(これは、期待以上です。二人共、良い腕をしている。これ程の
ヴィザは己と斬り合う二人の剣士を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
傍目から見れば、それは好々爺が孫を見るような眼にも見えるだろう。
だが、違う。
これは、そんな生易しいものではない。
その笑みは気まぐれに狩りに出た百獣の王が、見付けた獲物の足掻きを前に口角を吊り上げるが如しもの。
獅子が標的を前にして、己が牙を見せつけるようなものに等しい。
そして、そんな狩猟者の笑みを前に顔を引き攣らせながら斬りかかって来る姿もまた、ヴィザの眼鏡に適うものだった。
神の国の剣聖、戦場の剣鬼と謳われ畏れられ、その名を聞くだけで敵が降伏する事も珍しくはなくなった昨今。
ヴィザは、血湧き肉躍る戦いに飢えていた。
国宝の使い手として、祖国に貢献する事に否やはない。
しかし同時に、己を奮い立たせる強者との戦いを渇望していたのは事実だった。
近界の戦場を渡り歩いても、最近はまともな戦闘と呼べるものは成立しなかった。
ヴィザの勇名が轟き過ぎている影響で、彼と相対しただけで心折れてしまう者が大半だった為だ。
無論その程度の相手だったと割り切る事も出来たが、中には少しは骨のありそうな者もいただけに残念に思っていた事も確かであった。
近界と異なり、玄界ではヴィザの名は知られていない。
故に、少なくとも戦わずに終わると言う展開は避けられるだろうと、その程度の期待感ではあった。
だが、実際はどうだ。
ヒュースが倒された、と聞いた時は彼の置き去りが確定した事を悲しむと同時に、己が手塩にかけた相手を倒す程の猛者がいる、と知って猛った。
ランバネインが撃破された事を知り、あの猛将を打ち倒す者が現れようとは、と期待を強めた。
エネドラが倒れ処分された時には残念に思う気持ちと同時に、黒トリガーをも屠る敵がいる事に色めきだった。
ハイレインが打倒された時に至っては、それまでの玄界の兵の奮闘を直に見ていた分興奮の度合いも最高潮に達していた。
そして、実際に自分と相対している二人の剣士の力を知るに従い、彼の闘志は天井知らずに上がっている。
嗚呼、いつまでも斬り合っていたい、と。
内心の心の声に、従ってしまいそうになるくらいには。
現在、戦況は一見膠着状態になっている。
二人の剣士の猛攻をヴィザが凌ぎ、防戦に徹している。
傍から見れば、そう見えるだろう。
だが、実際は違う。
剣士二人が攻撃をし続けているのは、そうでなければ膠着状態にすら持ち込めないからだ。
ヴィザは彼等の思惑に敢えて付き合い、防戦を演じている。
その気になれば強引に突破する事も可能ではあるが、彼はそうしなかった。
この猛者二人と長く斬り合っていたい、という願望は勿論ある。
下されたハイレインの指示を速やかに遂行する為には、多少強引にでも動いた方が良いのは確かだ。
それをしないのは勿体ないと思う気持ちと同時に、
ハイレインを撃破した時の手並みを見る限り、敵には優秀な指揮官がいる。
少なくともこの場を指揮する者の指揮官としての器はハイレインに追随、もしくは匹敵するものである事を確信している。
ヴィザは、指揮についてはそこまで造詣が深くはない。
経験を積み重ねて来ているだけにやろうと思えば可能だが、ハッキリ言って性に合わない。
自分は配下を自在に動かすよりも、一人戦場に乗り込み思う侭に剣を振るっていた方が余程性に合っている。
されど、その膨大な経験から来る洞察力によって今敵を指揮している存在が稀有なレベルの優秀な人物である事は見て取れた。
少なくとも、敵をハイレインレベルの相手が指揮している、と想定して動くべきだという判断をヴィザは下していた。
故に、自分が強引に動いた場合の想定をしていない筈がない、というのが彼の見解だった。
成る程、強引に動けば確かに突破は可能だろう。
しかし、この二人はそう易々とそれを許す程甘くは見えない。
