「旋空弧月」
荒船は旋空を起動し、横に振り抜く形で拡張斬撃を放つ。
僅かな隙を突いて放たれた、マスタークラスの弧月使いの一閃。
防御不能、射程を伸ばした伸びる刃が香取へ襲い掛かる。
「────────」
しかし、それを喰らう香取ではない。
香取は旋空を跳躍で回避し、グラスホッパーを起動。
空中を縦横無尽に跳び回り、そして。
「ち…………っ!」
鮮やかな着地で荒船の背後に降り立ち、スコーピオンを一閃。
それを荒船は弧月の刀身で防御し、勢いのまま刀を振り抜く。
スコーピオンは軽く、更に身体の何処からでも生やす事が出来るという応用性の代わりにその強度は弧月よりも低い。
無論力を込めればシールドを叩き割れる程度の威力はあるし、硬度も脆いという程ではない。
しかし、強度と威力にトリオンの大部分を注ぎ込んでいる弧月と比べると、その差は歴然。
故に、弧月とまともに打ち合えばスコーピオンの刀身は砕け散る。
だからこそ、香取は鍔迫り合いにまともに付き合う気はなかった。
荒船が振り抜いた弧月の勢いを利用する形で後退し、バックステップ。
そして、香取は僅かに距離を取る形で後方へ着地する。
両者、無傷。
それが、今の攻防の結果であった。
同時に、上層の方で轟音が響き渡る。
先程から繰り返されている、樹里による漆間への爆撃である。
標的を変えて続けられている上層から響く爆音をバックコーラスに、二人のエースは対峙していた。
「木岐坂には漆間を狙わせてるようだな。こっちを手伝わせなくて良いのかよ?」
「必要ない。これが、今の最適解」
「へぇ、そりゃ俺如き一人で倒せるって意味か?」
「勿論」
「言うじゃねーか。それが本当かどうか、確かめてみな…………っ!」
香取との短い舌戦の末、荒船は不敵な笑みを浮かべて弧月を振り抜く。
それを易々と回避する香取を見据えながら、内心で荒船はチッ、と舌打ちした。
(成長したのは分かってたが、成長し過ぎだっつーの。挑発にもまともに乗る様子もねーし、言ってる事もあながち間違ってねーからタチ悪ぃな)
以前の香取であれば、今の挑発で多少なりとも行動を逸らせ、隙を生ませる事も出来たかもしれない。
無論それは僅かな揺らぎに過ぎないが、状況を変える一手としては充分なものだったろう。
しかし香取は必要最低限の返答しか行わず、淡々と戦闘を推し進めている。
以前の、自らの感覚のままに動く香取であればこのような動きは有り得なかっただろう。
それが違って来ているのは、隊長としての自覚の有無。
自分一人で戦っているのではなく、チームとして戦いに臨んでいるという自覚が芽生えた為だろう。
今までの香取は、実質自分一人で戦わないといけないというプレッシャーから必要以上に攻撃的になり、逸り易い側面が目立っていた。
彼女が動かなければ得点に繋がらないのは確かなのだが、それを加味しても香取は必要以上に攻撃的になり過ぎるきらいがあった。
されど、今の彼女にはそれがない。
どころか、精神的なものを含めた安定感は以前の比ですらない。
きっとそれは、ずっと求め続けていた幼馴染とようやく肩を並べて戦えている事に起因しているのだろう。
欠けていたピースが埋まった今の香取は、無理に子供でいる必要がなくなった。
今までは樹里がいない鬱憤をぶつける形で感情を発散させていたが、彼女が共にいる事で精神的な落ち着きを得た香取にとってその工程は最早不要のものになった。
幼馴染が共にいないという懸念を払拭した今の香取は、ようやく自分の立場と向き合う事が出来た。
若村や三浦もどうにかチームの一員として貢献出来るようになり、香取の意識は自分一人での戦いからチームの長としての戦いへと切り替わった。
そして、これまで向き合って来なかった隊長としての責務にも目を向けるようになったのである。
自分は一人きりで戦っているのではなく、仲間と共に戦っている。
その自覚を得た事で短絡的に動く事はなくなり、冷静に盤面を見極められるようになった。
荒船はたった今樹里にこちらに介入させなくて良いのか、と問うたが現状の最善手はこれしかない。
何せ、相手は漆間だ。
穂刈という狙っていた駒を得点に出来た以上、彼が試合に拘る理由は最早存在しない。
