香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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彼方の曇天

 

 

「ただいま戻りました。任務を果たせず、申し訳ございません」

「いえ、敵に()()があると分かっただけでも収穫でした。とはいえ、これで玄界(ミデン)への手出しは難しくなってしまいましたが」

 

 アフトクラトル、遠征艇。

 

 行きの時と比べ二人が減ったその艦内で、ハイレインがヴィザを出迎える。

 

 ヴィザは戦果なしで撤退した事で申し訳なさそうにしていたが、それを咎める様子はハイレインにはない。

 

 当然だろう。

 

 撤退許可を出したのはハイレイン当人であり、そもそも彼とて敗れた身。

 

 全てをヴィザ翁に放り投げてしまった自覚はあるので、強気な態度など取れようもなかったというワケだ。

 

 そもそも、その撤退の決め手となる()()が特級の厄介ごとだ。

 

 心なしかハイレインの顔も曇っているが、それを考えれば無理もない。

 

 ククロセアトロの名は、それだけ重い意味を持つのだから。

 

「しかし、玄界(ミデン)の兵もやるものだな。ヴィザ翁にあそこまでのダメージを与えるとは。俺が戦った兵も強かったが、あの二人の剣士は特に別格であったな」

「ええ、あの剣士二人は彼等の中でも随一の実力者だったようです。私と斬り合っていた少女もそうですが、どうやら戦争経験者もいたようですしな。少なくとも、一刀の剣士の方はそうでしょう」

「成る程、戦場を経験して来た者もいたのか。侮れんな」

 

 一方ランバネインはヴィザ翁からの戦力評価(みやげばなし)を聞き、ご満悦のようだった。

 

 ランバネインはアフトクラトル屈指の猛将であるが、同時に随一の戦闘狂でもある。

 

 強い敵との戦いは心躍るし、彼が崇敬を向ける武人であるヴィザ相手にあそこまで善戦してみせた兵士に興味が湧くのも当然と言える。

 

「何を嬉しそうにしているのよ、ランバネイン。敵に厄介な戦力がいたというのに、もう少し緊張感を持ったらどう?」

「緊張感を持て、と言われてもだな。敵の中にあの国の()()があったワケだろう? となると、取れる手は相当限定されて来るのではないか?」

 

 なあ兄上、とミラに追及されたランバネインはハイレインに水を向ける。

 

 そんなランバネインに対しハイレインはため息を吐きつつ、ああ、と彼の言葉を肯定した。

 

「そうだな。敵の中にククロセアトロの遺物が混じっている事が分かった以上、下手な手出しをして()()()()を満たしてしまうワケにはいかない。少なくとも、本国がこの宙域にある間は何があろうと玄界への干渉は厳禁だ」

「だろうな。ククロセアトロ戦役の時は、隣接していた国にさえ被害が及んだのだ。幾らあの国が乱星国家で他の国に近い場所に来ていたとはいえ、まさかあそこまでの影響範囲を持つとは思っていなかったのだからな」

「…………それには同意するわ。お陰で属国の一つが甚大なダメージを受ける事になったのだし、作戦に参加した兵の損耗も無視出来ないレベルになりましたからね。臨界状態の時の力の規模が個体ごとに違う以上、本国の近くで爆発させるワケにはいかないもの」

 

 ミラもまた、そう言って渋々ランバネインの言い分を認めた。

 

 件のククロセアトロ戦役には、当然ながら彼女も参加していた。

 

 当時の惨状を知る身としては、その厄ネタの影響を無視するワケにもいかない。

 

 ランバネインの言葉は正論も正論なので、言い返しようがなかったのである。

 

「加えて玄界に存在する遺物が、一つであるという保証はない。そのあたりはどうですか? ヴィザ翁」

「私は他にそれらしい反応を見付ける事は出来ませんでしたが、何とも言えませんな。可能性はなくはない、とだけ言っておきましょう」

「…………そうですな。どちらにせよ、今玄界に下手な手出しが出来ないのは変わらない。この後はこのまま本国へと帰還する。大きな戦果を手に出来なかった事だけは痛いが────────」

 

 ハイレインはそう言って、チラリと遠征艇の奥に眼を向ける。

 

