香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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第六幕~B級ランク戦ROUND1/First Rank Battle of White Girl
開幕日


 

 ────────2月1日、ランク戦ROUND1当日。

 

 香取隊の隊室に集まった面々は、香取を中心に円を囲うように並んでいた。

 

 今行っているのは、試合前の最終確認。

 

 樹里を加えた新生香取隊の初陣、その最後の準備であった。

 

 集まった者達は、各々真剣な表情で香取を見ている。

 

 唯一樹里だけはいつもの眠たげな眼であるが、良く見れば瞳の輝きが違う為彼女なりに真摯に協議に臨んでいるのが分かる。

 

 とはいえこの違いが分かるのは今いる面子では香取と華だけだが、基本的に発言権が低い男子チームはそこを指摘する事はないので問題は出ていない。

 

 出させていない、とも言う。

 

「まず、作戦を再確認するわよ。今回、MAP選択権があるのは荒船隊。だから、敵は市街地Cを指定して来ると仮定して挑む。これは良いわね?」

「ああ、問題ない。何度も話し合って、そう結論したしな」

「うん。異論はないよ」

「ならいいわ。万が一他のMAPを選んで来た時は、樹里の提案を採用するけれど────────────────まあ、その時はその時でやるだけよ」

 

 ん、と香取の言葉に樹里は静かに頷く。

 

 頭の回転が速く、機転も利く樹里ではあるがチームランク戦に関しては素人である事を弁えている為、進言はするが指揮に関しては香取と華に任せている。

 

 集団戦自体は大規模侵攻で経験したものの、あれは多対1のレイド戦のようなものであり、多対多の公式なチーム戦はこれが初経験と言っても良い。

 

 厳密には黒トリガー争奪戦を経験しているが、あの時は佐鳥の指示通りに動いただけで自己判断で行動を決める事は殆どなかった。

 

 加えてあれは秘密作戦であった為、香取隊の面々には話せない。

 

 故に香取達から見れば、樹里は今回が本格的なチーム戦の初陣となるワケだ。

 

 どの道チームランク戦はこれが初である為、そう間違った認識でもない。

 

 個人としては強力極まりない駒である樹里であるが、チームランク戦に関しては香取達に一日の長がある。

 

 その立場は理解している為、樹里は駒に徹する覚悟でこの場にいる。

 

 まずは今日、香取達との連携を実践で試す。

 

 そこからなのだと、己に言い聞かせて。

 

「最初に話した通り、転送運が良ければ高所を取って樹里に爆撃させるわ。幾ら荒船隊でも、上から隠れる場所を片っ端から消し飛ばせばそのうち詰むでしょ。漆間の対策に関しても、華の案通りでいくわ」

「でも、本当に大丈夫なのか? 漆間の奴、奇襲に関してはかなり巧いぞ。中位にいた頃、何度もやられた事があるしよ」

「それはアンタが雑魚だっただけでしょ。それに、今回は漆間の奇襲はそこまで怖くないわ。それは、前の話し合いでも言ったでしょ?」

「…………まあ、確かにそうか。こっちには、()()があるもんな」

 

 香取の言葉に、若村はそう言って頷く。

 

 この件に関しては先日の話し合いの最中に判明した内容であるのだが、とある一点の理由により状況次第ではあるが漆間の奇襲の脅威度が思っていたよりも低く見積もれる事に気付いたのだ。

 

 故に、条件さえ整えば漆間隊に関してはどうにかなる、という結論に至ったのである。

 

 無論油断は禁物だが、有効な一手を考え付いたというのは大きい。

 

 言われるまで三浦達もそれを失念していたのだが、樹里の発言でそういえば、となったのだ。

 

 そこからは、流れるように作戦が決まったと言って良い。

 

 何せ、今回の最大の懸念点である漆間隊に対して有効な策が考案されたのだ。

 

 そこさえ解決出来れば、後はどうとでもなる。

 

 そう豪語した香取の言は、決して間違ったものではないのだから。

 

「上を取れた場合のケースはこれで良いとして、問題は上を取られた場合ね。とは言っても、こっちの方が遥かに確率が高いと思うけど」

「そうだね。転送運ばかりは始まらない限りなんとも言えないけど、都合良く上を取れる前提だけで話すのも無理があるからね」

「ああ、最悪荒船隊全員に上を取られて初っ端から包囲陣形を組まれる可能性すらあるからな。漆間も誰かが隙を見せるまで動くつもりはねーだろうし、そうなったら面倒になる事は間違いねーだろ」

