香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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剣の羅刹②

 

 

「慶。此処に来たという事は、新型の掃討は終わったのか」

「ああ、残る新型はあそこにいる三機だけっぽいですね。まあ、どえらいのに護衛されてるみたいだけどな」

 

 忍田の質問に対し、太刀川はそう言ってヴィザの近くに座する三機のラービット二眼を向ける。

 

 これまで太刀川は、市街地に散らばったラービットの駆除にあたっていた。

 

 数あるボーダー隊員の中でも太刀川はラービットの単独討伐が可能であるという事で、一人その殲滅を任されていたのだ。

 

 だからこそ出水達がこの場へ向かった時も彼だけは同行しなかったのであり、太刀川は戦力としては主戦場にこそ必要だが同時にこの役割を降りさせるワケにはいかないという、二律背反の状態であった。

 

 その彼が此処に来たという事は、その任された役目が終わった事を意味する。

 

 普段であればともかく、こと戦闘に於いて太刀川が嘘を言う筈もないので、そこは信用している。

 

 つまり、残るラービットは真実あそこにいる三機のみ、という事になる。

 

 もっとも、その残る三機を破壊する為にはヴィザという極大の防壁を突破する必要があるのだが。

 

「慶。あの翁はこれまでに村上を始め多くの隊員を落とした傑物だ。ないとは思うが、油断するなよ」

「するわけないですよ。こうしてるだけで、あの爺さんの殺気がビンビンに伝わって来ますからね。あれ、控えめに言ってヤバいなんてモンじゃないでしょ」

 

 そう言って、太刀川は改めてヴィザを見据える。

 

 微笑を湛えたヴィザの姿を目にするだけで、悪感が止まらない。

 

 それだけの重圧を、今の翁は放っていた。

 

 戦いが好きで強者との戦闘が何よりの楽しみな太刀川であるが、その彼からしてもこの老剣士が別格の存在である事は否が応でも理解出来た。

 

 普段は軽くふざけたような態度が目に付く太刀川であるが、こと戦闘に限っては彼の直感は研ぎ澄まされ頭脳も明晰になる。

 

 その鋭さを増した太刀川の戦闘勘が、ヴィザと対峙する瞬間から最大限に警報を鳴らしていたのだ。

 

 警戒するな、と言う方が無理な話なのである。

 

「そうか。ならば良い。お前にも存分に働いて貰うぞ、慶」

「了解っと。むしろ望むところですよ」

「ああ、それで良い。久方ぶりに共に戦うとしようか」

 

 今この場に来たばかりの太刀川であるが、現状の理解に過不足はないと判断した忍田はそう言って彼の参戦を歓迎する。

 

 初めからさして心配はしていなかったが、ヴィザに対する認識の共有は充分な様子だ。

 

 こと戦いに限れば頭の回転は凄まじく速く、尚且つ直感にも優れている為太刀川は戦闘関連では非常に頼りになるのだ。

 

 師としての贔屓目が無いワケではないが、太刀川の参戦は何よりの僥倖と言っても過言ではなかった。

 

 自然、笑みが零れる。

 

 己の役割を忘れる事こそないものの、血が沸き立つ感覚は理解出来る。

 

 強敵を前に心躍らせるのは、彼等剣士の本能とも言うべきものなのだから。

 

「行くぞ、慶」

「了解」

 

 やり取りは、短く。

 

 しかしそれだけで意思疎通を完了させた師弟は、共に刀を構えた。

 

「「旋空弧月」」

 

 そして。

 

 戦闘再開の皮切りとなる両者の拡張斬撃が、ヴィザに向けて放たれた。

 

 

 

 

(この剣士も、中々の手練れの様子。まだまだ楽しめそうですな)

 

 ヴィザは相対する二人目の剣士、太刀川を見据え微笑を浮かべる。

 

 剣の練度そのものは、恐らく先程から戦っていた剣士の方が上だろう。

 

 しかし、新たに現れた双剣士も中々に研ぎ澄まされている気配が伺える。

 

 ヴィザは自然と口角が上がるのを自覚しながら、闘争の愉悦のままに星の杖(けん)を振るった。

 

 

 

 

(こいつは…………!)

