香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取隊Ⅱ

 

 

「カメレオンを解いた三浦を狙った半崎だけど、攻撃を躱された上で狙撃されて緊急脱出(ベイルアウト)。やったのは、木岐坂だね」

「…………マジかよ、あいつ…………」

 

 淡々とした真木の説明の横で、当真が固まった表情のまま冷や汗を流す。

 

 黙ってそれを見ていた二宮の頬は不機嫌そうに顰められており、耳を澄ませば舌打ちの音が聴こえて来そうだ。

 

 冷静に説明する真木でさえも眼を見開いている様子なのだから、今起きた事がどれだけ大概かは察して余りあるというものである。

 

「当真。見間違いでなけりゃ建物の隙間なんかを通して狙撃をしたように見えたけど、合ってるかい?」

「あ、ああ、合ってるぜ真木ちゃん。あいつ、あんな真似が出来────────」

「当真」

「はい」

「説明」

「了解しましたっ!」

 

 ビシッ、と思わず敬礼を返しながら当真はジト目で睨みつける真木に返答する。

 

 彼には分かる。

 

 今のは、従わなければヤる眼だと。

 

 彼女の怖さを骨の髄まで理解している当真にとって、此処で真木に従わないという選択肢は有り得なかった。

 

 だって、怖いし。

 

 そんな台詞が想起されるかのような有り様で、当真は粛々と己の役目を全うするのであった。

 

「今、木岐坂は建物と建物の間や家に空いた穴なんかを通して、半崎に狙撃を当てたんだよ。普通ならありえねー狙撃ルートだから、半崎も何が起きたか分からなかったんじゃねーかな」

「当真、アンタなら出来るかい?」

「眼の届く範囲ならな。俺は木岐坂程()が良いワケじゃねーから、悔しいが最大射程じゃあっちが上だ。狙撃手としては、負けるつもりはねーけどな」

 

 そう言って、当真はふぅ、とため息を吐いた。

 

 そして、何かを思い出すように宙を仰いだ。

 

「木岐坂は、狙撃手としての練度はそこまで高くねぇ。狙撃手に転向して日が浅い分、どうしたって技術面は他の連中に劣る。実際、狙撃手の合同訓練じゃ立ち回りが分かり易いからある程度経験積んだ奴ならあしらうのはそう難しくなかったしな」

 

 けど、と当真は続ける。

 

「あいつは()()()()上に、豊富なトリオンにあかせた滅茶苦茶な射程距離がある。普通の狙撃手なら狙わないようなルートやまず届かないだろう距離でも、あいつは当てて来るのさ」

 

 彼の言う通り、樹里には副作用(サイドエフェクト)による恩恵と豊富なトリオンに支えられた超々遠距離狙撃能力がある。

 

 サイドエフェクト、強化視覚によって樹里は遠くの物の配置を細部まで見通し、一見射線が通らないような場所でも強引に狙撃を敢行して来る。

 

 加えて、出水と同値という豊富なトリオンによって引き延ばされた射程は他の追随を許さない。

 

 狙撃手としては未だ未熟だが、持ち得る能力を駆使して理外の狙撃を実現させる者。

 

 それが木岐坂樹里という、特異な狙撃手の性質だった。

 

 二宮が黙りこくっているのは、自分の眼から見ても樹里が己の才覚を狙撃手として活用しているのが面白くないからであろう。

 

 彼は未だに樹里が狙撃手になった事を快く思っておらず、何かの拍子で射手に戻らないかとも考えている。

 

 そんな彼からすれば、今の状況は樹里の選択が結果的に正解だったのだと肯定するようで少々癪なのである。

 

 色々と誤解を振り撒き易い二宮であるが、同時に子供っぽい意地を張る所もあるのであった。

 

「じゃあ、三浦や若村が何故か()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、そういう事かい?」

「だろーな。あいつ等がバッグワームを着て動き回ってた本当の目的は、上に向かう事なんかじゃねぇ。木岐坂の射線を確保して、あいつがいつでも上の連中を狙えるようにする為だったってワケだ」

 

 何せ、と当真は続ける。

 

