「樹里…………っ! もう、起きるのよ遅いのよこの馬鹿…………っ!」
「葉子…………」
ぎゅうぅ、と部屋に入るなり樹里に抱き着く香取。
彼女は樹里の目覚めの報が入るなり文字通り跳んで来て、迎えに行った風間を呆れさせる有り様でこの部屋に襲来した次第である。
道中でトリオン体はおろか
何せ、原因不明とされる昏睡状態が三日も続いたのだ。
幼馴染がそんな事になっていたのだから、香取としては気が気でなかったに違いない。
多少のやんちゃ程度は眼を瞑ろうと、寛大な裁定を下す風間であった。
それはそれとして、反省文は書かせるが。
気持ちは分かるが、そこはそれ。
これでも大分寛容な処分なのだから、そのくらいは甘んじて欲しいものである。
「…………葉子、気持ちは分かるけど急ぎ過ぎ。追いかける身にもなって」
「あ、華」
「あ、華、じゃないわよ。トリガーまで使って跳んで来るなんて、少しは常識を持った方が良いと思う」
しかし、そんな香取に置いて行かれ恨みがましく彼女を見据える華については自分でどうにかさせるつもりだ。
流石に友人同士の問題にまで口出しする気は無いので、それが妥当であろう。
「まあいいわ。この件については後で追及するとして」
「…………追及はするんだ」
「当たり前でしょ。するとして、あれからどうなったか樹里に説明が必要だと思う。論功行賞の事もあるしね」
華はそう言って、語り始めた。
あの大規模侵攻から三日、何が起きたのかを。
「まず、正隊員の中にいなくなった人はいないわ。当然だけど大きな怪我をした人もね。昨日ボーダーが記者会見を開いて、外向けの説明も終わってるわ」
成る程、と樹里は頷く。
どうやら致命的と言える被害はないようだと聞き、彼女は安堵する。
尚、華はC級四名が連れ去られた事に関しては敢えて説明していない。
樹里にとっては会った事もないC級の事など興味が無いだろうし、万が一にも彼女に心労をかける要因は排除すべきだ。
聞いたところで「そう」と言って頷くだけだろうが、これは華達の気持ちの問題でもある。
身勝手な行動をした挙句自業自得の結末を迎えた者の事などで、樹里の心を揺らしたくはない。
そんな想いを抱いていた為、香取もその方針に口出しはしていない。
彼女にとっても、馬鹿をやって攫われたC級の事などどうでも良いのだから。
「市街地の被害は大きかったけれど、人的な被害はゼロと言っていいわね。復興作業の為にC級を駆り出しているし、こっちはその内落ち着くと思うわ」
華の言葉に、樹里はふぅん、と興味なさげに頷く。
ボーダーは街への貢献として、復興作業にC級を向かわせるという手法を取った。
C級隊員とはいえトリオン体の持つ膂力は常人の比ではないし、普通なら重機を使わなければ持ち上げられない瓦礫だろうが人力での運搬が可能となる。
故に彼等の引率としてB級下位の面々を付け、復興作業に従事させたのだ。
こうする事で市民感情を少しでもプラスに持っていく事が出来るし、大規模侵攻の最中守られてばかりだったとネガティブになりつつあったC級の面々の自尊心も補填出来る。
B級下位の面々も結局自分達だけではC級を守れなかった事を悔やんでいたので、そのフォローの意味合いもある。
戦力として貢献したB級中位以上の面々と異なり、そういった自負を持てなかった者達への配慮もまた必要なのだ。
尚、これは修との会話の中で「復興作業に隊員を出向させればスムーズにいくのではないでしょうか」という彼の提案を聞き、それを根付が採用した結果である。
修は実益に繋がる内容であれば頭が回るが、その一方「個人の自尊心を満たす」という事については全くと言って良い程無頓着だった。
彼にとっては自身が取る行動とは目的の為に必要な手段に過ぎず、それによって得られる満足感などは度外視している。
修は自尊心を満たしたいから行動するのではなく、目的達成の為に動く人間であるからだ。
その過程で得られる心的報酬など、彼にとっては意味の無いものと言って良い。
年齢にしては達観が過ぎる価値観であるが、そもそもまともな感覚の者ならば戦闘中に生身になったりなどしない。
自意識としては常人でありながらも、色々と逸脱している修ならではの感性と言えた。
「それから、論功行賞についても説明しておくわ。実は、私達香取隊もそれを受け取っているの。特級戦功、という形でね」
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 香取隊 | 香取葉子 | 香取隊を率いて早期に新型を撃破し、その情報共有により多くの新型撃破に貢献した。部隊単独で人型も撃破し、捕虜とした。加えて敵の最大戦力の撃破にも貢献した/新型撃破数4(部隊換算) |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 香取隊 | 木岐坂樹里 | 香取隊の一員として新型の早期撃破に貢献し、人型の部隊単独の撃破と敵の最大戦力の撃退にも大きく貢献した/新型撃破数2 |