 

 ガギン、という硬質な音と共に旋空弧月が弾かれる。

 

 太刀川と忍田、両者の放った拡張斬撃は、ヴィザの放つ不可視の斬撃によって防がれた。

 

 ノーマルトリガーの中でも屈指の威力を誇る旋空は、先端に近ければ近い程威力が増すという特性を持つ。

 

 故に先端を正確に当てる事が出来ればあのイルガーやラービットの装甲すら容易く両断する事が出来、実際に太刀川はそれをやっている。

 

 これは言う程簡単な事ではなく、ボーダー内に数多く存在する弧月使いの中でも太刀川を始め数名程度しかそういった真似は不可能だろう。

 

 本当の意味で旋空を使いこなせていなければ、あらゆるものを両断する拡張斬撃の真価は発揮出来ないのだから。

 

 今の攻撃も、本来であれば刃の先端が敵に当たっている筈であった。

 

 だが、二人の攻撃はヴィザに到達する寸前に、横合いからの斬撃によって薙ぎ払われた。

 

 眼に映らない程高速の()()が、刃の中腹を殴りつける形で。

 

 二人の斬撃は、あまりにもあっさりと凌がれた。

 

(やっぱり、こいつの斬撃は軌道が妙だな。少なくとも、普通の形状のブレードじゃねぇなこりゃ)

 

 最初の奇襲の時の手応えで薄々察してはいたが、改めて太刀川はヴィザの不可視の斬撃に用いられる刃が通常のものとは異なるものである事を察する。

 

 今の斬撃は、明らかに()()から飛来して来た。

 

 ブレードから伝わる衝撃の感覚を鑑みても、それは間違いない。

 

 つまり、自分達の旋空のような()()()()()()()()()するタイプでは、有り得ない軌道の攻撃という事だ。

 

(それに、攻撃を弾く()()で終わらせてるのも妙だ。さっきの様子から見るに、こいつの攻撃は複数個所を同時に攻撃出来る。なのに、反撃を同時にして来ねぇのはおかしい。この爺さんなら、その程度普通に出来る筈だが)

 

 加えて、ヴィザが攻撃を弾くのみで終わらせているのも気にかかる。

 

 彼の実力は、既に体感として理解している。

 

 未だこちらを舐めてかかっている、という線は捨てきれないが、それだけでは無いと太刀川の勘は訴えている。

 

 この違和感は、捨て置いてはならない。

 

 そんな確信が、彼の中にはあった。

 

(出力で言えばこっちが負けてる筈なんだ。なのに攻撃を弾いただけで追撃をしねぇって事は、あの斬撃は間違いなく()()()()()()()()()()()()()()な)

 

 太刀川は、早くも違和感から推察を深める。

 

 敵は黒トリガーで、こちらはノーマルトリガー。

 

 如何に旋空が絶対の切断力を持つとはいえ、トリガーの出力そのものは確実に負けているのだ。

 

 なのに攻撃を弾いた勢いでこちらを攻撃しないというのは、些かおかしい。

 

 敵の斬撃が飛び道具の類である事は間違いないが、少なくとも旋空のように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高いと言える。

 

 そしてその攻撃形態は、単純に内側から外へ撃ち出す形式ではないだろうという事も。

 

 太刀川は、確信していた。

 

(さっき、小南は何かに引きずられるような感じで飛んでったよな。ありゃ単に攻撃の勢いで飛ばされたっていうよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃねぇのか?)

