香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取隊Ⅲ

 

 

『樹里、穂刈先輩は見つかった?』

「まだ。半崎くんより、隠れるのが巧いみたい。やっぱり狙撃技術はともかく、立ち回りでは半崎くんより上だね」

 

 瞳に遠くの景色を投影しながら、樹里は香取の問いにそう答える。

 

 視力補正効果のない頭部のスコープサイト越しにMAP上層を見回している彼女の眼には、まるで目の前に存在するかのように遠方の光景が映し出されていた。

 

 現在彼女のいる場所は、MAP最下層。

 

 フィールド境界線ギリギリの場所に近い位置に、樹里は陣取っていた。

 

 その手に持つのは、イーグレット。

 

 スコープを取り外した狙撃銃を構え、いつでも撃てる体勢を維持しながら樹里は至る所に視線を向けていたのだった。

 

 当初、この近くに飛ばされた時は少々ぶーたれていたが、今はそれもない。

 

 むしろ、半崎を見事倒した事で気力充実し、極めて機嫌が良いと言っても良い。

 

 狙撃手の訓練では記録を超える事は出来なかった相手だが、こうして一泡吹かせる事に成功した事で樹里は充分に満足していた。

 

(あと、二人)

 

 だが、まだだ。

 

 荒船隊は、狙撃手はまだ二人残っている。

 

 流石に残る二人は軽々に動くような相手ではないが、それならそれでやりようはある。

 

 痺れを切らすようならそこを狙うし、そうでなければ────────。

 

「葉子。まだ?」

『もう少し様子を見るわ。少しは我慢しなさい』

「…………分かった」

 

 求めていた返答がなく不満だったものの、隊長は香取だ。

 

 彼女に従うと決めた以上、不義理はしない。

 

 不満ではあるが、これが必要な事だと理解はしている。

 

 チームランク戦に於いては、自分は素人同然。

 

 故に、これまでの戦績はともかくとして多くのランク戦をこなしてきた香取に従うのに否やは無い。

 

 少なくとも学習を終えるまでは、彼女の方針に沿って従順に動くつもりであった。

 

 今の状態では、進言をしてもあまり説得力はない。

 

 まずは経験を積み、チームランク戦のノウハウを理解する事こそ肝要。

 

 暴れるにも、準備というものが必要なのだから。

 

「葉子、まだ?」

『────────あと少しだから、ちょっとは待ちなさいってのっ!』

 

 但し、不満は不満なのである。

 

 樹里は通信の向こうの香取の怒声を聴きながら、小さく溜め息を吐くのであった。

 

 

 

 

「どうやら、軽々に動くつもりはどちらもないようだね。少し、膠着して来たか」

「ま、あれを見せられた後じゃ無理もねーな。当然っちゃ当然か」

 

 当真はそう言い、真木の言葉を肯定する。

 

 試合は膠着状態の様相を呈しており、観戦しているC級は少し退屈そうに見ている。

 

 こういった読み合いを見るのもランク戦の楽しみの一つなのだが、様々な意味で青過ぎる彼等にはまだ早かったようだ。

 

 派手な戦いだけが醍醐味というワケではないのだが、それを理解するには相応の経験が必要だろう。

 

 絵面的に動きが無いのは確かなので、気持ちは分からなくもないのであるが。

 

「香取隊に時間を与えちまったのが痛かったな。多分、結構な数の()()()を確保されちまってる筈だ。下手に動けば、即座にやられるだけだろ」

「だろうね。三浦と若村が作った人工的な射線を通じて、木岐坂はいつでも上を狙い撃てる状況だ。しかも、荒船隊からは木岐坂に攻撃が届かない。下手に動けば、そこを狙われて終わりだ」

「もし諏訪さんがいたら、クソゲーじゃねぇかって言いそうだな。まあ、完全に同意するしかねーけどよ」

 

 当真はそう言って、眼を細める。

 

 狙撃手としての練度に於いては、樹里に負ける事は有り得ないと思っている。

 

 しかし、こうまで独自性の高い戦法を披露されて、心がざわつかない程彼は枯れてはいない。

 

 樹里個人の能力に依存した反則も良いところの戦術だが、それでも一つの方策として成立している以上対策は必須だ。

 

 以前ならば有り得なかったが、今の香取隊は充分にA級を狙える潜在能力(ポテンシャル)があると当真は見ている。

 

 ならばその時に備えて、対策を練るのも悪くはない。

 

 そもそも、黒トリガー争奪戦に於いて当真は樹里に撃破されている。

 

 あれは佐鳥が指揮を執った結果であり、彼に負けたようなものではあったが。

 

 それでも、負けは負けだ。

 

 その事はしっかりと根に持っているので、何かしら機会があればリベンジをするつもりではあった。

 

 ベテランの狙撃手の矜持として、負けっぱなしでいるワケにはいかないのだから。

 

「そういや、漆間は全然動かねーな。てっきり、木岐坂か三浦あたりを狙いにいくもんかと思ってたが」

「あいつはそこまで迂闊じゃないさ。木岐坂が何の備えもなくああしているワケじゃない事くらいは察してるだろうし、下手に香取隊を狙えば木岐坂の弾が飛んで来る」

 

