香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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少女の憂い、暗夜の帳②

 

「…………むぅ」

「樹里ちゃん、勝ったってのに嬉しくなさそうだね。どしたの?」

「…………別に」

 

 香取や若村がそれぞれの道を模索している最中、樹里は佐鳥を付き合わせて本部のラウンジで一息ついていた。

 

 彼女の目の前には先程購入した、砂糖をこれでもかと投入した最早コーヒーというよりもシュガーラテとも言うべき代物が置かれており、樹里はそれをストローでちゅーちゅーと飲んでいる。

 

 苦いものが大の苦手である彼女はコーヒーを飲む時、概ね砂糖とシロップをトコトンまで投下している。

 

 普通に健康に悪いのだが、これに関しては幾度注意しても何処吹く風だ。

 

 そこまで苦いのが嫌なら最初からコーヒーなど飲まなければ良いと思うのだが、この状態であれば好んで飲むあたり、少々偏食が過ぎる気がしないでもない。

 

 苦いもの、辛いもの、そして強い酸味のあるもの。

 

 それが樹里の苦手な飲食物であり、逆に甘いものはとても好んでいる。

 

 そして、彼女の機嫌が悪い時ほどコーヒーに投入される砂糖の量は増していく傾向がある。

 

 溢れる程注がれた砂糖とシロップの量が、樹里の機嫌の下降具合を明確に表現していた。

 

(いやあ、嵐山さんが気を回してくれて良かったよ。こんな状態の樹里ちゃんを一人にするとか、ちょっとおっかないし)

 

 本来であれば佐鳥は既に樹里との用事を切り上げ、広報部隊としての仕事に戻っていなければならない時間である。

 

 しかし、いざ嵐山に電話をかけてみれば「今日の賢の分の仕事はやっておいたぞ」と言う始末。

 

 どうやら、佐鳥の用事が長くなったり何らかの延長が必要な事態を考慮して、予め彼の分まで仕事を片付けてくれていたらしい。

 

 気を遣わせてしまったな、と反省はしているが同時にある意味で安堵した事も事実だった。

 

(多分、とっきーあたりが進言してくれたんだよね。後で二人にはお礼言わなきゃ。木虎は色々言って来るだろうけど、まあ頭を下げるついでに菓子折りでも持ってきますかね)

 

 出来過ぎる同僚の心遣いを受けて、佐鳥は密かに感謝する。

 

 実際にゴーサインを出したのは隊長の嵐山だろうが、提案をしたのは時枝に違いない。

 

 彼はそういう気配りが出来る少年であるし、何より佐鳥と樹里の関係を正しく理解している数少ない相手だ。

 

 このくらい、彼にとっては朝飯前なのかもしれない。

 

 それはそうとして助かったのは事実なので、後でお礼として送る菓子折りの吟味を脳内で始めておく佐鳥であった。

 

「それで、何が気に入らないのさ。香取ちゃん達には勝ったし、二週間の勧誘禁止も成立したじゃん。それとも、香取ちゃんが約束を守らないとか心配してる?」

「それはない。葉子は一度した約束は、何が何でも守る。たとえ本人にとって不利益なものでも、そこで筋を違えるような事はしないよ」

「成る程。心配は要らないって事か」

 

 何処か矢継ぎ早に捲し立てる樹里の返答に、佐鳥は苦笑しつつ頷いた。

 

 自分から距離を取っている割に、樹里の香取に対する理解度というものは非常に高い。

 

 加えて、香取と同じで身内が蔑ろにされるのは我慢ならない性格らしく、香取の悪口と思われる発言に関してはあからさまに眉を顰める。

 

 香取と違って即行動に出る程能動的ではないが、基本的に彼女は幼馴染をこき下ろした人間とは一切会話をする事はない。

 

 必要があっても事務的な会話に終始し、ずっと冷たい視線を浴びせ続けるのだ。

 

 本人は隠しているつもりらしいが、そうなった時のプレッシャーは中々のものである為全く隠せてはいない。

 

 その為、彼女の前で香取の悪口を言う事は禁忌(タブー)となっている。

 

 このあたり、なんだかんだで幼馴染と似た所がある樹里であった。

 

「じゃあさ、不機嫌の原因はなんなの? もしかして、佐鳥が横槍しなかったら落とされてた件?」

「────────違う。あれは、賢がいる前提で動いただけ。だから、私は危うく落ちそうになんかなったりしてない」

「いやぁ、あの時は────────」

「だよね?」

「は、はい」

 

 ジロリと、樹里は半眼で佐鳥を睨みつける。

 

 殺気さえ滲ませる少女の視線に、大方の事情の見当がついた佐鳥は大きく溜め息を吐いた。

 

 どうやら樹里は、あの最初の攻防で香取隊に落とされかけた事を相当気にしているらしい。

 

 恐らく、樹里は彼女のチームメイトである三浦と若村を戦力扱いしていなかったのだろう。

 

 彼等がいても、精々的が増えるだけで大した問題ではない。

 

 若村達に対する元々の悪感情もあって、樹里はそんな風に考えていた。

 

