「香取と荒船先輩は概ね膠着状態。どちらも、無理はしない様子だね。漆間は逃げに徹しているようだけど、重要なのはこれが何処まで保つかだ」
真木は実況席で映像を見ながら、悠然とそう告げた。
彼女の言うように、戦況は両極端の様相を見せている。
片や、一進一退の攻防を続ける香取と荒船。
片や、爆撃を避けながら若村を相手にせずひたすらに逃げに徹する漆間。
目まぐるしく動く両者だが、一つ確かな事は。
現状、盤面をリードしているのが香取隊である、という事だ。
「そーだな。一度でも抗戦すればそこを纏めて爆撃されるだろーから、下手に応戦も出来ねーしよ」
「若村は、個人の戦力としては大した事はないが自分の役割を分かっているようだな。あいつが漆間を追いかけるだけで、漆間は逃走を最優先せざるを得ない。足を止めれば、諸共爆撃される事が眼に見えているからな」
此処まで黙っていた二宮も、ようやく重い口を開く。
彼の言うように、一見ただ漆間を追いかけているに過ぎない若村であるが、それだけで実は大きな仕事を果たしているのだ。
現在、漆間は爆撃と若村の両方から逃げ続けている。
前者から逃げるのは当然として、後者が今も尚追い続けている事で下手に雲隠れする事が出来なくなっている。
もし此処で若村という追跡者がいなければ、彼は即座にカメレオンとバッグワームを駆使して姿を隠し、そのまま緊急脱出を敢行しただろう。
しかし、若村が彼を追い続けている以上、他のトリガーが一切使えなくなるカメレオンは迂闊に起動出来ないし、視認されている以上バッグワームも意味を為さない。
若村はカメレオンの練度自体は漆間より圧倒的に下であるが、その性質自体はそれなりに理解している。
その彼の前で下手にカメレオンを使っても、即座に銃撃に晒されるだけだろう。
それを分かっているからこそ、漆間は下手にトリガーを使わずに逃走に徹しているのだ。
こうした動きを漆間に強要出来ている時点で、充分若村は仕事を果たしていると言える。
「加えて、三浦の位置も漆間にはバレてないだろうからね。ある程度位置予測くらいはしてるだろうが、今三浦はバッグワームを使ってる。詳しい位置までは、流石に分からない筈だ」
「三浦は、それなりに機転が利く。機動力も高い以上、漆間としても無視出来る駒ではない筈だ。その位置が分からないなら、慎重になるのも当然だろう」
香取隊の活躍を語る時に限って饒舌になる二宮の言葉通り、姿を隠している三浦の存在もまた漆間の動きに縛りを設けていた。
三浦もまた、若村と同じようにバッグワームとカメレオンを駆使して上層を目指していた。
その為漆間もレーダーに映った情報からある程度その位置に当たりを付けていただろうが、彼の隠密能力は若村よりも上だ。
立ち回りの巧みさも彼の方が上手であり、それ故に漆間は三浦の正確な位置までは発見出来ていない可能性が高い。
大まかな位置くらいは推測しているだろうが、この状況で三浦の詳細な位置が掴めていないというのは地味にキツイ筈だ。
漆間としては彼の位置を捕捉してから事を起こしたかった筈だが、若村が穂刈を見付けるのが恐らく想定より早かったのだろう。
結果として漆間は三浦を見付けられていない状態であっても動かざるを得ず、今の状況になってしまったワケだ。
良い様に踊らされているように見えた若村であったが、実のところ漆間の動きを縛る事自体には成功していたのである。
彼が穂刈を捕捉するのがもう少し遅ければ、三浦の位置を掴まれた上で漆間に有利な状況を展開されていた可能性もあったのだから。
「前は部隊のお荷物に過ぎなかった若村だが、今はちゃんとチームの一員として動けているね。立ち回りはまだ拙いが、昔と違って周りが見えているしちゃんと作戦行動が取れている。以前は見れたものじゃなかったけど、やるようになったじゃないか」
「まー、そこらへんはスパルタ指導の賜物じゃないか? そこんトコどうなんです? 二宮さん」
「…………ふん。別段、特別な事はしていない。変わろうという意思を見せて動いた奴等が、相応の結果を出した。それだけの話だ」
話を向けられ、二宮は鼻を鳴らしながらそう答えた。
心なしか、その声色には何処か誇らしさがある。
