香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の少女⑥

 

 

「樹里ちゃん、そっちはどう?」

『もうすぐ指定の場所に着く。賢は?』

「言われた通りの場所にいるよん。さっきあの爺さんの攻撃から逃れられたのは奇跡以外の何物でもないし、何より狙撃手である以上同じ場所に居続ける真似は出来ないしね」

 

 そう、と何処か無感動な様子で通信先からの返答を聞きながら、佐鳥はふぅ、とため息を吐く。

 

 今こうして無事でいる佐鳥だが、先程は肝が冷えた。

 

 ついさっき、当真やユズルがやられた攻撃から佐鳥が逃れる事が出来たのは彼の言う通り偶然や奇跡の産物と言っても過言ではない。

 

 正確には、とある要因から嫌な予感を感じた佐鳥が直前に位置を移動した結果、ギリギリで攻撃の軌道から逃れられたのだ。

 

 本来であれば、あのタイミングで移動するメリットは無かった筈だ。

 

 既に狙撃をした位置からは移動済みであったし、敵を射線に収める為に最適な位置に陣取ってもいた。

 

 隠れ場所が知られている心配はなく、次の一手を打てる()()()()()に彼はいたのだ。

 

 特に居場所を悟られるようなミスをした覚えはなく、不安要素は見当たらない。

 

 そこから動くメリットは、どう考えても存在しない。

 

 だが、佐鳥は。

 

 その直前に何処か不安そうな声で通信をして来た樹里の声を聴いて、何故か「此処にいては駄目だ」と直感したのである。

 

 樹里が連絡して来たのは、「なんとなく大丈夫か気になった」という理由らしいが、佐鳥は知っている。

 

 こういう時の彼女の不安は、何故か的中するのだという事を。

 

 その経験則に従い、樹里が不安になる=自分の身が危険に晒される何かが起こると推測し、一見メリットが見えない移動を敢行したのだ。

 

 結果として、たった今まで佐鳥がいた場所には高速で飛来する「何か」が通過したのを確認しており、あのまま同じ場所にいたらどうなっていたかは言わずもがなである。

 

 適当に近くから拝借した瓦礫をその場に立てかけて置いたのだが、それが真っ二つに斬り裂かれた光景を別の場所から見た時は肝が冷えた。

 

 樹里の「懸念」に従って行動したのだが、まさかああまでピンポイントで自分の位置を割り出されていたとは思わなかったのだ。

 

(確かに狙撃に最適な位置ではあったけどさ。他にもそういう場所はあったってのに、狙撃手でもない剣士がフツーああまで的確に場所を割り出せる? おかしいっしょ、マジで)

 

 佐鳥は再び先程の事を想起し、再度ため息を吐く。

 

 今回の大規模侵攻では信じ難い能力を持った敵を嫌という程目にして来たが、()()はその中でも極め付きだ。

 

 あらゆるトリオン製の物質をキューブ化する生物弾を放つハイレインの卵の冠(アレクトール)も大概だったが、あの翁は存在そのものがどうしようもなくヤバい。

 

 近界の戦争などとは無縁の生活を送って来た佐鳥ではあったが、あんな化け物が闊歩するような地獄を生き抜いて来た旧ボーダーの面々には頭が下がる思いだ。

 

 とうの旧ボーダーの者達からしてもヴィザは異質なのだが、それを知らない佐鳥はただ彼等に密かな尊敬の念を向けるだけである。

 

 とある事情もあり近界の事に無関心ではいられない佐鳥だが、()()を救う為にはあんな規格外がいる地獄へ関わらなければならないと思うと頭が痛くなる。

 

 そうであっても止まる気は無いが、それでも心の中で愚痴は出るものだ。

 

(いや、確か一人捕虜を確保出来たんだったかな。玉狛への縁は迅さんぐらいだけど、そこはなんとかするしかないか。あんなのがいる場所に乗り込むよりは、よっぽど難易度は低いだろうし)

 

 だがそこで、玉狛支部が敵の兵の一人を捕虜に出来たという情報を思い出す。

 

 撃破したのは樹里達香取隊であるらしいし、彼女を通じたルートや佐鳥が持っている迅との交渉ラインを辿れば何とか情報を提供して貰えるかもしれない。

 

 そう希望を持つ佐鳥であったが、捕らえた捕虜(ヒュース)が超の付く頑固者であり情報収集に難儀する事になる未来を、彼は知らない。

 

 それを知った時佐鳥は頭を抱える事になるのだが、既にそれを視ていた迅によって宥められるまでが既定路線であった。

 

『賢。戦況、割と厳しいみたいだけど大丈夫かな?』

「大丈夫、って太鼓判は押せないかな。あの爺さんは規格外にも程があるし、忍田さんは片腕を斬られてる。小南先輩も戦線復帰の最中だし、太刀川さんのお陰で保ってるのが奇跡みたいなもんだ」

