香取隊の狙撃手   作:デスイーター

143 / 492
漆間恒①

 

 

「邪魔するよ」

「マジで邪魔だから帰って下さい」

「残念だが、その選択肢はない────────────────六田は行かせたか。予想通り過ぎてつまらんな」

 

 威風堂々、傍若無人に漆間隊の隊室のドアを開き中に入って来たのは誰あろう真木理佐である。

 

 彼女は本気で迷惑そうにしている漆間を意にも介さず、我が物顔で隊室のソファーに座り込んだ。

 

 それを鬱陶しそうに睨みつける漆間だが、真木は鼻歌さえ歌う始末。

 

 あまりにあんまりな好き放題ぶりに、対外的には無遠慮且つ自己中で知られる漆間でさえ頭を抱える有り様であった。

 

「なんだい。ここは客に茶も出さないのか?」

「アンタを客とは認めてないんで。お帰りはあちらです」

「そんなに、大切な人との愛の巣を他人に侵されるのが我慢ならないかい?」

「別に。六田先輩とはそういうんじゃないですし」

「おや、私は別に六田がどうこう言ったつもりはないんだがね」

「……………………」

 

 ああ言えばこう言うの体現のような真木にペースをすっかり掴まれ、失言を引き出された漆間は押し黙る。

 

 しかし、口喧嘩の女王(真木)相手にそれは悪手だった。

 

 ニヤリと、少女の口にチャシャ猫のような笑みが浮かぶ。

 

 これは完全に、玩具を見付けた時の顔であった。

 

「沈黙は肯定と受け取るよ。というか、アンタは六田とそれ以外の人間の接し方が違い過ぎて丸わかり過ぎだよ。六田だけ特別扱いしてるのは眼に見えてるんだし、観念したらどうだい?」

「自分の隊のオペレーターを尊重するのは別におかしな事じゃないでしょ。風間さんだって自分のオペは大事にしてるって聞きますし」

「三上をお姫様扱いするのは当然だろうが何言ってんだお前はいいかあいつは天使とか女神とかそういう言葉じゃ語り尽くせないくらいに可憐で稀有で労わり深くて唯一無二の────────」

「…………ミスった。愛好家(シンパ)に迂闊に話題を提供するべきじゃなかったな」

 

 口撃で追い込まれていたとはいえ、真木相手に安易に三上の話題を出してしまった事を後悔する漆間。

 

 自他共に認める鉄の女な真木であるが、友人の三上を狂信と言って良いレベルで溺愛しているのは一部では有名な話だ。

 

 彼女の前で三上を貶す発言は無論NGだし、迂闊に話題を出しただけでそのメロメロっぷりを言葉に出して喧伝しなければ気が済まない。

 

 そういうレベルのシンパである事は分かっていただけに、軽々に三上の名を出してしまった事が口惜しい。

 

 冷静に考えればこうなる事は分かり切っていたので、今のは完全に漆間のミスである。

 

 三上への愛の言葉(マシンガントーク)を続ける真木を横目で見ながら、漆間は大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

 

「少し喋り過ぎてしまったな。本題もまだなのに、私とした事が迂闊だった」

「お帰りはあちらです」

「つれないね。夜遅くに女と密室で二人きりだってのに、少しは愛想良くしたらどうだい?」

「アンタを女として見る事は永劫有り得ないんで。もう時間も時間なんで、さっさと帰ってくれないですかね」

 

 はぁぁ、と漆間は大きく溜め息を吐いた。

 

 ひとしきり三上愛好家(シンパ)としての言葉を垂れ流した真木だが、そこで満足して帰る、という事にはならなかったらしい。

 

 聞きたくもない三上称賛説話(ファントーク)を繰り広げられた分、それで終わってくれないかなと淡い期待を抱いていたがどうやら無駄だったようだ。

 

 趣味に走ろうが邪魔が入ろうが自分の目的だけは忘れないあたり、とても真木らしい。

 

