「てなワケで、あの三雲って奴が空閑っていうクソ強い白チビを率いてランク戦に参加するらしいわ。きっと、1試合で中位に上がって来るでしょうね」
「三雲…………? ああ、あの記者会見の」
「そ。ついでに言えば、あの王子の弟子よ。戦術面のね」
マジか、と再び顔を顰める若村に対し香取は当たり前のように肯定する。
彼女はつい先ほど得たばかりの「修がランク戦に参加する」という情報を、皆に開示していた。
この場は今期のランク戦に対するミーティングの場であるが、彼等の話題は避けては通れないと考えた為だ。
若村達にとって修は「記者会見で派手な活躍をした隊員」に過ぎないのだろうが、そこに「王子の弟子」という要素が加わるとなれば流石に目の色が変わる。
彼等もまた、王子の悪辣さは実地で存分に味わっているのだから。
その弟子ともなれば、顔を顰めるのも当然と言える。
「あ、空閑くんって確かC級の間で話題になってた子だよ。なんでも、戦闘試験で圧倒的な記録を叩き出して、あっという間にB級に上がった子みたい。あと、緑川くんに10本勝負で圧勝したらしいって話も聞いたな」
「A級の緑川にか? それ本当かよ」
「多分それで合ってるわ。大規模侵攻でもあの空閑っての、アタシ達が決戦の場に着く前に人型を一人撃破してるもの。緑川くらい倒していても不思議じゃないわ」
香取はそう言って、三浦の言葉に賛同の意を示す。
緑川に勝った、というのは初耳だがあの強さならそれが本当でも驚きはしない。
実のところ、香取自身も緑川になら勝った事がある。
緑川は確かに強いのだが、強さの調子に波がある隊員だ。
無論彼のスピードに付いていけるだけの地力は必須だが、その条件であれば香取はクリアしている。
彼と戦ったのは丁度香取の調子が良い日だったのもあって、10本勝負を6:4で勝つ結果に終わっている。
なお、その後再戦した時には4:6で負け越しているのは置いておく。
香取もわざわざ口に出したい事ではないので、敢えて語りはしないし今はそれが本題でもない。
実際に戦った香取の所感としては、緑川は「強いけれども絶対に勝てないというワケではない相手」というものである。
これまで香取が「勝てない」と思った風間や太刀川のような強者の持つ安定感が、緑川にはないのだ。
そも、「確かに強いけれど安定感のない隊員」という評価は香取自身にも当て嵌まる。
条件次第では格上殺しも可能な爆発力を備えてはいるが、最上位の精鋭に比べれば安定感がなく、常勝不敗の域には達していない。
そこへ辿り着く為には、経験と研鑽の蓄積が未だ足りていないのだ。
こればかりは一朝一夕でどうにかなるものではないので、要努力である。
「三雲の部隊に関しちゃ、まだ実際に戦ってる所を見たワケじゃないし具体的な対策は立てられないけれど、無視出来る相手じゃないわ。今期のランク戦を勝ち上がる上で確実に障害になるでしょうし、戦う前に何度か試合を見ておきたいわね」
「葉子がそこまで言う相手か。という事は、三雲は相当に強いのか?」
「弱いわよ。トリオンは最低クラスみたいだし、戦闘そのものも素人。B級下位どころか下手したらC級にも負けるでしょうね」
え、と若村の困惑した声が漏れる。
当然だろう。
対策必須、警戒しなければならない相手と言っておきながら、この評価。
これまでの言を全て放り投げるかのような評論に、眼を白黒させるのも無理はないと言える。
「お前、散々「厄介」みたいな事言っておきながらそれなのかよ?」
「あのね、確かに「弱い」とは言ったけど「厄介じゃない」とは言ってないわよ。三雲はね、
「どういう意味だ?」
いまいち要領を得ない説明に、若村は疑問符を浮かべる。
弱いけれど、厄介。
彼の価値観からすれば強さこそ脅威度の基準であるが故に、理解し難いのも無理は無いだろう。
香取も、その気持ちは分かる。
実際に修の人柄や蛮行を見るまでは、彼女も同じ感想だったのだから。
「…………あいつはね、敵のトリガー攻略の為とはいえ戦闘中に生身になった変態なの。アンタ、勝つ為とはいえそれと同じ事が出来る?」
「は? いや待て、どういう事だ?」
