「やっぱ来たか」
漆間は一人、上層で起こる爆撃を見据えながら呟く。
こうなる事は、分かっていた。
遅かれ早かれ、香取隊は荒船隊を炙り出しに動く。
それはもう、最初から読めていた事だった。
木岐坂樹里。
新たに香取隊に加入したという少女について、漆間はそう詳しくは知らない。
だが、対戦相手として仮想敵とする以上、情報収集を怠るつもりもまたなかった。
故に、調べた。
いや、調べさせた。
己だけのオペレーターである、六田に。
彼女は並列思考は出来ないし、何より鈍くさい。
いつも自信なさげで、見ていて苛々する事もある。
けれど、自分にとってはどうしようもなく特別で、唯一無二の存在であるオペレーターだ。
本人の前では絶対に、絶対に言いはしないが。
自分は、彼女の存在に救われている。
こんな自分を心の底から受け入れてくれているのは、彼女くらいのものだろう。
もしかしたら探せば他にもいるかもしれないが、必要ない。
自分は窮極的には彼女だけがいれば良いし、他の有象無象の事なんてどうでも良い。
彼女の声を通信越しに聞く権利があるのは自分だけだし、彼女のオペレートで戦えるのも己だけの特権だ。
いつからそう思うようになったかは分からないが、別段興味はない。
ただ、自分にとって六田は掛け替えの無い存在であり、決して失ってはならない宝石だ。
それだけが確かならば、理由の追及なんて必要ない。
だから、彼女が少しでも自分に自信が持てるように彼女の得意とする分野の仕事は積極的に任せるようにしていた。
確かに六田は別々の事を考える事が苦手で、並列思考には向いていない。
しかしそれは逆に言えば一つの事に関する集中力が凄まじい事を意味しており、何か一つに絞って作業をさせれば他のオペレーターとは比較にならない効率を叩き出す。
彼女は不器用なだけで決して無能ではない事は、自分だけが知っていれば良い。
一人部隊だからと舐めてかかって来た相手は、悉く六田のオペレート能力を以て強烈な一矢を撃ち込んで来た。
色々と出来る事に限りはあるものの、持ち得る手札だけでも充分に戦える。
それを証明する為に自分は此処にいるし、だからこそ多少の無茶をしてでも点を取る為に立ち回る必要がある。
出水クラスの豊富なトリオンから繰り出される爆撃の威力こそ想定以上だったが、これからやる事を考えれば花火は大きい方が良い。
「さて、行くか」
漆間は何気なしにそう呟き、そして。
その姿は、空気に溶けるように消えていった。
「やってくれる…………っ!」
荒船は焦った様子で声を荒げながら、上層に向かって駆け出していた。
樹里の爆撃による惨状を見せつけられた今、最早隠密がどうこう言っている段階ではない。
自分一人では勝ち目など無い以上、穂刈を守る事は必須事項である。
弧月と言う対抗手段がある荒船とは異なり、穂刈は普通の狙撃手だ。
つまり、寄られたら終わる。
三浦や若村、どちらかは不明だがそれらしき反応が一瞬出たのはレーダーで確認している。
いつ彼等が穂刈の下へ辿り着くか分からない以上、爆撃によって穂刈が炙り出される前に合流して彼を守る必要があった。
香取相手ならともかくとして、その二人相手ならまだなんとかやれるという目算はある。
彼等を侮るワケではなく、単に香取とやり合うよりはまだマシ、という程度ではあるが。
香取はこれまでのランク戦で隊の成績こそあまり奮わなかったものの、それはチームとしての戦果であり彼女個人の話となればまた違って来る。
何せ、今までに香取隊が取った点はそのほぼ全てが彼女による得点なのだ。
以前のチームとして機能していなかった頃の香取隊がB級上位にいられたのは、偏に彼女が一人で点を稼いでいたからだ。
部隊としての戦術はお粗末にも程があったが、それでも尚香取隊が脅威足り得たのは彼女の存在があったからに他ならない。
たった一人の才覚によって寄せ集めに過ぎなかった頃の香取隊を上位まで引っ張り上げた実力は、伊達ではない。
流石に為す術なくやられるとは思いたくないが、出来れば正面からはやり合いたくない相手であった。
故に、今から樹里を仕留めに行くという無謀な選択は取れない。
途中で樹里に発見されたら目も当てられないし、香取が護衛に就いている可能性も高いのだ。
現在、未だに漆間はその姿を隠している。