なんだかんだ言いつつも、二宮は香取隊の成長を見届けた張本人である。
それを聞いて真木は「また後で詰める
色々うずうずしている真木であるが、TPOは弁えている。
愉しみは、後に取って置いた方がより美味しい。
それもあって内心で舌なめずりをしながら本心を隠す真木であるが、付き合いの長い当真にはその横顔だけで彼女が何かを企んでいる事は見通されていた。
無論、分かってもそれを口には出さないのが当真である。
誰だって、蛇が出て来ると分かっている藪に手を突っ込みたくないのは当然なのだから。
しかもこの場合、出て来る蛇は間違いなく毒持ちである。
サバサバしているようでいて年頃の少女らしい感情もしっかり併せ持っている真木に迂闊な事を言えば、後まで尾を引くような眼に遭うのは必然だ。
経験から賢明にならざるを得なかった当真は、黙して何も語らない。
しかし、彼は知らない。
既に、そんな内心など真木に見通されているという事は。
口を開いても閉じても、結果はさして変わらない当真であった。
「さて、このまま何も変わらないとは思えないね。時間が経てば爆撃でまともに隠れる場所がなくなっていくし、何よりどっちも停滞を是とするとは思えない」
私情を取り敢えず仕舞って実況を再開した真木は、画面を見て眼を細めた。
スクリーンでは、爆撃の雨に晒されながら逃げ続ける漆間の姿が映し出されている。
「そろそろ、動きがある筈だよ。どちらも、
(そろそろか)
漆間は背後で響く爆音を聴きながら、チラリと周囲を見回した。
先程から、既に5分以上この逃走劇を続けている。
若村の銃撃を回避、もしくは防御しながら爆撃の効果範囲に入らないように立ち回る。
道中ヒヤリとする場面もあったが、何とか無傷で此処まで来れている。
勿論、このまま終わるワケがない事くらいは分かっている。
何せ、三浦の位置が捕捉出来ていないのだ。
単純な駒としての脅威度で言えば、三浦は若村よりも上だ。
立ち回りの練度も未熟だった若村と異なり、三浦は本人の能力自体は元より高かった。
銃撃の技術以外は碌に鍛えていなかった若村とは違い、三浦は機転も利くし周囲の状況を俯瞰する洞察力もしっかりと備えている。
前は仲間のフォローを優先するあまりその能力を腐らせていたが、今の香取隊を見て三浦だけが停滞を続けていると思う程漆間は楽観的ではない。
これまで目立った動きを見せていなかった以上、彼の役割が
そして、漆間の勘がそれはそう遠くないと訴えている。
否、言い換えよう。
すぐにでも、彼は動くだろう。
その為の布石は、これでもかと打たれていたのだから。
(────────着いたか)
漆間は事前にマーキングしていた地点が近付いたのをレーダーで確認し、すぐさま曲がり角を右に曲がった。
直後、空から最早何度目か分からない爆撃が降り注ぐ。
漆間はそれをこれまでのように回避するのではなく、シールドを広げて守りを固めた。
それに気付いた若村だが、一歩遅い。
そして。
若村の目の前で、更なる爆発が連鎖した。
「…………っ!」
突然の爆発に、動揺する若村。
しかし、直前に漆間の不自然な行動を見ていた事が、大きかったのだろう。
これまで爆撃からはひたすら逃げの一手を打ち続けていた漆間が、突然回避ではなく防御を選択した。
その違和感を見逃さなかった事が、若村の命運を分けた。
咄嗟にシールドを張る事に成功し、若村は突如として自分を襲った爆発を防御する。
この爆発は、決して樹里の爆撃に依るものではない。
恐らく、彼女のサラマンダーが着弾した場所に最初から仕込まれていたのだろう。
操作を放棄し、置物として設置されていた
漆間がわざわざ回避ではなくシールドに依る防御を選択したのは、この罠を仕込んでいたからだ。
彼は最初から、この状況は想定していた。
穂刈を処理した時点で、標的が自分に向かうのは分かり切っていたのだろう。
だからこそ、樹里の爆撃で起爆出来るように予めメテオラを設置していた。
あわよくば、この爆発で追跡者たる若村を仕留められるように。
それは失敗に終わったが、それはあくまでも二の次。
漆間の真の狙いは、この状況にこそあった。
(…………! 爆煙で漆間の姿が見えねぇ…………っ! このままじゃ…………っ!)
