第二試合、到来
「作戦を確認するわよ。いいわね」
2月5日、午前。
ROUND2開始前のこの時間に、香取隊は最終ミーティングの為に隊室に集まっていた。
香取は以前のように、ソファーに寝転びながらゲームで時間を潰したりはしていない。
テーブルの前に立ち、隊員を見回してしっかりと「隊長」として振舞っている。
それは樹里の一件を契機とした彼女の意識の変化の結果であり、明確な成長と言える。
「……………………」
その姿を見て、若村は何処か複雑な顔をしていた。
良い事なのは、分かっている。
以前どれだけ言っても聞く耳を持たなかった香取が、自ら隊長として隊を引っ張っているのだ。
本来であれば、歓迎して然るべきだろう。
だが、若村はそれを素直に喜ぶ事が出来なかった。
以前と異なり、昔の自分がどれだけ見当外れで見苦しかったのかという事を、今の彼は自覚している。
香取に負けの原因を押し付けて、自分は特に努力もせず文句を言い続けるだけ。
それが、かつての若村であった。
しかし今は、真にチームの足を引っ張っていたのは他ならぬ自分だと気付いてしまったのだ。
独断専行ばかりで勝手ばかりしていると思っていた香取は、その実単に勝利の為に自分の判断で最適解の行動を取っていたに過ぎなかったのだ。
香取に非があるとすれば、その理由を明確に説明しなかった事くらいだろう。
いや、それも言い訳だと若村は思う。
香取は、言ってはいたのだ。
「こうした方が良い」と、しっかりと。
ただ、その理由を分かり易く説明する事がなかった為に、若村はそれを「単なる独断専行の言い訳」として受け取ってしまっていたのだ。
そうした事を繰り返す内に、彼女は諦めてしまったのだろう。
自分の意図を、仲間に理解して貰う事を。
故に彼女は意思疎通を半ば放棄する形で、自分の最適解の実行のみを独断で行い続けた。
そんな彼女の信条を理解せずに文句ばかり言い続けていた
樹里に惨敗し、更に二宮隊の教導を受けた事でようやくそれに気付いた若村であったが、そこからの変化に彼は付いて行けていなかった。
香取は当然のように一歩どころか十歩以上先に行く活躍を見せるし、三浦だってきちんと隊に目に見える形で貢献していた。
それに比べて自分は、ROUND1では言われた仕事をこなしただけで派手な活躍もなく、挙句漆間に落とされる始末。
しかもそれを香取は責める事なく、むしろ激励の言葉までかけてくれていた。
それが、何よりも若村のプライドをズタズタにしていた。
自分はこんなに情けないのに、香取はあんなにも立派に隊長を務めている。
その落差が、どうしようもなく惨めに思えたのだ。
実際は若村もきちんと成長して隊に貢献していたのだが、元々思い込みが激しく短絡的な年頃の少年らしいメンタルを持っている彼にとっては、目に見える形で成果がなければそれを実感し難いものだ。
故に若村は、表面上は取り繕いながらも劣等感に燻り続けていた。
「…………」
その事を、華や香取は気付いている。
勿論、三浦もだ。
彼女達とはそれなりの付き合いだし、若村が抱えた劣等感は本人は隠しているつもりでも態度のそこかしこに出ているので丸わかりである。
しかし、香取隊にはこういった時適切な言葉をかけられるような人員がいない。
ほぼ全員がボーダーでは珍しく年頃の少年少女らしいメンタルを保持しているので、カウンセリングじみた事には向かない者ばかりなのだ。
唯一華だけは大人びた価値観を持っているのだが、彼女は彼女で性格が厭世的に過ぎる面があった。
だからこそ、今の若村の問題には気が付きつつも放置するしかない。
何かしらの切っ掛けがなければ、そう易々と踏み込める問題でない事は分かり切っているのだから。
「色々話し合ったけど、選ぶMAPはこれにするわ」
香取はそんな彼の様子に気付かない振りをして、ミーティングを続行する。
今は、話しても仕方がない。
そう、断じて。
「────────摩天楼A。広いフィールドにビル群が立ち並ぶ、あまり使われる事のない地形よ」
「成る程、摩天楼か。考えたね」
