香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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王子一彰③

 

 

「中々に面白い事になったね、クラウチ」

「そうだな。三雲達の躍進にも驚いたが、まさか香取隊があそこまで成長しているとは予想外だった」

 

 王子隊、隊室。

 

 そこでは、ランク戦のログを見返している王子達の姿があった。

 

 画面の中では樹里の爆撃が炸裂しており、その威力と脅威に瞠目していた。

 

 トリオンが高いのは知ってはいたが、樹里自身が個人ランク戦を行う事は殆どなく、その威力がどれ程かは伝聞で伝え聞くしかなかった。

 

 そういった事情もあって今回公的に樹里の強さの程を知れる機会であった為、王子としても注目していたのだ。

 

 結果は、予想以上にも程があったが。

 

「って、何平然としているんですか二人共…………っ! 次、その香取隊と当たるのは自分たちなのですよ…………っ!」

 

 そして当然、それを見ていた樫尾も黙ってはいられない。

 

 彼も樹里の強さについては噂程度で耳にしてはいたが、まさかこれ程とは思っていなかったのだ。

 

 画面の中で降り注ぐ、爆撃の雨。

 

 その脅威を前にしてしまっては、生真面目な樫尾としては冷静ではいられないのだろう。

 

 妙に落ち着き払っている王子達の態度も、その想いに拍車をかけていた。

 

 あの爆撃を見て、この有り様。

 

 樫尾にはそれが、樹里を軽く見ているように見えてならなかったのだ。

 

「まずは落ち着こう、カシオ。ジュリアーナの脅威については、しっかり認識しているとも。けれど、まずは客観的に物事を見なければ始まらないよ。無暗矢鱈に焦るよりも、そちらの方が良い案が浮かぶ事が多いものだ」

「…………っ! 失礼しましたっ! その通りですねっ!」

 

 されど王子の説得を受け、樫尾はすぐさま前言を撤回した。

 

 その内容から、王子が別段樹里の脅威を軽く見ているワケではないと気付いたのだ。

 

 彼の言う通り、焦ったところで妙案が浮かぶワケではない。

 

 ならば冷静に事実を受け止め、その上で現状を客観視する事は重要だ。

 

 樫尾は生真面目で融通が利き難いが、理屈が通っている事であれば素直に受け入れ自身に非があればすぐに認める素直さもある。

 

 直情傾向ではあるが、見た目程頑固というワケでもないのだ。

 

 このあたり、王子の教育の成果が見て取れる。

 

 単なる堅物に過ぎなかった樫尾の精神に融通を利かせ易くしたのは、間違いなく彼の影響に依るものであろうからだ。

 

 突拍子のない無茶ぶりを繰り返し、それに慣れさせた上で丁寧な指導を行い信頼を得る。

 

 その手法を以て王子は樫尾の教導を順調に進ませており、その甲斐もあって樫尾も今ではすっかり自らの隊長の手法に慣れてしまっていた。

 

 故に、理屈さえ通っていれば樫尾は納得する。

 

 王子としては樫尾の素直な面も相俟って、常に教師然とした態度を取る事が出来るので大のお気に入りでもあった。

 

 最近修にばかり構っていた為に樫尾としてもあまり面白くはなかった様子であったが、ランク戦が始まるにあたって王子は彼と距離を置く事にしていた。

 

 確かに修は王子の弟子であるが、現在は既にランク戦を競い合う間柄である。

 

 今期が初参加である修達であるが、彼等ならばそう遠からず自分達のいる所まで上がって来るだろうという信頼もあった。

 

 故にランク戦の期間中は師匠としての仕事は休業し、距離を置く事を前以て修には伝えてあった。

 

 理屈も納得出来るものであった為、修もそれは素直に受け入れている。

 

 修は教えを受ける側として真摯な態度を心掛けているが、その性根は淡泊だ。

 

 色々指導してくれた王子には感謝しているし、敬愛の感情を向けてもいる。

 

 しかしそれはそれとして、競い合う間柄であるのなら一度対峙した際にはあらゆる手段を以て撃滅する事に一切の躊躇いは無い。

 

 恩は恩として感じるが、それとこれとは話が別。

 

 修はそういう割り切りをナチュラルに行う事が出来る人間であり、そういう所も王子は気に入っていた。

 

 生駒隊のように強固な仲間意識と義理人情で繋がっている関係性も悪くはないが、淡泊でありながらも目的の為なら何処までも冷徹になれる修の精神性は王子からしてみても興味深く面白いものであった。

 

 そういった面も、王子が修を贔屓している理由の一つと言える。

 

 彼は相手が特異な性質を持っている人物であればある程、好感と興味を抱くタチなのだから。

 