 しかし、蓋を開けてみれば香取は開幕から速攻を狙い、見事に三浦と連携して樹里に迫って見せた。

 

 あの時、佐鳥の介入がなければ樹里が落とされる、もしくは致命打を負った可能性は高い。

 

 彼女はそれが、どうにも認め難いらしい。

 

(若村先輩と三浦先輩に対しては、当たりが強いもんな樹里ちゃん。若村先輩は日頃から香取先輩に文句を言ってるから樹里ちゃんの中の敵愾心(ヘイト)が相当溜まってるし、なんだかんだ香取ちゃんに信用されてる三浦先輩に関しても良い感情は抱いてないみたいだしね)

 

 元から良い感情がなく、現在進行形で香取が燻り続けている元凶。

 

 樹里は、香取のチームメイト二人に対してそんなマイナスイメージを抱いていた。

 

 だからこそ、そんな相手としっかり連携して挑んで来た香取と、相手を舐めてかかったが故に油断して大きな隙を晒してしまった自分に憤っているのだろう。

 

 冷静になった今だからこそ、その事を思い出して自己嫌悪中である、というワケだ。

 

(樹里ちゃん、割とナチュラルに相手を見下すからなぁ。興味がない相手には徹底して塩対応だし、そういう風に侮っていた相手にしてやられて怒り心頭って所か)

 

 樹里のあまり知られていない悪癖として、悪感情を抱いた相手を自然と侮る所がある。

 

 というよりも、嫌いな相手にはマウントを取らないと気が済まない性格、とも言える。

 

 その悪癖も、最初の攻防で彼女が隙を見せてしまった一因でもある。

 

 だから、香取の役に立っていないからとマイナス評価を下していた三浦が彼女の指揮で見事に自分を追い込んでみせた、という事実に納得がいっていないのだろう。

 

 樹里はこう見えて意地っ張りで負けず嫌いなので、たとえそれを指摘しても正面から認める事はまずあるまい。

 

 彼女の頑固さは、佐鳥自身が嫌という程思い知っているのだから。

 

(あと、多分だけど香取ちゃんと巧く連携した三浦先輩に嫉妬してるよねこれ。ホント、素直じゃないんだから)

 

 加えて、恐らく樹里が此処まで不機嫌なのは三浦が香取の隣に立って戦っていた姿がどうにも気に食わなかった、という理由もあるだろう。

 

 自分というものがありながら、意気揚々とチームメイトと組んで自分を追い込む香取。

 

 その姿が、樹里の案外小さい堪忍袋の尾に火を点けたに違いあるまい。

 

 彼女の方から隊への誘いを断っておいて、と思うかもしれないが、情念に理屈など関係がない。

 

 ただ、樹里本人が気に食わないと思うからイラつく、というだけの話なのだから。

 

(そんなトコだけ香取ちゃんと似なくて良いのになぁ。いや、思えば結構似た者同士かこの二人)

「賢。なんか面白くない想像したでしょ。責任取って今日は泊まってって」

「いやいや、別に何も考えてないしそれは道理が通らないって」

「大丈夫。わたしは良いから」

「佐鳥が駄目なんですぅ…………っ!」

 

 佐鳥の思考を女の勘か何かで、感じ取ったのだろう。

 

 ジト目で彼を睨んだ樹里はさり気なくとんでもない提案を承諾させようとして、慌てて佐鳥は少女を宥めにかかる。

 

 ぶすぅ、と香取と似た不機嫌顔を晒している樹里は、完全にヘソを曲げている。

 

 表情はあまり変わっていないように思えるが、纏う空気がまるで違う。

 

 普段の彼女が儚げな白百合のような雰囲気だとするならば、今の彼女は刺々しい赤薔薇のようだ。

 

 このままではどんな要求をされるか分かったものではないし、また彼女との間にあらぬ噂が立ってしまう。

 

「────────樹里、こういう所でそんな事言っちゃ駄目よ。佐鳥くんはともかく、貴方に悪い噂が立ってしまうわ」

 

 そんな折。

 

 不意に声をかけて来たのは、誰あろう香取隊のオペレーター。

 

 そして、樹里のもう一人の幼馴染である染井華だ。

 

 彼女は「失礼します」と言いながら当然の如く樹里の隣に座り込み、密着するような距離で話し始める。

 

「聞いたわ。葉子だけじゃなく、若村くんや雄太とも戦ったみたいね。結果は貴方達の圧勝って聞いたけど、その割には嬉しくなさそうに見えるわ」

「…………別に。わたしは」

「言っておくけれど、説教をしに来たワケではないわ。わたしは変わる意思のない相手に何を言っても無駄だって思っているし、それはこれからも変わらない」

 

 でも、と華は続ける。

 

「貴方は、本当に()()()()()がないのかしら? わたしにはどうにも、貴方はただ迷っているだけに見えるわ」

「…………勘違い。わたし、迷ってなんかない」

「そう。なら、勘違いついで色々独り事を言っておくわ。それくらい、構わないでしょう?」

「…………」

 

 押し黙る樹里に、華は目を細める。

 

 その思惑は知れないが、佐鳥には今の華が何かを推し量っているように見えた。

 