同刻、王子隊室。
使用MAPが告知された事で、王子は眼を細めてそれを考察していた。
王子の言葉に、蔵内も頷いた。
「ああ、それなりに広いMAPで、最大の特徴は大小様々なビル群が立ち並んでいる事だな。大都市を模しているから通路も入り組んでいるし、高低差もあるから機動力の高い隊員に有利なMAPだな」
摩天楼A。
それはランク戦に於いて使われるMAPの一つであり、某国の大都市に見られるようなビル群が立ち並ぶフィールドである。
数あるMAPの中でも渓谷地帯に次いで広大であり、大都市を模している為地形も複雑。
多くのビルの存在によって高低差があり、蔵内の言う通り機動力の高い隊員にとって有利なフィールドなのだ。
正直、性質が特殊に過ぎてランク戦では中々選ばれる事のないMAPでもある。
「機動力勝負なら、ウチが有利ですかね」
「いや、一概にそうとも言い切れないな。ぼく達の中でグラスホッパーを積んでいるのはカシオだけだし、ぼくらが一番機動力を発揮出来るのは三次元機動じゃなく平面移動────────────────つまり、高低差の少ないMAPだ。広大な上、高低差が激しい摩天楼はあまり動き易い環境とは言えないだろうね」
王子の言う通り、この摩天楼というMAPは彼等にとってあまり好ましいフィールドではない。
確かに王子隊は全員が機動力が高く、その足の速さを売りにしている部隊でもある。
だがそれは、あくまでも平面移動に限った話だ。
彼等の真骨頂である脚力を用いた攪乱戦法は、そこそこの広さの高低差の少ない市街地でこそ最も発揮される。
広大で、尚且つ高低差の激しい摩天楼は上下移動の手段が樫尾のグラスホッパーだけである彼等にとってはやり難い地形と言える。
むしろ、この地形で最も力を発揮するのは────────。
「この地形を選んだ理由の一つに、カトリーヌを活かすという目的が見えるね。彼女なら三次元機動はお手の物だし、この地形ならヒット&アウェイもやり易いだろう」
────────────────グラスホッパーを駆使し、フィールドを縦横無尽に駆け回る事が可能な万能手。
香取葉子こそが、このMAPで最大限に力を発揮出来る。
彼女は元の機動力がずば抜けて高い上に、三次元機動の適正もとんでもない。
むしろ壁等を足場とした三次元機動こそが、彼女の真骨頂と言っても過言ではないのだ。
平面でならばいざ知らず、三次元機動を駆使する香取相手には王子隊の面々では単騎で当たると厳しい、というのが王子の目算であった。
「じゃあ、このMAPは香取さんの強みを生かす為に選ばれた地形というワケですかっ!」
「そういう一面はあるだろうね。それに、このMAPではジュリアーナの強みも活かし易い。彼女なら、この広大な地形でもMAP全域を射程に収める事が出来るだろうからね」
加えて、この地形は樹里にもメリットがあった。
摩天楼は広大なMAPだが、樹里のトリオン量であればイーグレットでMAP全域を狙い撃つ事が出来る。
それに加えて敵との距離も取り易い為、基本の立ち回りが狙撃手である彼女にとっては非常にやり易いフィールドと言えるだろう。
「だけど、
「成る程、以前言っていた「想定出来る香取隊の選択」の一つがこれというワケですか。王子先輩は、矢張りそこまで考えていたのですね」
「そうだね。摩天楼か河川敷かで悩みはしたけれど、ROUND1の試合内容を考えればこっちの可能性が高いとは思っていたよ。大穴で市街地Eや駅舎なんかも考えてはいたけれど、まずないだろうとはね」
だが、だからこそ王子には予想出来ていた。
MAP選択権のある香取隊が選ぶのであれば、摩天楼である確率が高いだろう事くらいは。
ROUND1の試合で、今の香取隊の強みと性質は理解出来ていた。
ならば、向こうの視点で
それを推察した結果、摩天楼Aである可能性が非常に高いと踏んだのである。
樹里や香取の強みと、王子隊や二宮隊の性質。
加えて香取隊が樹里の弱点に気付いていると仮定した場合の、それを隠す、もしくはカバーする意図。
