「で、どうです二宮さん。自分の弟子と戦う事になった感想については」
「それを言うならお前もそうなるだろう。くだらん事を抜かすな」
「いやあ、ろっくんとは前期以前に何度もやってますしね。そこまで新鮮味は無いというか」
二宮隊、隊室。
そこではいつも通りの薄ら笑いを浮かべた犬飼が、二宮に絡んでいた。
話題は当然、次の試合で当たる新生香取隊の事だ。
犬飼としてはわざわざ予定を調整してまで試合の解説をやりに行った二宮の過保護ぶりを揶揄したのだが、自覚がないのか図太いのか向こうは素知らぬ顔だ。
てっきりもう少しムキになった強い否定の言葉が出て来るとばかり思っていたのだが、予想より淡泊な反応に内心ため息を吐く。
(もしかして本当に無意識にやってたから自覚がない、とか? まあ、二宮さんなら有り得そうだけども)
天然な二宮なだけに、どちらの可能性もあるのが面倒な所である。
二宮は本人はクールな硬派を気取っているつもりのようだが、その実態は度の過ぎた天然さを持つ傍若無人の化身である。
本人は常識人として振舞っているつもりだが感性は人とはズレており、素で割と厨二病気質が備わっているがそれにも無自覚。
気遣い自体は出来るのにそれが出力されるとナチュラルに暴言に変換され、基本的に上から目線な事もあってコミュニケーション能力は壊滅的。
故に総じて他者からの二宮の評価は、「いつも暴言を吐きまくっている威圧的で天然な20歳」というものになりがちだ。
まあ、だからこそその理解者として振舞える事に優越感を感じて居たりもするのだが、これは秘密だ。
誇張でもなんでもなく、自分程二宮を理解出来ている人間はそうはいないと思っている。
旧東隊時代からの知り合いである加古や三輪といった人間も相応に彼の性質を知っているであろうが、それでも
幸いと言うべきか加古は二宮に対しては昔馴染みとして振舞う事はあっても理解者を気取る事はないし、三輪は持ち前の内向的な性質もあってそこまで旧知の間柄をアピールする事はない。
実際に
なんだかんだで、自分の隊長への感情が割と重い犬飼なのであった。
「でも、実際のところどうでした? 初のチームランク戦をやった樹里ちゃんを見た感想としては」
「…………ふん。少なくとも、自分の仕事は出来てはいた。あくまでも、B級中位では通じる程度にはだがな」
(つまり、基本的に動きに文句はないけど欲を言えばもう少し改善出来る個所があったって事か。成る程)
しかし、二宮が割と目立つ動きをしてまで樹里の試合を見に行った事は事実。
そこまでして解説をやりに行ったのだから、その感想を聞いてみたくもなるというもの。
答えとしてはそう予想から外れたものではなく、樹里の戦いぶりに関しては概ね満足しているようではあった。
犬飼もログは見ているが、二宮好みの派手な暴れ方をしていたのでその為であろう。
縦横無尽に爆撃で暴れる樹里の姿は、
そんな樹里を見て気分が良くなった事は事実だろうが、同時に何処かもやもやが残っているようにも見受けられた。
恐らくそれは、樹里が狙撃手としても活躍していた事に要因があるのであろう。
二宮は樹里が狙撃手に転向した事について、快く思ってはいない。
まあ、気持ちは想像出来る。
何せ、自分がわざわざ教導までした人間が別ポジションへの転向というある意味で裏切りに近い真似をしでかしたのだ。
仮に自分に立場を置き換えれば若村が攻撃手に転向するようなものだが、これは参考になる例じゃないなと思い直す。
それが単なる思い付きであればともかく、塾考の末の行動であれば自分は恐らく肯定するだろうからだ。
自分にとって銃手というポジションは、あくまでも戦う手段の一つに過ぎない。
その証拠に犬飼は射撃トリガーのハウンドも積んでいるし、何なら攻撃手トリガーであるスコーピオンさえセットしている。
どちらもあらゆる状況に対応する為に入れたトリガーではあるが、犬飼は自分が
この二つのトリガーはいわば袖口に仕込んだデリンジャーのようなものであり、決して普段使いするものではないからだ。