「アンタも、遠目からあの魚や鳥をばら撒いてた人型の事は見えてたでしょ。あの
香取の言葉に、若村は唖然となる。
それはそうだろう。
自分達が躊躇いなく戦場に身を置けるのは、いざという時身を護る
幾ら武器を持とうとも、彼等は未だ成人もしていない学生に過ぎない。
己が命を失う覚悟を以てボーダーに所属している者など、そうはいないだろう。
だが、修は。
それが必要だという明確な理由があったとはいえ、躊躇いなく己が命を危険に晒してみせた。
間違いなく、普通に生きて来た学生の出来る事ではない。
それだけで、彼の精神の逸脱具合が分かろうというものだ。
「嘘だろ。マジでそんな事やったのか」
「やったのよ。アンタ、他の連中の戦功見てないの? そういう馬鹿やったから、あいつは個人で一級戦功なんて貰ってるのよ。他にもC級の護衛を成功させた、って成果もあるみたいだけどね」
香取の指摘にそういえば、と若村は思い出す。
彼は確かに他の者の受けた戦功も見てはいるが、記憶に残しているのは若村が個人的に知っている相手のものだけだ。
交友の無い相手やあまり名前を聞かない相手の戦功の事は、正直良く覚えていなかったのである。
興味のない相手に関する記憶などそんなものかもしれないが、以前は「ログもちゃんと見ろ」と何度も香取に言っていた手前、若村はどうにも居たたまれなくなった。
散々偉そうな事を言っておきながら、それを自分自身が実践出来ていなかった事を実感し、自己嫌悪が沸いて来る。
以前の香取であればそこに突っ込んだだろうが、若村が自省しているのを察してそれ以上は何も言わない。
お互い、経験を積んで成長したのだ。
幼年期に許されていた余計な口論など、今更するワケにはいかないのである。
それが、成長を経てボーダー隊員としてのスタートラインに立った彼等の在るべき姿なのだから。
「あと一人隊員がいるみたいだけど、そっちは全然知らない奴だし実際に見た方が早いでしょ。とにかく、三雲の試合はきっちりチェックするわよ。まだ一試合目で誰と当たるのかとかは分からないけど、まずは見てみない事には対策も立てられないもの」
「そうだね。実際に戦っている所を見れさえすれば、ある程度どういう部隊なのかとかも分かると思うしね」
「ええ、そうね。とはいえ、B級下位相手の試合じゃ適当に白チビが暴れるだけで終わりそうだけどね。下位の連中、雑魚しかいないし」
そう言って、香取はため息を吐く。
B級下位への評価は散々であるが、実際に修達が彼等相手に苦戦する所はどうしても想像出来なかった為に無理はない。
恐らく遊真だけでもB級下位相手であれば、特に戦術などなくとも蹂躙出来るだろう事が想像に難くないからだ。
中位以上の部隊とは異なり、B級下位の面々は明確な「勝ち筋」を持っているチームが殆どいない。
精々間宮隊の三人がかりで射撃を敢行する
これがB級中位以上の部隊であれば、
たとえば荒船隊は高所に陣取り狙撃陣形を整えれば相当に有利に戦えるし、諏訪隊は閉所や複雑な地形で相手と接敵出来ればその火力で圧倒出来る。
ランク戦ではあまり評価の芳しくない柿崎隊でも、「三人揃って連携出来れば簡単には崩れない」という強みがある。
だからこそ柿崎隊は時折中位から下位に落ちたとしても、すぐに復帰して来るのだ。
合流を最優先するという特色上初動が遅いという致命的な欠点こそあれど、彼等の連携を崩せるチームがB級下位にはいない為だ。
この
その為、修達がB級下位を相手にした試合を見たとしても、遊真の個人戦力の一端を見れれば儲けもの、くらいしか期待していないというのが正直な所であった。
「当たる前に、可能なら二、三試合は見ておきたいわね。情報が揃っていない段階であいつ等と戦うのは、正直避けたいわ。だから、可能な限り一試合で上位に復帰するのがベストね」
「随分高く評価するんだな。油断は出来ないだろうが、お前がそこまで言う程なのか」
「そうよ。悪いけど、こういう時のアタシの勘は外れた事ないの。言葉にするのはちょっと難しいけど、こうした方が良い、ってのはなんとなく分かるから」
「……………………そうか」
