香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取隊Ⅰ

 

 

『全部隊、転送完了。MAP、市街地C』

 

 アナウンスと共に、戦場へ隊員の転送が完了される。

 

 一瞬の浮遊感の後、樹里は仮想の戦場へと降り立った。

 

 目の前に広がるのは、段々畑を思わせる形状の街並み。

 

 個人戦ではあまり使った事のない、特殊なタイプの地形。

 

 だが、不安は無い。

 

 何故なら、今は一人ではない。

 

 今回は、愛おしくも頼もしい幼馴染が共にいる。

 

 ならば、何を恐るる事があろうか。

 

 たとえ、面倒な性質の相手が敵であっても。

 

 この身は全霊を以て、立ち向かう者を屠っていくだけなのだから。

 

『…………こうなったか。樹里、じゃあ作戦通りに行くわよ』

「了解」

 

 香取の号令に、樹里はバッグワームを纏い駆け出した。

 

 B級ランク戦、ROUND1。

 

 樹里のチーム戦の初陣は、こうして幕を開けた。

 

 

 

 

「さあ、試合開始だ。初期位置は、荒船隊有利だね。三人中二人が、上の方に飛ばされてる」

「そーだな。逆に、香取隊は大体中腹付近ってトコか。木岐坂に関しちゃかなり下の方になっちまったし、こりゃ結構不利な配置じゃねぇの」

 

 実況席では試合映像を見ながら、真木と当真が口々に感想を漏らしていた。

 

 この観戦席側では、参加者のバッグワーム等の使用に関係なくその位置が表示される仕様になっている。

 

 故に此処からは全員の位置が丸見えであり、各々の隊員を映し出している映像もあるので撮り逃がしを心配する事もない。

 

 仮想空間の戦場という性質を利用した、観客に優しい設計であった。

 

「さて、荒船隊と漆間隊は当然開始と同時にバッグワーム使用か。けど」

「香取隊も、全員バッグワームか。意外だな。てっきり香取か三浦あたり、陽動に使うモンだと思ってたが」

「そうだね。位置をバラしたくないのは分かるが、これじゃあ荒船隊の合流は止められないだろう」

 

 そう言って、真木は眼を細めた。

 

 狙撃手部隊の荒船隊と戦術上隠密が常である漆間隊がバッグワームを使うのは、まだ分かる。

 

 しかし、予想に反して香取隊もまた全員がバッグワームを使用していた。

 

 迂闊に位置をバラしたくはない、という心理は理解出来る。

 

 だが、徒に荒船隊に時間を与えれば有利な陣形を組まれるのをみすみす見逃すに等しい。

 

 このままでは荒船隊が好きにやれる為の準備を、お膳立てするようなものだ。

 

(妙だね。以前ならともかく、今の香取隊にそれが分かっていない筈はないが)

 

 その光景を見て、真木は訝しむ。

 

 確かに、以前の香取隊であればこういった事も有り得ただろう。

 

 昔の香取隊は部隊とは名ばかりの香取のワンマンチームであり、残る二人は彼女の腰巾着以下の価値しかなかったと言って良いと真木は断じていた。

 

 当時の香取隊であれば、考え無しの行動であっても納得は出来ただろう。

 

 しかし、樹里の加入で戦力が強化され、大規模侵攻でしっかりと戦果を挙げた今の香取隊が同じ行動を取るかと言われれば明確に否だと言える。

 

 以前のままの香取隊であれば、あの戦争で結果を出す事など出来る筈もなかったのだから。

 

「…………ふん」

 

 疑問符を浮かべる真木の横で、二宮は意味深に鼻を鳴らす。

 

 その視線はモニターに釘付けになっており、全体の位置情報と隊員個々人の動きを映した映像を見比べているように見える。

 

 何故かは分からないが、その光景に一種の腹立たしさを覚えた真木であった。

 

(なんだか、二宮さんだけ状況を理解してるみたいで癪だね。そういえば、二宮隊が香取隊を指導した、なんて噂もあったんだっけ。その時の事で、後方理解者面とかしてそうだねこれ)

