(矢張りこうなったか。迅の思惑通りというのは少々癪に障るが、俺は俺の役目を果たすだけだ)
その手に風刃を持ちながら、風間はふん、と鼻を鳴らす。
彼は当初、風刃の持ち手になる意思はなかった。
自分は風間隊の隊長であり、突出した力を持つとはいえこれまで通りの連携を捨てざるを得ない黒トリガーを持つ気などサラサラなかったからだ。
風間隊を解散する意思なども一切なかった為、まかり間違って正式にS級になるような真似も避けたかったという想いもあった。
だから、上層部から風刃の所持について話が来た時すぐに断ろうとした。
そんな時にやって来たのが、迅であった。
風間はその時に薄々とその意図を察したが、一応上記の理由を伝えて自分は風刃を持つ気はないと主張した。
だが。
────────風間さんが風刃を使って勝利に貢献出来る時が、必ず来る。俺のサイドエフェクトがそう言ってるんだ────────
そんな
そも、迅には未来視という反則的とも言える大局的な視点がある。
あくまでも
迅の独自の視座からの発言は、まさに神のお告げに等しい。
しかも、従った方がより良い方向に進むと言う保証まで付いている有り様だ。
お告げのような胡乱なものではなく、未来視という能力に由来した確かな情報である以上、そこに疑いを挟む余地はない。
ただ一点。
迅がボーダーの為、この世界の為に奮闘している事は彼を知る人間ならば誰もが知っている。
その善性に疑う余地などないし、彼が悪意を以て未来を捻じ曲げようとする可能性など皆無であるとも思っている。
されど。
彼がその大局的な視点故に、大の為なら小を切り捨てられる性格である事も知っているのだ。
無論、全体の視点から見ればその切り捨てられる対象は小さなものだろう。
だが、それが風間個人にとってもそうであるとは限らない。
たとえば大切な部下である菊地原や歌川といった面々が犠牲となるような未来は、たとえ全体の為になるとしても断固として認め難い。
それは風間にとって決して
……………………まあ、実のところこちらの心配はしていない。
迅は確かに最善の未来の為ならば冷徹になれるが、当人が嘯くような冷血人間では決してない。
彼は自分が重い荷物を背負う時は躊躇いなく実行する癖に、他人には極力それをさせたがらないという悪癖がある。
だから、余程切羽詰まっていない限りは風間相手にチームメイトを犠牲にする助力を黙ってさせる事はないだろう。
危険に晒すような真似をさせる、くらいはするかもしれないが、少なくとも努力や工夫でどうにかなる範囲のケースになるだろう。
その努力の程度が死に物狂いでどうにか、というレベルだとしても、手を抜く気など最初から微塵もない風間にとっては問題にならない。
懸念は、ただ一点。
迅が、
彼はその飄々とした態度で隠してはいるが、非常に自己犠牲の傾向が強い。
他人に犠牲を強要する事は極力回避する癖に、自分が被害を被るだけと分かれば躊躇いなく実行する。
そういった危うさが、迅にはあった。
仮に自分が一歩間違えれば死ぬような大怪我をする未来であっても、全体の為ならばと迅は躊躇なく突き進むだろう。
また、その犠牲に差し出す担保は精神面も例外ではない。
自分が押し潰される程の心の疵を負う事になろうとも、迅はあくまでも自身の役割を全うしようとする。
その手伝いをさせられるのは御免であり、風間も彼に必要以上に重荷を背負わせる気はない。
口には出さないものの、それなりの付き合いである迅に対しては相応の仲間意識は持っているのだ。
その彼が自ら茨の道に飛び込もうとする所を黙って見ている程、彼は薄情ではない。
────────1つだけ聞かせろ。それは、
だから、問うた。
偽りは許さないと、彼の眼を正面から見据えながら。
その未来が犠牲を強いるものではない事を、彼に問い質した。
風間に嘘を見抜く能力は無いが、迅の誠実さは信用している。
此処で真っ当な嘘が吐ける程、彼は善性を捨てていない。