 

 三人の話す通り、自分達が上を取れる可能性よりも荒船隊に高所を陣取られて陣形を整えられる可能性の方が高いのは確かだ。

 

 何せ、樹里が一人で高所を取れたとしても意味がない。

 

 最低でも一人以上合流した状態でもなければ、流石に彼女の火力を解禁する選択肢は取れないだろう。

 

 幾ら樹里の()が良いからと言って、彼女は影浦のように自動(オート)で攻撃を感知出来るワケではないのだ。

 

 迂闊に両攻撃(フルアタック)を解禁すればそれこそ良い的であるし、樹里に攻めを任せるのであれば護衛となる隊員の合流は必須と言える。

 

 しかし、荒船隊は一人でも高所を取れればこちらを牽制しながら三人全員を上に引き上げる事も可能なのだ。

 

 こちらにも樹里という狙撃手がいるが、生憎純粋な狙撃手としての練度では荒船隊の方が上だ。

 

 樹里は射手から狙撃手に転向してそこまで時間が経っておらず、己の副作用(サイドエフェクト)で強引に技術面を誤魔化しているに過ぎない。

 

 彼女がそんな短期間で相応の狙撃手として振舞えているのは、あくまでも樹里の強化視覚()が疑似的な高精度の狙撃を実現させている為だ。

 

 こと、狙撃手としての基礎的な立ち回りといった面では専門でやって来た者達には劣るのが樹里である。

 

 基礎性能(スペック)が非常に高い為に目立たないが、本来彼女は狙撃手としてはそこまで高位と言えるレベルに居るワケではない。

 

 故に、狙撃手としての駆け引きや立ち回りに関しては当然荒船達に軍配が上がる。

 

 一人で高所を取ったところで、隙を狙われてやられるのがオチだろう。

 

 腕の立つ狙撃手複数人を相手にするというのは、そういう事なのだから。

 

「だから、その場合は例の作戦で行くわよ。麓郎、雄太。アンタ等の働きに懸かってるんだから、ちゃんとしなさいよね」

「ああ、分かってる。もう無様は晒さないさ」

「うん、オレもやれる事を精一杯やるつもりだよ。皆、頑張ろうね」

 

 若村と三浦は、香取の檄にそう返答し頷く。

 

 作戦については、散々話し合った後だ。

 

 今更異論などある筈もなく、あとは実践するのみ。

 

 気合十分、意気軒高な様子であった。

 

「それから、樹里。アンタも、しっかり仕事しなさいよ。状況に応じて指示は出すから、警戒は怠らないようにね」

「ん、当然。狙撃の訓練では中々勝てない先輩達に、一泡吹かせるチャンスだから。全力でやるよ。いっぱい、暴れたいしね」

 

 ニコリと、樹里は無理やり表情筋を動かして笑ってみせた。

 

 ぎこちない笑顔に見えるが、香取には分かる。

 

 これは、闘志に満ち溢れている時の樹里の眼だと。

 

 ダウナーな少女に見える樹里であるが、その実かなりの負けず嫌いで勝負となればムキになるのは昔からだ。

 

 その樹里が、此処まで闘志を燃やしているのは中々に稀だ。

 

 それだけ初のチームランク戦が楽しみなのだろうし、普段純粋な狙撃技術では勝てない先輩達に眼に物を見せてやるチャンスとなれば、やる気が溢れるのも分かる。

 

 樹里は気怠げに見えるが意外と感情的であり、何事にも無関心なように思えて凝り性で熱が籠り易い。

 

 そして、勝つ為となれば何処までもクレバーになる側面もある。

 

 それを良く知っている幼馴染(かとり)は、これなら大丈夫か、と笑みを零す。

 

 なんだかんだで、樹里と共にランク戦を戦えるのを楽しみにしていたのは彼女も一緒だ。

 

 厄介なチームが相手という煩わしさはあるが、それ以上に幼馴染の少女と再び並び立てるという喜びの方が勝る。

 

 一年以上に渡って待たされた、樹里と共に戦う試合なのだ。

 

 大規模侵攻でやったような死闘ではなく、あくまでも己の矜持と仲間の夢を懸ける健全な試合(ゲーム)

 

 それが彼女達にとってのランク戦であり、いわば学校でいう部活のようなもの。

 

 負けたところで失うものはないが、だからと言って勝ちを追及しない理由にはならない。

 