 腐れ縁とでも言うべき間柄の相手であり、その性格を実体験で理解させられている漆間としてもこの少女の対処は容易なものではないのだ。

 

 そもそも、口の強さでは完敗しているので無理もないが。

 

「ほぅ、それは私に女としての魅力がないとかそういう話か?」

「それ以前の問題。いちいち喧しく口を突っ込んで来る奴相手に色っぽい展開なんか期待するかっつーの」

「なんだ。てっきり六田に誤解されるから素っ気なくされているのかと思ったが、違うのか?」

「別に、そんなんじゃねーし」

「隠さなくとも、私から逃がす為に六田を退室させた事くらい分かっている。お前が残っていたのは、此処で逃げて別の日に来られるよりは良いとの判断だろう。私の性格を理解しているようで何よりだよ」

「……………………」

 

 漆間は心の中で、盛大に舌打ちする。

 

 確かに、彼女の言う通りであった。

 

 六田を部屋から出したのは何を言うか分かったものではない真木の口撃から守る為だし、漆間自身が帰らなかったのは今日逃げてしまっては別の日のランダムな時間帯に隊室に突貫される事が目に見えていた為だ。

 

 真木はサバサバした性格に見えるが、少女らしい執念深さはしっかり備えている。

 

 一度動くと決めた以上、彼女が止まる事はまずないであろう事もこれまでの付き合いで理解しているのだ。

 

 故に、六田の身代わり(スケープゴート)として自分がこの場に残る覚悟を決めたワケだ。

 

 真木は執念深い一方、一度解決した物事について何度も突っ込むような粘着質な女でもない。

 

 一度欲求を解消してしまえば、後に引く事は殆どないのだ。

 

 だからこそ、漆間は今日この場で真木の相手をする事で今回の決着とする事を決めたのだ。

 

 それを完璧に見透かされた時点で、失態ではあるが。

 

 こちらが真木の事を理解しているように、彼女もまた漆間の内面については承知している。

 

 後は口撃力の高い方が勝つ以上、こうなる事は自明の理と言えた。

 

「揶揄うのもこのあたりにしておくか。ヘソを曲げられ続けても困るしな」

「もう充分なんですけど。まだ何かあるんすか?」

「本題だ。私も単に、お前と遊ぶ為だけに此処に来たワケではない」

 

 真木はそう言って軽く笑うと、その眼に真剣みを持たせて顔を上げた。

 

「漆間、新しい香取隊と戦ってみてどうだった? 私からの評価は実況席で言った事が全てだが、お前の意見も聞いておこうじゃないか」

「…………どうも何も、二度とやりたくねークソゲーっすね。木岐坂の盤面攪乱能力が尋常じゃねーし、香取もなんか強くなってるっぽかったしな。香取隊の弱点だった精神面も補強されてるくせーし、あれは中位にいちゃ駄目なチームでしょ」

「それには私も同感だ。以前の香取隊ならともかく、今の香取隊は中位チームで相手に出来るレベルの部隊じゃない。でも、お前なら今回みたいに立ち回ってどうにか出来るんじゃないかい?」

 

 そんな真木が出して来た話題は、香取隊に関する事であった。

 

 樹里の加入によって、著しく強化された香取隊。

 

 真木はその所見を求めて、この場にやって来たワケである。

 

 漆間弄りは目的ではなく生態のようなものなので、言葉通り本命はこちらだ。

 

 それを、彼女の言から理解したのだろう。

 

 漆間は大きく溜め息を吐き、口を開いた。

 

「あんなん初見じゃなきゃ通用しねーよ。こっちは数少ない手札を切ったんだし、二度と当たらない事を願いてーよ。当たったら当たったで、やれる事をやるだけだけど」

「ふむ。ちなみにその場合、どういう戦略を取る気だい?」

「基本的には同じ。エース二人は放置して、横の二人を狙うだけ。それ以外にある?」

 

 成る程、と真木は頷く。

 

 確かに、今の香取隊の大きな脅威は樹里と言う新戦力と隙の埋まった香取というエースの二枚看板だ。

 

