「準備は良いか?」
『はい』
『いつでも』
東は通信越しの返答を聞き、頷く。
仕込みはした。
戦力は、配置した。
作戦も、組み上げた。
後は彼のゴーサインがあれば、彼等は己の手足の如く動き出すだろう。
この大規模侵攻の大一番、剣鬼ヴィザ攻略戦。
その始動を、今か今かと待ち望まれていた。
「よし。作戦を開始する。総力を以て、奴を打倒するぞ」
『『『了解』』』
東の号令に、気持ちの良い返答が響き渡る。
こうして、剣鬼攻略戦は開始の時を迎えた。
(来ましたか)
ヴィザは
上空から飛来する、無数の弾幕。
これまでは影も形もなかった第三者の介入に、ヴィザは敵の準備がようやく整ったのだと理解した。
チラリと、相対する二人の剣士を見据える。
太刀川と忍田は弾幕が迫っているただ中にも関わらず、特に回避する為の動きに移る様子は伺えない。
あれが飛来しても避け切る自信があるのか、或いは。
(────────成る程。では、こうですな)
その様子を見たヴィザは、即座に星の杖を起動。
不可視の斬撃が振るわれ、弾幕を正面から両断。
それが一斉に
「
ヴィザは先程、北添による爆撃を目にしている。
今回のそれはメテオラ単体ではなく合成弾ではあるが、剣士二人が回避の素振りを見せなかった事であれはただの弾幕ではなく爆撃の類であると看破したのだ。
つまりこれは、ヴィザが迎撃する事を前提とした上での攻撃。
爆煙という遮光カーテンを敷く為の、次の一手への布石。
故にヴィザは、弾幕が接近する前に早々に撃墜してみせた。
ある程度離れた場所での起爆であれば、爆煙で視界がシャットアウトされようと問題は無いと判断して。
「まだだぜ」
「…………!」
だが。
攻撃は無論、これで終わりではなかった。
不敵な声が呟かれたと直感し、ヴィザは振り返る。
そして、修羅に生きる剣鬼は。
たった今飛来した弾幕とは反対方向の空から、光弾の雨が降り注ぐ光景を視認する。
あの程度の攻撃が通じる筈はない事は、承知の上。
二の矢三の矢を用意するのは、当然といえば当然である。
「成る程。ですが、無駄です」
されど、その程度はヴィザとて承知の上。
ヴィザは即座に不可視の斬撃を振るい、刹那の内にそれらを両断。
上空で無数の弾が起爆し、周囲を爆煙が包み込む。
無論、その間も太刀川達の斬撃を防ぎ続けた上で。
ヴィザにとっては、二人の剣士を相手にしながら遠距離からの攻撃を凌ぐ程度の事は当たり前に出来て然るべき所作に過ぎない。
通常であれば困難な事であっても、膨大な経験値と積み重ね続けた高過ぎる技量を持つヴィザの前では児戯に等しい。
遠距離爆撃という温存し続けていた
彼の意表を少しでも突く為には、最低でもその攻撃の種類が
既知の攻撃であれば難なく対応してしまうヴィザにとって、それがまともに相手になるだけの最低条件でもある。
但し、未知の攻撃であろうとも対応出来てしまうのがヴィザの恐ろしいところである。
幾ら未知の攻撃であるとはいえ、彼には膨大な戦闘経験値がある。
全く同じ攻撃を目にした事がなくとも、類似例程度は幾らでも体験して来た。
その経験から来る洞察力によって、未知の攻撃であったとしても大抵のものは性質を看破され、対処されてしまう。
未知の攻撃でさえ、これなのだ。
既知の攻撃であれば、児戯の如く防がれてしまうのは容易に想像出来るだろう。
二宮と出水による両面攻撃は、これにて無為と化した。
『今だ。
そう、ヴィザ
だが、それで問題は無い。
今回二方向に爆発のカーテンを敷いたのは。
彼本人を、狙う為ではないのだから。
東からの通信を受け、彼は。
隠岐は、狙撃銃の引き金を引いた。
「ほぅ」
標的はヴィザではなく、彼が守る三機のラービット。
それらの急所を的確に抉り沈黙させたのは、三発の弾丸。