 

 佐鳥は樹里の質問に、正直にそう答えた。

 

 此処で「大丈夫」と告げる事は簡単だが、樹里は馬鹿でも愚鈍でもない。

 

 見るからに嘘と分かる慰めを言われても、心の平穏には繋がらない。

 

 ならばいっそ正直に推論を述べた方が、まだ誠実というものだ。

 

「でも、あの東さんが指揮ってるんだ。あのオッサンが規格外甚だしい事は、樹里ちゃんも知ってるっしょ? だから今回も、きっと巧くいくさ。あのやべー魚野郎だって、それで撃破出来てるしね」

『…………そうだね。今は信じるしかない、って事なのかな』

 

 だから、現状で見えている「東が指揮を執っている」という明確なプラス要素を口にして安心させるのが精々だ。

 

 樹里自身は東との関わりは薄いが、同じ狙撃手として彼の出鱈目さは知っている。

 

 訓練に参加するよりも指導に回る事の多い東だが、その指導の的確さや時折見せる変態的な狙撃の腕は狙撃手であれば誰もが既知である。

 

 ポジションとしての狙撃手としては割と新参者である樹里であっても、それは例外ではない。

 

 自分の強化視覚(のうりょく)なら狙撃も簡単、と風を切って狙撃手の道へ乗り込んで来た彼女に、本物の狙撃手とはどういったものかを実地で叩き込んだ相手なのだ。

 

 見るからに調子に乗っていた樹里が東の変態的な狙撃技術を目の当たりにして、当真やユズルといった面々もそれに追随もしくは匹敵する真似をするのを垣間見て。

 

 自分は井の中の蛙であったと呆然となる彼女を宥めた記憶は、今でも時折想起する。

 

 「何あの変態達。こわい」と仰天してビビって自分にしがみついた彼女の頭を撫でながら、「良い匂いするなあでも今反応しちゃ人として終わりだしなあこれ拷問?」というご褒美なのか罰ゲームなのか分からない思い出があるからなどという理由では断じてない事を此処に弁明する、と佐鳥は誰に言うでもなく一人で言い訳をしていた。

 

 基本的に樹里との思い出はピンク色の記憶とセットである事が多いので、下手に想起すると色々と危険なのである。

 

 色んな意味で無防備な少女と共にいた分、そういった悩みは多い。

 

 佐鳥が肉食系男子であったなら別段葛藤はなかっただろうが、実のところ彼は超の付く草食系と言って良い。

 

 少女に対して性欲よりも庇護欲が先に来る時点で、彼の生粋の紳士っぷりに疑いようは無い。

 

 それでも身体の反応は無視出来ないので悶々とするワケだが、そこはそれ。

 

 今はそんな事を思い出している場合ではないと、佐鳥は意識を切り替えた。

 

「そういえば、香取ちゃん達とは別行動なんだよね? そっちは?」

『言われた通りの場所に向かってる、っぽい。私の位置からは視えないけど、華が言うには順調に目的地に近付いてる、って』

「そっか。もしかして、また香取ちゃんが()()にしてる?」

『そうだけど? 一応見つかり難いルートがあったから、二人を抱えて突っ切っていったよ』

「そっかぁ」

 

 そりゃあの二人は災難だなぁ、と佐鳥は苦笑いを零す。

 

 樹里の幼馴染だけあって、香取も妙に異性との距離感がバグっている所がある。

 

 学校ではザ・女子高生といった感じのムーブをしている香取ではあるが、実際に彼女と近しい男子はそれこそチームメイトの若村と三浦くらいであり、後は遠巻きに見ている面食い共くらいしかいない。

 

 その容姿端麗さから最初は自称イケメン共がこぞって彼女をモノにしようと自信満々で告白に挑んだようだが、その悉くを手酷く粉砕した(フッた)香取の武勇伝が伝わって以降はそんな無謀を冒す者はいなくなった。

 

 故に香取は異性に対しての態度は基本的に拒絶オンリーであり、ミーハーではある為烏丸に対して憧れは持っているが、実際に彼に近付こうとするアクションまでは起こしていない為、家族以外でまともに向き合った事のある異性はチームメイトの二人だけなのだ。

 

 その為男性との距離感をイマイチ掴めていない所があり、今回の大規模侵攻で度々若村達を脇に抱えて移動する際にもそれで彼等にどんな心象を与えるかなどといった事には頭が回っていなかった。

 

 香取は興味のない相手には辛辣で攻撃的だが、一度懐に入れて身内判定を下した相手には色々と甘い所がある。

 

