「────────という感じで二宮隊は考えてるだろうから、ぼく達は全力でそれに乗っかろう。正面から戦うと分が悪いのは、どちらも同じだからね」
王子の良く届く声が、隊室に響く。
彼等は自らの隊室に集まり、ランク戦に向けた最終ミーティングを行っていた。
一通り王子の説明を聞いた樫尾が成る程、と頷く。
「木岐坂さんにそんな弱点が……………………いえ、考えてみれば当然の事でしたね。第一ラウンドにおける立ち回りが鮮やかでしたので、失念していました」
「まあ、無理もないね。あれは確かに、インパクトが強い活躍だった。それに眼を奪われるのは、当然といえば当然だ。あの試合を見た者は、大抵は彼女の脅威度を高く見積もり彼女こそを最優先に警戒する」
けれど、と王子は続ける。
「少なくともそれが、あの試合に於ける彼女達の目的の一つだったのは間違いないだろう。少なくともハナナンあたりには、そういう意図があってもおかしくないとぼくは見ている」
「染井さんですか。では、この件に関してはあちらも気付いている、という事でしょうか?」
「恐らくはね。ジュリアーナ本人やカトリーヌはどうか分からないが、ハナナンならそこに気付かない筈がない。だからこそ、あそこまで派手な演出をしたんだ。少しでも、件の弱点の発覚が遅れるようにね」
王子は「誰も火の中にある栗を拾おうとは思わないしね」、と告げる。
確かに、前回の試合に於ける樹里の活躍は凄まじかった。
遠方からの夥しい爆撃に、通常なら通る筈の無いルートを使って放たれた超々遠距離狙撃。
派手な技の連発に、眼を奪われるのも無理は無いと言えた。
あれを見た者は、樹里こそがランク戦に於いて最優先で対処すべき障害だと認識するだろう。
そしてそれこそが華の意図であったと、王子は言う。
香取隊の頭脳である彼女ならば、そこまで考えていてもおかしくはないと。
そう、推察したのだろう。
才女という言葉が相応しい華であれば、そういった気を回していてもなんら不思議ではない。
少なくとも王子は、そう見ていた。
「それはつまり、この件の重要性がそれだけ高いという事の証明にもなる。わざわざジュリアーナの能力を見せつけるような形で披露したのは、そういう意図があったってワケさ」
第一ラウンドに於いて、香取隊は樹里の能力を喧伝するような戦法を取った。
それが効果的であった事は事実だが、王子にはそれが少々
確かに、荒船隊も漆間隊も一筋縄で攻略出来る部隊ではない。
だが、正直なところ今の香取隊の
極論、樹里の爆撃で盤面をかき乱したところで香取が各個撃破を狙うだけでも相当有利に事が運べた筈だ。
香取隊は、中位落ちしたとはいえ元は上位チーム。
厄介な性質を持つ二部隊が相手とはいえ、それくらいの事は出来ただろう。
故にこそ、それをしなかったという事には相応の理由がある。
王子はそれこそが、樹里の弱点の証明であると見たのだ。
「確かにジュリアーナは、単騎の駒として見れば驚異的だ。けれど、ランク戦はただ強い駒を使うだけでは勝てない。そうでなければ、カトリーヌという強力極まりない駒を擁する香取隊が中位落ちなんてする筈がないからね」
だから、と王子は続ける。
「ジュリアーナは強いが、やりようが無いワケじゃない。ぼく達はぼく達らしいやり方で、強くなって戻って来た香取隊を迎え撃とうじゃないか」
(多分、二宮さんや王子先輩ならこう考えている筈。けれど、こればかりはどうしようもないわ。樹里本人に実感させるしか、納得させる方法がないもの)
華は隊室に集まった香取隊の面々を、その中の樹里をチラリを見据えながら内心でため息を吐いた。
二宮や王子が指摘していた樹里の
だが、それを率直に伝えて樹里が納得してくれるかと言われれば否である。
樹里は素直な性格に見えるが、その実結構頑固で意地を張り易い面がある。
特に今回の件に関しては、正直に話しても納得は出来ないだろうと見ている。
いや、表面上は受け入れるだろう。
多分「分かった」とでも言って、納得した様子を見せるに違いない。
けれど、心の中では許容は出来ないであろう事は想像に難くなかった。
樹里は未だに、香取や自分以外のチームメイトに対しては壁がある。
特に若村に対してはそれが顕著で、例の試合で彼にしてやられた事もその感情に拍車をかけていた。