「そもそも、樹里があの大規模侵攻からの三年間、何をしていたのかがずっと気になっていたの。ご両親が亡くなっている以上、三年という月日を生きて過ごすには誰かの庇護が必須。だけど、聞く限りじゃ樹里には親戚の一人もいないし頼れる人なんて誰もいなかった筈なのよ」

「…………」

 

 華の言う通り、大規模侵攻以降の三年。

 

 樹里の行方は、杳として知れなかった。

 

 三年もの間飲まず食わずで生きられる筈がない以上、彼女は何処かに身を預けていた事になる。

 

 だが、以前聞いた話では彼女には両親以外親類は一人もおらず、頼れる大人は誰一人としていなかった筈なのだ。

 

 だというのに、樹里は現実に三年もの間行方を晦ましていた。

 

 そして、一年前に白い髪という予想もしなかった変化が生じた姿で現れた。

 

 どう考えても、色々と辻褄が合わないのだ。

 

「これは仮定だけど。貴方は何処かで昏睡状態にあったか、もしくは────────」

「────────ストップ。そこまでだよ、華さん」

 

 更に仮説を披露しようとする華に、佐鳥が強い口調でストップをかけた。

 

 華は、彼の瞳を見る。

 

 表情自体は、いつもと変わらない。

 

 しかし、今の彼は何処か────────────────少し、()()()いるように思えた。

 

「樹里ちゃんには、樹里ちゃんの事情があるんだ。幼馴染とはいえ、あまり詮索し過ぎるのは感心しないよ」

「ええ、そうよね。不躾過ぎたわ」

 

 でも、と華は目を細めて佐鳥を見据えた。

 

「貴方の今の反応で、ある程度推論は出来たわ。ありがとう」

「…………あー、カマかけてたのは樹里ちゃんじゃなくて俺の方だったか。失敗したね、こりゃ」

「言っておくけれど、答え合わせは要らないわ。わたしはただ、()()()を話しただけなんだから」

 

 華は何処か満足したように、しかし少々拗ねたよういにそう呟く。

 

 どうやら今の仮説は、樹里ではなく佐鳥の反応を見る為のものだったようだ。

 

 流石、あの無軌道な香取隊を支える才女。

 

 駆け引きの才能は、佐鳥の眼から見ても中々のものだった。

 

「樹里も、ごめんなさい。不躾な話をしてしまって、不愉快だったと思う」

「…………ううん。別に、良い」

「そう。でも、これだけは言っておくわ」

 

 華はそう言って立ち上がり、樹里の眼を正面から見据えた。

 

「葉子はただ、貴方と一緒にいたいだけなの。だから、入隊するかどうかはさておいて、少しでも顔を見せてくれると嬉しいわ。強要は、出来ないけれど」

「…………考えておく」

「ありがとう。それじゃあね、樹里」

「うん」

 

 華は樹里の返事に薄っすらと笑みを浮かべ、その場を立ち去った。

 

 樹里は、そんな華の背を見詰めながら大きなため息を吐いた。

 

「…………わたし、駄目だね。やっぱり、華達と話すのは緊張しちゃう」

「三年も会ってなかったんだし、仕方ないって。それに」

「────────それに、わたしには例の()()()()()()()()()もの。昔の記憶だって虫食いだらけだし、わたしが本当に木岐坂樹里なのかも定かじゃない」

「樹里ちゃん…………」

 

 佐鳥は、樹里の独白にどう応えて良いか分からず言葉に詰まる。

 

 彼女の言った事は、真実だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 加えてそれ以前の記憶も朧気であり、幼少期の思い出も虫食いだらけ。

 

 だからこそ、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()事をずっと負い目に思っていたのだ。

 

「わたしには、小さい頃に葉子や華と遊んだ記憶がある。だけど、それが自分の体験だという自覚が薄いの。まるで虫食いだらけのビデオフィルムを見てるみたいで、実感が全然沸かないの」

 

 昔の記憶は他人事のようで、それでいてあの大災害から三年間の記憶が存在しない。

 

 それは果たして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分はただ、度し難い妄想を抱いた赤の他人なのではないか。

 

 そんな苦悩が、樹里の足を雁字搦めに縛り付けていた。

 

 他者から見れば、考え過ぎとも思うだろう。

 

 しかし、実際に三年もの間の記憶がない樹里にとっては、決して軽視出来ない懸念なのだ。

 

「樹里ちゃん、違うよ。樹里ちゃんは────────!」

「…………ごめん。変な事言った。冗談だよ、冗談」

「…………分かった」

 

 とても冗談とは思えない鬼気迫る表情をしていた樹里に対し、佐鳥はそう告げるしかない。

 

 こればかりは、今の彼には()()()()()()()()()()なのだから。

 

(…………ままならないな、ホント。神様ってのがいるなら、恨みたい気分だよ)

 

 内心で大きく溜め息を吐きつつ、佐鳥は対面に座る少女を見据える。

 

 その翳りは未だ色濃く、先行きは見通せない。

 

 少女の心にかかる暗雲は、未だ晴れる気配はなかった。

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