隙を見せれば即座に雲隠れし、そのまま自発的に緊急脱出をするに違いない。
漆間は、生存点を狙わない。
一人部隊という枷を背負っている彼は、決して無理をする事がない。
取れる点のみを取得した後、速やかに盤面から離脱する。
それが彼の戦い方であり、その実力はある側面ではB級上位に迫る。
無論彼の得意とする奇襲戦法ありきでの話だが、駒としての有用性は上位メンバーに引けを取らない。
故に、成長したとはいえ若村一人では少々分が悪いだろう。
下手をすれば若村も得点にされかねない以上、そちらに介入するのは必然と言えた。
香取一人で充分に戦える荒船相手に樹里の火力を用いるよりも、対漆間を優先するのは当然だろう。
要は、どちらをより優先的に対処する必要があるか。
こちらを舐めているとかそういう話ではなく、そういった合理の結果なのだから。
(実際、崩す隙がねーんだから大したモンだな。全く、木岐坂が入って安定感が増しただけでこれか)
荒船は内心そう愚痴るが、その表情は何処か嬉しそうでもあった。
香取隊が樹里に対抗する為、二宮隊の指導を受けていた時荒船もまたその手伝いを行っていた。
狙撃手のいない今の二宮隊に、樹里という狙撃手の対策を行う為の人員として手伝いを乞われたのだ。
特に断る理由のなかった荒船はそれを引き受け、二宮隊式指導を受ける彼等を直に見て来た。
その中でも彼女達の成長は眼にしていたが、今日実際に対峙した事で実際に樹里が加入した事で部隊としての完成度が眼に見えて上がっているのが見て取れた。
以前の、悪い意味での香取のワンマンチームでしかなかった香取隊はもういない。
今の彼女達は、充分にB級上位で通用する安定感のあるチームとして仕上がっている。
故に、本来こうしてB級中位で戦っている事自体が不相応なのだ。
早々に半崎が撃破され、穂刈も失った上に試合の主導権を握られ続けている現状も、むしろ当然の結果でしかない。
半崎や穂刈が残っていれば、まだやりようは幾らでもあった。
しかし二人の狙撃支援がない現状、エースである香取を相手にするのは少々分が悪い。
簡単に負けるつもりはないが、決して易々と勝てると言える相手でもない。
むしろ、隙を見せれば一瞬でやられるような相手だ。
油断など出来る筈もなく、全力を以て応じる他ない。
たとえ、それが。
(漆間の方にカタが付いて木岐坂が
現在、敵の最大火力である樹里は漆間にその矛先を向けている。
上層で繰り広げられている爆撃の雨は、今は彼一人を屠る為に運用されている。
彼の抵抗がどういった形であれ終わった時、あの火力が今度はこちらに向いて来る。
恐らくそうなれば、形勢は一気に傾くだろう。
流石にあの爆撃に晒されながら香取程の相手をするのは、無理がある。
即ち、漆間が逃げ切るにせよ仕留められるにせよ。
上層での戦いに決着が着いた時点で、荒船は終わりだ。
しかも、仲間が既に脱落している以上横槍によって戦況を変える手も使えない。
荒船が此処から得点するには、漆間が生きている間に何とかして香取を倒すしかないのだ。
或いは漆間戦を経た時点で若村達が生き残っていれば援軍に来る彼等を狙うという手もあったが、それをするには樹里の爆撃と香取の攻撃の両方を凌ぎ続ける必要があった。
それが如何に厳しい事かは、荒船自身が理解している。
だが、いざとなればやるしかない。
どちらにせよ、このまま得点なしで終わる事は出来ないのだから。
(此処が気張りどころだな。何とかして、こいつの隙を見付けて突き崩す。言う程簡単じゃねーのが、困りどころだけどな)
(分かっちゃいたが、これはきちぃな。ったく、何が二宮さん程じゃない、だ。充分過ぎる程脅威だっつーの)
漆間は響き渡る轟音を背にしながら、路地を駆けていた。
現在、彼は樹里による爆撃の雨に晒されている。
ついでに後方からは
相手が若村だけならば、隙を見て撃墜する事も出来ただろう。
若村は漆間と同じ銃手だが練度自体はそこまで高くはなく、基盤がサポーターである為に単騎なら大して怖い相手ではない。
どうやら以前よりは成長しているようだが、それはあくまでもようやくスタートラインに立った、という話でしかないのだ。
昔の若村は、それすら出来ていなかった。