樹里は基本的に、好きな人と嫌いな人で明確に態度を区別するタイプの人間だ。
香取や自分のように昔からの馴染みがあり気心が知れている相手には子犬のように甘える姿を見せる一方、若村のように自分の大切な人に樹里視点で迷惑をかけていると判断した人間に対しては途端に辛辣になる。
そういう相手は必要がなければ話もしないし、会話をする時があればその中に容赦のない棘が混じる。
普段表情の変化に乏しい為に、その嫌悪感と敵意の発露はより一層際立つのだ。
若村の場合、香取の足を引っ張ってばかりの役立たず、という認識が樹里の中にはあった。
それが事実であったかどうかは置いておいて、重要なのは樹里が若村に対し強烈な忌避感を抱いていたという事だ。
件の試合や大規模侵攻での活躍、そして第一ラウンドでの働きである程度評価を修正はしたようだが、それでも意地っ張りな彼女は未だに若村の事を受け入れ切れていないように思える。
そしてその心情には、自分を差し置いて先に香取達と共にいた、という嫉妬心が含まれているのは瞭然だった。
樹里は淡泊なようでいて情深く、それ故に嫉妬深い。
独占欲も非常に強い為に、自分の大切な人が第三者と仲良くしているのをあまり歓迎しない傾向にあるのだ。
その相手がただの友達付き合いであれば不機嫌になるだけで見逃すが、若村の場合はそれに加えて香取に文句ばかりを言って、足を引っ張る事しかしていなかった。
香取の側の対応にも問題があった事は事実だが、若村が隊の足を引っ張っていた面があるのは否定し切れないところだ。
だからこそ、樹里は意固地になる。
散々香取に迷惑をかけていたと彼女視点で見ている若村に対し、どうしても最後の壁を取り払う事が出来ないのだ。
樹里は香取と同じく、恨みも恩も忘れない性格である。
むしろ、香取と違って内向的な分その情念はより根深い。
思った事はすぐに口に出す香取と異なり、樹里は身内以外には必要最低限の会話しかしないし、他人に対し無暗に内心を明かす必要などないと思っている。
故に、口で若村への壁を取り払うように言っても無駄であると華は見ていた。
それを言えば、むしろ若村を非難するような内容の言葉を口にするであろうところまでは容易に予想出来る。
そして、若村はそれに反発するか、或いは落ち込んで黙るかのどちらかだと華は考えていた。
今の若村には、これまで香取の足を引っ張ってしまったという申し訳なさと、目覚ましい成長を遂げるチームの中で自分だけが未だに燻ってしまっているという劣等感がある。
前者はともかく後者については彼自身もきちんと成長はしているのだが、香取のような急激な変化が無い為にそれを実感出来ていないのだ。
若村は年頃の少年らしいと言うべきか、眼に見える変化がなければ自らの成長を実感出来ないタイプである。
周りからどう言われようとも、香取のような派手な成果がなければ自身の細かな成長には気付けないのだ。
故に自分だけが隊の荷物になっているという劣等感を抱えており、精神的にはあまりよろしくない状態だ。
それは華はおろか香取でも気付いているが、当然ながら樹里は感知していない。
樹里の中では未だに若村は身内判定には入れておらず、その心情に興味など無いからだ。
そんな若村に対する差別的な態度こそが今の樹里の弱点を助長する原因になっているのだが、こればかりは言って聞くような相手ではない。
華は基本的に、無駄と分かっている事はやらないタイプだ。
現状に問題があるとしても、明確な解決策もなしにそれを口にするのは徒労に過ぎないと思っている。
加えて、彼女は可能な限り他者の意思を尊重するという性質もあった。
求められれば応じるが、自分から進言はしない。
それが華の在り方であり、幼少期の経験から身に付いた処世術でもあった。
彼女の父親は厳格な人物で、思い込みと自尊心の強い人間でもあった。
自分が成功者であるという認識があり、それは自らがしっかりと勉学に励み、優秀な成績を修めたが故であったと考えている。
一概には間違っていないのだが、問題は「成績こそが全てである」という価値観を他者に押し付けていた事だ。
だからこそ華の成績が落ちた、と彼目線で見えた時には友人である香取との交流を禁ずるという干渉を行った。