 

 真木は以前伝え聞いた、二宮隊が香取隊を指導した、という噂を思い出す。

 

 彼女個人は香取隊にそこまで思い入れはなく、噂を追及する程暇ではなかった為真偽確認はしていなかったのだが、この様子だと事実だったように思える。

 

 二宮の今の態度は「俺だけは分かっている」という優越感の現れのようにも思えるし、何より自分と同じくらい駄目だしを容赦なく行う彼がただ黙しているというのが気になる。

 

 いつもなら、此処で香取隊の行動に対し何らかの指摘が入る筈だ。

 

 それがない、という事は彼の眼から見て香取隊は間違った行動を取っていない事の証明になる。

 

「…………矢張りな」

 

 ぼそり、と呟いた二宮の声を真木は聞き逃さなかった。

 

 同時に、彼女も気付く。

 

 香取隊が、何を考えていたのかを。

 

「成る程。そう来るのか」

 

 

 

 

『動かないな、香取隊は。誰か一人は来ると思ってたんだが、陽動に』

「ああ、妙だな。てっきり香取か三浦あたり、囮を兼ねて位置を喧伝して来るモンだとばかり思ってたんだがな」

 

 荒船隊もまた、香取隊の行動には訝しんでいた。

 

 他に前衛で戦うチームがいる普段のランク戦ならばともかく、今回は狙撃手部隊の自分達と隠れて戦うのが常である漆間隊という組み合わせだ。

 

 この二部隊がバッグワームを解かずに不意打ちを狙うのが基本戦術である以上、香取隊まで右倣えをしていては試合は膠着状態に陥る。

 

 そうなれば自分達は好きに高所に陣取る事が出来るし、漆間に時間を与えればどんな手を使って来るか分かったものではない。

 

 故に香取隊までバッグワームを使っている現状は、こちらの有利にしか働かない筈なのだが。

 

(香取隊への評価が、過大だったって事か? いや、そんな筈はねぇ。俺は、あいつ等の頑張りを直で見てる。あの一週間や大規模侵攻を経て成長したあいつ等が、何の考えもなくこんな真似をする筈はねぇ)

 

 荒船は、狙撃手としての腕を買われ香取隊が対樹里の為に志願した二宮隊の指導の手伝いを行っていた。

 

 その時に香取達の頑張りは見ているし、見事に樹里を倒してのけた手腕も目撃している。

 

 その荒船からすれば、彼女達が何の考えもなしにこんな行動を取るとはとても思えなかった。

 

 何かある。

 

 そう考えた荒船の思考は。

 

 直感に従い、オペレーターに通信を繋いだ。

 

「加賀美。香取隊に動きはないか?」

『う、うん。今のところ、レーダーには何も映ら────────────────あ、今反応が…………っ! って、消えた…………?』

 

 通信の向こうで、少々困惑している様子の加賀美が何かに気付いたように驚いた声をあげる。

 

 それを聞き、荒船は眉を顰めた。

 

「どうした?」

『えっと、今レーダーに一瞬反応があったんだけどすぐに消えちゃったの。これ、どういう────────』

「…………っ! 場所は…………っ!?」

『荒船くんのいる区間の、一つ下の道路のあたりだよ。今、場所を表示するね』

 

 そう言って加賀美が荒船の視界に、今反応があったという場所を示すMAPを映し出す。

 

 それを見た荒船はチッ、と思わず舌打ちした。

 

 香取隊が、何をしているのか。

 

 今、それが分かったからだ。

 

「加賀美、()()()()()だ。若村か三浦のどっちかが、バッグワームとカメレオンの切り替えで上を目指してやがる。あいつ等はこっちが上を取る事なんて、最初から織り込み済みだったって事だっ!」

 

 

 

 

「成る程、カメレオンを使って道路を渡って上を目指すのか。単純と言えば単純な内容だったが、確かにこりゃ有効だ」

 

 解説席でそれを見ていた当真は成る程、と頷いた。

 

 香取隊の動きを俯瞰視点で見ていた実況席からは、今何が起きたのかを明瞭に理解出来たのだ。

 

