香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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終わりの宣告(countdown)

 

 

「…………っ!」

 

 佐鳥がその光景を眼にした────────────────否。

 

 所持していた特殊な警報装置が五月蠅い程に鳴り響く音を合図に計器を確認した瞬間、彼の額からは冷や汗が流れ一気に顔を青冷めさせた。

 

 傍目から見れば、樹里が見事に狙撃を成功させたとしか思えないだろう。

 

 だが、それは違う。

 

 スコープ越しに樹里の一挙手一投足を眼にしていたからこそ、佐鳥は分かる。

 

 今のは、()()()()()()外れていた筈の弾だった。

 

 アフトクラトルの剣聖の全力を前にしてしまえば、現在のボーダーでは決して届かない。

 

 善戦は出来るだろう。

 

 しかし()()()()が足らず、ある程度の犠牲には眼を瞑らざるを得ない結果に終わる。

 

 恐らくはそれが、今持ち得る手札で出来る限界だったのだ。

 

 されど、それを覆した要因がある。

 

 それは間違いなく樹里に起因するものであり、佐鳥にとっては決して看過出来ない────────────────可能な限り避けなければならなかった、非常事態(デッドフラグ)であった。

 

(クソ…………ッ! ()()は、無かったワケじゃなかったんだ。ただ、さっきまでは()()()()が見合わなかっただけ…………っ! 単なるいち兵士相手の戦闘と、敵国の著名な実力者(ネームド)相手じゃ話が違うのが当然だったってのに…………っ!)

 

 佐鳥は、今回の結果に繋がる兆候を見逃していた事に後悔していた。

 

 確かに、ヒュースを相手にした時は何の反応もなかった。

 

 だからこそ安堵していたのだが、よくよく考えてみればそれは何の担保にもなっていなかった事にようやく気が付いたのだ。

 

 ()()()にとって、アフトクラトルは最重要警戒対象ではあっただろう。

 

 当然その国のデータは調べ上げているであろうし、警戒対象もリストアップしていた筈だ。

 

 しかし、()()に対する警戒度の差というものは存在する。

 

 精鋭とはいえ役職としてはいち兵士に過ぎないヒュースと、国宝の担い手という最大の警戒対象であるヴィザとは対応が違って当然なのだ。

 

 故に、ヒュース相手に何の反応もなかったからといって、ヴィザの時までも同じとは限らない。

 

 その事を失念していた事が、これ以上なく悔やまれる。

 

 ────────■や。■タイ■タイ■■ケテ■ス■テ■ルシ■ア■イ■ツイ■■■■■■■────────

 

 ふと、苦い記憶が想起される。

 

 佐鳥の脳裏に浮かび上がったその光景は、もう二度と見たくないと願ったもの。

 

 不本意ながらも彼女の()()に同意した、決定打となった場面。

 

 当時の記憶が、佐鳥の心に焦燥を生む。

 

(樹里ちゃん…………っ!)

 

 後悔と自責が、足を逸らせる。

 

 佐鳥は他の全てを投げ出して、樹里の下へと駆け出した。

 

 

 

 

(今のは…………)

 

 その光景を間近で見ていた忍田は、眉を顰めていた。

 

 幾人もの波状攻撃の末に放たれた、樹里の狙撃。

 

 風刃でさえも倒し切れなかった事実に驚嘆しながらも、東の仕込んでいた樹里という鬼札の炸裂によってトドメを刺す。

 

 そういう、手筈ではあった。

 

 しかし、忍田はその眼で見ていた。

 

 樹里の弾丸は、本来であればあの翁に迎撃されていたであろうという現実を。

 

 あの弾道、あの弾速では、サークルブレードによる迎撃からは逃れられなかった筈。

 

 それは忍田がこの眼で見ている為、間違いはない。

 

 あまりに一瞬の出来事だったので、その事に気付いた者がどれだけいるかは分からない。

 

 最低限あのヴィザの攻撃速度を眼で追える者でなければ目視さえ出来なかった筈なので、この場にいる面子では太刀川と影浦が精々、といったところだろうか。

 

「…………」

 

 チラリと己の弟子に視線を向けると、矢張り訝し気な顔をしていた。

 

 この様子だと、彼もまた今の()()には気付いているだろう。

 

 ()()の事情について知る者はそう多くはなく、太刀川も詳細までは知らない筈だ。

 

 太刀川が知っているのは樹里に()()()()()()()()()()()()()()()()という程度であり、風間隊のように仔細を把握しているワケではない。

 

 だが、彼は戦闘関連等の自身が興味の向く事であれば頭が切れる。

 

