香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ユメと現実

 

 ────────ホラ、さっさとしてよ樹里…………! 置いてっちゃうわよっ!?────────

 

 ────────そう言って置いてったこと、ないよね。だから大丈夫────────

 

  ────────だからってサボろうとするんじゃないわよこのスカポンタン…………!────────

 

 ────────遠い、夢を見た。

 

 それは、幼い頃の記憶。

 

 香取や華と一緒に遊んだ、輝かしくも懐かしい記憶。

 

 今では色褪せて良く思い出せはしないが、それでも。

 

 あの時、自分が心の底から温かな気持ちになっていた事は覚えている。

 

 当時から色々と感性が浮世離れしていた樹里は周りの同年代の子供たちからも遠巻きにされていたが、香取はそんなの知った事ではないとばかりに彼女を遊びに誘って来た。

 

 昔からゲームが好きだった香取は「外に出るのが嫌なら一緒にゲームしましょうよ」と彼女の家に樹里を誘い、華が傍で見守る中で遊ぶのが常だった。

 

 香取程ゲームフリークではない樹里ではあったが、大切な友達と遊ぶ時間そのものが新鮮で、それまでの彼女にはなかった温かな感覚が芽生えたものだ。

 

 ────────ちょっと。アンタ、樹里でしょ…………っ!? 髪の色も目の色も変わってるけど、間違いなく樹里よね…………っ!?────────

 

 ────────よう、こ…………?────────

 

 ────────アタシの名前が分かるって事は樹里で間違いないわねっ! ったく、今まで何処に行ってたのよアンタ…………ッ!────────

 

 ────────えっと、わたし、は、ちが────────

 

 ────────違うワケないでしょこのバカ容姿が変わったくらいで誤魔化されるアタシじゃないわよっ! あ、そうだ。折角だからアンタ、アタシの部隊(チーム)に入りなさいっ! アタシはね────────

 

 次に、一年前────────四年ぶりに香取と再会した時の記憶が、蘇る。

 

 あの時。

 

 過去の記憶も朧気で、所在知れずだった四年間の記憶は存在せず。

 

 己が本当に木岐坂樹里なのかという自己証明(アイデンティティ)が不確かになっていた彼女は、香取に対し昔のように友達として接して良いのかと葛藤を繰り返していた。

 

 だから自分は香取がボーダーに在籍しているという事を知りながら、敢えて何も言わずに遠目からその様子を眺めるだけに留まっていた。

 

 しかし香取は髪の色も右目の色も別人のように変わった自分の事を迷う事なく見つけ出し、部隊に誘ってくれた。

 

 されど自己証明の疑心暗鬼に陥っていた自分は彼女の手を取る事が出来ず、それを引きずり続けた結果入隊までに一年と言う期間をかける事になってしまった。

 

 自分のエゴの所為で散々迷惑をかけた事は今でも申し訳なく思っているし、彼女と同じくらい素直になれない自分の性格に呆れてすらいる。

 

 我ながら面倒臭い性分だとは思うが、分かっていても早々変える事など出来ない。

 

 それを理解している為に、香取はそんな樹里に何も言っては来ない。

 

 日常的な愚痴なら幾らでも言い放って来るのだが、彼女の心の柔らかい部分には敢えて触れようとはしなかった。

 

 それが彼女なりの優しさであると、樹里は知っている。

 

 入隊前はそんな香取の良さも理解せずに文句ばかりを垂れ流している若村に対する悪感情も同時に蓄積されていたのだが、まさかその心理を利用されて負ける事になるとは思わなかった。

 

 若村の事は今でも格下として見ているが、あの一戦で「葉子と一緒に戦うのを黙認してやっても良い」程度には評価は回復している。

 

 加えてアフトクラトルとの戦争に於いては敵の撃破に大いに役に立った為、少しは見直しても良いかもしれない。

 

 そんな事を、思った。

 

 そう、()()アフトクラトルの兵に土を付ける事が出来た以上は戦力評価は修正するべきなのだから────────。

 

 ────────げて、樹里…………ッ! ────────た、だけでも…………っ!────────

 

 ────────あさん、────────うさん…………っ! いや、いやぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!!────────

 

 ズキリと、頭が痛んだ。

 

 同時に、覚えのない記憶が沸き上がる。

 

 こんな記憶、知らない/本当に?

 

 あるハズがない/これが、もしも本当なら。

 

 自分は、此処にいるのだから/自分がこの場所に居る筈など、ないのだから

 

 ────────を、義■に変更します。■体の一部を■除し、そこへ────────

 

 ────────きろ、■■■号■■■■■■■。あの────────共を■■けて来い。お前は────────

 

 ────────イタイ。

 

 イタイイタイイタイタスケテイタイヤダナニコレワタシコンナノシラナイシラナイシラナイシラナイシラナイコンナノワタシジャナイコンナノワタシノキオクジャナイシラナイシラナイシラナイ…………っ!

