白の少女と白い少年①
(王子先輩に指導して貰えるようになって、本当に良かった。少しずつランク戦でも勝てるようになって来ているし、時間はかかるかもしれないがB級になれる芽も出て来たぞ)
三門市立第三中学校。
その教室でいつも通り自席に不動で座り続けながら、修はこれまでの経過を振り返っていた。
ひょんな事から王子に師事する事になった修だが、彼とは馬が合うというか考え方に似た部分があった為、すぐさま良好な師弟関係を築くに至っていた。
修はこれまでトリオン不足及び戦闘センスの無さからC級ランク戦では全戦全敗という有り様であったが、王子の指導────────────────というよりも入れ知恵によって、彼も少しずつ白星を取れるようになって来たのだ。
最初に射撃トリガーを扱った時はトリオンの低さから来る威力不足から「まともに使えない」と見切りを付けていた修であったが、二宮と樹里の戦闘を垣間見た事でその考えが間違えであった事に気付いた。
射撃トリガーは、ただ弾を撃ち出すだけの代物ではない。
誘導性能を持つハウンドは勿論、アステロイド一つ取っても弾道や弾速の設定調整、及び置き弾等の応用技が存在し、見た目とは裏腹にかなり自由度の高いトリガーであったのだ。
王子曰く「汎用性なら銃手に軍配が上がるけど、応用性なら間違いなく射手が一番高い」との事で、その言は射撃トリガーについて知れば知る程正しい事が理解出来た。
具体的な戦術を教えるのはまだ早いとして王子からは射撃トリガーの基礎から応用にかけてを叩き込まれている最中であり、それだけでもこれまで停滞を続けていた修からしてみれば明らかな前進と言える。
実際、彼に教え込まれた方法を用いる事で徐々にランク戦に勝てるようになっているのだから。
C級である程度ポイントが高い面々は、
これはシールドが使えないC級ランク戦において、雑に弾をばら撒くだけで勝てるハウンドが
しかし、そうやってハウンドをただ使っているだけの隊員は、射撃トリガーの応用性について碌に知らない事が多い。
何せ、弾をばら撒くだけで勝ててしまうのだから、試行錯誤する余地が生まれないのだ。
それ故に同じハウンド使いの戦いはトリオンが尽きるまで撃ち合いを続けるか、油断して弾を受けた方が負けるような、単純で面白みのない展開になる事が多かった。
そんな傾向もあって、C級隊員の中には「勝敗を決めるのはトリオン量が全て」と勘違いする者も一定数存在する。
完全に間違いとも言い切れないが、ランク戦の本質を知る王子はそんな考えを持つC級を「そのままならB級になれても下位止まりで終わりだろうね」とにべもなく切って捨てていた。
確かに、トリガーでの戦闘にはトリオン量が大きく関係して来る。
トリガーの出力は持っているトリオン量によって決まるし、その多寡によって戦闘継続可能時間も大きく異なって来る。
そのトリオンの暴威の極地が二宮匡貴という男であり、ある意味で彼の存在がC級の勘違いに拍車をかける一つの要因でもあった。
無論、二宮が現在の強さの根幹が決してトリオン量だけに頼ったものではない事を知っている正隊員からしてみれば、それこそ勘違いも甚だしいのだが。
(トリオンが少なくても、工夫次第で幾らでも格上食いは出来る、か。王子先輩に出会えなきゃ、こんな事思いもしなかっただろうな)
だからこそ、二宮と樹里の戦闘を見てその本質に無意識に気が付いた修を、王子は評価して弟子入りを認めたのだ。
分からない事を聞く事を一切恥とは思わない修と教えたがりな王子の相性はすこぶる良く、その教育熱心ぶりを同じ隊の蔵内は微笑ましく見守っていた。
王子の修への気に入りっぷりはかなりのもので、既に王子隊の隊室には修用のティーセットが置かれている他、暇さえあれば彼を連れ出して色々な所を回っている。
その贔屓っぷりに一時期樫尾が不機嫌になりはしたが、一度修と正面から話すと真面目同士気が合ったようで今では蟠りはなくなっている。
