出来るのか。
彼の行った事は、理解の範疇を超えていた。
加えて、当真もまた今の一撃でやられたのだという。
こちらは、更に意味が分からない。
当真もまた狙撃を行いはしたが、当然その場からは移動していたであろうし、何より彼にはスイッチボックスがある。
その効果だけは彼から聞かされていた影浦は、当真の戦闘スタイルが正しく「一撃離脱」である事を知っていた。
聞いてもいないのに自慢のように語られたその戦術は、ハッキリ言ってうざいの一言だった。
時が来るまで潜伏に徹し、敵に当てるチャンスが訪れたら狙撃で得点しつつ即座にスイッチボックスで
それを繰り返す事で狙撃を行いながらその都度位置を晦まし続けるというのが、当真のランク戦での戦闘スタイルだ。
そしてそれは当然、今回の戦争にも適応される。
流石に何処にでもとはいかなかったが、彼の隊長である冬島は事前に幾つかのスイッチボックスを設置していた筈だ。
それを用いて転移していた当真の位置が捕捉された理由が、一切分からない。
理解不能の畏怖が、影浦の中に沸き上がった。
血湧き肉躍る戦いは望むところだが、こいつは何かが別次元で違う。
そんな確信を以て、影浦はヴィザを正面から睨みつけたのだ。
「…………っ!」
返されたのは、穏やかと言って良い微笑。
だがそれは。
裏に秘めた殺意を隠そうともしない、修羅の笑みであった。
影浦は、両断された自身の身体を幻視する、
実際に攻撃されたワケでもないのに、彼の
それだけ、ヴィザの放つ殺気は凶悪だった。
見た目は笑みを浮かべた好々爺そのものなのに、まるで檻から解き放たれた飢えた獅子に睥睨されているかのような悪感を覚える。
前代未聞と言っても過言ではない戦慄が、影浦を襲っていた。
(こいつは、やべぇぞ。今からこんなのを、相手にしなくちゃなんねぇのかよ…………っ!?)
「おいおい、マジかよ」
「なんで、当真先輩達の位置が…………?」
それを目撃した出水と烏丸は、ヴィザの行った事が信じられず仰天していた。
視認されていた北添はともかく、位置すら定かでなかった二人の狙撃手を斬り捨てたのは正しく意味不明だ。
自身を狙った狙撃手を、カウンターで倒したのならまだ分かる。
だがヴィザは、自身を狙ったワケでもなく狙撃の後位置を大幅に移動した筈の当真すら斬り捨ててみせた。
正しく意味不明の所業であり、理屈が一切分からない。
「────────簡単な事ですよ。永く戦っていると、狙撃して来る相手の位置も経験上分かるようになりましてな。
そんな二人の疑問には、ヴィザが信じ難い内容を以て返答した。
彼は、この剣鬼は。
ただ経験によって培った感覚を以て、当真達の位置を見破ったというのだ。
理屈は、辛うじて分かる。
狙撃を行う場合、適切な位置取りというものは確かに存在する。
射線が通っており、尚且つ低所からは見え難い場所。
そういった位置に、狙撃手は布陣するものだ。
だが、それは当然一ヵ所とは限らない。
そこが荒野ではなく市街地である以上、そういった場所は無数に存在する。
その中から狙撃手が隠れている場所をノーヒントで探り当てる事など不可能な筈だが、ヴィザはそれをやってのけたのだという。
理解不能の怪物。
それが目の前にいるのだと、彼等は認識せざるを得なかった。
烏丸達の眼には、畏怖と動揺がありありと浮かんでいる。
それだけ、この剣鬼の存在は異様に過ぎた。
剣の羅刹を前に、二人は自身の中にこれまで感じる事のなかった焦燥が浮かぶ事を否定出来なかった。
「この…………!」
誰よりも早く事態を理解した小南は、即座にヴィザへ斬りかかった。
今のは、自分の失態だ。
ヴィザを自由にすればこうなる事は、小南には分かっていた。
これまで、彼と斬り合っていたのは伊達ではない。
常人であればあっという間に押し潰される筈の小南の猛攻を、ヴィザは涼しい顔をして受けきっていた。
その時点で、この翁が只者でない事は嫌でも分かる。
旧ボーダー時代、数々の戦場を潜り抜けて来た小南は向こうの世界には恐ろしい存在が無数にいる事を知っている。
精鋭揃いだったかつての仲間達でさえ歯が立たない存在がいる事を、小南は事実として理解していた。
ヴィザも、そういった者達の一人────────────────否。
かつて相対した脅威の全てを比したとしても、この翁以上の存在はいなかった。