 

 樹里は、声にならない絶叫を上げた。

 

 夢の中、意図せず想起した記憶によって。

 

 彼女の心は、悲鳴をあげていた。

 

 そして、思い出す。

 

 あの時。

 

 ヴィザを狙撃する時に呼び起された、アカイ────────。

 

 ────────樹里ちゃん…………っ!────────

 

 ────────されど。

 

 その想起は、一つの声によって霧散した。

 

 とても必死な、けれど何処か安心する声。

 

 それが自身の慕う少年のものであると分かると、樹里は安心して眠りに落ちる。

 

 そして。

 

 次に目を覚ました時、その少年の────────────────佐鳥の、己を心配する顔が視界一杯に飛び込んで来たのだった。

 

 

 

 

「…………賢…………?」

 

 何処か縋るような、それでいて飢餓感に駆られているような。

 

 自分でも良く分からない感情の籠った、少女の声が木霊する。

 

 そんな樹里を見て大きく溜め息を吐いた佐鳥は、慌てて人を呼びに行こうと立ち上がる。

 

 きっと、自分が起きた事を職員に知らせに行く為だろう。

 

「賢」

「え、えっと、樹里ちゃん。起きたからには人を────────」

「────────もう少し、このままで。お願い」

「…………分かった」

 

 けれど、それはどうしても嫌だった。

 

 理屈では、分かっている。

 

 恐らくあの時から眠り続けていた自分が起きたのだから、それを連絡しなければならないという事は。

 

 だけど、今佐鳥にいなくなられるのは嫌だった。

 

 夢の内容は、覚えていない。

 

 けれど、とても辛い、悲しい夢だった事は確かだ。

 

 誰か、いや。

 

 彼に、傍にいて欲しい。

 

 それは親に縋る雛鳥のような性質でいて、尚且つ乙女心が複雑に絡み合った混じりけの無い本心だった。

 

 今は、ただ。

 

 二人だけにして欲しいと、切に願った。

 

 それを汲み取ってくれた佐鳥は、黙って樹里の手を握り締める。

 

 結局、計器によって樹里の目覚めに気付いた職員が部屋を訪れるまでそのまま過ごし、お叱りを受ける事になったのだった。

 

 だけど、その時の樹里の顔は。

 

 申し訳なさそうでいながらも、何処か満ち足りたものが滲み出ていたのだった。

 

 

 

 

「では、報告を聞こうか。迅」

「了解。とは言っても、改めての説明にはなるけどね」

 

 ボーダー本部、司令室。

 

 そこでは城戸を始めとした上層部の面々の前に、迅が招集を受けて立っていた。

 

 集まっている幹部は城戸の他には忍田、林道支部長。

 

 そして鬼怒田開発室長という、()()()()()()()()()()である。

 

 根付はこの件に関してはある程度の説明は受けているが基本不干渉を貫いており、唐沢は薄々察してはいるだろうが詳しい内容までは説明されていない。

 

 故に、本当の意味で樹里の事情を知るのはこの場に集ったメンバーだけである。

 

 そんな面子相手に迅が報告する内容といえば、当然彼女の事に違いなかった。

 

「まず、()()()()()()に今すぐなる未来は無いですよ。これは断言して良い。少なくとも、今はまだその未来が視えませんでしたからね」

「つまり、将来的にはそうなる可能性もあるという事か?」

「そこは何とも言えませんね。皆無ではないけれど、少なくとも今すぐどうこうって話じゃあない。これじゃあ不満ですかね?」

 

 チラリと、迅は城戸の顔色を伺う。

 

 鉄面皮で通っている城戸だが、付き合いの長い迅にとってはある程度その感情を読み取る事くらいは出来る。

 

 そんな迅の視線に、気付いたのだろう。

 

 城戸は一瞬目を細め、多少間を置いて口を開いた。

 

「それはこれからの話次第だ。今回の件の原因については分かっているのか?」

「間違いなく、()()()を滅ぼした張本人であるアフトクラトルの虎の子を見ちゃったからでしょうね。あの爺さんは近界でも相当な有名人だったっぽいし、当然のようにマークもされてただろうしね」

「確かに、それは有り得るな。あそこまでの強さを持つとなれば、近界の戦場でも名が轟いていただろう。頷ける話だ」

 

 だが、と忍田は続ける。

 

「という事は、彼女はアフトクラトルの名有り(ネームド)とぶつかると自動的にあの状態になる、という事なのか?」

「いや、流石にエンカウントだけじゃああはならないよ。あの時は、攻撃が外れたら後がない、ってのを樹里ちゃんも認識していたからね。その所為で焦った影響もあるんだと思うよ」

「成る程、対象人物の視認と彼女本人の感情の昂りがトリガーか。確かにそれなら、もう一度アフトクラトルが攻め込んででも来ない限りは安全と言えるが…………」

 

 そこまで言って、忍田はチラリと迅を見る。

 

 その視線に込められた意図を解せない程、迅は愚鈍ではなかった。

 

「大丈夫。アフトクラトルはこのまま、本国がこの世界から離れるまで何もする気はないみたいだ。これは本当にそういう可能性(みらい)が皆無って意味だから、安心して良いよ」