 点さえ取れれば相手は誰でも良い漆間にとっては、彼女達を避けて残る二人を狙うのは至極真っ当な戦略と言える。

 

「肝心のエース二人の対処はどうするつもりだい? 放置すればするだけ、盤面をかき乱すタイプだよあれは」

最初(ハナ)から生存点は狙ってないんで。むしろ盤面を荒らされれば荒らされた分、チャンスが増えるだけでしょ。つか、なんでそんな事気にすんの? 別にアンタのトコがランク戦で香取隊と当たるワケじゃあるまいし、情報を集める意味なんてないでしょ」

 

 そのついでに、疑問を口にする。

 

 漆間はてっきり真木は自分を揶揄う為にこの場にやって来たと思っていたが、この話しぶりからするにこちらが本命なのが見て取れた。

 

 良く考えれば、それはおかしい。

 

 真木がオペレーターを務める冬島隊はA級部隊であり、ランク戦ではB級チームの香取隊と関わる事はそうない筈だ。

 

 彼女が香取隊の誰かと仲良くしているという話は聞かないし、精々が以前若村をボロクソに評価していたくらいで、接点など無い筈である。

 

 だというのに、今の真木の言葉からは何処か真剣味を感じ取れた。

 

 つまりそれは、香取隊の戦力を何らかの理由で警戒していると同義であった。

 

「ちょいとね。ウチの当真(バカ)がこの前、木岐坂相手にしてやられる事があったんだよ。()が無いに越した事はないが、一応情報だけでも集めておこうと思ってね」

「アンタこそ、チームメイトを大事にしてるじゃねぇか。その口で良くあんな事が言えたもんだ」

「ナマ言ってんじゃないよ。あいつ等の尻を蹴飛ばすのは、私の仕事だ。ケツを拭いてやる義理はないが、蹴り飛ばす側の責任として具体的な改善策を用意するのは当然だろう。私は、口だけの女になるつもりはないからね」

 

 真木はハッキリと、有無を言わさぬ様子でそう断言した。

 

 その迫力に、漆間は思わずたじろく。

 

 自分と真木は、似たところがある。

 

 興味の無い相手には徹底して冷淡な癖に、身内等を相手にした場合は過剰な程世話焼きになるあたりがそうだ。

 

 口には出さないが、それなりに付き合いはあるので彼女の性格傾向(パーソナル)は理解している。

 

 真木は言動の圧が強く相手によっては即座にフリースタイルバトルが勃発するが、それはそれとして自分の責任を放り投げる事は絶対にしない。

 

 彼女は、正論とは筋を通した上で使うからこそ意味のあるものである事を知っている。

 

 当たり前の正論(じょうしき)を語るには、相応の正しさがなければならない。

 

 それを深く理解しているからこそ、真木は筋を通す事を第一とする。

 

 今回の件も、六田を帰す余地を残しているあたりにそれが伺える。

 

 彼女としては日を改めて六田と漆間が揃っている状況で突貫する手もあったが、漆間が誠意を見せる事は分かり切っていた為にそれはしなかった。

 

 誠意には誠意で返すのが、真木流の筋の通し方なのだから。

 

「お前だって、一人部隊に拘っているのは六田の為だろう? 並列思考が苦手なあいつの劣等感を刺激しない為に、敢えて自分の悪評を広めているあたり大したものだと思うがね」

「別に有象無象が何を言おうが気にしないんですけど。変な解釈しないで貰えます?」

「そこは素直に認めな。往生際が悪い事を言ってるんじゃないよ」

「何の事だか分かりかねますね。真木先輩こそ、何を言っているんです?」

「レスポンスが速いな。失言をしなければ良いと思っているようだが、別に心理を見抜くのに必要なのはそれだけじゃないぞ。声に焦りがある時点で、何かを隠しているのは丸わかりだ」

 

 くつくつと笑う真木に対し、漆間は押し黙る。

 

 ああ言えばこう言うの代表例のような真木だが、間違った事は言っていないのが最も厄介である。

 