隠密に特化した能力を持つ彼の居場所が判明していない以上、香取隊側もそれに対する策は用意してある筈だ。
その最も簡単な解法が、香取による護衛配置である。
漆間は確かに奇襲能力は高いが、それはあくまで不意打ちに特化した戦法であり正面切って戦うようなタイプではない。
不意打ちも乱戦もこなせる香取が相手では、幾ら漆間でも分が悪いだろう。
そこに樹里による火力支援も加わるのだから、猶更だ。
樹里は単なる狙撃手ではなく、攻撃手から転向した自分同様射手から今のポジションに移って来た経歴を持つ。
そして、今広がっている惨状の原因となっている射手トリガーも彼女は積んでいるのだ。
上層を爆撃の雨に晒している弾幕の正体は、ハウンドとメテオラを組み合わせた合成弾、
B級上位では蔵内や二宮が使う事がある弾であり、その効果は単純明快。
この合成弾は通常、アステロイドと同じく真っ直ぐにしか飛ばないメテオラを遠方に撃ち込む手段として用いられる。
ハウンドの誘導性能によって山なりに飛ばし、目標となる個所をその火力で吹き飛ばす。
しかも、その爆破範囲は使用者のトリオンによって拡大する。
樹里のトリオンは、出水と同値の12。
その豊富なトリオンによる爆撃の被害は、最早弾道ミサイルの如しだ。
空襲の雨に晒された上層は、既に広範囲が爆撃で瓦礫の山と化している。
このままでは、穂刈が炙り出されるのも時間の問題だろう。
こんなふざけた火力を持つ樹里相手に、接近したからといってどうこうなると思える程荒船は楽観的ではない。
仮に香取と遭遇せずとも、樹里に近付けばこの火力が至近距離でぶっ放されるのだ。
無論射手トリガーである以上銃手トリガーと比べれば発射までにタイムラグがあり、攻撃手の距離まで近付ければ仕留められるだろう。
だが、それがどれ程難しい事かは嫌でも分かる。
何せ、樹里には豊富なトリオンの他にもう一つ、
彼女の
離れている今でさえも三浦達が作り出した人工的な射線のお陰で何処から視認されるか分かったものではないのに、近付けば近付く程発見される危険性が上がるのだ。
自分の実力を卑下するワケではないが、二宮には及ばずとも高い火力を持つ樹里相手に弾幕の雨を掻い潜って刃を届かせる自信は荒船にはなかった。
そもそも、派手に爆撃をしているお陰で大体の位置は掴めているが、今から彼女の下に向かったとしても到着までにはほぼ確実に穂刈は炙り出されてやられている事だろう。
樹里がいると思しき場所はMAPの最下層であり、到達には時間がかかり過ぎる。
当然イーグレットの届く距離でもなく、加えて言えば下手に撃って居場所を察知されればあの爆撃が今度は自分の所に飛んで来る。
そうなれば最悪で、穂刈と合流するどころではない。
故に今は、爆撃に巻き込まれる危険を承知で穂刈との合流を最優先するしかないのだ。
合流に成功したところで明確な勝機を掴めるとまでは言わないが、少なくとも現状よりはマシにはなる。
此処から大逆転が可能とまでは思っていないが、落とされる前に三浦や若村あたりを点にするくらいは出来るだろう。
恐らく全滅は不可避とはいえ、得点なしで終わる事に比べればまだマシだ。
だから、一刻も早く穂刈の下に向かわなければならない。
それしか、今の荒船隊が光明を得る方法は無いのだから。
「────────見付けた」
だが。
その希望を撃ち砕く影が、荒船の前に現れた。
「く…………っ!」
グラスホッパーを用いて建物の影から飛び出して来た少女の刃を、荒船は弧月を抜刀して防御する。
ギン、と硬質な金属音が響き、その人影の────────────────香取のスコーピオンが、荒船の刀身によって止められる。
すると即座に香取は後ろに飛んで距離を取り、猫を思わせるしなやかな動きで塀の上に着地する。
その姿を見て、荒船は苦い顔で舌打ちした。
「よりにもよって、此処でお前が来るのかよ…………っ!」
この状況下で、最も出会いたくない存在。
香取隊の隊長たる苛烈な少女が、荒船の前に悠然と立ち塞がっていた。
「ようやく見付けたわ、荒船先輩。悪いけど、此処でアタシと戦って貰うわよ」
「穂刈先輩との合流を目指してた荒船先輩だけど、そこを香取が止めに来たか。私等からは見えていたけど、荒船先輩は仰天しただろうね」