「木岐坂の能力からすれば、M()A()P()()()()()()()()だ。お膳立てさえしちまえば、何処からでも相手を狙い撃つ事が出来るんだからな」

 

 

 

 

『────────すいません。何がなんだか分からない内にやられちゃいました』

「いや、流石に今のを予想しろっつーのは無理だろ。まさか、木岐坂の奴がこんな真似を出来るなんて分かるワケねーからな」

 

 荒船はそう言って、通信越しに謝罪する半崎を労った。

 

 半崎がやられた、と聞いた時はまさか近くに樹里がいたのか、と思いもしたが話を聞けばそう単純な話でもなかった事を理解したのだ。

 

 彼が言うには、半崎を撃ち抜いた弾丸は家と家の隙間を縫うようにして下方から放たれたものだったという。

 

 しかも、半崎の眼から見ても発射地点が何処かは分からなかったらしいのだ。

 

 彼等はMAP選択権を持つチームであった為、最初からこの市街地Cの構造は頭に叩き込んである。

 

 何処に何があるかは把握しているし、射線が通る場所も当然理解している。

 

 その彼等から見て、その弾丸は到底射線が通るとは思えない軌道で飛んで来たのだ。

 

 彼等の記憶通りであれば、その射線の先には複数の家屋が連なっていた筈だ。

 

 壁抜き狙撃を行うには威力の高いアイビスを用いる必要があるが、あちらはイーグレットと比べれば射程は短い。

 

 半崎のいた位置は、MAP上層の端に近かった。

 

 あそこに狙撃を到達させる為にはイーグレットであっても中層より上にいなければならないし、アイビスを使うなら更に近付く必要がある。

 

 しかし上層にいた半崎や穂刈の眼から見てもその範囲に樹里の姿は確認出来なかったし、三浦や若村と違いカメレオンを使用しない彼女が隠れて上に向かう事も出来なかった筈だ。

 

 故にどうやって狙撃を届かせたのかは謎だったが、荒船はそれもたった今理解した。

 

「…………まさか、わざわざ壁を壊しておいて射線を確保させてたなんてな」

 

 荒船の目の前には、明らかに人為的に壊された家屋の壁がある。

 

 下方を見ればすぐ下にも同様に窓や壁の一部が壊された家が存在し、良く見ればあちこちに同じ光景が散見出来る。

 

 今、彼がいるのは三浦が先程通ったと思われる場所だ。

 

 荒船は事態の究明の為に一時上に向かう事を放棄してこの場に急行し、樹里が狙撃を実現させたカラクリを理解するに至ったのだ。

 

 普通、幾らバッグワームを付けているとはいえ居場所を捕捉されていない状態でわざわざ家屋を破壊して通り抜けるのは非効率だ。

 

 敵に追われて急いでいるのならともかくとして、いちいち通り道にある家屋の壁を壊して回る、なんて事は余計な手間ばかりが増えて時間がかかるだけである。

 

 しかし、これを見る限り三浦達は自分達が通る個所の殆どで同じ事をやっている。

 

 加えて言えば、人が通り抜ける為と思われる大きく壊された場所だけではなく、明らかに腕が入るどうかというサイズの穴さえ垣間見えた。

 

 それを見るに、単にショートカットを実現させる為だけにこんな事をしたワケではないのは明らかだ。

 

 何故、こんな真似をする必要があったのか。

 

 それは、先程の半崎の事を思えば見えて来る。

 

「壁に穴を空けて回って、強引に木岐坂の射線を確保してたってワケか…………っ!」

 

 即ち、樹里の射線の通るルートを各所に確保する為だ。

 

 樹里は、強化視覚という副作用(サイドエフェクト)を持っている。

 

 簡単に言えば文字通り視力が極限まで強化されて遠くまで肉眼で見れるようになる、というものであるが、これは狙撃との相性が極めて良いのだ。

 

 何せ、スコープなしの状態で数キロ先の光景すら余裕で見通す事が出来る上に、遠くの場所までまるで目の前にあるかのような状態で視認する事が出来るのだという。

 