己の不甲斐なさを香取の責任にして喚く程度の、有象無象に過ぎなかった。
それがようやく隊員としての自覚を得て、前に進んでいる。
結局のところ、若村の成長はまだその段階なのだ。
今までがお粗末に過ぎた分、その穴埋めは出来ても個人としてはそこまで脅威にはなっていない。
故に彼一人だけが相手なら、余裕を持って迎撃する事すら出来ただろう。
しかし、今下手に応戦すればどうなるかは眼に見えている。
少しでも足を止めれば、あの爆撃の集中砲火を喰らうに決まっている。
何せ、残っているのはもう香取隊の他は自分と荒船だけなのだ。
此処で若村を使い潰そうが問題はなく、要は漆間を倒せればそれで良いのだから。
(マジで昔の香取隊とは、別モンじゃねーか。一体、何があってこうなったってんだよ)
漆間は友人が少なく────────────────否。
オペレーターの六田以外に碌に話す相手がいない為、噂や風聞といったものには疎かった。
一人、一方的に絡んで来る
それを思った瞬間何故か寒気が奔ったが、そこは考えない事にしてかぶりを振った。
いつも六田との関係を揶揄され、舌戦でもまず勝てない少女に対し苦手意識を持っている漆間はそういえば今回実況あいつだったな、と思い出し内心でため息を吐く。
何故実況など殆ど引き受けた事のない彼女が今回あの席に座っているのかは分からないが、試合後に隊室に突貫されるのは確実と見て良いだろう。
真木は、そういう少女だ。
堅物の規律や規則に厳しいだけの遊びのない女上司みたいな面をしておいて、その内面は割と年頃の少女っぽく、変な所で茶目っ気がある。
巧い事彼女の興味が他に向いてくれれば良いが、それがどれだけ望み薄かは漆間自身が分かっている。
真木はどういうワケか自分や六田を気に入っている節があり、その所為か度々ちょっかいをかけて来た経緯がある。
漆間も舌戦は得意な方だが、口の回り具合と頭の回転の速さでは真木に軍配が上がる。
才女にして女傑という言葉が似合う女子高生にあるまじき圧を纏うあの少女は、その才能を趣味の為に惜しみなく用いる中々に良い性格をしている。
この苦境もあいつの所為か、と一瞬責任転嫁したくなったが、ぐっと堪える。
余計な思考に時間を割いて、その隙を突かれるようでは本末転倒であるからだ。
あまりにも悪い状況に現実逃避をしそうになっていた思考を切り替え、状況を見極める。
現在、爆撃から逃げながら若村に追われているが、後者は極論無視して良い。
正しくは、無視するしかないと言うべきか。
爆撃の脅威が圧倒的過ぎる以上、若村に構っている暇などない。
足を止めて抗戦した時点で、あの爆撃は容赦なく諸共に葬る形で降り注いで来るであろうからだ。
そして恐らく、若村はそれこそを狙っている。
自分ごと漆間を爆撃に巻き込めれば御の字、くらいには考えているだろう。
以前ならばともかく、今の若村はきちんとチームの一員として動いている。
自分を囮にした戦略程度、普通に用いて来るだろう。
利用はしたが、穂刈を追い詰める若村の動き自体は理に適ったものであった。
昔のその場凌ぎしか出来なかった頃の彼とは、雲泥の差と言って良い。
何があったのか気になるところだが、樹里と香取隊の間のひと悶着や大規模侵攻に於ける彼女達の奮戦を知らない漆間に、その見当はつかなかった。
香取隊の活躍は論功行賞という形で公表されていたが、他人の戦績など欠片も興味の無い漆間が他の隊の成果になど眼を向ける筈もない。
侵攻の際は厄介な新型との戦いは積極的に避け、ひたすらに他のトリオン兵を狩り続けていた漆間は臨時出撃の報酬こそ貰ったが、追加報酬は大した事がなかった。
後から新型の撃破数によって褒賞が大きく変化する事を聞いた時は、多少無理をしてでもそちらを狙うべきだったと一人後悔した記憶は新しい。
新型を撃破出来ていたかはともかく、選択肢として挙げなかった時点で失態だと考える漆間であった。
(とにかく、こっから逃げ切るのは少し難しそうだな。となれば────────)
ともあれ、そんなこんなで香取隊躍進の理由を知る由もない漆間は、現状を冷静に考察し思案を進める。
予め叩き込んであった市街地CのMAP構造と己の仕掛けた