 カメレオン。

 

 風間隊の代名詞として有名なそのトリガーを、若村と三浦は積んでいる。

 

 特殊な性能を持つ為に使用者が少なく、B級中位戦ではとあるチームを除いて相対する事のないであろうそのトリガーの能力は、いわば光学迷彩だ。

 

 自身の姿を透明化してしまうこのトリガーは、一見すれば強力極まりない理不尽な戦法を可能とする事から一時期ランク戦で流行した事がある。

 

 しかし、その流行りはすぐに廃れた。

 

 このカメレオンというトリガーは、あまりにも性質がピーキーに過ぎたからだ。

 

 確かに、自身の姿を隠してしまえるというのは強力だ。

 

 されど、カメレオンには無視出来ない弱点があった。

 

 それは、使用中他のトリガーが一切使用出来ない、というものだ。

 

 つまり、透明化している間は攻撃を行うどころか、シールドを張る事もバッグワームを使って位置を隠す事も出来ない。

 

 故に発動中に攻撃を受ければ、防御をする事も即座に反撃に移る事も不可能。

 

 これを用いて結果を出したのは菊地原という視覚に頼らない感知手段を持つ風間隊のみであり、他部隊はそのピーキーな性能を扱い切れずに終わる事になった。

 

 だからこそ、荒船隊は失念していた。

 

 この市街地Cに於いて、安全に上に上がる手段があるのだという事を。

 

 市街地Cは段々畑のような形状の街並みが広がっており、上に上がる為には必ず道路を通過する必要がある。

 

 その道路は上からは丸見えであり、高所を取る事さえ出来れば誰が上がって来ようとその居場所を捕捉出来る。

 

 だからこそ最初に高所を取ったチームが情報面で圧倒的なアドバンテージを獲得する事になり、上を取れるか否かがこのMAPでの勝敗の分かれ目と言える。

 

 しかし、高所からの視認という方法を潜り抜ける方法が一つあるのだ。

 

 それは、カメレオンを用いての道路の横断である。

 

 バッグワームを用いて主な移動を行い、道路を通過する時のみカメレオンを使用して高所からの視認を防ぐ。

 

 言葉にしてみれば単純明快だが、このMAPで荒船隊と対する上ではこれ以上なく明瞭な解答と言えた。

 

「確かにこれなら、リスクを軽減しつつ高所に向かう事が出来るね。荒船隊は一方的に高所を取れれば強いが、近くに敵が潜んだ状態で迂闊に撃てばそのまま寄られて終わりだ。荒船隊長なら弧月っていう対抗手段があるが、他二人はどうしようもないからね」

「そーだな。狙撃手は普通、寄られたら負けだかんな。俺等のトコみたいに脱出手段があるなら別だが、敵が近くにいる状態で撃つのは自殺も同然だ。このまま香取隊に上に辿り着かれれば、荒船隊は一気にキツくなるな」

 

 そして、荒船隊の陣取る高所に敵が辿り着けば、彼等の優位は瓦解する。

 

 狙撃手は基本的に、近付かれれば終わりだ。

 

 彼等の扱う狙撃銃はライトニングを除き一度撃てば再装填(リロード)が完了するまで使えないし、そもそも荒船隊はイーグレットしか狙撃銃を装備していない。

 

 つまり、たとえ高所に陣取っていても近くまで敵の接近を許した状態で狙撃を敢行すれば、そのまま近付かれて仕留められる事になる。

 

 若村や三浦は単独で見ればそこまで脅威と言える駒ではないが、彼等は銃手と攻撃手。

 

 少なくとも荒船以外の二人は、接近された時点で為す術がない。

 

 カメレオンというトリガーの性質を利用した、巧い手であると言えた。

 

「少なくとも、徒に位置を晒して囮になるよりは余程効率的だな。荒船隊が狙撃手チームである以上、これである程度動きを限定させられるからな」

 

 そう言って、ドヤ顔で語るのは二宮である。

 

 如何にも「自分だけは分かっていた」という風だが、彼には直接香取隊を指導したという実績がある。

 

