「うっわ最悪。こんな序盤であの男の所と当たるなんて」
香取はアナウンスされた次の試合の対戦組み合わせを見て、あからさまに眉を顰めた。
それはそうだろう。
何せ、相手は二宮隊だ。
本来であれば何戦か樹里をチームランク戦に慣らし、その上で万全の対策を立てて臨みたかった相手である。
少なくとも、こんな序盤で当たってしまうのは運が悪いと言う他ない。
彼女の言には若村や三浦も同意する他ないのか、苦笑いを浮かべていた。
「葉子。決まったものはしょうがないわ。取り敢えず試合の日までに対策を立てて、出来る限りの結果を出せるよう頑張るしかない」
「華」
「それに、いつかは必ず当たる相手だもの。此処はむしろ、初期にぶつかる事が出来て良かったと思いましょう。直接ぶつかる事でしか得られない情報もあるんだしね」
「────────そうね。腹を括るしかないか」
華の言に、香取は頷く。
確かに、彼女の言う通りではある。
対戦組み合わせは、一度決まった以上従う他ない。
ならばそれを愚痴るよりも、少しでも建設的な方向に考えた方がずっと良い。
また、樹里を加えた今の香取隊があの二宮隊に何処まで食い下がれるかを測るには良い試金石の場でもある。
現在の香取隊が、二宮隊に果たしてどこまで通用するか。
これは、実際にぶつからなければ分からない事でもある。
ある程度想定を重ねる事は出来るが、机上の推測と実際の戦闘は別のものだ。
これがランク戦の終盤であればそんな事は言ってられなかっただろうが、幸い今は得点を重ねた事である程度余裕がある。
次の試合が良い結果に終わらずとも、即座に中位落ちする可能性はそこまで高くはない。
無論絶対安心出来るというワケではないが、次の試合結果があまり奮わずともまだ取り返しの利く範囲ではある。
一気に6位にまで躍り出た戦果は、決して低いものではないのだから。
「そうね。腐っていても仕方がないわ。やるからには、きっちり成果を出さないと。勝つまではいかなくても、とにかく情報を得なきゃ次に繋がらないものね」
「そうだね。華の言う通り、実際にぶつかる事でしか分からない事もあるもんね」
「…………そうだな。ウダウダ言ってても意味はねーか」
香取に続き、三浦と若村も頷いた。
対戦組み合わせが決まってしまった以上、文句ばかり言っていても仕方がない。
ならば、この機会をどう活かすかを考えた方が余程合理的だ。
表情は硬く香取程割り切れているワケではないようだが、此処で文句を垂れ流すような無様はしないあたり成長が伺える。
以前の彼等であれば、言いたいだけ文句を言って終わりだっただろう。
それがなくなっているだけでも、彼等の成長は確かなものだったと言える。
「それから、今回の試合の振り返りもやっておきましょう。実際に戦う事で、樹里の使い道も見えた事だしね」
「そうね。最初に提案された時は耳を疑ったけど、実際にあんな真似が出来ると分かった以上色々やれる事は多そうだし」
「ん、頑張った。褒めて」
「はいはい、良く頑張ったわね樹里。助かったわ」
話が試合の振り返りになり、ここぞとばかりにアピールをする樹里の頭を香取は優しく撫でる。
ん、と気持ち良さそうにされるがままとなっている樹里の姿に、若村達は彼女の意外な一面を見てどう反応したら良いか分からず困惑していた。
身内相手には甘え癖がある樹里であるが、常の浮世離れした雰囲気と儚げな美貌の所為でそんな性格のイメージが掴み難いので無理はない。
樹里は身内以外には基本的に淡泊だが、一度懐に入り込んだ相手には徹底的に甘える傾向がある。
相手によって態度が180度変わるので、面食らうのも無理はないと言える。
香取や華にとっては子犬のように甘えて来る樹里の姿はむしろ見慣れたものなので、驚くには値しないのであるが。
「とにかく、障害物に穴を空けるだけで樹里の狙撃出来る範囲が拡大するのが分かったのは大きいわね。今後の試合でも、ある程度は狙っていけそうだわ」
「けれど、今回はMAPの性質に救われた部分も大きいわ。高低差のある市街地Cだからあんな真似が出来たけれど、仮に市街地Aや市街地Bのような平坦な地形であれば同じ事をしようと思ったら相当高い建物に昇る必要があるもの。有効な手ではあるけど、過信は出来ないわ」