爆煙という遮光カーテンを盾にして、二方向からの狙撃が生き残っていた三体のラービット全てを撃墜した。
もし、これがヴィザ本人を狙ったものであれば対応されていただろう。
それが分かっていたからこそ、まずは不確定要素になりかねないラービットの撃破を優先したのだ。
これらを排除すれば、万が一防衛戦が突破されたとしても被害を最低限に軽減する事が出来るという副次的な保険の意味合いもある。
それでも、ヴィザにはやろうと思えばこの攻撃を防ぐ事は出来ただろう。
しかしそれは、僅かであっても敵に対し隙を晒す事と同義だ。
故にヴィザはあっさりと三機のラービットを見捨てる判断を下し、結果として敵の予備兵力は壊滅した。
ラービットは、ヴィザにとっては「可能であれば守る」程度の優先度しかなかった事も大きい。
これが死守を命じられていた対象であればまた変わっただろうが、そうではない以上彼が己の闘争よりもトリオン兵の守護を優先する事は有り得ない。
あくまでもヴィザは隙を作らない事を優先し、ラービットを事実上放棄したのである。
結果的にラービットの撃破は成功させたが、実質それは彼に見逃された形に等しい。
アフトクラトル側にとっては痛手ではあるものの、ヴィザ本人にとってはさして重要な事でもない。
ただ感心するだけで、焦った様子がないのがその証拠だ。
むしろ、自分にラービットを
未だ、ヴィザの余裕を失わせるには至っていない。
多少意表を突いた程度では、彼は揺るぎはしないのだ。
「だろうな。このくらいじゃ、駄目だろう」
東はその様子を当然のものとして受け止め、頷く。
こちらの目論見は、ヴィザに看破された通りである。
ユズルと当真という二人の狙撃手を失った分、隠岐の到着を待って攻撃を仕掛けたが、それでも尚ヴィザ本人に対してはこの攻撃程度では通じない事は分かっていた。
だからこそ彼ではなくラービットを狙い、佐鳥と隠岐の二人に狙撃させたのである。
佐鳥はツイン
しかし、今の東は指揮官という重要な役割を担っている。
万が一にも落ちるワケにはいかない以上、ここぞという時でしか彼の位置を開帳しての狙撃は実行に移すワケにはいかなかった。
映像越しに遠隔から指示を出すのと、実際に戦場に乗り込んで直接指揮をするのではその精度や伝達速度はまるで違う。
戦場に於いて、現場指揮官というものが重要となるのはこれが理由である。
遠隔からの指示は、あくまでも大まかな方針や最終判断を伝える為のものだ。
実際に兵士を手足の如く動かすには、指揮官が現場に出なければ話にならない。
そこを妥協すれば指揮の精度は大幅に落ちるし、何より戦場に出なければ咄嗟の機転というものを働かせる事は出来ない。
己の身を戦場に置かなければ、そこでの空気を感じる事は出来ないからだ。
戦場で戦う兵士には、眼に見える情報や理屈の他に、第六感としか言いようのない直感が働く瞬間が必ずある。
それは
戦場には、無数の情報が転がっている。
それまでの敵の攻撃や、味方の攻撃に対する敵側の対処。
地形条件や天候、それまでの戦闘で見せた敵の戦術。
それらを総括して計算し、的確に導き出された根拠のない推論こそが、戦場に於ける兵士の直感の正体である。
無論これは、歴戦の兵であればある程その精度は上がっていく。
ボーダーの中でも年長の部類である東は、近界での戦争経験こそないが経験値自体は相応のものを積んでいる。
故に、彼の使用する
だからこそ、万が一にでも彼がこの場で落とされる事はあってはならなかった。
敵の斬撃の射程限界が分かっていない以上、東が撃破されて現場指揮が出来なくなればそれが致命となるのは眼に見えている。
それを防ぐ為に隠岐の到着を待ち、狙撃を実行したのだ。
あくまでも、
「爆撃は、何も新型を撃破する為だけのものじゃない。
