香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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三雲修Ⅰ

 

 

「あ」

「アンタ、確か三雲────────」

 

 ボーダー本部、その通路。

 

 そこの曲がり角で、香取は見覚えのある少年と出会った。

 

 気弱そうに見える顔立ちに、特徴のない眼鏡。

 

 件の少年、三雲修に間違いはなかった。

 

 あの記者会見は香取も見ており、その他にも彼女にとって()()()無視出来ない少年である。

 

 一度は樹里を指導役として見初めながらもあっさり王子に乗り換えた事は今でも根に持っているし、その後は王子にべったり(香取視点)である事もなんだか癪である。

 

 どの道樹里への師事など許すつもりはなかったという事は彼方に放り投げて、香取的には「気に食わない」カテゴリーに入る少年である。

 

 自分から話しかけようとまでは思わないが、曲がり角でバッタリ会ってしかも目を合わせてしまった以上無視も出来ない。

 

 それだけ、香取の修への関心度は様々な理由で高いのだから。

 

「修です。香取先輩」

「そ。ま、気が乗れば覚えてあげるわ。で、こんなトコで何してんのアンタ」

「王子先輩に指導を受けた帰りです。ランク戦も近いですし、色々予習しておきたかったので」

 

 そう、と王子の名を聞いて顔を顰めながらも香取は流そうとして。

 

 ふと、気付いた。

 

 ランク戦。

 

 確かにこの少年は、そう言った。

 

 香取の知る限り、B級に三雲隊という隊は存在しない。

 

 にも関わらず、ランク戦の()()指導を受けているというニュアンスで彼は発言していた。

 

 つまり、それは。

 

「アンタ、もしかして今期からどっかのチームに入るワケ? それとも────────」

「えっと、玉狛第二という名前でチームを組んだのでランク戦に参加しますが…………」

「────────そう」

 

 彼が新たなチームを結成し、ランク戦に殴り込んで来るという意味に他ならない。

 

 それを聞いて、香取はあからさまに眉を顰めた。

 

 修は、()()王子の教導を受けている。

 

 それだけでどんな悪辣な戦法を使って来るか分かったものではなく、一見人畜無害そうだがその実結構図太い性根をしている事は確認済みだ。

 

 人伝に聞いたが、戦闘中に生身になるなど正気の沙汰ではない。

 

 敵の黒トリガー攻略の為という理由があったとしても、戦闘の真っただ中で攻撃を受ければそのまま死にかねない生身になるなどどうかしている。

 

 ハッキリ言って、その事を聞いた時は香取でさえ空恐ろしさを感じたものだ。

 

 王子の悪影響か、と一瞬思いもした。

 

 しかしあの一見爽やかな腹黒少年は悪辣な戦術家ではあるが、自分の命を平気で投げ出すような真似をする類の人間ではない。

 

 いざとなればやるかもしれないが、それでもある程度は躊躇するだろうしそれは最後の手段の筈だ。

 

 だが、聞く限りこの目の前の少年は。

 

 自分からそれを提案し、しかも東や二宮相手に自身の意思を押し通したのだという。

 

 なんだそれは、と香取は思った。

 

 正気を疑うような真似を命じられて仕方なくやるのならばともかく、自分から進言して尚且つそれをあの面子相手に認めさせるなどどうやったらそんな事が出来るのか甚だ分からない。

 

 この件で香取の中の修の評価は「気に入らない奴」から「良く分からない怖い奴」に変化しており、切っ掛けでもなければ敢えて絡もうとは思わなかった。

 

 しかし、彼は今期からランク戦に参加するのだという。

 

 恐らく、一緒にいたあの異様な強さの白い少年もチームメイトなのだろう。

 

 二人チームなのか、それとももう一人チームメイトがいるのかは分からないが。

 

 少なくとも、B級下位で燻っているような相手には見えない。

 

 確実に、速攻で中位には上がって来ると香取は予感した。

 

 修自身は弱い筈だが、彼と一緒にいた白い少年が敵の首魁をぶち抜く場面は遠目から目撃している。

 

 あれだけ強い人型を倒せる程の人材が、生半可な相手である筈がない。

 

 色々な意味で、無視出来ないチームになるのは確実だった。

 

「あ、そういえばあの白チビは変なトリガー使ってたわよね? あれって噂の玉狛製トリガーだと思うけど、確かそれ使ってるとランク戦は出禁じゃなかったっけ?」

「ええ、ですから空閑はボーダーのノーマルトリガーを使って参加します。あれはあの時限りの特例で使ったようなものなので」

 

 ふぅん、と香取は一先ず頷いた。

 

 遠目にしか目撃していないが、遊真は見慣れない黒いボディスーツ姿で戦っており、その使用したトリガーも香取の見た覚えのないものだった。

 

 玉狛支部の隊員が特製トリガーを使っているというのは、烏丸のファンである香取も知っている。

 

 恐らくあれもその類なのだろうと彼女は判断しており、それを使ってランク戦に参加する事は出来ない事もまた噂として聞いている。

 