どうしても真実を告げられない時は、黙秘をする筈だ。
無論、そうなった場合この話を受けるつもりはなかった。
迅が黙秘を選ぶという事は、相応に後ろめたい事がある証明だからだ。
その事を黙秘を以て伝えるという不器用な配慮をするだろう事に、疑いの余地はない。
迅は自分で言う程人でなしでも、不誠実でもないのだから。
そして。
彼は風間の言葉を聞いた瞬間驚いたように眼を見開き、頷いた。
────────約束するよ。風間さんが風刃を持つ事で、誰も犠牲にならない未来に繋がる一助になる事はね────────
迅は真っ直ぐ、風間の眼を見返しながらそう告げた。
そこに嘘は無い事を確信し、風間はようやく風刃を持つ事を受け入れたのだ。
実のところ、これは既定路線ではあった。
迅がこうして直接話を持って来た時点で、その行動が最善の道に繋がる事は理解出来ている。
それでも抵抗する素振りを見せたのは、彼に自分のスタンスを伝える為だ。
自分を犠牲にする事も、勝手に重い荷物を背負う事も許さない。
その事だけは、迅に理解させたかったのだ。
「迅、敵の位置を教えろ…………!」
了解、と通信の向こうから声が届くと、風間の下にヴィザの位置情報が送信される。
大まかな位置は理解していたが、そこに現場の隊員の視覚による観測情報による修正が加えられる。
そこに迅の未来視による予測演算が加味され、最終的な風刃の軌道を決定する。
これにより、狙撃手のような視覚補正のない風間に遠方の敵の位置を捕捉する手段が備わった。
風刃はその大出力によって狙撃でなければ届かない場所であっても攻撃可能だが、視力補正の機能は存在しない。
迅はそれを未来視によって補う事で使用していたが、そんな能力の持ち合わせなど無い風間にとって自前で遠くの敵を捕捉する事は出来ない。
故に、現場にいる隊員の観測情報に加えて迅の
標的は捕捉した。
突貫した小南と香取が、迎撃される瞬間も目撃した。
そして。
風間は香取の
「…………!」
ヴィザはその時、己の戦闘本能が警鐘を鳴らしている事に気付いた。
香取の緊急脱出により、視界が塞がれたその瞬間。
これまでにない危機感が、彼の身を襲ったのだ。
その反応は小南のそれと同種の、長年戦場に身を置いた故に習得した生存本能。
経験から来る危地の察知という、第六感じみたものを持つようになった彼の直感である。
これまで彼を常勝無敗たらしめて来た本質であり、小南の持つそれよりも更に昇華されている。
ヴィザは己が受け取る危機感知による警鐘を即座に脳内で処理し、そこに論理的な判断を加えた上でほぼタイムラグなしで実行に移す事が出来る。
小南と違い、自分の生存本能に振り回される事は無いのだ。
だからこそ、たった今自分に迫る危機も冷静に受け入れた。
恐らく、この二人の少女はあくまでも陽動であったのだと理解する。
正しくは、
ヴィザの見たところ、現在の敵の指揮官は
故に、一度や二度の作戦が失敗したとしても、必ずそれが次に繋がるように最初から組み上げているであろう事も分かっている。
それは、これまでの敵のやり方を見れば明らかだ。
三面爆撃からの若村達の特攻も、それに続く二人の剣士の旋空も。
そこから続いた少女二人の突貫でさえ、
実際そこまで割り切っていたかは分からないが、少なくとも次へ繋げる手段だけは確保していた事は見て取れる。
故に、たった今自分に更なる攻撃が迫っている事をヴィザは確信した。
これまで散々助けられてきた己の直感を疑う事は、有り得ない。
その上で、迫る攻撃の正体を走馬灯の如く意図的に加速させた思考の中で推察する。
まず、尋常な攻撃ではない。
少なくとも、先程の五連旋空以上の脅威が迫っていると考えた方が良いだろう。
あの二人の少女を、陽動に使い捨てる程の攻撃だ。
それが、生半可なものである筈がない。
少なくとも、自分を敗北に至らしめるに足る攻撃であると、ヴィザは判断した。