 やるからには、勝ちに行く。

 

 それが、今も昔も変わらない香取のスタンスなのだから。

 

 そんな香取の心境を知ってか知らずか、樹里は不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「半崎くんも、狙撃技術はかなりのものだし撃ち落とし甲斐があるからね。訓練で一緒になっても、まともに話した事はないけど」

 

 

 

 

「…………なんか嫌な予感したっす。ダルい」

「気の所為じゃないか、それは。虫の知らせかもしれないな、もしかすると」

 

 荒船隊、隊室。

 

 そこでは言い知れぬ悪感を感じた半崎が、穂刈相手にぼやいていた。

 

 そんな彼の様子も慣れたもので、穂刈は半崎の言い分をしっかりと受け止め助言する。

 

 穂刈は基本的に超常現象じみたジンクスは信じてはいないが、それはそれとして直感が正解を引き当てる事もある事は知っている。

 

 そして、半崎は割とその手の勘は鋭い方である事も。

 

 そこまで精度は高くはないが、得てしてこういう()()()()というものは当たるものだ。

 

 非科学的この上ないが、現実というものは人が思うよりも不確かなもので出来ている。

 

 そういう事もままあるだろう、というのが穂刈の持論だった。

 

「なんだ、木岐坂とやるってなってビビってんのか? この前、あれだけ啖呵切ったじゃねぇか」

「別に、そんなんじゃないっす。多分気の所為ですし、なんでもないですって」

「ま、気持ちは分かるけどな。確かに狙撃手としちゃそこまで怖い相手じゃないが、純粋にあのトリオン量から来る火力は脅威だしな。指揮するのが香取ってのがどう働くか次第だが、楽に勝てる相手じゃねーのは事実だからな」

 

 荒船は何処か拗ねたような半崎を相手にからからと笑い、そう言って檄を飛ばす。

 

 軽く扱っているようにも見えるが、実はそうでもない。

 

 相手の不調の原因が不確かな時は、真剣に話を聞くよりも敢えて軽い態度で接し、自然と話題を変えてやる方が巧くいく場合もある。

 

 今回もまさにそれであり、半崎の懸念が根拠のない勘の類である以上、論理的な助言など出来る筈がない。

 

 だからこそ荒船は敢えて軽く見える言動を取る事で、半崎の緊張感を緩和したのだ。

 

 相手によっては怒らせてしまう場合もあるやり方だが、彼の性格は荒船も良く知っている。

 

 半崎は常日頃から「ダルい」と口癖のように言っているが、その実上を目指す為の鍛錬に決して手を抜かない向上心の塊だ。

 

 故に、根拠のない励ましを行うよりも今目を向けるべき事に思考を誘導した方が持ち直す切っ掛けになり易い。

 

 生真面目な半崎を相手にするなら、これがパーフェクトコミュニケーションとなるワケだ。

 

 世話焼きで面倒見の良い荒船らしい、卒のない対応であった。

 

「市街地Cでいいんだな、戦うMAPは。お見通しだと思うが、向こうにも」

「前にも言ったように、下手に奇を衒えば逆にそこを突かれる可能性が高い。木岐坂はランク戦の相手としては未知数だし、漆間の性格の悪さはお前等も知ってるだろ。奇策は確かに意表は突けるが、それ以上に隙を作り易いからな」

 

 そう言って、荒船はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 確かに彼の言う通り、奇策というものは諸刃の剣だ。

 

 相手の意表を突く、という意味で時として切り札と成り得る反面、普段行わない事を実行する以上はどうしても安定性という面で課題が出て来る。

 

 そもそも、リスクが高く行う可能性が低いと思われる選択肢を敢えて選ぶのが奇策なのだ。

 

 格上殺しの方法としては有効ではあるが、決してノーリスクで行えるものでもない。

 

 その危険性を呑み込んだ上で敢えて実行に移すのもアリと言えばアリだが、決してその脆弱性は見逃してはならないのだ。

 

 荒船はそういった賭けに頼るよりは、堅実で手堅い戦術を取るタイプである。

 

 派手なアクションシーンが好きな彼であるが、思考は現実的で地に足の付いたやり方を好むのだ。

 

 そうでもなければ、新人の教導など任されたりはしない。

 

 基礎というものを疎かにする者に、上を目指す資格など手にする事は出来ないのだから。

 

「とにかく、俺等は俺等でいつも通りにやるだけだ。転送運次第だが、決して不利な戦いじゃねぇ。荒船隊(おれら)の戦いって奴を、あいつらに見せてやろうぜ」

 