これまでが碌に先が見えなかった分、明確に前に進んでいると言える現状は修からしても充実した毎日と言えた。
(今日も会う約束をしているし、今度は何を教えて貰えるか楽しみだな。また、クロワッサンでも持って行くかな)
そんな事を考えつつも修は不良に物を取られて困っているクラスメイトを見て当然のようにそれを助け、騒ぐ不良も礼を言うクラスメイトも
彼からしてみれば困っている人を助けるのは当たり前の事であり、他者からの評価やそれによって自分が被る迷惑等は気にしていない。
考えていないのではなく、気にしていないのだ。
これが自分以外の第三者に責が向くようであれば二の足を踏むだろうが、自分一人の被害で収まる分には彼は一切躊躇しない。
それが、彼にとっての
抱いた目的以外様々な意味で眼中にない修の、ある意味異常な日常だった。
「空閑遊真です! 背は低いですが15歳です!」
────────────────そんな、彼の日常に。
その日、白い髪の異分子が。
否。
運命の出会いとなる、白髪の異邦人が。
何の前触れもなく、現れたのだった。
「王子、おまえ最近C級の子に良く構っとるそうやないか。噂になっとったで」
「オッサムの事だね。うん、確かにぼくが彼の指導を引き受けている事は事実だよ。彼は弱いけど、面白いからね」
ボーダー本部、ラウンジ。
そこでは机を挟んで向かい合う、王子と一人の少年の姿があった。
少年の名は、水上敏志。
B級上位部隊生駒隊の射手であり、彼の隊のブレインでもある。
生駒隊の面々といる時は穏やかな笑みを称えている相貌が、今はやや冷たい雰囲気を漂わせている。
これは特別彼の機嫌が悪いという事ではなく、水上は生駒隊から離れている時は常時こんなものである。
むしろ、彼をコメディリリーフの一員にしてしまう生駒隊こそが特別と言うべきであろう。
「へぇ、王子が面白い言う程かいな。一体全体、どんな危険人物なん?」
「なんでそういう評価になるのかは疑問だけど、まあオッサムが普通じゃないって意見には同意するよ。良くも悪くも、彼は我が強いからね」
「成る程、
水上は何処か興味深げに、王子の言葉を咀嚼する。
王子は爽やか系イケメンそのものといった見た目だが、その本性はかなり奇天烈で尚且つ狡猾だ。
笑顔を浮かべたまま平然と人の裏をかいて来るし、頓珍漢なネーミングセンスを持つ上に人の視線を気にせず堂々と奇行を行う為、彼の事を知る者達からは一様に変人の類と思われているしそれは事実だ。
以前はもっと尖っていたらしく、学力は充分なのに進学校の受験の際に面接で落とされた、などという噂もある。
ちなみに、水上の王子に対する評価は「変人の皮を被った策士」である。
変人である事は事実だが、彼はその事すら利用して人の裏をかいたり、自分が
いつもランク戦とぶつかる部隊の参謀としては、色んな意味で気が抜けない相手である。
(こいつが我が強いって言う事は、そいつ相当やな。トリオン低いし弱いいう話やけど、一応注意しとこか。こいつが目を付けてるってだけで、まともな奴やあらへんやろ)
王子は社交的だが、常識的な相手よりも自分に近い奇人変人の類を好む傾向にある。
その彼が此処まで気に入っているのだから、その三雲修という人物の変わり者っぷりも相当なものだろう。
まあ、とうの王子から目を付けられているという意味では、水上も人の事は言えないのだが。
「多分だけど、彼は今後台風の目になると思うよ。色んな意味で普通の範疇に収まらない子だし、状況証拠から推察出来る事もある。色々とね」
「…………そういえば、一時期迅さん肝入りで入隊させた隊員がおるとかどうとか、噂になった事があったなぁ。結局目ぼしい実力を持った新人がいなかったから、単なるデマだって事になっとったけど」
「ふふ、さてね。推論はあくまで、推論に過ぎないよ。これ以上のコメントは、控えておこうかな」
お互いある程度の事情は推測しつつ、それを口に出すような迂闊はしない。