「さて、まずはジュリアーナの脅威については理解したと思う。でも、一応確認するよ。カシオ、ジュリアーナの特筆すべき厄介な点はなんだと思う?」

「はいっ! 高いトリオンによる高威力の爆撃と、超々遠距離狙撃ですねっ!」

「それも正解ではある。けれど、満点はあげられないかな」

 

 え、と早速出鼻を挫かれた樫尾の百面相を見てうずうずしながらも、王子は丁寧に説明を開始した。

 

 今は彼を弄る時ではなく、現状を正確に知らせる為に時間を使うべき時だからだ。

 

 趣味に走り易い王子とはいえ、そのあたりのTPOは弁えている。

 

 何にでも噛みついていた昔とは、色々な意味で違うのだから。

 

「ジュリアーナの特筆すべき脅威として、高トリオンによる爆撃とMAP全域に及ぶ射程距離を持つ狙撃があるのは確かだ。けれど、それを支えている彼女の副作用(サイドエフェクト)を忘れてはいけないよ」

「あっ、そ、そうでしたっ! 木岐坂さんのサイドエフェクトは、確か────────」

「────────強化視覚。これが、ジュリアーナの脅威の中でも最たるものだとぼくは見ている」

 

 王子の言に、樫尾は納得して頷く。

 

 確かに、派手な爆撃と超々遠距離狙撃ばかりが眼に入っていたが、その二つを支えている彼女固有の能力については失念していたからだ。

 

 サイドエフェクト、強化視覚。

 

 それこそが、彼女の強さを支える根幹なのだから。

 

「ジュリアーナのサイドエフェクトは、聞くところによるとかなり離れた場所の光景でも目の前にあるかのように認識出来るらしい。だからこそ、彼女は狙撃にスコープを用いないんだ。そんなものがなくても、直接裸眼で遠方を視認出来るワケだからね」

「え、それじゃああの頭部に付いているスコープサイトは何なんですか?」

「あれはただのアクセサリーだよ。視力補正の効果は無い。そもそも、そんな特注品をB級の彼女が作れるワケがないだろう? あれは見た目がスコープなだけで、特別な効果はないんだよ」

 

 思いも寄らなかった事実に、樫尾は瞠目する。

 

 その手に持つイーグレットにスコープが付いておらず、右目を覆う形で頭部にスコープらしきものを装着しているものだから、てっきりあれが視力補正効果を持ったアイテムとばかり思っていたのだ。

 

 しかし、冷静に考えてみればそれは有り得ない。

 

 そういった特殊な効果の付随した装備を発注出来るのは、A級の特権だ。

 

 B級隊員であっても刀に鍔を付けるくらいの、多少トリガーの形を変える程度の改造であれば引き受けてはくれるが、本格的な補正効果を持った装備品となれば流石に対象外だ。

 

 彼女が開発室に依頼したのは使用する狙撃トリガーからスコープを取り外す事のみであり、頭部のスコープサイトは実のところ隊服の一部である。

 

 当然視力補正効果などは存在せず、そういう形をしたアクセサリーに過ぎない。

 

 彼女の事を良く知らなければまず分からない、意外に過ぎる事実であった。

 

「単にトリオンが高い射手であれば、二宮さんの下位互換に過ぎない。そもそもの問題として、トリオン量自体は二宮さんの方が上なワケだからね。けれど、それだけじゃないのがジュリアーナの厄介なところだ。彼女が射手の性質を持ちながら狙撃手でもある事は、決して無視は出来ないんだよ」

「成る程。では、その脅威の本質は何なのでしょうか?」

「────────切り替えの速さ、だね。彼女は狙撃に際し、一切の準備を必要としない。一瞬で射手と狙撃手の戦い方を切り替えて戦えるその柔軟性が最も厄介だと、ぼくは見ているよ」

 

 そして、スコープを必要としない狙撃手という特異性こそが最も驚異的な点であると、王子は見ていた。

 

 樹里は、狙撃を行う際にスコープを覗きこむ手間を必要としない。

 

 極論、立ったままの状態で無造作に狙撃を行う事すら出来るのだ。

 

 そして、それは。

 

 狙撃手の弱点である、狙撃の際の隙が出来る点を克服しているに等しかった。

 

「ジュリアーナは他の狙撃手と違って、スコープを覗き込まずに狙撃を実行出来る。つまり、狙撃をする際にも()()()()()()()()んだ。これは、決して無視出来る点ではないよ」

「そうだな。俺もそれは同感だ。普通なら狙撃の瞬間はスコープを覗かざるを得ないからその時は近辺へ眼を向ける事が出来なくなるが、彼女にはそれが無いワケだからな」

 

 彼等の言う通り、狙撃手というものは狙撃の瞬間こそが最も無防備になり易い。

 

 何せ、狙撃を実行するにはスコープを覗き込み、標的を狙う事に全霊を懸ける必要があるからだ。

 