 ふぅ、と息を吐いて彼は眼を細めた。

 

()()()()()()は、手にする事が出来た。充分とはとても言えないが、これで良しとするべきだろうな」

 

 

 

 

「…………やられたな。これは、流石に想定していなかった」

 

 忍田は通信越しに報告を受け、唇を噛む。

 

 その様子は、苦虫を嚙み潰すかのようなそれだった。

 

 報告は、一つ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()C()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだった。

 

 ボーダーは侵攻開始時に、市民の避難誘導の為にC級にも動員令をかけ、B級下位の者達に率らせる形で事に当たらせた。

 

 その際に当然B級下位の隊長達によって点呼は行っていたのだが、どうやらそもそも最初の召集の時にそれを無視した者が数名いたようなのだ。

 

 後から話を聞くとその者達は素行に問題があったようで、最初に召集がかけられた時もいつもと同じく大した事ではないだろうと、学校に残っていたらしい。

 

 しかし戦端が進むうちにトリオン兵が市街地にまで押し寄せて来る光景を見て、流石にこのままではマズイと思ったのだろう。

 

 慌てた様子で学校を出た事までは確認出来ているが、その後の行方が分からなくなっているとの事だ。

 

 恐らくではあるが、現場へ向かう最中にラービットと遭遇してしまい連れ去られたのだろうと思われる。

 

 彼等は点呼にも参加していなかったので、引率をしていたB級下位の者達もその存在に気付けなかったのだ。

 

 完全に非は彼等の方にあるが、C級のモラルについて何の対策も講じていなかった事を忍田は悔いた。

 

 仮に研修などを行い優秀な評価を収めた者のみに限定して動員していれば、このような結果になる事は防げただろう。

 

 そも、C級のまま停滞している者達は様々な言い訳をしながら上に向かう努力を怠っている者が大半であり、彼等もその例に漏れなかった。

 

 トリオンの数値は中々のものを持っていたらしいが、C級ランク戦を繰り返す内に勝てなくなり、訓練への参加率もまばらになっていたと聞く。

 

 彼等は全員がハウンドを使用トリガーとして選んでおり、C級のハウンド使いの例に漏れず最初は問題なく勝ち進めていたのだが、ある程度の地力を持った者には勝てずに戦績を落とし、そのまま腐った、というお決まりのコースを辿っていたようだ。

 

 しかし周囲への見栄を張る為にボーダーに参加したらしい彼等は今更その立場を投げ出す事も出来ず、かといって積極的に訓練に参加する程の意欲は失せていた為、色々と理由を付けてサボる事も増えていた。

 

 そういった者達であった為、安易な行動で文字通り墓穴を掘ってしまった、というワケである。

 

 尚、此処まで詳細が分かっているのはその四人に同行していた者から話を聞いたからだ。

 

 そのC級隊員もまた彼等のグループの一員だったのだが、向かう途中ではぐれてしまったらしい。

 

 彼はそのまま何食わぬ顔をしてC級の集団に合流していたようだが、一緒に向かった仲間の姿が何処にも無い事に気付き、青冷めながら事情を打ち明けた、という次第である。

 

 報告を受けた忍田は本部のオペレーターに確認し、彼等の反応が警戒区域近くの路地で途絶えているという結果を受けて事態を把握したのだ。

 

 此処までそれなりに巧くいっていたという自覚があっただけに、思わぬヒューマンエラーに頭を抱えた忍田であった。

 

(今後はC級のモラルについても対策を考える必要があるな。研修等の実施も、検討するべきかもしれん。だが、今は)

 

 チラリと、忍田はとある方向を見詰める。

 

 その方角は、先程弾丸が飛んで来た場所。

 

 即ち、樹里のいる方向を示していた。

 

(────────()()の問題か。佐鳥くんが向かったようだし、大事が無いと良いのだがな)

 

 

 

 

「ぅ、ぁ…………」

「樹里ちゃん…………っ!」

 

 佐鳥はようやく樹里の元に辿り着き、血相を変えて彼女を抱きかかえる。

 

 その樹里は全身からバチバチと黒い紫電を漏れ出させており、それに触れた佐鳥に鈍い痛みが奔るが、構わず彼は少女の容態を確認する。

 