ラウンジでは誰が聞いているか分かったものではないし、ぼかす程度ならともかく明言をしてしまえば何処に耳があるか分かったものではない。
それに、己の弟子に何かしらの特別な事情があろうと、王子のスタンスは変わらない。
彼はいつでも、自分が
「案外、もう
「おれは
「…………!」
修は、絶句していた。
浮世離れした雰囲気を持つ白い髪の少年、空閑遊真。
色々あって彼と共に下校する事になった修は、当然の帰結として昼間の不良に呼び出され、ボコボコにされていた。
不良達は真っ当な三門市民であればまず近付かない警戒区域に、彼を呼び出した。
確かに人目を気にせず蛮行に及べるという点では最適だったかもしれないが、考え足らずな彼等はそれによって生じるリスクに一切気付いていなかった。
警戒区域とは、いつ何処に近界民が出るか分からない場所である。
そこに自ら近付くという事は、近界民に襲われるリスクを自ら背負いに行く無謀な行いに他ならない。
必然として不良達は近界民に襲撃され、それを見咎めた修がトリガーを起動して彼等を逃がしたのだ。
しかし。
修の所持していたのは訓練用のトリガーであり、生来のトリオンの少なさもあってまともに戦ってトリオン兵を倒せるようには出来ていない。
現れたトリオン兵はバムスターと呼ばれる質量だけが武器の雑兵ではあるが、その装甲を抜く手段がない修にとってはまず勝てない相手でもあった。
人相手であればトリオン体の耐久値は一定である為弾を当てさえすれば倒せるが、トリオン兵には硬い外皮がある。
故に修にとって、ある意味同じボーダー隊員よりもトリオン兵の方が余程厄介な相手、と言えるのだ。
とはいえ、修とて王子の薫陶を受けた身だ。
ただやられるばかりではなく、ひたすらに弱点である口内のカメラアイをアステロイドで狙い続ける事で牽制をして時間を稼いだのだ。
こうすれば、増援が来て対処してくれると考えて。
しかし、そこで手を出したのが目の前にいる遊真である。
遊真は修との問答の末に見た事のないトリガーを使ってトリオン体へ換装し、バムスターを一蹴してみせた。
その高い実力に修は彼が自分の知らない隊員であったと考えたが、それは彼自身の口で否定された。
どころか、それ以上の爆弾発言を繰り出したのだ。
自分は、
驚く、どころの話ではない。
修にとって、というよりも三門市民にとっては。
目の前で遊真に砕かれて沈黙している巨大な白い怪物こそが近界民であり、それが全てであると思っていた。
しかし、話を聞けばこの白い怪物はトリオン兵という機械人形であり、本当の近界民は自分達と同じ人間であるのだという。
混乱の極地にある修だが、そこでふと一つの考えに辿り着く。
遊真は彼曰く近界民であり、そしてボーダーは近界民の排斥を掲げている組織だ。
加えて此処でバムスターが出現した事は当然本部に察知されている筈であり、遠からず誰かしら隊員が向かって来るだろう。
その場に遊真がいては、要らぬ騒動を引き起こす可能性があった。
「とにかく、この場から離れよう。詳しい話で後で聞かせて貰うぞ」
「────────なに、あの子」
だが。
ある意味で、それは手遅れと言えた。
警戒区域の境界線にある、マンションの一室。
そこで何気なく外を、警戒区域の方角を見ていた樹里は。
一部始終を、その
本来、彼女のマンションと現場はかなり離れており、普通であれば肉眼で見える筈がない。
されど、彼女の
数キロ先の光景もスコープなしで俯瞰出来るその右目は、マンションの一室から遊真が換装してバムスターを倒すまでの光景をリアルタイムで視認する事に成功していた。
明らかにボーダーの規格とは異なるトリガーを扱う、桁外れの強さの子供。
どう考えても普通ではない光景を前に、樹里は困惑して。
(取り敢えず、賢に話してみよう)
色々考えを投げ捨てて、日頃から頼っている相手に相談する事に決めたのだった。
こうして、樹里は。
佐鳥と共に、白い髪の異邦人と関わって行く事になる。