敗北は避けられないとしても、何かしらの手傷を与えて来る────────────────もしくは、己を賭してこちらの隙を作りだす程度の事は、して来てもおかしくはない。
ヴィザには、ハイレインのような回復能力は無い。
彼に出来るのはひたすらに敵を斬る事のみであり、特異な能力など持ってはいない。
己の操る国宝の黒トリガー、
故に与えられた傷を治す手段はなく、一度の失態が致命傷になる可能性は常に存在している。
だからこそ強引に動いて隙を晒す真似をするべきではない、という
もし、金の雛鳥の存在に確信を持てていればまた違った判断を下しただろう。
現在のアフトクラトルにとって、次なる「神」の確保は急務の問題である。
自分達がそうであるように、他の領主達もこぞって兵を他国に派遣して死に物狂いで「神」を探している。
だが、「神」を
アフトクラトルは、より優秀な「神」を選び抜く事で国力を伸ばして来た国だ。
そのお陰で今の発展があるのは事実だが、同時に「神」が死んだ場合に次代を探すのが困難極まりない、という弊害を生んでいた。
優秀な「神」を奉じた現在のアフトクラトルの国土は、これまでに無い程膨れ上がっている。
だが同時にそれは、今以上の優秀な素質を持った「神」を捧げなければ国土を縮小せざるを得なくなり、その縮小規模によっては多くの国民を文字通り切り捨てなければならなくなる。
近界の国は玄界のそれとは違い、
「神」の不在による国としての機能停止が断じて許容出来ない以上、国民を切り捨てる結果になろうとも新たな「神」を探す工程は必須となる。
その対象である金の雛鳥が確保出来るともなれば、玄界との全面戦争を覚悟してでも鹵獲せよ、という指令をハイレインは下しただろう。
だが現在に至って、その金の雛鳥を発見する事はついぞ出来なかった。
存在を確信さえしていれば強引な手段に踏み切る事も出来ただろうが、全面戦争覚悟で殲滅を仕掛けた結果、見つからなかったでは取り返しがつかない。
基本的に、玄界の扱いは他の国々とは異なる。
近界の国家とは比べ物にならない程広く、
他の国であれば母トリガーさえ押さえてしまえば属国化も思うが侭だが、それがない玄界では同じ方法を取る事が出来ない。
加えてその広大な国土を考えれば、どれだけの予備戦力が控えているかは分かったものではないのだ。
今見えている基地を攻略すれば終わりであるという確信が持てない以上、金の雛鳥の存在を確定出来ない状態で攻め入るリスクを冒す事は出来ない、とハイレインは判断したのだ。
それしか国を救う方法が無い、となればなりふり構う事はなかっただろうが、彼の領主は既に次善策を走らせている。
ハイレインは、最初から遠征で「神」が見つかるとは露ほどにも思っていなかった。
見つかれば儲けもの、くらいの感覚で行動しており、なければ無いで次善策に移行するだけ、と割り切っていた。
ヒュースを置き去りにするのは戦力的にもヴィザからの心象的にも確かに痛手ではあるが、致命ではない。
次善策の実行に伴う損害は無視は出来ないが、決して許容不可能なレベルであるというワケでもないのだ。
エリン家を丸ごと敵に回すのは確かに痛手ではあるものの、次の「神」の擁立が成功すればそのデメリットが吹き飛ぶ程の利益を得られる。
加えて、彼女が「神」となれば国土を縮小する必要もなく、国の為を思えばヴィザがどちらに着くべきかは明白であった。
ヴィザは、このままハイレインの次善策が実行されなければ確実に「神」の擁立は国土の縮小を伴わなければ出来ないだろうと判断していた。
四人の領主は国の危機に於いても協力するなどという事は決してなく、むしろ相手を蹴落とす隙を常に狙っている政治屋共の集まりだ。
ハイレインは彼等と比べれば領主としては誠実と言える方であり、冷酷ではあるが自国を想う気持ちは本物で、尚且つ公私混同は絶対にしないが情もないワケではない。
理性の判断を情で鈍らせる事が有り得ないというだけで、冷徹ではあるが冷血ではないのだ。