彼がわざわざシールドを張って防御を選択したのは、自身の姿を爆煙で隠す為だ。
単に樹里の狙撃に巻き込まれたのでは、若村の追撃によってシールドを割られる恐れがあった。
しかし、身を護る為にシールドを張る事を優先したが為に若村は煙の中にいる漆間の位置を見失ってしまった。
最初から、これが狙い。
即座に銃撃される可能性を潰し、この煙に紛れて姿を晦ます事こそが漆間の本当の目的だったのだ。
『大まかな位置を表示したわ。撃って』
「…………! 了解…………っ!」
だが、即座に通信で華からのフォローが入る。
若村の視界に彼女が表示した漆間の位置の予測情報が出現し、即座に彼は引き金を引いた。
「…………!」
煙の向こうで、硬質な音が響く。
今の感触は、間違いなく漆間のシールドに銃弾が当たっていると見て良い。
流石に多少弾が掠った程度だったようだが、大まかな位置が知れたのは大きい。
「食らいやがれ…………っ!」
若村はそのまま、
今一番やられてはいけないのは、煙が晴れる前にカメレオンで姿を隠されて逃亡される事だ。
少なくとも、次の爆撃が着弾するまではこの場に縛り付けておく必要がある。
ならば、やる事は簡単だ。
とにかく撃って撃って撃ちまくって、漆間にカメレオンを使う隙を与えなければ良い。
そう考えて、若村は銃撃を続行する。
だが。
『…………! 若村くん、後ろ…………っ!』
「…………っ!?」
────────その直後、華からの
彼女の警告に従い、若村は咄嗟に背後を振り向く。
「────────」
そこには、空間から染み出すように姿を現した漆間がアサルトライフルをこちらに向けて立っていた。
「く…………っ!」
「遅い」
咄嗟にシールドを張って防御しようとするが、既にその行動は遅きに失していた。
防御も回避も間に合わず、若村に漆間の銃撃が直撃する。
全身が穴だらけとなり、若村は致命傷を負った。
「一体…………っ!?」
何故、と疑問符を浮かべ、そして気付く。
煙が晴れた、その先。
そこには、見覚えのある黒い球体が浮かんでいた事に。
ダミービーコン。
レーダーに偽装の反応を映し出し、本人の位置を誤認させる為のトリガー。
漆間は爆煙の中であれを発動し、自分がまだあそこにいるとこちらに誤認させていたのだ。
華の位置情報予測は、基本的にレーダーの情報から導き出される。
その感知を誤魔化し、偽りの情報を与える為にこそ漆間はこの爆煙を必要としていたのだ。
そして、恐らくこちらの銃弾が当たったシールドは遠隔で起動したものだろう。
漆間はそこにシールドとダミービーコンを設置して、ビーコンの操作自体は即座にオペレーターに預けた上で自分はバッグワームを纏って速やかに移動。
煙のなくなった場所でカメレオンに切り替え、一気に若村に接近。
カメレオンを解除すると同時に、銃撃を敢行したというワケだ。
恐らく、漆間がカメレオンを使用したのはほんの一瞬だったのだろう。
距離にして、数歩。
彼は若村を充分な射程範囲に収める為だけに、カメレオンを使用した。
だからこそ、華の
最初からカメレオンを使用したのであればともかく、彼が使ったのは数歩の移動の時のみ。
彼女が警告を発した時には既に、漆間は若村を
『戦闘体活動限界。
若村のトリオン体が限界を迎え、崩壊。
その身体は、光の柱となって消え失せた。
「────────」
それと、同時。
上空から無数の流星が落ちて来るのを、漆間は目撃した。
それも、彼を囲い込むような形で。
決して、逃げ場を与えないように。
多少移動しても爆発に巻き込まれるような形で、無数の弾丸が迫っていた。
回避は不可能と判断し、漆間はシールドを張る。
されど。
「────────」
そこで、彼は見た。
瓦礫と化した、路地の向こう。
そこからバッグワームを解除して現れた三浦が、拡張斬撃を振るう様を。
恐らく、最初から煙が晴れた段階で彼を狙うべく待機していたのであろう。
だが、カメレオンを使って若村の背後に出現した彼の動きを読み切れず、仲間を助けるには至らなかった。
それでもこの機会を逃してはならないと、三浦は行動したワケである。
確実に、漆間を仕留める為に。
旋空の前では、どれ程強固なシールドであろうと無意味。
しかしシールドを解除すれば、爆発に巻き込まれる。
どちらであっても、詰み。
その状況にあって、漆間は不敵に笑ってみせた。
「ま、ノルマは達成だな。二点取れたし、これで良いだろ」
────────直後、三浦の旋空が漆間をシールドごと両断。
続けて、樹里の爆撃が着弾。
漆間は爆発に呑み込まれ、光の柱となって消え失せる。
盤面をかき乱したやり手の銃手は、満足気な笑みを最後に戦場から離脱したのであった。