ただ、かつて近界に赴いた時に風の噂として聞いた事はあった。
曰く、とある軍事大国にはたった一人で国を落とせる力を持った剣鬼がいると。
耳にした時は眉唾物だと思ったものだが、今なら分かる。
あれは、この翁を指したのものだったのだろうと。
この老剣士であれば、噂が真実だったとしても驚きはない。
むしろ、納得しかないと言わざるを得ない。
彼であれば、一人で国を落とす事も出来るだろう。
それが分かるだけの凄みが、彼からは伝わって来たのだから。
だからこそ、迷っている時間は一瞬たりとも存在しない。
小南は感情ではなく理性を以て、双月を振るう。
この剣士に、これ以上自由に行動をさせてはいけない。
その一念を以て、小南は己の刃を振るった。
「…………っ!」
だが。
その斬撃は、鈍い金属音と共に受け止められた。
小南は、眼にした
「仕込み杖…………っ!?」
彼女の斬撃を受け止めたのは、ヴィザの持つ杖────────────────星の杖に仕込まれた、刀身だった。
一見杖にしか見えなかった黒トリガーであったが、その内部には刃が仕込まれていたのである。
恐らく、これまで確かに届いたと思った斬撃が防がれていたのも、あれがあったからだろう。
抜刀と納刀が早過ぎた為に視認は出来ていなかったが、今と同じ金属音がしていたのでほぼ間違いない。
「隙、ですな」
「しま…………っ!?」
そして、一瞬であろうと動揺を見逃すヴィザではない。
再び不可視の斬撃が飛来し、驚異的な反応で小南は防御自体は成功させる。
だが、その勢いまでは殺し切れず、小南は見えないベルトコンベアに運ばれるようにして吹き飛ばされた。
まるで
今の攻撃を防御してみせた小南も甚だおかしいレベルの生存本能を持っていると言えたが、防衛網の要であった彼女が一時的にこの場から排除された事に変わりはない。
それは、即ち。
ヴィザという剣鬼が、何の枷もなく解き放たれたという事に他ならない。
「く…………っ!」
そうはさせじと、忍田が斬撃を見舞う。
ヴィザを自由にするという事がどういう事か、既に理解している彼に迷いはない。
この場は、戦場。
敗者には何の権利も保証されない、修羅の生きる場だ。
それを実体験として知っている忍田は、守るべきものを守り抜く為に躊躇なく刃を振るう。
利き手である右腕を斬られたのは痛いが、その程度であれば幾らでも経験がある。
腕の一本や二本欠損した経験など、近界の戦争ではありふれたものだ。
戦闘体の四肢であれば極論幾ら失ったとしても生身には影響がない事も相俟って、自ら腕を捨てた事すらある。
無論それは最終手段ではあったが、経験はないワケではない。
腕を失った程度で動揺していては、この修羅相手に生き残る事など出来よう筈もない。
小南を一時的に排除された今、この場で最も彼を抑え込める可能性があるのは忍田である。
それを誰より分かっているが為に、彼の振るう刃に迷いはなかった。
「温いですな」
「…………!」
だが。
その斬撃は、彼の持つ仕込み杖によって受け止められた。
更に、一閃。
こちらの力を利用して柔術の如く忍田の刀は押し返され、一瞬の浮遊感に自分が跳ね飛ばされた事を理解する。
「…………っ!」
不味い。
此処であの不可視の斬撃を受ければ、小南のように弾き飛ばされてしまう。
そうなればこの剣鬼を、本当の意味で自由にさせてしまう。
このまま、それが現実になれば。
忍田が戻る頃には、全てが終わっているだろう。
脳裏に、絶望が過る。
何とか、この状況をどうにかする手はないのか。
どうにかして、この場に留まる方策はないのか。
忍田が、焦りと共に思案した。
その、瞬間。
「旋空弧月」
彼ではない、第三者の声が戦場に響く。
同時に放たれるのは、拡張斬撃。
されど、その刃は不可視の斬撃により弾かれた。
だが。
そして。
忍田は、新たな人影に視線を向ける。
そこには。
一人の、二刀を持った剣士が立っていた。
「忍田さん、仲間外れはずるいぞ。俺も交ぜてくれよ」
「慶…………!」
戦場に介入した男が、まるで遊びに来たかのような声色で声をかける。
そこにいたのは、誰あろう。
忍田の弟子であり、ボーダー隊員の中でも総合一位を保持する存在。
A級一位部隊太刀川隊隊長、太刀川慶。
ラービットを駆逐して回っていた双剣士が、主戦場へ参戦の意を示した瞬間だった。