 

 遠目から、太刀川は小南が吹き飛ばされる光景は目にしていた。

 

 あの光景は、外側から見ると少々奇妙ではあった。

 

 勢いで吹き飛ばされた、という感じではなかったのである。

 

 それよりも、車の車輪か何かに引っかかってそのまま引きずられた、という印象の方が強かった。

 

 小南自身も、自身のブレードに絡まった何かを振りほどこうとしているように見えた。

 

 その奮闘の結果その()()から離れ、その地点から慣性に従って落下したように思える。

 

 また、東から聞いた話ではこれまでやられた者は全員「真横からいきなり何かに斬られた」と話しているらしい。

 

 小南の奇妙な吹き飛ばされ方に、必ず真横から来る斬撃。

 

 これまでのボーダー(かれら)の奮闘が、太刀川の推論を正解まで引き上げる。

 

(多分、これで間違いない。この斬撃の正体は────────)

 

 

 

 

『というワケで、多分この斬撃は決まった場所を回る複数の輪っかみたいなモンだと思うんですけど。どうです?』

「恐らく、それで正解だろうな。敵の見えない攻撃の正体は、リング上に配置されたブレードを複数操るものでまず間違いないだろう」

 

 東は太刀川からその推測を聞かされ、それに同意する形で頷いた。

 

 彼からの進言は東が想定していた中でも可能性の高いものとして挙げられてはいたが、確信に至る情報がなかった為に確定出来ずにいた。

 

 しかし、実際にその斬撃と斬り合った太刀川が言うのだからまず間違いはないだろう。

 

 太刀川は興味のある事、即ち戦闘関連に於いては他の追随を許さない閃きと機転を持つ。

 

 その常識に捉われない発想力は優れた機転と組み合わさり、意外な形で突破口を編み出す事がある。

 

 こと、発想力という点では忍田より優れていると言っても過言ではない。

 

 それを若さ故の自由さと言うか常識外れと言うかはともかくとして、太刀川の進言が確実に状況を前進させたのは確かだった。

 

「小南。どれくらいで戻れる?」

『今、言われた通り隠れながら向かってるから少し時間がかかりますね。でも、本当に急がなくて良いんですか?』

「ああ、太刀川と忍田さんの連携で何とか戦況を膠着状態に持っては行けている。油断は出来ないが、折角敵の視界から外れたんだからそれを活かさない手はない。申し訳ないが、此処は従って欲しい」

『了解。そういう事なら否はないです』

 

 東は小南に指示を下し、その返答に頷く。

 

 現在、小南は東の指示によって身を隠しながら主戦場へ戻っている最中だ。

 

 彼女からしてみれば一刻も早く戻りたいのだろうが、不可抗力とはいえ敵の視界から外れた彼女を活かさない手はない。

 

 恐らく、あの老剣士は見えている相手からの攻撃はまず届かない。

 

 如何なる精度の攻撃であれ、真っ向からあの翁の防御網を破るのはまず不可能だろう。

 

 ハイレインのように、複雑で強力な追加効果を持った能力自体が凶悪な敵というワケではない。

 

 ただ()()()()()()

 

 能力それ自体が強力なのではなく、単純な攻撃速度と対応力を著しく桁外れなレベルで保持している。

 

 それがヴィザの強さであり、単純であるが故に穴のないものでもあった。

 

 少なくとも、トリオンで出来たもの以外には無力というハイレインの卵の冠(アレクトール)のような分かり易い弱点は存在しない。

 

 ハイレインの場合はその穴を突く事で勝利に繋げる事は出来たが、ヴィザにはそういった明確な突破口はない。

 

 加えて、ヴィザ自身の機転と技量がずば抜けているどころか次元が違う。

 

 戦略のみで戦術を圧倒する存在、と言っても過言ではなかった。

 

 稀代の戦術家である東の知略を以てしても、その攻略は困難と言っても良い。

 

 何故なら、敵はこちらの戦術を技量のみで捌けるレベルにいるのだから。

 

 少なくとも、()()()()()()()()()()()()というとんでもない理屈だけで、隠れていた狙撃手二名が落とされたのには仰天せざるを得なかった。

 