「わたしと葉子が、特級…………?」
「葉子は部隊長としての意味合いが強いけれど、樹里は個人でも大きく貢献をしたからね。当然の結果とも言えるわ」
ふぅん、と樹里は興味なさげに頷く。
褒賞についてそれ程頓着していない樹里にとって、そんなものか、という感想でしかなかった。
彼女にとって大事なのは身内の無事と今後の生活の平穏くらいなもので、自分の評価などには対して興味がない。
むしろ、他の知り合いの隊員がどんな活躍をしたかの方に関心があるくらいである。
「他にも、色んな人が戦功を貰っているわ。たとえば、三雲くんなんか注目されてるわね。その隊員の空閑くん共々」
そう言って、華は資料を部屋のモニターに映し出した。
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 一級 | 玉狛第二 | 三雲修 | C級の護衛を完遂しつつ空閑隊員と共に新型撃破に貢献。人型(黒トリガー)の撃破にも大きく貢献した/新型撃破数2 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 玉狛第二 | 空閑遊真 | 新型を撃破して被害を抑え、他の隊員と共に人型近界民(黒トリガー)を撃破した/新型撃破数2 |
二人の情報を見て、一瞬三雲くんって誰だっけと思いつつ、そういえば、と樹里は思い出す。
確か、黒トリガー争奪戦の騒動の時の中心人物の子がそういう名前だったな、と思い出したのだ。
彼女にとっては騒動そのものは印象に残っているものの、修の個人名などはそこまで興味がなかった為にほぼ忘れかけていたのだ。
遊真の事も近界民であるという事は覚えているが、それを口留めされてはいるしそもそも自分に害がなければ特に気する事でもない。
香取は樹里に師事しようとしておきながらあっさりと王子に乗り換えた修が活躍しているのが面白くないのか、ぐぬぬ、と呻きながらなんとも言えない顔をしている。
そんな事情など知らない樹里にとっては、香取の反応は?マークを浮かべる他ないものだったのだが。
「他にも、相応の貢献をした人は軒並み戦功を貰っているわ。こんな感じよ」
そう言って、華は再び資料をモニターに映し出す。
そこには、数々の戦果が掲載されていた。
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 太刀川隊 | 太刀川慶 | 敵の爆撃型トリオン兵を撃破して本部を防衛し、数多くの新型を撃破した他、人型近界民(黒トリガー)の迎撃にも大きく貢献している/新型撃破数14 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 風間隊 | 風間蒼也 | 部隊を率いて新型を撃破し、人型近界民(黒トリガー)撃破にも大きく貢献した/新型撃破数4 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | S級(黒トリガー) | 天羽月彦 | 単独で西部、北西部地区を広範囲に渡って防衛し、人的被害をゼロに抑えた/新型撃破数3 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 生駒隊 | 生駒達人 | 部隊を率いて新型を撃破し、二宮隊と合同で人型近界民(黒トリガー)を撃破した/新型撃破数4 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 二宮隊 | 二宮匡貴 | 部隊を率いて新型を撃破し、人型近界民(黒トリガー)を撃破にも大きく貢献した/新型撃破数3 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 東隊 | 東春秋 | 複数の部隊を統括して指揮し、人型近界民(黒トリガー)撃破に多大な貢献をした/新型撃破数2 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 特級 | 玉狛第一 | 小南桐絵 | 敵の最大戦力を長期間に渡って単独で足止めし、人型近界民(黒トリガー)撃破にも大きく貢献した/新型撃破数2 |
「特級だけでもこれだけいるわね。他にも、一級戦功もそれなりにあるわ」
華はそう言って、モニターを次の画面に移した。
これまでも相応の面子が並んでいたが、更に戦功が続く。