 樹里は眼は虚ろで焦点が合っておらず、その瞳は赤く明滅している。

 

 トリオン体であるにも関わらず過呼吸に近い状態に陥っており、明らかに尋常な状態ではない。

 

『佐鳥くん…………っ! さっきから樹里のバイタルがおかしいし、呼びかけにも応じないの…………っ! 一体、どうなって…………っ!?』

「…………っ! とにかく、今は緊急脱出させてそっちに送る。話は、後でするよ」

『…………分かったわ』

 

 たった今まで、樹里に通信を試み続けていたのだろう。

 

 通信越しに華の焦った声が聞こえ、佐鳥は努めて冷静に返答した。

 

 そんな佐鳥の声の震えに、気が付いたのだろう。

 

 華はそれ以上何も言わず、通信を切った。

 

「…………ごめんね」

「…………ぁ…………」

『トリオン供給機関破損。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 佐鳥は虚ろな眼でこちらを見上げる樹里の瞳を見据えながら、イーグレットで彼女の胸を撃ち抜き強制的に緊急脱出させた。

 

 自分の意思で緊急脱出出来なくなっている以上止むを得ないが、仮にも自分を慕う少女を無抵抗の状態で撃ち抜くといった行為は少なからず心を抉る。

 

 光の柱となって樹里が帰還した様子を確認しながら、佐鳥ははぁ、とため息を吐いた。

 

「…………何処まで、()()()いたんですか。迅さん」

「こうなる可能性があった事くらいは、視えていたよ。言い訳になるかもしれないが、その可能性自体は極小だった────────────────いや、本当に言い訳だな。これは」

 

 佐鳥の指摘を受け、迅は俯きながらそう答えた。

 

 そこで初めて、佐鳥は迅の方を振り向く。

 

 自分の背後に立っていた迅は、何処か煤けたような印象を受けた。

 

 それを見て、あの時と同じだ、と佐鳥は思う。

 

 あの時もまた、彼は同じ眼をしていた。

 

 この眼は、知っている。

 

 あれは、こちらに非があるにも関わらず全てを自分の責任として考えている時の眼だ。

 

 つまり、それは。

 

 ()()()、非はこちらにあるのだという事実を意味していた。

 

「…………やっぱり、俺が眼を離しちゃったからなんですね。俺が樹里ちゃんと合流して見守っていれば、この事態は防げていたんでしょう?」

「…………いや、君の行動の有無に関わらずこうなる可能性自体はあったんだ。それを説明しなかった時点で、落ち度は俺にあるさ」

「いえ、それは────────────────すみません」

 

 言い募ろうとした刹那、迅の寂しげな顔を見て佐鳥は口を閉じた。

 

 そんな彼を見て「ごめんね」と謝罪する迅を見て、佐鳥は居たたまれなくなる。

 

 これ以上の追及は、迅の自罰的な感情に拍車をかけるだけで意味が無いと悟ったのだ。

 

 どう考えても非は樹里の()()を知りながら見逃してしまった自分にあるのだが、こういう時の迅が非常に頑固である事も知っている。

 

 幾ら言葉を重ねたところで、彼が己の立ち位置を撤回する事はないだろう。

 

 その事実に、佐鳥は唇を噛む。

 

 また、自分のミスで樹里を危険な目に遭わせてしまった。

 

 その事情の全てを香取隊の面々に打ち明けられない事も、彼の罪悪感に拍車をかけていた。

 

 叶う事なら全てを彼女達にぶちまけてしまいたいが、彼の立場がそれを許さない。

 

 自責の念で押し潰されそうになりながらも、佐鳥は意を決して顔を上げる。

 

 今は、落ち込んでいる場合などではない。

 

 確認しなくてはならない最優先事項が、一つあるのだから。

 

「…………迅さん。樹里ちゃんは…………」

「一先ず、今すぐあの状態になる未来はないよ。あくまでも埋め込まれていたモノがあの老剣士と彼女の感情に反応して目覚めただけで、()()が本格的に起動したワケじゃないみたいだ。とはいえ、身体へ大きな負担がかかっただろうから数日は眠ったままになると思うけどね」