 確かにある程度、狙撃手が隠れている場所に当たりを付ける事くらいは出来るだろう。

 

 しかし、それは言う程簡単な事ではない。

 

 狙撃手である東自身はある程度何処に狙撃手が隠れていそうなのかを予測出来るが、それはあくまで自身の経験を元にしたものだ。

 

 ()()()()()()()()()()というとっかかりがあるからこそ、推測というものは成り立つ。

 

 そしてそれは、単なる想像と実際の経験で得たものとでは雲泥の差がある。

 

 狙撃手を探すのに最も適した者は、同じ狙撃手である。

 

 これは東の持論ではあるが、決して間違ってはいないと思っている。

 

 剣士が相手の剣士の挙動を経験から予測するように、狙撃手もまた自身の経験によって敵の狙撃手の隠れる位置を看破出来るのだ。

 

 無論それには膨大な経験が必須ではあり、逆に狙撃手が剣士の次の一手を予測する事は不可能に近い。

 

 大局的な見地からならばともかくとして、相手が次にどういった軌道で斬撃を放つのか、等と言ったミクロの視点になるとまず不可能だ。

 

 それは同じ剣士の領分であり、狙撃手では感知しようもない事だ。

 

 東は戦術パラメーターがカンストしているような存在である為近い事は出来るが、それでも限度はある。

 

 だが、ヴィザは違う。

 

 彼は見た目通り老齢に至るまで、数えきれない程の戦場を巡り続けて来たのだろう。

 

 あの年齢に至るまで現役で剣を振り続けて来たというのが事実であれば、その経験値は東にすら計り知れない。

 

 東は少々年上に見られがちではあるが、まだ年齢で言えば25だ。

 

 少なくとも60は超えていると思われるヴィザは、文字通り年季が違う。

 

 トリオン体という、生身の身体の状態に関係なく戦闘が行える代物が前提ではあるが、確実に敵の経験値はこちらの埒外の息に達している。

 

 だからこそ、敵はある程度当たりを付けていたとはいえ、隠れている狙撃手を奇襲で両断する、という規格外の真似が出来たのだ。

 

 それはもう、戦術の域ではない。

 

 剣の羅刹、その化身による御業である。

 

 少なくとも、敵は単なる戦術だけで倒せるような存在ではない。

 

 あらゆる戦術を駆使し、そして如何に敵の意識の外から突こうとしても。

 

 敵は、それを超えて来るだろう。

 

 それだけの()()が、あの翁にはある。

 

 故に、それだけでは足りない。

 

 持てる手札の文字通りの()()を駆使し尽くさなければ、あの剣鬼を落とす事は出来ないだろう。

 

 もし、敵が千佳の存在に気付いていたらと思うとゾッとする。

 

 こちらに明確な確保対象がいる、という確信を持たれていた場合。

 

 恐らく、敵の攻勢はこの程度では済まなかったに違いない。

 

 敵が無理に前進して来ないのは、こちらに何が何でも確保したいという標的がいないからだ。

 

 アフトクラトルの目的は不特定多数のC級の鹵獲であり、明確な個人をターゲットにはしていない。

 

 だからこそ、キューブの確保役であろうラービットが全滅したとしても、ヴィザが直接拾い集められる程度の量でも問題はない、と割り切っているのだ。

 

 そうではなく、千佳の存在がバレていた場合。

 

 ヴィザは本当の意味の総力を以て、こちらを殲滅しにかかっていたに違いない。

 

 故に、現状はまだマシと言えるのは幸いではあった。

 

(後は、準備が出来るまで耐えきれるかが勝負だ。全員に負担をかける事にはなるが、何とか耐えて欲しい。頼んだぞ、皆)

 

 東は現状を把握し直し、如何なる事態が起こったとしても対応出来るように警戒を強める。

 

 戦争は、佳境を迎えようとしていた。

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