 漆間もそれなりに地頭は良いが、持ち前の頭の回転を仕事にも趣味にも全力で活用しまくる真木相手では流石に分が悪い。

 

 洞察力が半端ない為、多少の失言どころか一挙手一投足から真意を見抜かれる。

 

 矢張り様々な意味で、漆間の天敵と言って良い存在であった。

 

「楽しませて貰った礼だ。あの後二宮さんから聞いた話だが、教えてやる。お前が木岐坂を狙わなかったのは、正しい判断だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()らしいぞ」

「…………っ! 嫌な予感の正体はそれかよ。マジでクソゲーじゃねぇか」

「詳しい原理までは説明する気は無い。だが、今後色々と有用な情報だろう?」

 

 チッ、と漆間は内心舌打ちする。

 

 確かに、この情報は有用だ。

 

 真木が実況の席でこれを追及しなかったのは、恐らく樹里の副作用(サイドエフェクト)が関わるからだろう。

 

 ボーダー隊員にとって、サイドエフェクトというものが存在する事自体は既知の情報ではある。

 

 だが、正隊員と直接のかかわりのないC級隊員にとっては誰がどんなサイドエフェクトを持っているかまでは知らず、「そういうものがある」くらいの認識だ。

 

 多くのC級隊員が集まる都合上、ランク戦の実況の場では副作用(サイドエフェクト)について直接言及するのはマナー違反であるとされている。

 

 これは暗黙の了解であり、たとえば樹里の場合は「眼が良い」等の暗喩を用いて表現しているのが代表例だ。

 

 それだけで正隊員は何を言いたいのか察するし、ミーハーな性質の多いC級隊員に偏った情報を与える心配はない。

 

 だからこそ、真木は実況を終えた後個人的に二宮に質問したのだろう。

 

 彼と樹里の関係性を知らない漆間にとっては何故二宮がそんな事を知っているのかという疑問はあるが、実際に有用な情報であったのは確かだ。

 

 こういうふとした時に利益を齎してくれるからこそ、真木という少女は厄介なのだ。

 

 なるべく関わりたくはないが、時折提供して来る情報には有用なものが多い。

 

 六田の為にも必要な知識の採集は怠っていない漆間にとっては、なんとも扱いに困る相手であった。

 

「…………礼は言わないっすよ」

「構わん。私ばかり楽しませて貰うのも悪いしな。迷惑料のようなものだと思って受け取っておけ」

「迷惑だと思うならそもそも来ないで欲しいんですけどね」

「お前は私に息をするなと言うつもりか? 流石にそれは無茶というものだ」

「アンタ、ホント良い性格してるな」

 

 漆間ははぁぁ、と本日何度目かも分からない溜め息を吐く。

 

 有能な分扱いに困り、しかも中々に性格が良いと来る。

 

 矢張り様々な意味で、天敵と言って良い相手である事は間違いなかった。

 

「そろそろお暇しようじゃないか。六田を待たせているんだろう?」

「…………何の話っすか」

「お前がこんな暗い時間帯に六田を一人で帰らせる事など有り得ない事は分かっている。大方、何処かで別の女性隊員にでも預けているんだろう? お前や六田のコネクションから考えれば────────」

「分かってるならさっさと帰って下さい。アンタもどうせ、当真先輩あたりを待たせてるんでしょ?」

「虫避けには丁度良いガタイだからなあいつは。あの馬鹿を連れているだけで面倒が減るんだから、使わない手はないだろう」

 

 じゃあな、と最後までふてぶてしい態度を維持しながら真木は去っていく。

 

 その後姿を見送り、漆間ははぁ、と最早癖のようになったため息を吐いた。

 

「…………そろそろ行くか。待つように言ってっけど、余計な気を使いかねない頃合いだしな」

 

 漆間は気持ちを切り替え、六田を預けた場所に向かうべく歩き出した。

 

 やっぱり、あいつ苦手だと。

 

 嵐のように現れて去っていった、真木の事を思いながら。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。