いわば、どうしても必要になった時に取り出す十徳ナイフのようなものであり、最初から戦術に組み込む事はまずない。
射撃トリガーや攻撃手トリガーの修練はあくまでも最低限使える程度のものしか積んでいないし、今後そちらに比重を傾かせる気もない。
そちらの方が強いという
犬飼のチームでの仕事は、隊の
エースである二宮が思う存分暴れられる環境を作るサポートは勿論、
正直に言って、自分がいなければ二宮隊は空中分解していた可能性が否定し切れない。
二宮は日頃から行動でしか自分の真意を語らないし、辻は基本的にあまり会話術が得意な方ではないので、あの暴君の意思を全て汲み取るのは無理がある。
意思を伝える際にそのほぼ全てが暴言に変換される二宮の意向を正確に伝え、その上でチームを的確な方向に舵を切らせるのは恐らく犬飼でなければ不可能だ。
それだけ二宮語の解読というものは難しいし、それを納得出来る形で出力し直す手間もある。
天然な二宮は自分が暴言を吐いている自覚がないので、彼にそうと悟られぬようにその真意を噛み砕いて伝える他ない。
これが結構な手間のかかる作業であり、姉二人によってコミュ力が徹底的に鍛え上げられている犬飼でなければ無理だったろう。
(あと、二宮さんにとって狙撃手っていうのは東さんか鳩原ちゃんのイメージが強いだろうからなぁ。どっちに重ねたとしても地雷案件なのは確かだし、難しいところだよね)
二宮が樹里の狙撃手転向を快く思っていないのは、彼にとっての狙撃手というものの重要性が関係していると犬飼は見ている。
基本的に二宮にとって狙撃手とは、恩師である東と元チームメイトである鳩原のどちらかのイメージが強い筈だ。
双方共に二宮の中では最重要の項目に位置する人物であり、当然思い入れも大きい。
旧東隊時代に世話になった東へはかなりのリスペクトをしているし、今はいなくなってしまった鳩原についても相当重い感情を抱えている事は普段の態度から見て取れた。
そうでなければ、人目を忍んで今も尚鳩原の件に関する情報収集を続けている理由がない。
あの一件に関しては上層部から緘口令が敷かれているので実のところ結構危ない行動ではあるのだが、流石に一線を超えるような真似はしていないのでギリギリグレーといったところだろう。
実害が出そうであれば流石に止めるが、そうでなければ基本的にこの件に関しては好きにさせているというのが実情だ。
何せ、犬飼とて他人ごとではない。
彼もまたいなくなった鳩原に対して思うところはあり、出来る事なら彼女の真意を知りたいと思った事もある。
だから、二宮の気持ちも推察出来てしまうのだ。
二宮はコミュ力が致命的に低く友人も少ないが、その反動か一度懐に入れた人間に対しては過保護とでも言うべき庇護的行動を行う癖がある。
数少ない味方を大事にしているのもあるだろうし、彼の隊長としての責任感の発露でもあるのだろう。
二宮は基本的に、自分が人の上に立つのが当たり前だと思っている。
それだけの才覚があるという自負に加え、主導権を握られるのが嫌いである事も相俟って言動が完全に暴君のそれだ。
彼は人の上に立つ以上、下の者を教え導くのは当然だと思っているし、その道筋や安全性についても可能な限り気を配るのは義務であるとも思っている。
故に何も言わずに近界へ密航してしまった鳩原についてその心情を察せられなかった事を後悔しているし、自分の教えを捨てるような行動を取った樹里の事も教導に際し自分に何か不備があったのではないかと懸念もしていた。
或いは、鳩原の件に重ねて自分が彼女の真意を察せられなかったから、とでも考えていそうでもあった。
(樹里ちゃんの狙撃手転向は傍から見ると間違いなく佐鳥の影響が絡んでいそうだけど、それ言うと二宮さんが彼に突貫しちゃうからなぁ。難しいトコだよホント)
犬飼には、樹里の狙撃手転向の理由に佐鳥が絡んでいるであろういう確信があった。
というか急な転向の理由などそのくらいしか考え付かず、むしろそれを察せられない二宮が鈍過ぎるという理由もある。
樹里の佐鳥へのぞっこんぶりは、あまり親しくない犬飼でさえ知っている。