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 一級 | 三輪隊 | 三輪秀次 | 部隊を率いて新型を撃破し、C級の防衛に従事。人的被害をゼロに抑えた/新型撃破数3 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 一級 | 影浦隊 | 影浦雅人 | 部隊を率いて新型を撃破し、人型近界民(黒トリガー)との戦闘に大きく貢献した/新型撃破数3 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 一級 | 玉狛支部 | 迅悠一 | 各所で新型を撃破しながら戦闘を援護し、被害の軽減に多大な貢献をした/新型撃破数5 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 一級 | 嵐山隊 | 嵐山准 | 部隊を率いて新型を含む多くの敵勢力を掃討し、南西部地区の市民を守った/新型撃破数3 |
| 戦功 | 所属部隊 | 隊員名 | 備考 |
| 一級 | 嵐山隊 | 佐鳥賢 | 各所で新型を撃破し、戦闘を支援する事で被害軽減に貢献した/新型撃破数5 |
「…………賢も、貰ったんだ」
「まあ、一応新型を5体撃破したってのが評価されたんだと思うよ。援護ありきでだから、正直此処までの評価は過剰だと思うんですけどねぇ」
そうは言いつつも、佐鳥はこの戦功の裏側には気付いていた。
正式な文書には書けない貢献として、佐鳥には「樹里の暴走を早期に抑えた」という見えない任務をこなしていた。
新型撃破はそのついでの仕事に過ぎず、迅の未来視同様本業はこちらだ。
未来視についても正式な報告書には書けない為、このような文面になったのだと考えられる。
迅は緑川を護衛した時のように未来視を用いて取りこぼしが出そうな場所を回り、被害を抑える事に尽力しており、本来であれば一級で済む貢献ではない。
しかし論功行賞は正隊員のみに内容が明かされるものではないので、そのあたりは記載出来ずこのような結果になったワケだ。
忍田は申し訳ないとため息を吐いていたが、迅がそんな彼を見て苦笑していたのは言うまでもない。
被害を最小限に抑える事こそが、彼にとっての一番の褒賞であったのだから。
「他にも二級戦功では烏丸さんやレイジさん、当真さんや王子隊なんかが貰っているわね。柿崎隊とB級下位の面々も合同という括りで同じくC級防衛への貢献なんかで貰っているわ。那須さんも最後の決戦で貢献したから貰っているわね」
「結構色んな人が貰ってるんだね。皆、頑張ったんだ」
「ええ、誰か一人でも欠けていればこの結果は無かったとも言われているわ。勿論樹里、貴方もね」
ん、と呟きながら樹里は華の称賛を受け入れる。
最後の戦いの最終局面だけは記憶が曖昧だが、新型やあの茶髪の人型を撃ち抜いてやった事は覚えている。
それを幼馴染に褒められたのだから、気分も良くなろうというものだ。
華は敢えて他人を褒めるといった事を普段する人間ではない為、猶更である。
その横で自分を差し置いて華からお褒めの言葉を貰っている樹里に嫉妬してぐぬぬ、と呻く香取の表情もグッドだ。
矢張りこの幼馴染にはこういう表情が似合うと、内心で中々に良い性格ぶりを発揮している樹里であった。
「そういえば、私はいつまで此処にいればいいの?」
「まだ、目覚めたばかりだからね。あと数日は検査の為に入院だそうだよ」
「そっか。別に、もうなんともないのに」
ぶすぅ、と樹里は頬を膨らませる。
既に自分としては健常体であるつもりなので、こんな面白みのない場所に留まり続けるのは少々気が重い。
白一色の壁ではなく薄い青色なのが幸いだが、それでも窮屈に思ってしまうのだ。
「三日間昏睡状態になっといて何言ってんのよアンタ。ホント、心配したんだからね」
「…………ごめん」
だが、香取にこう言われてしまっては頷く他ない。
自分でも心配をかけてしまった自覚はあるので、此処でその厚意を無下にする程樹里の香取に対する感情は軽くはない。
仕方ないか、と樹里は諦観の姿勢を取るのだった。
「でも、一人じゃ暇。賢、泊まってって」
「何馬鹿言ってんのよアンタそんなの許せるワケないでしょうがこのスカポンタン…………ッ!」
「ケチ。別にいいじゃんそのくらい」
「いいワケないでしょ何言ってんの馬鹿なの馬鹿なのよねそんな事ほざくのはこの口かこの馬鹿娘…………ッ!」
「
樹里の爆弾発言に香取がぎゃあぎゃあと騒ぎ出し、渦中に置かれた佐鳥は乾いた笑いを漏らす。
そんな面々を見ながら壁の花になっていた風間は、フッ、と何処か穏やかな笑みを浮かべるのだった。