華の言う通り、今回樹里がMAP全域を狙い撃てたのは高低差がハッキリとした市街地Cだからという事もある。
これが市街地A等の地形であれば、同じ事をするにはそれなりに高所に陣取らなければならない。
そうなると位置を推測され易くなる為、今回のような無双が出来るかは不明だ。
樹里は通常の狙撃手とは異なり相手に近付かれても抵抗の手段があるが、それでも近距離での攻撃手の脅威は決して無視出来るものではない。
迎撃手段のメインが発射までにタイムラグがある射手トリガーという事もあり、過信は禁物だ。
彼女は強いが、決して無敵というワケではないのだから。
「そうね。そこは今後の試合で色々試すとして、今回は漆間が樹里を狙って来なかったのは少し残念だったわね。樹里の言葉が正しいかどうかは、これで証明される筈だったんだけど」
「葉子は心配性。実際に来ても、ちゃんと返り討てたよ。わたしには、
そこで、話は漆間の事に移る。
実況席でも話題となった、香取隊が樹里に護衛を配置しなかった理由。
それは、漆間が奇襲を仕掛けて来てもそれを看破出来るからだ。
何故なら、
彼女の
それにより、カメレオンの使用者によって少しでも周囲の風景が歪めば、即座に樹里はそれを看破出来るのだ。
香取隊との初戦でカメレオンを使った三浦を見破って返り討ちにしたように、彼女に対して
だからこそ、樹里を単独で放置しつつ香取を荒船にぶつける事が出来たのだ。
荒船隊全員の位置が判明した段階で、唯一動く事の出来た漆間が彼女の脅威とならない事が分かっていたからこそ出来た動きとも言える。
「流石に、あからさま過ぎたかもしれないわね。樹里を単独で放置した時点で、何かあると思って軽々に動くことを避けたのかもしれないわ」
「残念ね。カメレオンを見破られて間抜け面を晒した漆間をぶっ倒すチャンスだったのに」
「うん。狙って来なかったのは、残念。漆間くんを、吹き飛ばしたかった」
「アンタ割とトリガーハッピーよね。まあ、それは昔からか」
いつもの表情で物騒な事を宣う樹里に、香取は肩を竦める。
いきなりの発言にぎょっとなる若村達であるが、香取達にとっては慣れたものだ。
樹里はダウナーなようでいて、割と好戦的な面がある。
昔、香取とゲームで遊んでいた時もそれは顕著だった。
特に格闘ゲームやガンシューティングでは、敵を倒す度に無表情で悦に浸る彼女の姿を頻繁に目撃していた。
身内でないと分からない表情の変化ではあったが、画面の中で敵を粉砕する度に口元が歪んでいる姿は度々目にしていたのだ。
それを思えば、樹里の発言は今更というものでしかない。
あくまでも、香取や華にとっての話であるが。
「けれど、タネが割れていない以上まだ使えるネタではあるわ。多分二宮さんにはバレているから、次の試合では使えないけれど」
「そうね。麓郎の話じゃ、犬飼先輩があの試合を見てたそうだし。当然、知られてるわよね」
若村の話によれば、犬飼はあの樹里と香取隊がぶつかった最初の試合を見ていたのだという。
ならば当然、三浦のカメレオンを見破って撃破したシーンも見ていた筈だ。
故に、この情報は二宮には知られていると見た方が良いだろう。
少なくとも、安易に二宮隊相手に使える作戦ではないと見た方が良い。
相手は、B級部隊の頂点に君臨するトップチーム。
多少の策など、簡単に食い破って来ると見た方が間違いはないだろう。
「しっかし、漆間と当たるのはかなり久々だったけどやっぱ面倒な相手だったわね。横から獲物を掻っ攫われた上に、麓郎まで落としていくんだもの。ケジメは付けさせたから、まあ良いけど」
「…………面目ない。オレは」
「別に、アンタを責めてるワケじゃないわよ。多少漆間に得点された所で順位は変わらないんだし、結果的に倒せたから問題ないわ。下らない事で悩むより、次に活かす事を考えてなさい」
「…………そうだな。すまん」
漆間に負けた事を気にしている若村に対し、香取はぶっきらぼうながらも檄を飛ばす。
彼女の言は若村に対する気遣いであり、それは彼も分かっている。
故にこそ、若村は以前とは比べ物にならない香取の精神的な成長に、舌を巻いていた。
少なくとも、自分などよりも余程進歩が目に見えている。
昔の自分は見れたものではなかったが、それを加味しても香取の成長は本当に著しい。