 それに、と真木は続ける。

 

「恐らく今の木岐坂の引き金は、相当に()()だろうからね。隠密能力に特化した漆間でも、あいつの援護込みで襲われたらひとたまりもないだろうさ。それを分からない漆間じゃない」

「けど、このままじゃジリ貧だぜ? きつい状況なのは確かだけどよ。此処からどうやって、漆間は点を取るつもりなんだ?」

 

 当真の言う通り、このまま動かなければ漆間に点を取る機会は訪れない。

 

 漆間隊は戦闘員が一名のみの部隊である以上、先程香取隊がやったような一人を囮にして別の隊員がそこを狙う、といった戦法が取れない。

 

 どんな状況も独力で解決しなければならない以上、他の部隊と比べて切れる手札の種類がそう多くはないのだ。

 

 個人で集団戦に挑むというのは、そう簡単な事ではないのだから。

 

「あいつは、忍耐を知ってる。多分、機会を狙って待っているんだろうさ。このまま、何も起こらないワケがないからね」

「そうだな。敵が動かないのであれば、動かざるを得ない状況に追い込めば良い。木岐坂には、いや────────────────今の香取隊なら、それが出来る」

 

 それまで黙っていた二宮が、唐突に話し出す。

 

 彼は画面をいつもの仏頂面で見つめながら、無自覚なドヤ顔で告げる。

 

「隠れている獲物を炙り出すくらい、今のあいつ等にとってそう難しい事ではないからな」

 

 

 

 

(動けないな、これは。荒船が来るまで待つしかないな、少なくとも)

 

 穂刈は建物の屋上から眼下の街を俯瞰しながら、一人ため息を吐いた。

 

 戦況は、ハッキリ言って最悪と言って良い。

 

 三浦や若村はカメレオンとバッグワームを駆使して上がって来ているし、下手に動こうものならそこを樹里に狙われて終わりだ。

 

 自分達と樹里とでは、保有しているトリオン量が違う。

 

 イーグレットは射程・弾速・威力共に高水準な傑作トリガーであり、多くの狙撃手が愛用している。

 

 これ一つあれば事足りると、他の狙撃トリガーはセットせずこれ一本だけを持って戦いに臨む者も多い。

 

 穂刈もそうした人間の一人であり、イーグレットの性能に不満を感じた事などない。

 

 イーグレットは充分に離れた場所から敵を狙い撃つ事が出来る射程を持っているし、威力も広げたシールド程度なら易々と貫通する。

 

 弾速もそう悪いものではなく、ライトニングのような連射は利かないがそもそも狙撃とは一発で決めるものだ。

 

 穂刈に言わせればライトニングは狙撃銃としての特性を持たない、亜種のようなものと言える。

 

 基本的に、狙撃とは最初の一発をどう当てるか、が最も重要視される。

 

 狙撃手は自身の位置を隠した状態で不意を打てる事こそが最大の強みであり、位置バレした狙撃手など大した脅威ではない。

 

 故に、撃ってもシールドで容易く防御されてしまうライトニングは狙撃手の本懐を遂げるのに不向きなトリガーと言える。

 

 連射が利き弾速が速いので寄られた時の牽制には使えるが、そもそも狙撃手は寄られた時点で真っ向から敵を撃退する手段などない。

 

 例外的存在の東やスイッチボックスという逃走手段がある当真はともかくとして、位置を割られ近付かれた時点で狙撃手は詰みなのだ。

 

 無論状況によってはやりようはあるが、そもそも見つかった時点で逃げの一手を打たない狙撃手は馬鹿でしかない。

 

 撃った後、走る。

 

 これは狙撃手の基本とも言える動きであり、狙撃手になった後最初にレクチャーされる事でもある。

 

 狙撃手になったばかりの者の中には近付かれた時の為に近接専用のトリガーも装備しておくべきではないか、と言う者もいるが穂刈からしてみればナンセンスだ。

 

 まず、狙撃手というものは他のポジションとは異なる独自の技術系譜(スキルツリー)が存在する。

 

 遠距離の標的に当てる狙撃能力は勿論として、敵の眼から隠れる隠密能力。

 

 そして適切な狙撃位置を確保する判断力に、撃った後の立ち回り方。

 

 高所からの俯瞰情報の中で必要なものを取捨選択する能力に、敵の狙撃手の動き方に関する洞察力。

 

 更にはいざという時の機転や、盤面を正確に把握しそれに応じた適切な行動等、覚えるべき内容は多岐に渡る。

 

 それを習得するのは並大抵の労苦ではなく、ハッキリ言って他のトリガーの練習をしている暇があるなら狙撃手としての技巧の習得にこそ時間をかけるべきだ。

 

 これらは一朝一夕でマスター出来るような生易しいものではないし、そもそも狙撃の技術に果てなどない。

 

 半崎がそうであるように、他から見れば充分な技術を持っていようが、上には上がいるのだ。

 

 故こそ彼は修練を怠る事なく続けているのであり、他のトリガーに浮気する暇など無いと断言するだろう。

 