ニヤリと、東は不敵な笑みを浮かべ、告げる。
「────────爆撃は、二面だけとは誰も言っていない。
「あれは…………!」
ヴィザがそれに気付いたのは、視覚ではなく直感に依るものだった。
真上から、何かが飛来している。
太陽の光によって隠されていたそれは、無数の弾幕だった。
それはヴィザが気付かない内に、既に付近まで迫っていたのだ。
(あんなもの、いつの間に────────────────まさか)
あのような上空に撃ち上がる弾があれば、気付く事は出来た筈。
そこまで考えて、ヴィザは思い至る。
最初の、出水ではないもう一人の射手による爆撃。
あれはヴィザが上空で両断する事で、こちらに到達する事なく起爆させた。
その結果、その方向の空は爆煙のカーテンで包まれる事になったのだ。
恐らく、この弾幕はその時に撃ち上げられたのだろう。
二宮の爆撃によるカーテンを盾に、今この時に真上という死角から攻撃を届かせる為に。
ラービットの撃破は、あくまでも
本命は、この爆撃を届かせる事にこそあったのだ。
「やりますね。では、思惑に乗ると致しましょうか」
されど、こと此処に至ってもヴィザに焦りはない。
むしろ更に昂揚した様子で、敵の思惑を看破した上で。
それを正面から食い破るのだと、躊躇いなく不可視の斬撃を一閃。
上空から迫っていた無数の弾幕を両断し、それらが一斉に起爆。
ヴィザの直上にて、大規模な爆発が周囲を包み込んだ。
(今だ…………っ!)
彼は、若村は三浦と共にその光景を至近にて目撃していた。
現在、彼等はカメレオンによって不可視の状態になっている。
その目的は、樹里の
現在に至るまで、この場では三度の爆発があった。
当然、その際には周囲に爆音が響き渡る。
彼等はその轟音を隠れ蓑として、此処まで接近を行う事に成功していた。
カメレオンは姿こそ隠すが、音やトリオン反応まで隠蔽出来るワケではない。
あくまでも肉眼で見えなくなるだけで、足音は消せないしレーダーにもしっかり映る。
だからこそ、此処まで大規模な隠蔽が必要だったのだ。
彼等をこの場まで送り届ける為に、トリオン強者三人による連続爆撃を使い潰した。
それだけの価値があると、判断されたからこそ。
彼等は、今この場にいる。
その期待に応えるべく、若村達は動き。
カメレオンを解除して、攻撃を仕掛けようとした。
「え…………?」
だが。
その前に、二人の身体は両断されていた。
カメレオンは、解除していない。
しかし、まるで予めそこにいる事が分かっていたかのように。
ヴィザの不可視の斬撃は、同じく見えなかった筈の若村達の身体を正確に斬り捨てていた。
「
「…………!」
その宣告に、若村は瞠目する。
彼は、その経験から来る観察眼だけで視認出来ない筈の若村達の位置を正確に割り出して斬ってみせたのだ。
彼等には想像すら出来ない、高みの領域。
そこにこの翁はいるのだと、
『戦闘体活動限界。
二人のトリオン体が限界を迎え、崩壊。
光の柱となり、周囲に広がる煙幕と共に両者は緊急脱出した。
(────────これで良い)
────────だが、その刹那。
若村の顔には、笑みが浮かんでいた。
彼等が迎撃される事など、最初から承知の上。
「…………!」
緊急脱出によって発生した煙の向こう側から、無数の黒い弾丸が飛来する。
反射的に、ヴィザはその弾丸を星の杖の不可視の斬撃により斬り捨てた。
だが、その瞬間。
展開したサークルブレードが、実体化する。
否、それは。
「────────やられましたな」
ヴィザは、目を向ける。
二人の少年の犠牲に依って生じた煙幕を盾に、こちらのブレードに重石を叩き込んだ者の姿を。
その者は、遊真は。
己が課せられた役割を果たせた事を確認し、不敵な笑みを浮かべていた。