その時、華の中にあったのは諦観だった。
自分の親がそういう人間であると言う認識はあったし、自分が何を言ったところで意思を変えてくれる筈がないという事も分かっていた。
だから何も言わず、親に言われるがまま香取家への訪問を取り止めた。
父親の言葉に何の理もなければ、もしかすると華は抵抗したかもしれない。
しかし、将来の事を考えれば勉強が必要だというのは一概には間違ってはいないし、現実問題として華自身が成績を誤差程度とはいえ落としたのは確かだ。
それだけで口どころか手を出すのは親として非常に問題があるが、それはそれとしてそういった口実を与えてしまった時点で自分の手落ちであるとも思っていた。
そもそもの問題として、父親は自分達と比べてあまり裕福とはいえない香取家を見下していた。
香取の家は華の家と違って木造建築で、如何にもな年数が経ったボロ屋に見えなくもない。
正直なところ華はそういった香取の家がこれはこれで趣があって嫌いではなかったのだが、父には単なる見窄らしい家、としか見えなかったらしい。
だからこそ父は立派な家を建てている自分と比較し、香取家を見下していたのだ。
自分は優秀な成功者である、という認識が先行し、父は一種の選民思想のようなものを持っていた。
故に最初から華が香取家の人間と仲良くする事に肯定的な感情を持っておらず、だからこそ口実を得た時に即座に行動を移したのである。
それが分かっていたからこそ、華は抵抗をしなかったのだ。
単に自分の成績が下がった事が原因であるならば、母親が取り繕った時の言葉通りに現状が改善する見込みはあったかもしれない。
しかし父親には華と香取家の交流を断つという目的が先にあり、成績が下がった事は口実でしかない。
そういった現実が見えていたからこそ、華は無駄と言える抵抗はしなかったのである。
なまじ幼少期より聡明で周囲が見えてしまっていた分、諦め癖のようなものが彼女には付いてしまっていたのだ。
だからこそ、そんな彼女の諦観など関係ないとばかりにわざわざ窓を作り、窓越しの交流という荒業を敢行して来た香取には内心で感謝していたのだ。
それこそ、両親と天秤にかけて彼女を救ってしまうくらいには。
華の中で、香取の存在が大きくなっていたのである。
四年前の、大規模侵攻。
あの時、華には瓦礫の下に埋まった両親と香取、そのどちらを助けるのかという選択肢が与えられた。
非力な少女であった華には、自宅の重い瓦礫をどかすだけの膂力はなく、木造建築であった香取家の瓦礫であれば辛うじて動かせるだろうという目算があった。
それは事実だが、自分がそれを口実に両親を見捨ててまで香取を助けた事は否定出来ない。
あの時、彼女は思ったのだ。
果たして自分は、香取を失ってこの先真っ当に生きる事が出来るのであろうかと。
普通に考えれば、友人と両親では両親の方を取るのが一般的には正しいのだろう。
友人は何処まで言っても他人でしかないが、親というものは替えが利かず何より大切な家族だ。
親を失えば今後の人生で色々と枷を負う事は眼に見えていたし、事実両親がいない事で困った事など幾らでもある。
しかし、華はあの時そんな事よりも香取を失う事に大きな恐怖を抱いたのだ。
恐らく自分は、両親を失っても生きていく事は出来るだろう。
けれど、香取を失ってはまともに生きる事など出来ないと、あの時彼女は直感したのだ。
故に「自宅の瓦礫は重く、両親を助けるのは不可能である」という理論武装を経て、香取を救う事を選択したのだ。
結果として、両親を見捨てる事になった事を後悔はしていない。
我ながら薄情だとは思うが、それよりも香取を失わなかった安堵の方が大きかったのだ。
けれど、この一件が尾を引いていないというワケではない。
華は、自分の選択に後悔があってはならないと思っている。
極論、彼女は
両親を見捨てて香取を取る、という
故に、徒労────────────────つまり、
無駄と分かっている事をする、という選択をしてしまえば、あの時両親を見捨てた時の
故に、彼女は傍観する。
樹里の意識を変えるには、身を以て現実を知る他にないと自分を納得させて。
────────そして。
2月4日の、夜が過ぎる。
ROUND2。
その当日が、やって来た。