 

 

 

「え、えっと、漆間くん。トリガーセットは、それでいいんだよね?」

「ええ、問題ないです。前言ったように、作戦は予定通りにやります。転送場所次第で立ち回りは変えますけど、基本はあれのままで」

 

 漆間隊、隊室。

 

 そこではいつも通り自信なさげにしている六田に対し、漆間が普段の調子で語り掛けていた。

 

 既に、作戦については話し合った後だ。

 

 なので今やるべきは最終確認程度なのだが、矢張りこの先輩の自信のなさは平常運転らしい。

 

 仕方ねーな、と内心で愚痴りつつも六田限定で発揮される配慮が漆間の中で炸裂した。

 

「あんま、心配しなくていーっすよ。六田先輩はレーダーだけ気にしてれば、後はこっちでやるんで。緊急警報(アラート)だけ見逃さないようにしてくれれば大丈夫です」

「あ、う、うん。ごめんね。わたしが並列思考とかちゃんと出来れば、もうちょっと色々出来るんだけど…………」

「別に、六田先輩に求めてるのはそこじゃないんで。並列思考が苦手な代わりに、一つの事に限定した集中力なら中々のものでしょ。前にも言わなかったです? これ」

「う、うん…………ごめんね」

 

 漆間の反論に思わずしゅんとなる六田だが、彼女は知らない。

 

 言葉こそ少し乱暴ではあるが、漆間は六田を肯定する言葉しか発していない。

 

 二宮のような論外レベルでないにしろ、漆間も言動に棘が付くのが平常運転な部分がある。

 

 流石に二宮(かれ)のように言動全てが暴言に変換されるワケではないが、言い方がキツい場合が多く何かと誤解を生みがちだ。

 

 しかし漆間は六田にだけは最大限の配慮を心掛けており、それは今も変わっていない。

 

 これ以上言っても無駄だなと経験則で知っている漆間は、更に言葉を重ねる事はしなかった。

 

 それよりも今は別の事に思考を向けさせた方が良いと、直感が訴えていたからである。

 

「とにかく、前に言ったように突然レーダーに反応があった時にはすぐに教えて下さいね。そういうの、得意でしょ」

「わ、わかった。頑張るね」

 

 うし、と漆間は六田の反応を見て満足気に頷いた。

 

 少々面倒な性格をした相手ではあるものの、漆間にとって六田は色々な意味で特別なのでこの程度の労苦は惜しまない。

 

 口には決して出さないが、彼女を誰よりも大事にしているのは確かなのだから。

 

 何があっても、決して口には出さないのだが。

 

「そういえば、今回の試合実況と解説が付くんでしたっけ。誰が付くとか、連絡来てます?」

「待ってね。えっと、はいこれ」

「さて、誰が来────────げ」

 

 そして、ついでとばかりに今回の実況解説に誰が呼ばれているのかを確認し、そのリストを見た瞬間漆間の顔色が変わる。

 

 何故なら、そこに書かれていた名前は────────。

 

 

 

 

「こんばんは。今回、実況を引き受ける事になった冬島隊オペレーターの真木理佐だ。よろしくお願いするよ」

 

 彼女の発言と共に、ブースの中が奇妙な緊張感に包まれる。

 

 そう大きな声では無い筈なのに、その少女の声は会場の中に厳かな空気と共に響き渡った。

 

 A級二位、冬島隊オペレーター真木理佐。

 

 色々な意味で恐れられている女傑が、このランク戦ROUND1の実況だった。

 

「それから、解説は暇してたトコを連れて来たウチの当真(バカ)と────────」

「どもども、よろしく頼むぜ」

 

 その隣に右隣に座るのは、彼女がオペレーターを務める冬島隊の狙撃手当真だ。

 

 彼女の圧には慣れているのか、平然と手を振って笑うその姿は特に違和感はない。

 

 少なくとも、()()()()と並んで解説が務まるだけの強心臓の持ち主である事は間違いない。

 

「────────今日の為に都合をつけてくれた、二宮隊隊長の二宮さんだ」

「よろしく頼む」

 

 その当真の隣に座るのは、色々な意味で有名な黒スーツ姿の男。

 

 B級一位部隊、二宮隊隊長二宮匡貴。

 

 圧の強い二人が並ぶ実況席からは、可視化されているかと錯覚するような重い空気がじわりと漂い始めていたのだった。

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