 荒船は攻撃手から狙撃手になった変わり種である為例外だが、基本的に真っ当な狙撃手なら他のトリガーに手を伸ばしたりはしないのだ。

 

 だからこそ狙撃手はイーグレットの扱いをこそ最重要視するし、穂刈もその特性は熟知している。

 

 故に。

 

 今の樹里のイーグレットがどれ程の脅威であるのかも、理解しているのだ。

 

 イーグレットは、長大な射程を持つ。

 

 殆どの狙撃手が「そういうものだ」として深くは考えない部分であるが、イーグレットには明確な特徴がある。

 

 それは、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

 即ちイーグレットの射程は、所有者のトリオンが多ければ多い程長大なものとなる。

 

 大したトリオンを持たない穂刈達であっても相応の射程を確保出来るのは、この特性があるが為だ。

 

 しかも射程を伸ばす為には威力や弾速を犠牲にしなければならない射手トリガーと異なり、イーグレットは充分な威力と弾速を伴った状態での遠距離攻撃が可能なのだ。

 

 そして、今樹里はその特性を存分に活用して理不尽な盤面を展開していた。

 

 12という出水と同等のトリオンを持つ樹里の射程は、恐らくMAP全域に及ぶ。

 

 彼女はそれを活用し、敢えて端の方に陣取る事でこちらの攻撃の届かない場所から一方的に攻撃出来る状況を確保してしまっている。

 

 その引き金は、相当に軽いと見て良いだろう。

 

 何故なら、今の彼女にはカウンター狙撃(スナイプ)の危険が存在しない。

 

 位置がバレたとしても攻撃が届かないのだから、好き放題に撃ったとしてもリスクなど無いに等しい。

 

 漆間という懸念点はあるが、そもそもそれを分からない彼女達ではないだろう。

 

 場合によっては香取が護衛に就いている事も考えられるし、漆間もその程度は理解している筈だ。

 

 彼が樹里を狙ってくれる確率は、そう高くないと見て良いだろう。

 

(ジリ貧だな、このままじゃ。近付いてるしな、三浦達も。合流するしかないか、荒船と)

 

 故に勝機があるとすれば、荒船との合流しかない。

 

 彼の合流を待って動き、弧月を使える荒船を護衛として立ち回る。

 

 それくらいしか、状況を変える手段はないだろう。

 

 事実、荒船からもその旨を伝える指示が来ている。

 

 此処は下手に動かず、機会を待つべき。

 

 穂刈はそう判断し、何気なく空を仰ぎ────────。

 

「────────は?」

 

 ────────こちらに迫る、無数の流星を目撃した。

 

 その光の雨、否。

 

 夥しい数の弾幕は、そのまま地面に直撃。

 

 大規模な爆発が、周囲を席捲した。

 

「マジか」

 

 爆煙が晴れた後に見えるのは、瓦礫と化した一帯の家屋。

 

 幸い自身の隠れている場所からは離れているが、もしもあそこにいればひとたまりもなかったであろう。

 

 そして。

 

 二度目の流星を目撃した事で、穂刈は思わず舌打ちした。

 

誘導炸裂弾(サラマンダー)…………っ! 炙り出すつもりか、爆撃で」

 

 流星の名は、誘導炸裂弾(サラマンダー)

 

 樹里の扱う合成弾の代表格であり、そして。

 

 この状況に於いて、最悪と言って良い一手であった。

 

 

 

 

「そりゃこうなるか。相手が動かないなら、動くしかないようにすれば良い。サラマンダーでの爆撃なら、それが可能だからな」

「そうだな。威力と弾速を相応に犠牲にすれば、木岐坂のトリオンなら上層まで弾を届かせる事は可能だ。隠れている者がいるのなら、炙り出せば良いだけの話だ」

 

 二宮はそう言って、無自覚のドヤ顔を晒している。

 

 本日何度目か分からない突っ込みを入れようとする気持ちを我慢しつつ、後で詰める事を決意しながら真木は半眼で口を開いた。

 

「弾速がかなり遅いですが、あれは問題が無いんですか?」

「問題はないだろう。飛んで来る弾を狙撃で撃ち落とせるのは、東さんくらいだ。そうでなくとも下手に撃てば居場所がバレて、そこを狙われるだけだ。隠れている穂刈としては、逃げ回る他ないだろう」

「二宮さん、弾を撃ち落とすくらい俺も────────」

「当真」

「はい」

「今その話はしてない。分かるね?」

「了解でありますっ!」

 

 思わず狙撃技術の話をされて反論しようとした当真だが、そこで容赦のない真木の鉈振り(つっこみ)が突き刺さる。

 

 余計な脇道に逸れようとするチームメイトを止めるのは真木としては当然であり、彼女に睨まれて逆らえるような当真ではない。

 

 色々な矜持は置いておいて、怖いものは怖いのだから。

 

「此処から、一気に盤面は動くだろうね。各々がどう行動するか、見ものだよ」

 

 真木は従順になった当真を見て満足し、スクリーンを見て眼を細める。

 

 試合の盤面は、香取隊の一手によって一気に加速していくのだった。

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