「そうか。少々複雑ではあるが、一応これ以上の危険はないと見て良いか」

 

 ふぅ、と何処か安堵するように忍田は息を吐く。

 

 無理もない。

 

 忍田は、あの戦場で直にその光景を目撃している。

 

 正しくは、樹里が異様な力で弾道を曲げた瞬間を。

 

 彼は、その眼で見ているのだ。

 

 樹里の()()を知る者としては、その時から気が気でなかったに違いない。

 

 一歩間違えれば、最悪の事態すら有り得たのだ。

 

 それ程、彼女に秘められたモノは重く大きいのだから。

 

「では、本当に特別な対処は必要ないのだな? 今すぐ()()をする必要はないと?」

「ああ、無いよ。むしろ、余計な干渉は事態の悪化を招くケースすら有り得るから止めた方が良いよ。俺のサイドエフェクトも、そう言ってる」

「そうか。ならば良い。木岐坂隊員に対する処置はこれまで通りのものを継続。但し、迅は危険な兆候が見られた場合は即座に報告しろ。以上だ」

 

 城戸の言葉により、会議の閉廷が告げられる。

 

 それを合図に忍田や林道は離席し、部屋から退室していく。

 

「…………」

 

 そんな中、会議中ずっと沈黙を続けた鬼怒田だけは。

 

 じっと、迅を睨むような眼光で見据えていた。

 

 

 

 

「…………迅。お前は、こうなる事を分かっとったのか?」

「…………ああ、俺はこうなる事を承知で見過ごしたんだ。そこに間違いはないよ」

 

 ボーダー本部、鬼怒田の私室。

 

 そこまで迅を連れて来た鬼怒田は開口一番彼に問いを投げ、迅はそれを迷う事なく肯定した。

 

 嗚呼、これは殴られる流れかな、と身構えていたが一向にその気配が無い事に迅は訝しむ。

 

 すると、そんな彼の様子を見て呆れたように鬼怒田はため息をついた。

 

「…………まったく、お前のその自罰的な所はどうにかせんか。たとえ見過ごしたのが事実だとしても、それが苦渋の選択だった事くらいは分かるわい」

「でも、俺が樹里ちゃんの危険を見過ごしたのは事実だよ。それは良いの?」

「良いワケがない────────ないが、その責任をお前さん一人に被せるのは筋が違うだろう。お前にそんな選択を取らせざるを得なかった我々にも、責任はある。これまで散々お前に頼り切っておいて、責任だけ放り投げるみっともない真似は出来んからな。あまり、見損なってくれるなよ」

 

 ジロリと、そう言って鬼怒田は迅を睨みつける。

 

 鬼怒田も、分かってはいるのだ。

 

 迅は飄々とした態度で偽悪的に振舞う事はあるが、その性根は善性のものである事くらいは。

 

 そうでなければ、未来視という地獄のような能力(のろい)を持ちながらこうまで正しく在れる筈がない。

 

 彼が自罰的なのは、その力を思えば当然だ。

 

 あらゆる未来を強制的に見せられておいて、まともでいられる方がおかしいのだ。

 

 迅はそれを「世界を守る」という義務感と、自罰的な言動による厭世観を纏う事で押し留めているに過ぎない。

 

 それは細く積み重なった木の棒で巨石を支えるが如き暴挙であり、当然ながらそんな無茶をしている迅の心はガタガタだ。

 

 故にこそ、迅は己に罰を求める。

 

 そうでもしなければ、己を苛む罪悪感に耐え切れないからだ。

 

 かといって、彼の望むがままに糾弾をしていればいずれ彼はその厭世観に身も心も染まってしまい心が擦り切れてしまうだろう。

 

 迅本人はそれを良しとしているが、これまで彼の予知に頼り切りだったボーダーの幹部としてそんな結末を許容するワケにはいかなかった。

 

 だからこそ、鬼怒田は安易な罰を与えない。

 

 それこそが遅効性の毒である事を、彼は理解しているのだから。

 

「まあええわい。お前を呼んだのは、わしの立場を今一度明確にしておく為じゃ。今後木岐坂の為に必要な事なら、どんな内容だろうが協力はする。勿論、それが筋が通るものならばの話だがな」

「鬼怒田さん…………」

「言っておくが、本当に必要ならばの話だ。余計なお世話と思うなら、忘れてくれて構わん」

 

 だが、と鬼怒田は続ける。

 

「覚えておけ。お前は、一人きりで戦っとるワケではない。間違いくらい、幾らでもやれ。子供の尻を拭くのは、わし等大人の役目だからの」

 

 忘れるんじゃないぞ、と言いながら鬼怒田は部屋を去っていく。

 

 その後姿を見ながら、迅ははぁ、とため息を吐いた。

 

「…………敵わないなぁ。ホント」

 

 鬼怒田の大きな背中を見やり、迅は窓を仰ぐ。

 

 曇天は未だ、彼方の空に広がっている。

 

 しかし、それでも。

 

 その向こう側に見える光だけは、確かにそこにあるのだと。

 

 そう思えた、迅であった。

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