「普通、漆間対策で木岐坂の護衛をしてるって思うだろーからな。無理もないぜ」
当真はそう言って真木に同意し、スクリーンに映る荒船と香取を見据える。
正直、この状況は俯瞰視点で見ていた彼等からしても思いも寄らぬものであった。
てっきり漆間対策の為に香取は樹里の護衛に向かうかと思いきや、彼女は下へ向かう様子を一切見せずひたすら中層を駆け巡っていたのだ。
恐らく、彼女は最初から荒船を探していたのだろう。
初期転送位置から荒船が高確率で中層にいると判断し、それを見付ける為に足を使っていたに違いない。
そうでなければ、香取の動きには説明がつかないからだ。
「けど、漆間の対策はどうするつもりなんだろーな。木岐坂を狙いに来ないって方に、懸けてんのか?」
ただ一点、漆間対策をどうするのか、という疑問は残るが。
現在、樹里はたった一人で最下層にいる。
護衛などは存在せず、そんな状態であっても構わず隙の大きい合成弾をぶっ放し続けている。
合成中は無防備になるというリスクの高い合成弾であるが、樹里は構わずそれを生成し爆撃を敢行している。
幾ら荒船隊の攻撃が届かない位置にいるからといって、未だ場所が割れていない漆間という脅威が残っているのだ。
だというのに護衛の一人もなしで合成弾を撃ち続けるのは、傍から見れば無防備に過ぎた。
「…………ふん。大方、漆間がやって来ても迎撃する自信があるのだろう。あいつは、
「二宮さん、それはどう────────」
「当真」
「はい」
「それは後で良い。今はこっちだ」
「了解でありますっ!」
どうやらその理由に心当たりがあるらしい二宮の言葉に対し当真は疑念を浮かべるが、そこで真木のストップがかかった。
それは今語るべき事柄ではない、と彼女も判断したのだろう。
色々疑問は尽きないが、此処で冬島隊の鉈振り役である彼女に逆らう程当真は愚かではない。
個々の上下関係は、これまでに充分以上に確定されているのだから。
「荒船先輩が香取に足止めを喰らっている以上、もう穂刈先輩が助かる道は無いね。流石に荒船先輩抜きでこの状況を覆せるような手は、残っていない筈だ」
「だろーな。もう脱落は確定したって見て良いだろ。それは、穂刈も分かってる筈だ」
だから、と当真は続ける。
「後は、最後の仕事をどう果たすか。それを考えてる頃だろーぜ」
『穂刈、すまん。香取に見つかった。もう、そっちには行けそうにない』
「了解した。仕方ないな、それは」
荒船からの通信を受け、穂刈は自分の助かる道が絶たれた事を悟りため息を吐いた。
流石に、この状況で荒船を責めるワケにはいかない。
穂刈とて香取はてっきり樹里の護衛に就いていると考えていたのだから、その彼女が荒船の下に現れるなど想像すらしていなかったのだ。
香取は、この試合に参加している中でもトップクラスの実力を持っている。
安定感には欠けるがその爆発力は尋常ではなく、一人で香取隊を上位まで引き上げたその才覚は凄まじいの一言だ。
彼女を振り切って荒船が此処まで辿り着くのは、不可能と言って良いだろう。
故に、自分の脱落は確定。
後は、散り際にどう仕事を果たすか、という結論になる。
「────────とうとう、見つかっちまったか」
そして。
タイムリミットは、既にそこまで迫っていた。
レーダーを頼りに、視線を向ける。
その先にある壁の向こうから、人影が一つ飛び出した。
それは、バッグワームを纏っている若村であった。
どうやら既にこの上層に到着していたらしい彼は、周囲を走り回って逃げる穂刈を見付けようとしていたらしい。
爆撃によって隠れ場所が少なくなっている以上、彼に発見されるのは最早時間の問題だったワケだ。
何故か若村は眼を丸くしているが、銃手にこの距離まで接近されたという事実は消えない。
若干の動揺が見える若村だが、硬直は一瞬。
彼はバッグワームを解除し、アサルトライフルを構えた。
それを見て即座に穂刈は曲がり角の奥に逃げ込み、直後。
一瞬遅れて、突撃銃の弾が乱射される。
同時に、向こうが駆け出す音も聞こえて来た。
当然、追って来るつもりだろう。
この距離では、狙撃手が銃手に勝つ道など普通は無いのだから。
(何とか点は遺したいな、相打ち狙いで。方法は無いからな、もうそれしか)
既に、自身の脱落は秒読み段階に来ている。