 これは彼女が狙撃手に転向した後、忙しい佐鳥に代わって多少の手解きをした荒船が樹里本人から聞いた事なので間違いはない。

 

 但し、その荒船でさえも把握していなかったのは彼女の強化視覚の()()()()()である。

 

 裸眼の状態で遠くの場所の正確な配置を視認出来る、という事は。

 

 即ち、そこに至るまでの()()()()()()()()()()()()()()()という事に他ならない。

 

 家屋に空いた穴や、開かれた窓。

 

 更には家と家の間にある細い路地や、壁の隙間。

 

 そういった情報でさえも、まるで目の前にあるかのように樹里は視認する事が可能なのだ。

 

 故に、普通の狙撃手であってもまず把握出来ないルートからでも狙撃を通す事が出来るのである。

 

 三浦達が壁を壊して回っていたのは、そうする事によって樹里の射線の通る道を複数確保する為だったのだ。

 

 半崎の狙撃を回避出来た理由はまだ分からないが、これは恐らく当たっている筈だ。

 

 確かに半崎や穂刈は上層の高い位置を確保し、MAPの殆どを俯瞰視点で把握する事が可能であった。

 

 しかし、スコープ越しでの視認である為流石に樹里のような精度で情報を得るのは無理があるし、取得できるのは視覚情報だけだ。

 

 つまり、離れた場所で壁が壊れた音などは、派手な銃撃音でもない限り分からないのだ。

 

 荒船の見た限り壁の穴は弧月による斬撃か体当たりによって空けられており、銃は使われていない。

 

 要するに、彼等は遠くまでは音が響かない事を良い事に、バッグワームとカメレオンを駆使しながら各所の家屋に穴を空けて回っていたワケだ。

 

 そうする事によって樹里の射線を確保し、下方から直接こちらを狙い撃てるように。

 

 彼等の目的は、上層に辿り着いてこちらの動きを抑止する事などではない。

 

 一つでも多く樹里の射線が通るルートを開拓し、直接自分達を狙えるようにする為であったのだ。

 

 イーグレットは、トリオン量に応じて()()()()()()

 

 樹里の豊富なトリオンを用いれば、恐らくはMAP全域に近い射程距離を実現する事が出来るだろう。

 

 彼女のいる位置は未だ判明はしていないが、恐らく上層にはいないだろうという確信はある。

 

 荒船が探しても見つからなかった事から、恐らく中層にもいない。

 

 樹里は狙撃手としての立ち回りの習熟度は未だ発展途上である為、隠密能力自体はそう高くはない。

 

 少なくとも狙撃手の合同訓練では、隠れ場所を容易に推測されて発見されていた。

 

 荒船も他の狙撃手に比べれば今のポジションに就いてからは浅い方だが、それでも立ち回りの基本は網羅している。

 

 今回は穂刈達からの報告で樹里が建物の屋上にいない事は分かっていた為、荒船が探して見付けられなかった以上は近くにはいないだろう。

 

 故に、樹里がいるとすれば恐らくは下層。

 

 それも、かなり下の方にいるのではないかと荒船は見ている。

 

 自分達の転送位置や、三浦の発見位置などから考えて香取隊の残るメンバーは中層より下にいる可能性が高かった。

 

 転送位置は一定の間隔を保った上でランダムに決定される為、自分達の位置から考えればある程度他のチームのメンバーがどのあたりに転送されたかは推測出来る。

 

 あくまでも大まかな指針である為詳細な場所まで把握出来るワケではないが、大体どのあたりに転送されたか、というのは当たりを付ける事は出来る。

 

 オペレーターの加賀美にも確認を取り、ある程度初期転送位置の推測を立てる事自体はやっていたのだ。

 

 それらを鑑みても、樹里がMAP下方にいる可能性は相応に高い。

 

 普通であればそれは朗報の筈であるが、こうなって来ると最早凶報に近い。

 

 何故ならば。

 

 自分達と彼女とでは、決定的に異なる部分があるのだから。

 

「場所によっちゃ、俺等のイーグレットでも届かねぇな。あの野郎、射程距離を活かして一方的に攻撃する為に敢えて下層に留まってたってワケか…………っ!」

 