 スコープを覗き込むという事は、周囲近辺に対する警戒を捨てる事と同義。

 

 故にこそ、撃った瞬間のカウンター狙撃(スナイプ)こそが狙撃手を殺し得るワイルドカード足り得るのだ。

 

 更に、もしも近くに敵の攻撃手が潜んでいる状況で狙撃を敢行してしまえば、その接近を察知するのが遅れてしまう。

 

 様々な意味で、狙撃の瞬間というものは危険の大きいタイミングなのだ。

 

 その狙撃手特有の弱点が、樹里には存在しない。

 

 樹里は裸眼のまま遠方を視認出来る為、わざわざスコープを覗き込んで視界を狭める必要がない。

 

 故に、周囲の警戒を続行したまま無造作に狙撃を実行する事が出来る。

 

 加えて、高火力の射手トリガーを保有している為、近付いて来た相手は弾幕を浴びせて迎撃する事が出来る。

 

 そして、その切り替えには一切のタイムラグが存在しない。

 

 射手と、狙撃手。

 

 その両方の性質を自在に使いこなせる柔軟性こそが、樹里の最たる武器と言えるのだ。

 

「ジュリアーナは、状況に応じて射手と狙撃手の戦い方を自由に切り替える事が出来る。その本質に気付かず、彼女をただの狙撃手と考えた事こそが今回の荒船隊の最大の敗因と言えるだろうね」

「そうだな。木岐坂は狙撃手としてはまだ未熟なのだろうが、その戦法が横紙破りに過ぎるからな。普通の狙撃手と同列に考えていたのであれば、対応し切れないのも頷ける」

「成る程。木岐坂さんに対しては通常の狙撃手と同じと見ては危険だと、そういうワケですねっ!」

「その通りだよカシオ。彼女は狙撃手というよりも、その本質は万能手(オールラウンダー)に近い。流石にブレードトリガーは用いて来ないだろうけど、二つの戦術を自在に切り替えるという点ではね」

 

 そして、その本質を見抜けなかった点が荒船隊の敗因であるとも王子は見ていた。

 

 だからこそ彼等はみすみす市街地Cという最も選んではならなかったMAPを選択し、あまつさえそれを他チーム全てに見抜かれた状態で試合に臨んでしまった。

 

 確かに彼等の得意な地形ではあったが、それ以上に樹里の脅威を最大限に発揮出来るフィールドであった事を見抜けなかった上に、「どのMAPで戦うか分からない」という情報アドバンテージを投げ捨ててしまったのが何より痛かった。

 

 今回の試合では、香取隊及び漆間隊の双方が、荒船隊が市街地Cを選ぶであろう事を予測した上で試合に臨んでいた。

 

 故に戦場の地形は事前に彼女達の頭に叩き込まれていたし、荒船隊がMAP選択権を持ったチームとしての優位性を発揮出来る場面がなかったのだ。

 

 逆にその地形を利用された爆撃を軸とした戦術により、荒船隊は壊滅状態に陥ってしまった。

 

 結果としてみれば、何もかもが裏目に作用した結果があの試合であったと言える。

 

「だから、ジュリアーナを相手にする以上は極端な地形を選んでは逆に利用される危険が高い。けれど、問題は」

「次の試合のMAP選択権が、香取隊にある事だな」

 

 だが、此処で無視出来ないのは次の試合に於けるMAP選択権がその香取隊にある事だ。

 

 5得点を挙げ、B級上位に復帰した香取隊であるがそのポイントは王子隊と同じ13点。

 

 得点が同じであれば、順位はランク戦のシーズン開始時にランクが上であった方が優先される。

 

 今期のランク戦開始時に於ける順位は王子隊の方が香取隊よりも高かった為、香取隊の現順位は王子隊の一つ下の六位となる。

 

 そしてMAP選択権はその試合で最も順位が下のチームとなる以上、香取隊がその権利を得てしまっているのだ。

 

 これは、決して無視出来る点ではないのである。

 

「こうなる事なら、もう一点取って貰って5位になってくれた方が良かったな。その点で言えば、漆間の横槍にしてやられたとも言えるが」

「結果は変わらないんだし、そこを愚痴っても仕方がないよ。重要なのは、MAP選択権を得てしまった香取隊相手にどう戦うべきかだ。幸い、この試合で台風の目になるべき部隊は他にいるからね」

 

 王子はそう告げると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「────────今回の試合は、二宮隊をどう扱うかが焦点になるだろう。そのあたり、しっかり詰めていくとしようじゃないか」

 

 B級一位、二宮隊。

 

 今回のもう一組の対戦相手にして、B級部隊の頂点に君臨する元A級部隊。

 

 それが今回の試合の鍵になると断言し、王子は自身の作戦の説明を開始するのだった。

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