 詳しい所までは知らずとも、大体の予測くらいは立てているだろう。

 

 それでもこの場で沈黙を選ぶあたり、この弟子は指揮官としては優秀なのだがな、と内心で苦笑する。

 

 無論、今はそんな場合ではない。

 

 狙撃銃の弾が、曲がった。

 

 これはボーダーの狙撃トリガーの性質上有り得ない事であり、少なくともこの世界で作られたトリガーだけで実現出来るものではない。

 

 それを成し得たものは、恐らく────────。

 

(────────恐れていた事態が、起こってしまったようだな。最悪までは至っていないであろうとはいえ、考えるべき事は多いな。だが、今は────────)

 

 そこで思考を切り、正面に眼を向ける。

 

 忍田の、視線の先。

 

 そこには、右半身に大きな穴を空けながらもその場に悠然と立つ、ヴィザの姿が映し出されていた。

 

(あの翁をどうするか、だな…………)

 

 

 

 

「────────」

 

 大きなダメージを負いながらも、ヴィザは倒れてはいなかった。

 

 最後の一瞬、咄嗟に身体を捻る事で辛うじて即死を避けたのである。

 

 無論、対処がギリギリであった為にダメージ自体は甚大だ。

 

 トリオンもかなりの量が流出しており、ハイレインと異なり傷を塞ぐ手段もない以上遠からずトリオン切れによる脱落を迎えるだろう。

 

 但し、問題は。

 

 それまでの間にであっても、この剣鬼は深刻な被害を振り撒く事が可能であるという点だ。

 

 そも、ヴィザは敵を屠るのに数秒とかからない。

 

 幾ら重石で剣速が落ちたとはいえ、星の杖の斬撃に反応出来る者はそもそも稀だ。

 

 数分もあれば、この場の敵を全て薙ぎ倒す事すら可能だろう。

 

 これまでは可能な限りの戦力を引き付ける為に敢えて徹底して倒しに向かう事はしなかったが、その配慮を撤廃すればすぐにでも戦況は変わるだろう。

 

「────────ハイレイン隊長。撤退を進言します」

『…………なに?』

 

 だが。

 

 ヴィザは、その道を選ばなかった。

 

 正しくは、難色を示したと言うべきか。

 

 ハイレインも、ヴィザの受けたダメージは認識している。

 

 しかしそれでも彼ならば戦闘続行が可能である事は、充分に承知していた。

 

 にも関わらずの、唐突な撤退進言。

 

 何かある、とハイレインが考えたのも無理からぬ事と言えるだろう。

 

『こちらでも映像は見えていますが、もしや見た目以上にダメージが深刻なのですか?』

「いえ、確かにかなりの痛手を受けましたが無理をすれば戦闘は継続出来ます。しかし、私としてはそれは推奨しかねます。何故なら────────────────向こうに、()()()()()()()()()()が確認出来ましたので」

『…………っ!!??』

 

 通信の向こうで、ハイレインが息を呑んだ気配を感じ取る。

 

 ククロセアトロの遺物。

 

 それが意味するところを知っているが故に、ハイレインはその言葉を無視出来なかったのだ。

 

『……………………それは確かですか、ヴィザ翁』

「ええ。先程斬った()の手応えには、覚えがあります。あれは間違いなく、あの時使われたモノ────────────────傀儡糸(クローステール)でしょう。それが使われた、という事は────────」

『確実に、何らかの()()が埋め込まれているという事か。そして、それの効力や規模も分からない、と』

「そうなります。何が()()()()か分からない以上は、下手に突いて刺激を与える事は避けるべきです。それを怠った結果が、あのククロセアトロ戦役なのですから」

 

 ヴィザの言葉に、同意する雰囲気をハイレインからは感じ取った。

 

 彼の言葉に、嘘やハッタリは存在しない。

 

 この剣鬼が現実的な考えとして()()()()()()()()()()()()()()()()()と判断したからこそ、こうして上司に進言をしているのだ。

 

 ハイレインの戦闘体が健在であれば違った判断も出来ただろうが、現在動けるのはヴィザのみであり、その彼もトリオン漏出による脱落まで秒読み段階と来ている。

 

 無理に戦闘を続ける事は不可能ではないが、億が一にもヴィザや星の杖(オルガノン)の喪失といった事態を看過する事は出来ない以上、不確定要素の多い作戦行動を続けるべきではない。

 

 それが至極真っ当な判断であり、通信の向こうにいるであろうミラも反論は口にしていない。

 