それらを複合的に考慮した結果、見事に香取隊の選ぶMAPを的中させたというワケである。
「これで、作戦が無駄にならずに済みそうだ。二宮隊が想定とは違う動きをしたら流石に厳しくなるけど、多分それは無いだろうと見ている。きっと、二宮隊もぼく等の意図を汲んでくれる筈だしね」
「そう思う理由はあるのか?」
「────────多分、二宮さんはこの試合でジュリアーナに
成る程、と蔵内は納得したように頷く。
樫尾は若干訝し気な眼をしているが、自分が踏み込むべき話題ではないと感じたのかそれ以上の追及はなかった。
やっぱり調────────────────教育の成果が出ているなと、王子は一人満足気に頷いた。
以前の樫尾であれば、此処でも構わず突っ込んでいたに違いない。
王子の教導という名の無茶ぶりに揉まれ続けた結果、樫尾はちょっとした事では突っ込みを入れない
行動や言動一つ一つに突っ込んでいては、王子相手ではキリがないと学習したに違いない。
無理難題を吹っ掛け続けた甲斐があったと、本心を知られたら流石に文句を言われそうな事を考える王子であった。
「二宮さんはああ見えて、過保護だからね。だから、今回はその思惑に素直に乗るとしようじゃないか。それが、ぼく等にとって最も利のある選択だからね」
「摩天楼か。安直だな」
「まあ、樹里ちゃんの強みを活かしつつ香取ちゃんを暴れさせる為には最適なフィールドに見えますからね。無難と言えば無難でしょう」
二宮隊、隊室。
そこでもまた、最終ミーティングが行われていた。
香取隊が選んだ摩天楼というMAPに対し、二人はさして驚きはしていない。
彼等もまた、王子隊同様此処を選んで来るであろう事は予測出来ていたのだから。
「かなり広くて、高低差もある。一見すると木岐坂ちゃんの超々遠距離狙撃も活かし易いし、香取ちゃんの機動力も映える。悪くないMAP選択だと思いますよ」
「ふん。裏を返せば、そこまでしなければ安心出来ないという事だろう。そもそも、俺達にそれを予測されている時点で片手落ちだ。初戦の荒船隊と同じ愚を犯しているに過ぎん」
確かに、摩天楼は今の香取隊にとって有利なMAPである。
しかしそれは、逆に言えば他の隊からも容易に推察出来るという事を意味している。
要は、ROUND1の荒船隊と同じだ。
自分達の有利なフィールドに拘り過ぎて、MAP選択権の持つチームの強みである
これは、決して無視出来る要素ではない。
事実、荒船隊は半ばその所為で惨敗したに等しいのだから。
「でも、此処以外に良いMAPって早々無いと思いますよ。それを考えれば、香取隊の選択もナシじゃないと思いますが」
「予想され難くあいつ等の有利になれるMAPなど、幾らでもある。河川敷や駅舎もそうだが、極論市街地A以外なら何処でも戦える筈だ。推測されると分かっている有利MAPを選ぶよりは、そちらの方が余程賢明だろう」
「ま、それもそうですね。もっとも、彼女達の狙いは別にあるんでしょうけども」
そうだな、と二宮は首肯する。
それを見て、あ、割と機嫌悪いな、と犬飼は直感する。
二宮としては、香取隊にはもう少し捻ったMAP選択をして欲しかったに違いない。
一度とはいえ隊総出で面倒を見た香取隊の事は、二宮なりに期待していたのである。
それこそ、予定を調整してでもその初戦を見に行く程度には。
彼は、香取隊を気にかけていたのだ。
今回、彼女達が摩天楼というMAPを選ぶ事はこちらの作戦通りではあったものの、そもそもそれが二宮には面白くないのだろう。
出来るならば、想定の一つくらい超えて欲しかった。
そんな想いが、彼にはあるのだから。
だが、口には出さない。
この捻くれ者の頂点のような暴君は、それを決して認めはしないであろうから。
「作戦は変わらん。叩き潰すぞ」
「了解」
そして、射手の王が出陣する。
王の補佐をする銃手と剣士は、共に彼の道行きに同道する。
全ては、王の思惑の下に。
暴君とその臣下は、開戦の時を静かに待つのであった。
摩天楼は前作、「痛みを識るもの」で実装したMAPです。引き続き今作でも使用していきます。