基本的に彼女は佐鳥への好意を隠していないし、マーキングをするかのように彼に接している場面を他者に見せつける事すらある。
そんな様子から考えれば、樹里の転向理由に佐鳥が絡んでいるであろう事は容易に想像がつく。
男女のあれこれに疎い二宮では考え付かない理由であったであろうが、傍から見れば瞭然である。
しかしそれを指摘しない配慮が、犬飼にはあったというだけの話。
隊の
基本的に地雷案件は一つずつ確実に処理をするのが犬飼流であり、一気呵成の変化など望んではいないのだから。
「でも、チームランク戦での樹里ちゃんって割とヤバいですよね。爆撃に加えて何処からでも相手を狙える狙撃の二枚看板っていうのは、結構な脅威ですし」
「爆撃はあの条件下だからこそ好きに使えただけで、普段使い出来るものじゃない事はお前も知ってるだろが。それに、爆撃の精度も甘かった。トリオンでは俺が上を取れる以上、そこまで致命的な脅威にはならんだろう」
(つまり
犬飼は二宮の言動から、樹里の事を完全にではないがある程度の脅威として見ている事を読み取った。
狙撃の事に関して言及がなかったのは予想通りではあるが、彼が此処まで評価をする以上警戒して当たらなければならない相手である事を悟る。
暴言しか言わない二宮ではあるが、他者への評価に関しては基本的に私情を交える事はなく公平だ。
その彼が此処まで評価をしている以上は、決して油断出来る相手ではないのだろう。
実際、樹里の対処というものは面倒極まりない。
引き金は割と軽いようなのでそこまで隠密性が高いようには見えないが、出水と同等のトリオンを以て狙撃と爆撃を繰り返す様はハッキリ言って地獄絵図だ。
あの試合の映像を見て、犬飼は香取隊に下手に時間を与えてはならないという判断を下している。
今回の荒船隊の敗因は、明らかに香取隊に準備の期間を与えてしまった事にある。
樹里が暴れる為の下地を整えさせてしまったからこそ、あのような蹂躙劇が発生してしまったのだ。
駒としても強力無比で、尚且つ手札も多い樹里であるが決して彼女は無敵というワケではない。
しっかりとした仕込み、下準備を行ってこそ輝く駒なのだ。
彼女は狙撃手という事もあって、隠れ忍ぶ事自体は出来る。
近付かれても何とかなると思ってはいるので、引き金自体は相当軽い。
しかし隠密能力自体は習得しており、準備が整うまで身を隠す程度の事は出来る。
これが急造部隊であれば独断で動く可能性もあったが、聞けば彼女と香取は幼馴染の間柄であるという。
ならばその指示に従う事に否やなどあろう筈もなく、第一試合を見ていた限りチームの歯車として動く気概はあるので彼女が存分に暴れられる段階になった時点で趨勢は決すると見た方が良いかもしれない。
「それで、今の香取隊はどれくらい
「────────問題ない。今の木岐坂には、チームランク戦を勝ち抜く上で致命的に欠けているものがある。それがある以上、あいつらが俺達を上回る姿が想像出来るか?」
「…………まあ、無理ですね」
「ふん。つまりそういう事だ」
だが、それはそれとして今の香取隊が二宮隊に勝てる確率はゼロに近しいとも見ていた。
たとえ、次のMAP選択権が香取隊にあるとしても。
たとえ、樹里という駒の脅威度が無視出来ないレベルだとしても。
穴は、確かにあるのだ。
それが埋まらない以上、自分達の負けは有り得ない。
その陥穽は決して無視出来るものではないし、分かったからといってすぐにどうこうなるものではない。
これは樹里個人の問題というよりも、彼女のこれまでの経緯に原因があるのだから。
故に彼女達は現状、
B級一位と言う看板は、決して伊達ではないのだから。
「だが、それは手を抜いて良い理由にはならない。隙を晒して負けるような無様は出来んからな」
「ま、それは同感ですね。じゃあ、細かい所を詰めていきましょうか」
しかし、油断はしない。
幾ら相手に穴があるとはいえ、樹里という駒の脅威度自体は本物なのだ。
獅子博兎。
如何なる相手であっても、全力を尽くして屠り去る。
それが、自分達の在り方。
頂点に君臨するが故の、王者としての責務でもあるのだから。