 恐らくエネドラが生きてこの場にいたとしても、否とは言わないだろう。

 

 それだけ、彼等の中に於けるククロセアトロの名の持つ意味は重いのだから。

 

『────────分かった。撤退を許可する。ミラ、窓を開け』

『了解しました』

 

 撤退要請は受諾され、ヴィザの背後に黒い穴────────────────ミラの黒トリガー、窓の影(スピラスキア)が開く。

 

 ヴィザはそれを確認すると、くるりと踵を向けて窓の淵に足をかけた。

 

「申し訳ありません。名残惜しいですが、今回は此処までと致しましょう。見逃して頂ければ、幸いですな」

 

 

 

 

「…………!」

 

 ヴィザの一言に、忍田は眼を見開く。

 

 最後の1枠を使用した通路(まど)にヴィザが足を向けた事でようやく彼等は現実を認識し、()()()()()()退()()()()()()()()()という事に理解が及んだ。

 

 まだ戦闘を続けるものと思っていただけに、その表情は訝し気なものだったが。

 

 見たところ、ヴィザはダメージこそ大きいが戦闘不能にまでは至っていない。

 

 此処までに見せた戦闘狂としてのヴィザの性質を鑑みれば、多少どころではない負傷であっても最後まで戦い続ける、という選択を取ってもなんらおかしくはないどころかむしろその方が自然と言えた。

 

 この戦の化身のような翁が、突然撤退を選ぶ。

 

 その意図を、考えない方が不自然というものだ。

 

「…………お、逃げるのか?」

「慶」

「分かってますよ。深追い厳禁、でしょ」

「ああ、そうだ」

 

 だが、退いてくれるというのならそれに越した事はない。

 

 そもそも、こちらの目的は敵の殲滅などではない。

 

 三門市を、この世界を守り抜く事だ。

 

 人型近界民(ネイバー)の撃破はその手段に過ぎず、敵が矛を収めてくれると言うのならそれに乗らない手はない。

 

 一度その矛が振るわれれば甚大な被害が出ると分かっているのなら、尚の事だ。

 

 忍田は余計な挑発を入れようとした太刀川を窘めると、警戒を解かずに真っ直ぐヴィザを見据えた。

 

「もう、こちらへの侵攻の意思はないと考えてよろしいか?」

「ええ、その認識で構いません。我等はこのまま、本国へ帰還するつもりですからな。信じろとは言いませぬが、そのご様子では理由も見当が付いているのではないですかな?」

「…………っ!」

 

 ヴィザの言葉に忍田は眼を見開き、すぐさま失態を自覚し内心で舌打ちする。

 

 今のは、カマかけだ。

 

 忍田の反応を見て、こちらが()()について認識しているのかどうかを確かめたのだろう。

 

 旧ボーダー時代から戦い抜いて来たとはいえ、忍田は本来腹芸は不得手だ。

 

 感情が表情に出易い方であるし、激し易い性格でもある。

 

 戦士としては一流でも、腹の探り合いには不適格にも程があるのだ。

 

「…………ふむ」

 

 向こうは、こちらの事情を大体推察したようだ。

 

 ヴィザの表情が、それを言外に語っていた。

 

「成る程、識ってはいるようですな。ならば、一つだけ忠告を────────────────()()は、決して容易に触れてはなりませぬ。賢明な判断を、ご期待しますぞ」

 

 突然の忠告は、嫌に大きく響いた。

 

 彼が脅しやハッタリで言っているワケではない事は、声色で分かる。

 

 そも、ヴィザにわざわざこちらに忠告する義理などない。

 

 攻め込まれたのはこちらだが、向こうからしてみればいつもの戦争行為の一環に過ぎない。

 

 此処でこちらに情報を与えるメリットは皆無であり、本来ならば黙って立ち去るべき場面の筈だ。

 

 そうしなかった、という事は偽情報を与えて混乱を引き起こす事が目的か。

 

 もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ケースが想定される。

 

 そして、()()についての情報はブラックボックスが多く、忍田達でさえその全貌を把握しているとは言い難い。

 

 故に、これが正真正銘の()()である可能性は、それなりに高いと言えた。

 

「では、これにて失礼致します。また、心ゆくまで死合いたいものですな」

 

 ────────────────その言葉を最後に、ヴィザは窓の奥へと姿を消した。

 

 同時に、空を覆っていた暗雲が消え去り光が差し込む。

 

 曇天に包まれていた三門市に、青空が戻って来る。

 

 遍く全てを照らす光が、長く苦しかった剣鬼との戦いが終わった事を告げたのだった。

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