エリン家当主を生贄にするという次善策も苦渋の決断の末のものであり、だからこそ本心では無駄とも思える遠征を繰り返していたのだ。
あわよくば、自陣の者を犠牲にする事なく事を収めたいという願望があったからこその、今回の遠征である。
その想いに賛同したからこそ、国宝の担い手という易々と自国を留守に出来ない身の上ながらヴィザは今回の作戦への参加を承諾したのだ。
ヴィザとて可愛い弟子であるヒュースは出来れば手放したくはないし、エリン家当主とも知らない仲ではない為出来る事なら犠牲にはしたくないという考えもある。
祖国の為を想う行動より上位に来る事だけは有り得ないが、ヴィザも情がないワケではないのだ。
故に、もしも金の雛鳥の存在を確信出来ていた場合には常には解放する事のなかった本気を以て基地の殲滅まで断行していただろう。
しかし、未だ金の雛鳥の存在には確信を持てず、ヴィザ以外の有人戦力は回収役のミラを除いて全滅している。
ハイレインからの指令も「可能な範囲でキューブ化した雛鳥を持ち帰る」事とされており、無理をしてまで攻め急ぐ必要をヴィザは感じなかった。
キューブの回収役は残った三機のラービットに任せるつもりであるが、場合によってはトリオン兵は見捨てる事も考慮に入れている。
最悪の場合、ヴィザが拾い集められる程度の量でも問題は無いとハイレインに確認は取っている。
実際はミラが開いた窓に投げ落とす事になるだろうが、その程度の戦果でも問題は無いとハイレインは判断している。
金の雛鳥の発見・確保に失敗した以上、ハイレインが求めているのは最低限度以上の戦果であり、欲をかいて過大な利益を求める事を彼はしなかった。
故にヴィザは、時間をかけてでも全ての敵をすり潰し、その後に可能な範囲のキューブを回収する、という方針を取っているのである。
敵が時間稼ぎを行い、援軍を待っているのは分かっている。
二人の剣士の挙動からも、それは瞭然だ。
彼等の攻撃はあくまでもヴィザが攻撃体勢に移る事を封じるのが目的であり、そのまま倒そうというには前のめりになろうという姿勢が見られない事からもそれは瞭然だ。
戦闘を行う際、独力で相手を倒そうという者には必ずこちらの隙を伺う挙動が存在する。
第三者の介入を想定出来ている状況でもなければ、戦況を変える為の一手を常に探さなければ勝ちに繋げる事は出来ない。
トリオン体という生身にはない膂力を持つ肉体を与えられてはいても、その精神は不朽ではない。
戦えば戦う程集中力は落ちていき、隙も晒し易くなる。
故に、限られた時間で敵を撃破する為に、どうにかして敵の隙を探そうと躍起になるワケだ。
だが、この二人の剣士は膠着状態を続ける事こそに心血を注いでおり、無理をしてまでこちらを崩そうという姿勢が見られない。
無論隙が見えればそうするだろうが、ヴィザに限っていえば戦闘時間の長期化による隙を作り出す事は不可能と言って良い。
戦えば戦う程アドレナリンが分泌されるかの如く鋭さを増していくヴィザの精神にとって、長時間の戦いは一切苦にはならない。
どころか、戦えば戦う程昂揚して集中が増していくので、むしろ長期戦は望むところなのだ。
膨大な経験を経ている故に焦る事は有り得ず、自身の実力に相応の自負もある為どれだけの敵を相手にする事になろうとも臆する事はない。
援軍は来るなら来るで全て撃破すれば良い、というのがヴィザの方針であった。
それが実際に可能とする程の実力を、彼は持っている。
単騎で一国を落とした国落としの異名は、伊達ではない。
やろうと思えば実際にそれが出来てしまうからこそ、彼は
(そろそろ、ですかな。玄界の戦士がどれだけの成長をしているのか、その成果を見せて頂くとしましょう)
時間的に言って、そろそろ敵の準備も整う頃合いだろう判断する。
戦場の空気からも、それは明らかだ。
ヴィザは敵の繰り出す作戦に期待感を持ちながら、悠然とその時が来るのを待ち構えている。
剣鬼との決戦の刻が、訪れようとしていた。