 運ぶ時に不可抗力的に自分の身体に触れてしまう事に対しても、「身内だから」という理由で一切気にしていなかった。

 

 元々彼女に好意を持っている三浦は勿論、最近色々な意味で意識改革した若村にとってはたまったものではない。

 

 女子の無防備さは時に凶器同然である事を知っている佐鳥としては、同情するしかないのである。

 

「そういえば樹里ちゃん、身体に不調とかない? 意識が遠くなるとか、そういう事はなかった?」

『…………? 特にないよ。なんで?』

「…………いや、それならいいよ。何でもない」

 

 そう、と怪訝そうに通信先で頷く樹里の声を聴きながら、佐鳥はふむ、と思案する。

 

 この様子では、特に何かしらの異常は起きていなさそうだ、と佐鳥は判断する。

 

 樹里は基本的に嘘が下手くそであり、関わりのない第三者ならともかく、相応に付き合いのあった者からしてみれば彼女が本当の事を言っているかどうかは一目で分かる。

 

 彼女は嘘をつく時はこちらの動向を伺うように視線を彷徨わせるし、佐鳥クラスの付き合いがあれば声色から大体真偽を見極める事すら出来る。

 

 今の声色からは、特に嘘をついている感じは見当たらなかった。

 

 であれば懸念していた事項は特に起こっていない様子であり、その事実に安堵する。

 

 今回は敵が()()()を滅ぼしたらしい国家という事もあって警戒していたのだが、取り越し苦労だったらしいと佐鳥はため息を吐く。

 

 実際にアフトクラトルの兵士と遭遇して戦闘までして何もなかったのであれば、推定されていた危険性は無いものと扱って良いだろう。

 

 少なくとも、彼女に()()()()()()は仕掛けられていなかった、という事なのだから。

 

 その懸念があった為樹里には正直戦場に出て欲しくはなかったのだが、彼女自身に理由を説明出来ない以上それを止める事は難しい。

 

 故に佐鳥は迅の指示で密かに彼女の様子を逐次監視していたのだが、特に変化は見られなかった。

 

 ヒュース戦を経て異常が起こらなかった事から問題ないと判断するまで、彼が隠密に徹していたのはその為である。

 

 ハイレインのやりたい放題(被害ばら撒き)によってそうも言っていられなくなって戦線に向かうまでは、彼は迅の指示を遂行し続けていたのだ。

 

 その事に対し特に迅からの反応もなかったので、佐鳥は問題ないと判断したワケである。

 

 今の問いかけはあくまで最終確認であり、作戦実行を前に彼女に異変が起きていないのか確かめる意味合いもあった。

 

 何かしらの事情があれば東に彼女を作戦から外すよう進言するつもりであった佐鳥だが、その必要がなくなったと安堵していた。

 

 今回の作戦に於いては、樹里の力の占める割合はそこそこ大きい。

 

 何せ、優秀な狙撃手である当真やユズルが既に落とされている。

 

 佐鳥でも無理やり代役はこなせなくはないが、単純に手数と火力が足りない。

 

 その意味でも、射撃と狙撃の両方を扱う事が出来、高いトリオンによる高火力を実現可能な樹里の存在は大きい。

 

 二宮と出水が連戦で相応に消耗している現在、最もトリオンに余裕があるのは樹里であると言っても過言ではない。

 

 彼女のヒュース戦での役割は専ら盾役であった為、最後に攻撃参加した以外はそこまでトリオンは消費していない。

 

 少なくとも、エネドラとハイレインとやり合う為に撃ちまくった二宮や、卵の冠(アレクトール)の生物弾と撃ち合いをした出水よりは余裕があるのは確かだ。

 

 その彼女を戦線から外すのは痛かったので、問題なく起用出来るのであれば言う事はない。

 

(…………問題は無い、筈だよな。見落としはない、と思うけど…………)

 

 されど。

 

 佐鳥の中から、一抹の不安は消え去らなかった。

 

 現状、樹里に問題らしい問題は確認されていない。

 

 声色からもそれは明らかで、むしろ戦場の熱気に昂揚さえしている様子だった。

 

 故に、今のところ問題は無い。

 

 現実的に考えれば、その筈だ。

 

(大丈夫、だよな…………? 本当にこのまま樹里ちゃんを戦わせて、良いんだよな…………?)

 

 佐鳥の自問自答は続くが、まさか「嫌な予感がするから作戦から樹里を外してくれ」などといった曖昧な理由で東に進言するワケにもいかない。

 

 根拠があるのであればともかく、今回は完全な佐鳥の感覚の問題でしかない。

 

 過去の事もあって心配性なのは自覚している分、佐鳥は自身の感情を理由に動く事は出来なかった。

 

 後にこの時の事を後悔する事になるなどとは、思いも寄らない佐鳥であった。

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