 犬飼(つうやく)の存在が必須だったとはいえ、彼等にどういった教導をしたかは二宮の視点で理解している。

 

 故に彼等の行動パターンを読み解くのはそう難しい事ではなく、だからこそ初手バッグワームを使用した時点でこの展開が読めていたのだろう。

 

 恐らく彼はドヤ顔をしている事すら気付いていないだろうが、その言動には何処か誇らしさが滲み出ていた。

 

 真木はそんな彼に突っ込みを入れたいという衝動に駆られはしたが、今そんな真似をすれば実況がおざなりになってしまうと考えぐっと堪えた。

 

(試合の後、じっくり詰めれば良いか)

 

 尚、突っ込む事自体は諦めていないあたりが真木らしいと言える。

 

 その時の横顔を目撃してしまった当真は青褪めるが、彼女としては知った事ではない。

 

 既に切り替えを済ませた真木は、モニターを見て目を細めた。

 

「ただ、このまま好きにやらせる程荒船隊も甘くはない。この後どうなるか、見ものだね」

 

 

 

 

『半崎、次にレーダーに反応があったら加賀美から伝えさせる。恐らく道路を横断した直後にバッグワームを纏い直すだろうから、そこを狙え。出来るな?』

「問題ないっす。加賀美先輩が予想出来るルートも表示してくれたんで、ちゃんと決めますよ」

 

 半崎は荒船の指示に対し、静かに頷いた。

 

 カメレオンを使って上に移動している、というのを聞いた時には驚いたが、説明されてみれば何の事はない。

 

 B級中位ではカメレオンの使い手と当たる事はそう無い為失念していたが、そもそもそのトリガーをセットしている者であればこの試合にも参加していたのだ。

 

 ()はこんなリスキーな手を取るよりも安全な場所で待ち構える方策を取る事が多い為に思い至りはしなかったが、タネさえ分かればどうとでもなる。

 

 カメレオンを使用したままでは、バッグワームは使えない。

 

 発動するだけでトリオンを消費し、レーダーから丸見えの状態になるカメレオンは出来れば可能な限り使用時間を短縮したい筈だ。

 

 だからこそ、カメレオンを解除した隙を狙う。

 

 向こうがカメレオンで道路を横断すると分かってさえいれば、レーダーに映った場所から大まかな位置を特定する事は可能だ。

 

 現在、半崎はMAP上でもかなり高い位置に陣取っている。

 

 此処からなら、何処を通ろうが見逃す事はないだろう。

 

 あとは、そのカメレオンを解除するタイミングを狙って狙撃すれば良い。

 

 荒船はその為に道路の近くに控えてくれているし、穂刈も高所から眼を光らせている。

 

 しくじりはしない。

 

 半崎はいつも以上のやる気を以て、その時を待ち構えた。

 

『レーダー映ったっ! 場所を送るよっ!』

 

 そして、加賀美からレーダーに反応があった場所を送信される。

 

 それを見て、半崎はその反応を頼りにその近辺をじっと見据える。

 

(居た…………っ!)

 

 レーダーの反応が消えた、その直後。

 

 半崎のスコープ越しの視線の先に、空間から溶け出すように現れた三浦の姿があった。

 

 その瞬間、半崎は即座に引き金を引く。

 

 一発の弾丸が、正確に三浦の眉間を撃ち抜くべく放たれる。

 

「え…………っ!?」

 

 だが。

 

 それが、標的を捉える事はなかった。

 

 三浦はそれが分かっていたかのように、身を屈めて回避したからだ。

 

 有り得ない。

 

 今、攻撃を察知されるような予兆は何も無かった筈だ。

 

 一体、何故。

 

 そう疑念を浮かべた、次の瞬間。

 

「え…………?」

 

 突如として家屋の隙間から飛来した弾丸が直撃し、半崎の頭部が撃ち抜かれる。

 

『トリオン供給脳破損。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 ワケが分からないまま機械音声に脱落を告げられ、半崎のトリオン体は崩壊。

 

 光の柱となって、戦場から消え去った。

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