あの樹里との二度に渡る戦いや、その過程での二宮隊の指導。
更に大規模侵攻を経た事で、香取は着実に成長を重ねている。
要領の良い天才肌である事は分かっていたが、未だ強くなっている実感が持てない若村にとってその歩みの速さは焦りを生む要因となっていた。
香取は前に進んでいるのに、自分は未だに足踏みを続けている。
そんな感覚が、若村の中からは消えなかった。
実際はしっかりと隊の一員として貢献出来てはいるのだが、若村は眼に見える戦果がなければそれを実感し難い
犬飼の指導によって改善の傾向は見られつつはあったが、これまでの癖というものは中々変わるものではない。
若村は、意識改革が出来たのがごく最近の話なのだ。
以前の、色々と理由を付けて自分の有り様から眼を背けていた頃からは充分先へ進んでいるのだが、分かり易い変化が無い分それを実感出来ないのも無理はない。
この若村の自己認識の問題は、まだ解決出来てはいなかった。
それは薄々香取隊も気付いてはいるが、正直この場に精神面のフォローに向いた人材は皆無と言える。
その為問題がある事は分かっているが、有効な手立ては今の所浮かんではいない。
実のところ香取は若村がどれだけ醜態を晒そうが付き合い続ける所存である為、いっそ割り切っているとも言える。
若村の心に燻っている、劣等感。
これは、今後の香取隊の課題の一つである事は間違いはないだろう。
「とにかく、今回の試合に関してはこのくらいよね。樹里がどれだけやれるかはこれで分かったし、それを踏まえて次の対策を立てられるわ。相手が二宮隊と、あの王子のトコってのがネックだけど」
「王子隊には、前期の最終ROUNDでしてやられたものね。警戒するに越した事はないわ」
「ったく、今思い出してもムカつくわ。まんまと嵌められて中位落ちした原因なワケだし、あの借りはノシつけて返さないと気が済まないもの」
当時の事を思い出したのか、香取はギリ、と唇を噛んだ。
前期のB級ランク戦、その最終ROUND。
香取隊は王子隊の策に嵌められる形で二宮隊と影浦隊の攻撃に晒され、敗退した。
その時の屈辱は今でも覚えているし、香取が王子に対し刺々しい原因の一つである。
元から生理的に無理な相手ではあったが、その時の因縁で彼への敵意がより強固になっているのは間違いない。
香取は表面上サバサバしているが、恨みも恩も忘れない性格だ。
義理堅く誠実と言い換える事も出来るが、一度恨みを覚えた相手への粘着度合いも結構高い。
木虎も似たような性質を持っているが、向こうはそれはそれとして割り切って大人の対応をする公平さを持っているのに対し、香取は割とストレートにその感情を表現するタチだ。
嫌いなものは嫌い、と明言する事に躊躇いのない香取にとっては、王子が不俱戴天の仇である事に違いはないしそれを公言するのも無論辞さない。
あの一週間の指導期間で散々暴言を吐かれ続けた二宮に対しても良い印象は抱いていないが、彼の場合は指導して強くして貰ったという
感情的な反面、義理を決して忘れない香取にとっては世話になった相手に正面から悪感情を向けるのは抵抗があるのだ。
だからこそ二宮はムカつく相手ではあっても、何が何でもぶっ飛ばしたい対象かと言われればそうでもない。
機会があればお礼参りを実現したいと常々思っている王子とは、彼女の中の立ち位置が違うのだ。
このあたりが恨みも恩も忘れない、情深いながらも誠実な香取の性質が現れていると言えた。
「MAP選択権はウチにあるけど、油断はしない方が良さそうなのは確かね。後で、彼等が選びそうなMAPについては考えないといけないわね」
「そうね。王子の事だからきっとえげつない作戦考えて来るだろうし、樹里がいるからといって油断が出来る相手じゃないわ。けど、頼りにはしてるわ。樹里」
「ん、任せて。王子先輩の事は良く知らないけど、ちゃんと吹き飛ばしてあげる」
幼馴染に頼りにされて内心ご満悦な樹里は、にこりと笑ってピースサインをかます。
その普段とのギャップが著しい姿に「これ、オレ達が見てて良い光景なのかな」と煩悶する三浦達男性陣の姿があったが、それを気にする少女達ではない。
身内ゆえの気安い雰囲気のまま、話題は雑談へと移り変わる。
そんなこんなで、試合後の香取隊のミーティングは姦しい空気で終わりを迎えるのだった。