 

 

 

『木岐坂さんの大体の位置、分かったよ。多分、MAPの最下層。ほぼ端っこにいると見て良いと思う』

「やっぱりか。ったく、マジで反則的な手を使ってやがんな」

 

 漆間は六田からの報告を受け、一人愚痴る。

 

 半崎が樹里にやられた事は、漆間も把握している。

 

 そして、それがどうやって行われたのかも偶発的事象によって理解出来ていた。

 

 何故なら、漆間が移動している最中に不自然に塀に空いた穴から向かいの家屋の壊れた窓を通る形で弾丸が通り抜けたのを偶然にも目撃していたからだ。

 

 樹里の副作用(サイドエフェクト)については、そこまで詳しくはないが存在は把握している。

 

 視力が超絶に強化されている、とは耳にしていたがまさかあんな曲芸のような真似まで出来るとは思わなかった。

 

 その光景に危機感を覚えた彼は六田に弾丸の軌道やこれまで得られた情報を伝え、そこから樹里の大まかな位置を逆算させたのだ。

 

 結果、樹里は恐らくではあるがこの市街地Cの最下層────────────────つまり、MAP境界線ギリギリに位置する場所にいるであろう事が分かった。

 

 普通であれば、そんな端で出来る事など何もない。

 

 だが、相手が樹里であれば話は変わる。

 

 樹里には出水と同等という豊富なトリオンがあり、狙撃銃であるイーグレットはトリオンに応じて射程が上がる。

 

 加えてサイドエフェクトによって遥か遠くの光景まで詳細に視認出来るとなれば、MAP全域が射程範囲内と言っても過言ではないだろう。

 

 加えて、壁の穴や家屋の隙間を通る形で射線を通して来る以上、彼女の狙撃は非常に察知し難い。

 

 上層に陣取っていた半崎が、狙撃に気付けなかった事がそれに拍車をかけていた。

 

 何せ、普通なら射線が通らないであろう場所を通過して弾丸がいきなり出て来るのだ。

 

 幾ら熟練の狙撃手とはいえ、自分の常識外のそんな弾道を予測しろというのは無理がある。

 

 こうなると、最下層にいるのは最早デメリットでもなんでもない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、凶悪極まりない立ち回りを実現するメリットでしかないのだ。

 

 樹里の副作用(サイドエフェクト)と豊富なトリオンを利用した反則とも言える立ち回りだが、やられた方がたまったものではないだろう。

 

 恐らくは今頃、荒船達は頭を抱えている筈だ。

 

 何せ、タネが分かっても明確な穴など無いゴリ押しに近い戦術なのだから。

 

『ど、どうする? 下に行って、樹里ちゃんを直接狙う…………?』

「いや、これどう考えてもオレに来いって誘ってるでしょ。場合によっちゃ香取が護衛に付いてるかもしんねーし、そうでなくても木岐坂の()を掻い潜れるかはかなり不安だしな。妙に嫌な予感はするし、止めとく」

 

 そして、漆間の眼から見ても今の樹里を狙うという判断は有り得なかった。

 

 各所に強引な方法で樹里の射線を確保されている以上、下手に彼女に近付くような真似をすれば瞬く間に位置を見抜かれて攻撃されるだろう。

 

 樹里があんな芸当まで出来ると判明した以上、彼女を直接狙うのは賭けどころか無謀に近い。

 

 加えて、試合前から感じていた嫌な予感がどうしても漆間には拭えなかった。

 

 迂闊に樹里に手を出せば、間違いなく後悔する。

 

 そんな予感が、今の彼の中にはあったからだ。

 

(となると、オレが狙うべきは────────)

 

 故に、漆間は樹里を狙う案を早々に却下。

 

 この場での最適解を導き出す為、六田と会話を交わしながら思案を進めていった。





 柴猫侍さんより今作「香取隊の狙撃手」のタイトルロゴを描いて頂きました。

 使用許可を頂いたので、ツイッターの更新報告にも載せてあります。感謝感激の嵐なのです。

 
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