可能な限り粘るつもりではあるが、この距離まで接近された狙撃手が生き残る道はない。
故に、視界の悪い場所へ移動して相打ちを狙う。
それしか、己に取れる方策はない。
そう考えて、穂刈は頭に叩き込んである地形を考慮しながら路地を駆け抜ける。
「…………っ!?」
だが。
その思惑は、次の曲がり角を曲がった時点で潰える事になった。
至近距離で聞こえた、重厚な弾丸の発射音。
それに気付いた時には、穂刈の身体は穴だらけになっていた。
「────────」
視線の先に立つ、一人の少年。
バッグワームを纏った、漆間恒の手によって。
「…………マジか」
穂刈は、心底から驚いた顔をした。
何故、彼が此処にいるのか自体は容易に想像出来た。
カメレオン。
若村達が使用していたそのトリガーを、漆間もまた積んでいたからだ。
彼もまた若村達同様、カメレオンとバッグワームを駆使して上を目指していたのだろう。
それ自体は、想定していた。
だが、おかしい。
加賀美からの報告では、彼らしき反応が出た個所は中層に位置する場所だった筈だ。
その時には既に逃走に入り高所からの視認手段がなくなっていたので俯瞰視点で確認する事は出来なかったが、レーダーにはそちらに反応が出たという報告があった。
にも関わらず、漆間は此処にいる。
それが示す答えは────────。
「ダミービーコンか。成る程」
ダミービーコン。
レーダーに映る
それが、彼の背の向こう側に浮遊していた。
彼はこのトリガーを用いて、己の居場所を誤魔化していたのだ。
姿は消せるがレーダーに映ってしまうカメレオンと、姿は消せないがレーダーからは映らないバッグワーム。
それに加えて彼はこのダミービーコンという囮を用いる事で、こちらにその位置を誤認させていたのだ。
しかも、それだけではない。
漆間は、ダミービーコンによって香取隊の────────────────否。
若村の動きを、誘導した。
恐らく、若村達は穂刈が逃走に入って以降はカメレオンを使用していなかったのだ。
こちらが逃げに入った以上、上から視認される恐れはないという判断だったのだろう。
にも関わらず若村らしき反応がレーダーに映っていたのは、漆間の仕業だ。
漆間としては、自分より先に香取隊に穂刈を撃破されるワケにはいかなかった。
当然、その為の策も用意していた。
基本的に、隠密能力で言えば漆間は若村とは比べ物にならないものを持っている。
若村はあくまでも部隊のサポートの一環としてカメレオンを用いているのに対し、漆間は徹底的に自分の存在を隠して完全な奇襲に繋げる為に日常的にカメレオンを使用していた。
故に、漆間は隠れる側としても探り出す側としても一流だ。
巧い隠れ方を知っているという事は、逆に言えばどんな場所になら潜み易く尚且つそれをどうすれば発見出来るのかも熟知しているという事だからだ。
若村の練度の低い隠密では、此処に至るまでに漆間に発見されないというのは不可能に近かったのだろう。
恐らく漆間はこの場所に到達する前に若村を捕捉し、それを先回りする形でこの狩場まで移動した。
そして若村が襲撃を仕掛ける直前にダミービーコンを彼の付近で起動させてレーダーに反応を映し、穂刈に奇襲を察知させたのだ。
若村が先程驚いていたのは、バッグワームを使っていた自分の位置が露見していたからだろう。
穂刈はてっきりカメレオンとの切り替えをミスでもしたのかと思って気にしなかったが、あれはレーダーに映っていない筈の自分が見つかった驚きだったワケだ。
結果的に、若村は漆間の思惑にまんまと嵌められた形になる。
これは彼が悪いというよりも、漆間が周到だったというだけの話だろう。
彼はひたすらにこの時を待ち続け、作戦を成功させる為の仕込みも欠かさなかった。
これが、漆間なのだ。
華々しい勝利も、潔い敗北も必要ない。
ただ、確実に取得出来る戦果のみに標的を絞り作戦を組み上げ機会をひたすらに待つ。
全ては、彼等に追い込まれた自分を確実に狩る為に。
漆間は、香取隊の作戦が始動したその時からこの時を待ち続けていたのだ。
「やられたな、これは」
『戦闘体活動限界。
機械音声が、穂刈の敗北を告げる。
それを不敵な笑みを浮かべて見届ける漆間の前で穂刈の戦闘体は崩壊し、光の柱となって消え去った。