 無論その決まり事について詳しいというワケではなく、だからこそ彼女の勘違いを利用してそのまま言い包めた修の真意には気付かない。

 

 まさかあれが黒トリガーで遊真が近界民であるなどという突飛な真実に彼女の持つ情報だけで辿り着くなど、土台無理な話なのだ。

 

 だからこそ修は平然と彼女の勘違いをそのまま真実に格上げする為に汗一つかかずに返答し、その考えを補強させたのだ。

 

 持っている情報量の違いを利用した話術であるが、流石にこれに気付けというのは酷だろう。

 

 そのあたりの事情を知る樹里は守秘義務に従って口を噤んでいるし、香取が真実へ至る道はほぼ封鎖されていると言って良い。

 

 割と口が軽い樹里であるが、佐鳥に言い含められている以上この件に関して彼女が情報を漏らす事は有り得ないのだから。

 

(とにかく、玉狛支部のトリガー頼りだった奴ならどうにかなる────────────────なんて、口が裂けても言えないわね)

 

 ともあれ、今重要なのは。

 

 油断ならない強さを持つあの空閑という少年が、この修に率いられてランク戦に参加するという事実だ。

 

 以前の香取であれば、「どうせ玉狛支部のトリガー使ってたから強かっただけでしょ」と軽く見て終わりだったろう。

 

 しかし、樹里との戦いや大規模侵攻を経て様々な経験を積んだ今の香取は、そこまで楽天的にはなれなかった。

 

 玉狛支部、その所属チームである玉狛第一は俗にボーダー最強と言われる精鋭部隊だ。

 

 隊長のレイジはボーダー唯一の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)であるし、烏丸は聞いた話ではあの太刀川隊の元メンバーなのだという。

 

 小南の実力は最終決戦で共闘したからこの眼で見ているし、その勇名は彼女も知るところだ。

 

 そんな支部に所属している遊真が、普通の隊員である筈がない。

 

 少なくとも、支部謹製のトリガーを託される程の実力は有している筈だ。

 

 つまり、玉狛支部のトリガーは彼の強さを補強する一因に過ぎず、確実にそれなしでも底知れない実力を持っているだろう事は疑う余地はない。

 

 彼がただ参加するだけならばともかく、遊真はこの修のチームの一員である。

 

 修自身の戦闘力は低いようだが、あのクソ度胸と王子の教導を受けて悪辣さを身に着けている以上、彼譲りのいやらしい戦術を披露して来るであろう事は想像に難くない。

 

 王子の陰湿な戦術には、香取も散々苦渋を味わわされたのだ。

 

 B級中位に落ちる原因になった試合でも、彼にしてやられた結果二宮隊と影浦隊に袋叩きにされた格好で脱落したのだ。

 

 そんな彼の教導を受けている修を軽く見る事は、香取には出来なかった。

 

「そういえば、二人チームなワケ? 他に隊員はいないの?」

「もう一人、千佳って子がいます。こっちはB級に上げて貰ったばかりなので、多分会った事はないかと思いますが」

 

 そう、と拙いながらも情報を得ようと問いかけた香取は修の返答を受けて記憶を探るが、生憎千佳という名前の少女は覚えがない。

 

 ならば彼の言う通り、B級に上がったばかりなのだろうと判断する。

 

 流石にC級の面々までいちいち覚えている事のない香取なので、知らなくても無理は無いだろう。

 

 ちなみに、香取は修の発言の微妙なニュアンスの違和感には気付かなかった。

 

 修はB級に上がったではなく、上げて()()()と発言した。

 

 実のところ千佳は修と遊真の戦功を移動する事で、裏技的な手法でB級に昇格させたのである。

 

 これはあの大規模侵攻を経て、千佳ほどのトリオンの持ち主が緊急脱出のないC級のままでは危険だと上層部が判断した為だ。

 

 鬼怒田はそれをいち早く進言したし、それに便乗する形で修と遊真の許可を得た林道が交渉して千佳のB級昇格が成し遂げられたワケである。

 

 修も遊真も自分の戦功を使う事に異論のあるような人間ではないので、この作業はスムーズに進んだ。

 

 彼等は揃って自分の名声になど興味がなく、使えるものは使うというシビアな価値観を持っている。

 

 近界の傭兵である遊真と価値観の面で足並みが揃うというのは少々おかしいのだが、そこは修なのでしょうがない。

 

 ともあれ、これで香取は修のチームが未だ見ぬもう一人を含めた三人チームである事は把握出来た。

 

 その千佳という人物の情報がない事は痛いが、この修が連れて来る人間なのだからまず間違いなく普通の人材ではないだろう。

 

 精神面が逸脱している修と異様な強さを持つ遊真の二人と、チームを組むような人間なのだ。

 

 これで平凡なキャラだったら、むしろおかしいというものだ。

 

 C級から昇格したばかりの子など情報があるワケがないので、実際のランク戦を見て評価を決めよう。

 