それが考え過ぎであるとは、彼は思わない。
此処まで、素晴らしい波状攻撃を見せてくれた相手だ。
その程度の事は実行出来るだろうという、信頼もある。
彼は、敵の評価を見誤らない。
自分が決して無敵ではない事を知っているヴィザは、だからこそ敵戦力の解析は怠らない。
そして。
だからこそ、
既知の攻撃は、恐るるに足りない。
性質を理解している攻撃であれば、どうとでも対応する事が出来るからだ。
されど、未知の攻撃はそうではない。
どのような方法、どのような軌道で迫り来るか分からない攻撃というのは、
第一に、戦場で落とされる原因の最高位に位置するのが、その場にいなかった第三者による不意打ちである。
正面切っての戦闘で負ける可能性よりも、そちらの方が余程憂慮すべき事態である。
だからこそ、ヴィザは己が本能警鐘の
現在、ヴィザは香取達を己が手に持つ星の杖の本体のブレードで迎撃した直後である。
振り抜いた刀身は既に鞘に納めているが、その直後である為もう一度抜刀して迎撃するのは間に合わないと判断する。
居合抜きは鞘との摩擦を利用して神速の抜刀術を実現する技術であるが、反面連射は利かないという性質を持つ。
全力を一刀に捧げる攻撃であるからこそ、それを安売りするような連射は構造的に不可能だ。
ヴィザの与り知らぬ事であるが、居合抜きの技術を利用して編み出された生駒旋空が連射不可能である事もそれを裏付けている。
即ち、星の杖本体を利用した迎撃は今この瞬間は不可能。
残る手段は、サークルブレードを用いた防御のみ。
だが、香取の
サークルブレードで粉塵を薙ぎ払う頃には、この攻撃は到達しているだろう。
故に、攻撃の軌道を目視する事は早々に諦めた。
最後の一瞬でも見えれば問題は無いと、割り切ったとも言える。
但し、サークルブレードの剣速は重石によって減衰している。
今は出力を上げて強引に動かしているが、それでも不可視の領域には至らない以上この重石が想定以上の負荷になっている事は明らかだ。
当然だろう。
これは、黒トリガーによる攻撃である。
相手の黒トリガーの能力の全貌は分からないが、その出力の高さだけは理解出来る。
そんな相手からの攻撃によって埋め込まれた重石が、生半可なものである筈がない。
恐らく、手足に喰らえば四肢ごと斬り落とされない限り行動不能に近しい制限を負うであろうし、胴体に喰らえばどうなるかは明らかだ。
マントの上からの攻撃であれば内臓機能でどうとでもなるが、それでもそれを剥がすまでの間行動不能になるのは痛い。
故に、この警鐘の正体はあの玄界の黒トリガーによるものではないかという可能性に思い至る。
だが、ヴィザの直感はその可能性を否定する。
この鳴り響く警鐘は、そういった間接的な危機ではない。
もっと直接的に自分の命が脅かされた時に鳴るそれであると、ヴィザは判断した。
ならば、可能性があるとすれば。
(玄界の、更なる黒トリガーによる攻撃ですか)
遊真とは別の、玄界の保有する黒トリガーによる攻撃。
それくらいしか、思い当たらない。
玄界の軍がどの程度の黒トリガーを保有しているか不明だが、自国では13本にも及ぶ黒トリガーを保有しているのだ。
敵の
「────────
故に、行動は決定された。
ヴィザは自分の至近に、サークルブレードを展開。
幾重にも折り重なる壁のようにそれを旋回させ、迫り来る攻撃への対処とした。
そして。
────────地面を這うようにして到達した風の刃は、その大部分がサークルブレードによって弾かれた。
ヴィザの右足を斬り落とす程度のダメージに留まり、彼を斃すには至らなかった。
決死の一撃でさえも、彼の剣鬼には届かなかったのだ。
(────────今)
されど。
東の用意した最後の矢は、既に装填されていた。
彼女は、樹里は。
その光景を視力補正効果のないヘッドスコープ越しに裸眼で視認しながら、イーグレットの引き金に手をかけた。