「…………そうですか」

 

 迅のお墨付きを貰い、佐鳥は一先ず安堵する。

 

 悪い状況に変わりはないが、取り敢えず()()にまでは至っていないようだと分かっただけでも儲けものだ。

 

 計器の数値を見た時は肝が冷えたが、彼女が緊急脱出した事もあって今はそれも沈黙している。

 

 佐鳥はようやく息を吐き、空を見上げる。

 

 晴れ渡った空の彼方に、黒い雲が見えた。

 

 それは、まるで。

 

 何かの不吉、その前兆であるかのようだった。

 

 

 

 

(本当に、申し訳ないな。こうなる可能性を黙ってたのは俺なのに、こうまで責任を感じさせちゃうなんて)

 

 迅は空を仰ぐ佐鳥を見て、罪悪感に胸を締め付けられる想いに駆られていた。

 

 こうなる可能性を敢えて話していなかったのは、自分の方だ。

 

 大規模侵攻の際、迅には二つの選択肢があった。

 

 一つは、千佳を囮に使い敵の目標を固定して全体の流れをコントロールする方法。

 

 もう一つが、今回実際に選択したルート────────────────即ち、千佳の存在を徹底的に隠し、総力を以て敵を打倒する方法。

 

 前者は修が重症もしくは死に至るリスク、そして千佳や大量のC級が連れ攫われる危険があった。

 

 その代わりに比較的容易に市民の死傷を防ぐ事が出来るし、最悪の場合でもC級隊員という悪く言えば戦力にならない者達だけの被害で済む。

 

 但し、それは樹里という乱数が絡まなかった場合である。

 

 正しくは、樹里というよりククロセアトロの存在、といった方が良いだろう。

 

 一年前までは、前者の方法が最も被害を少なく出来る選択肢であった。

 

 だが、一年前。

 

 樹里と邂逅してその未来を視た瞬間から、これは最適解ではなくなった。

 

 正確に言えば、アフトクラトルがククロセアトロに攻め込んだ時にこの未来が変わったのだ。

 

 どうやらアフトクラトルのメンバーはククロセアトロ戦を経た事で、何らかの意識改革が起こったらしい。

 

 それまで視ていた未来が軒並み変わり、千佳の存在を囮にする方法は翻って最悪の流れになるルートに変わってしまった。

 

 だからこそ彼女の存在を秘匿する方法にシフトし、総力を以て敵を迎撃する他なくなったのだ。

 

 そして、その最後の局面で樹里がこうなる可能性も視えていた。

 

 にも関わらずそれを黙っていたのは、偏にそうしなければ最悪の未来に繋がるケースがあったからだ。

 

 仮にあの場面で樹里が弾を外していた場合、ヴィザを斃す事は殆ど不可能になっていた。

 

 その結果として大量のC級が攫われる事になり、被害は当初の想定より相当に大きいものとなっていた。

 

 そうなる事を防ぐ為に、迅は彼女の危険を見逃したのだ。

 

 可能性自体は極小だったとはいえ、見過ごした時点でそこに未必の故意はある。

 

 その事自体は察しているだろうに、あくまでも自分を責める佐鳥を見て迅もまた居たたまれなくなっていた。

 

(埋め合わせは、きちんとするよ。それが、せめてもの罪滅ぼしだからね)

 

 晴れ渡る空の向こうにかかる雲を見て、迅はため息を吐く。

 

 彼方の曇天は暗い未来を暗示しており、決して問題がないワケではない。

 

 だが、一つだけ確かな事は。

 

 ────────これで、今回の戦争は終わったという事だ。

 

 第二次、大規模侵攻。

 

 正しく総力戦となったこの戦争は、今この時を以て終結。

 

 果てしなく長い戦いに思えた数時間の戦争は、これでようやく終わったのだ。

 

 一つの、暗雲を残して────────。

 

 

────────Result────────

 

 

────────近界民(ネイバー)/捕虜1名────────

 

 

────────民間人/死者、重傷者、行方不明者共に0────────

 

 

────────ボーダー/死者、重傷者0、行方不明者4名────────

 

 

────────対近界民(ネイバー)大規模侵攻 三門市防衛戦 終結────────

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