 そう判断した香取であるが、彼女は知らない。

 

 千佳は例の基地の壁ぶち抜き事件でそこそこ有名になっており、調べれば分かる相手であった事を。

 

 少なくとも、華に聞けば調べてはくれただろう。

 

 しかし成長したとはいえ思い込みの強い部分は変わっていない香取は、「どうせ聞いても分かんないでしょ」と判断し、そこで思考を止めてしまった。

 

 後日、B級下位での試合で派手な戦果を上げた千佳の話を聞いてドン引きする事になろうとは、思いもしない香取であった。

 

「そういえばアンタ、遠征目指してるんですってね。あれって、単にあの場を取り繕う為のハッタリとかじゃなかったんだ」

「ええ、元々遠征には行くつもりでしたし嘘を言ったつもりはありませんよ。一度ぼく自身がそう決めた以上、有言実行出来るよう行動するだけです」

 

 そういえばあの記者会見で遠征を目指しているって話してたっけ、という情報を思い出して問いかけた香取に対し、修は迷いなくそう返答した。

 

 あの時は記者会見を乗り切る為のハッタリの一種なのかと思いもしたが、良く考えればこの少年はあんな無茶な真似をするような人間だ。

 

 本気で遠征を目指していてもおかしくはないと思ってはいたが、案の定だったらしい。

 

「…………そう。でも、一応言っておくけど遠征に行くにはA級に上がった上で遠征試験に受かる必要があるのよ? しかも今B級には元A級の二宮隊と影浦隊とかいうクソみたいなチームがいるし、A級になる為にはこの二チームを順位で越さなくちゃならないの。本当に、それが出来ると思ってるワケ?」

「出来なければ目的を達せられないなら、やるだけです。ぼくだけなら無理ですが、空閑や千佳もいます。必ず遠征に行くと約束した以上は、全力を尽くすだけです」

 

 分かってはいたが、修の迷いない返答に香取は少々頬をひくつかせた。

 

 この様子からしてあの二部隊のクソゲー状態は知らないとは思うが、少なくとも二宮と影浦の二人はあの老剣士相手の戦いに参加していたのでその戦いぶりは見ている筈だ。

 

 にも関わらずこうも断言するという事は、彼の根拠なき自信の表れ────────────────とは、思わない。

 

 修は、あの王子の教導を受けた相手なのだ。

 

 ならば確実に、何らかの勝算を以て事に当たろうとする筈である。

 

 彼の発言は一見精神論だけに見えるが、王子の指導を受けている以上単なる理想主義者で終わるワケがない。

 

 確実に、自分達にとっても難敵になる。

 

 彼等が中位に上がって来るであろう事は疑いようがないが、問題はその後だ。

 

 幾ら強い駒を従えていたとはいえ、彼はまだランク戦に於いては素人。

 

 どの程度B級中位で足踏みするかは、まだ分からない。

 

 とはいえ、今の香取隊はB級中位。

 

 もしもROUND1を経ても上位に復帰出来なければ、運次第では彼等と戦う事になってしまうだろう。

 

 碌に情報もない状態でこんな得体の知れない相手と戦うのは御免だと、香取は何が何でも早期に上位に復帰する事を心に決めるのであった。

 

「そ。言っとくけど、もしも当たる事になったら手加減なんて期待しないでよね」

「はい、勿論です」

「…………生意気。まあいいわ。じゃ、アタシはもう行くから」

「あ、はい。それでは」

 

 ぺこりと頭を下げる修を垣間見ながら、香取はその場を立ち去った。

 

 今期のランク戦は、厄介な事になりそうだと。

 

 そんな事を、思いながら。

 

 

 

 

「というワケで、皆集まったわね」

「ええ」

「おう」

「そうだね」

「…………ん」

 

 香取隊、隊室。

 

 予め隊員全員を招集していた香取は、自身の号令に応えるチームメイトを見て笑みを浮かべる。

 

 一人本当に軽く頷いただけの少女もいるが、いつもの事なので気にしない。

 

 この程度でいちいち目くじらを立てているようでは、とても樹里の幼馴染などやっていられないのである。

 

 基本的にダウナーな空気を隠さない樹里への対応に慣れ切っている香取は、彼女が奇行に走らない限りはいちいち口出しはしないと決めている。

 

 無論そうなった時は躊躇わないが、彼女の一見やる気のない態度に都度突っ込んでいては身が保たないというのは幼い頃に嫌という程実感している。

 

 そんなこんなで幼馴染への理解度が高い香取は、余計な手間を省いてチームメイトを見回した。

 

「これから、今期のランク戦対策のミーティングを始めるわよ。まず、ついさっき分かった情報から話していくわ」

 

 彼等を集めた目的は、一つ。

 

 今期のランク戦、その対策協議。

 

 かつて話し合いすら無駄だと思って(あきらめて)いた少女が、新たな一歩を踏み出した瞬間だった。

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