香取の言葉に、若村は「そういうのをもっと早く言って欲しかった」と漏らすのをぐっと堪えた。
恐らく、今までもそうだったのだろう。
突然の独断専行としか思えなかった香取の行動も、恐らくはその「勘」を頼りにした自己判断だったのだと今の若村には気付けたのだ。
彼女が何もいわず独自の判断で動いたのは、恐らく言っても分からないという諦観と、そもそもそれを言語化する術が彼女にはなかったからだ。
今本人が言った通り、香取は直感的に最適解を導き出す能力に長けている。
しかしそれを言語化する為の能力が欠けている為、説明するとしても「こうすれば良いと思った」以上の言葉が出て来ないのだろう。
傍から見れば独断専行としか思えない行動であっても、彼女にとってみれば勝つ為に必要な行動を直感的に取っていただけだったのだ。
これが凡人と天才の差か、と若村は少し悲しくなった。
今までも分かってはいたが、香取と自分とでは持って生まれた才能が全く違う。
一から十まで説明して貰わなければ理解出来ない自分とは違い、恐らく香取は少ない情報だけで十全な行動を取る為の最適解が自動的に判断出来るのだろう。
天才と凡人は感性そのものが違う、と言われる事があるが、これがまさにその典型例と言える。
凡人の感覚では、天才の所業は一見では理解出来ない。
その事を、まざまざと見せつけられた想いであった。
「ま、三雲の事に関しちゃこの辺でいいでしょ。あとは、樹里を使った戦術をどうするか、について考えましょ」
「そうね。樹里が入った以上、これまで通りのやり方だけで戦うのは勿体ないわ。狙撃手の有無は、部隊の戦術方針を変えるには充分な要素だし」
「そうだね。これまで出来なかった戦術も、狙撃手が一人いるだけで色々取れるようになるし。樹里ちゃんは、狙撃以外も出来ちゃうしね」
香取の号令で今度は樹里に関する話題となり、今まで黙って成り行きを見守っていた華も会話に参加して来た。
樹里の加入による、戦術の変更。
これは、今の香取隊にとって避けては通れない議題である。
基本的に、狙撃手がいるか否かで部隊の戦術の幅はかなり異なると言っても過言ではない。
狙撃手が在籍している、というだけで相手チームに一種の縛りを与える事が出来るからだ。
位置の分からない狙撃手が潜んでいる、という事は迂闊に
故に、チームに狙撃手がいるというだけで敵の積極的な攻勢を防ぐ一種の抑止力となるのである。
だからこそ、狙撃手の位置が割れてしまえば相手チームは真っ先のその処理の為に動く。
狙撃手は遠方から一方的な奇襲が出来るという唯一無二の利点を持つ一方、近寄られれば基本的に為す術がないという弱点がある。
狙撃トリガーはライトニングを除いて一発撃つ為に
故に、狙撃手という
但し。
樹里の場合は、同様には語れない要素もあるのだが。
「樹里は最悪、位置バレしても自分で相手を迎撃出来るからね。時間稼ぎさえしてくれれば、そこを横から挟撃する事も出来るだろうし」
「そうね。例としては、荒船先輩や隠岐先輩が近いかしら。前者は近付かれても弧月という抵抗手段があるし、後者はグラスホッパーで逃げながら味方の到着を待つといった戦法が使えるもの。樹里の場合は、火力任せの射撃だけどね」
香取や華の言う通り、樹里は射手から狙撃手に転向したという経歴上近付かれても射撃という対抗手段がある。
しかもそのトリオンはあの出水と同値という高出力である為、大抵の相手は弾をばら撒くだけで早々に近付けなくなる。
故に、一般的な狙撃手と異なり位置バレにより危険がそこまで高くないのだ。
無論潜伏状態の脅威度にまでは至らないが、彼女の場合は通常の狙撃手とはまた違った立ち回りが可能なのである。
これを活かさない手は、まずないだろう。
「それから────────」
そこで、香取の言葉が切れる。
その理由は、彼女の携帯端末の着信表示だった。
画面を見て、香取の顔色が変わる。
端末に、表示されていた内容。
それは。
一試合目の、
「…………マジ?」
香取隊、一試合目の対戦相手。
────────荒船隊、及び漆間隊。
考え得る限り、今のB級中位の中では最悪と言える組み合わせであった。