「やって参りましたB級ランク戦ROUND2。今回の実況は私、嵐山隊オペレーターの綾辻遥が担当させて頂きます」
ランク戦ブース、実況席。
そこでは嵐山隊のオペレーターにしてその容姿から高い人気を誇る広告部隊の看板娘の一人、綾辻がハキハキとした良く通る声でアナウンスを開始していた。
親しみ易く、それでいて美麗な容姿を持つ為にファンの多い綾辻が実況を担当するだけあって、それ目当てに集まっている観客も少なくはない。
だが、今回に限ってはそれだけでは無いように思えた。
何せ、この試合は先日のROUND1で大暴れをしてみせた香取隊があの二宮隊とぶつかるのだ。
注目度は高く、正隊員は勿論C級隊員もそれなりの数が集まっていた。
それだけあの試合の注目度は高かったし、今の香取隊の知名度がこの観客数から窺い知れるようである。
「ちなみに解説は、風間隊長と加古隊長にお越し頂いております」
「よろしく頼む」
「よろしくね」
そして、綾辻からの紹介で風間と加古がそれぞれ挨拶を行った。
鋭い目つきながら年齢不相応に小柄な風間と一般家庭の出の筈なのにセレブオーラ全開の美女といった風体の加古は独特の存在感があり、決して綾辻の華やかさに引けを取らないものを持っている。
傍から見れば美女二人に子供一人の構図だが、実のところ年齢が一番高いのは風間であるあたり中々に面白い構図と言えた。
「さて、今回は注目の香取隊とあの二宮隊がぶつかるワケですが、結局のところ勝算についてはどのようにお考えでしょうか?」
「現時点ではあいつ等が二宮隊に勝つ可能性はほぼないな。少なくとも、俺の知る情報からではという注釈がつくが」
「断言するわねぇ。そのあたりの根拠とか、あるの?」
「無論ある。だがそれは、今話すべき事ではないだろう。推察も多く含まれているしな」
その風間は、今の段階で香取隊が二宮隊に勝てる可能性はほぼないと断言する。
中々の大胆な発言に、会場がざわつくのが見て取れた。
それはそうだろう。
此処にいる観客たちは少なからず、第一試合の香取隊の活躍を目撃したか伝聞で知っている。
あの試合で二部隊相手に一方的に有利な展開で蹂躙の限りを尽くした香取隊の活躍は、未だに記憶に新しい。
彼女達ならばもしかすると、という期待を抱いている者も多かっただろう。
だがしかし、風間は現段階で香取隊が二宮隊に勝てる目はないと断言した。
茶々を入れた加古当人も確認の意味で言った様子が強く、否定はしていない。
実情を知らない観客の面々にとっては、今の発言は相当奇異に映っただろう。
現実を理解している者達は、神妙な表情を浮かべてはいたが。
「それだけ二宮隊の壁は薄くはないという事でもあるし、無論他の要因もある。試合を見ていれば分かる筈だ」
「そうね。一先ずは見守る、という事で良いんじゃないかしら」
「…………成る程、まずはお手並み拝見、という事ですね」
そんな二人の会話に、綾辻は一瞬複雑そうな顔を浮かべるが持ち前の
佐鳥と関係の深い樹里が在籍している香取隊については、綾辻も彼女なりに気にはしていたのだ。
あの一見軽薄に見えてその実真面目且つ誠実の権化のような少年が大事にしているお姫様と、その彼女が重要視する幼馴染の香取や華。
彼女達に対しては、綾辻も色々と思うところがあったのだ。
佐鳥が樹里関連でスケジュールの調整を頼んで来るのも今は慣れたものだし、その度に律儀にいいとこのどら焼きを用意してくれるのも今や楽しみの一つであった。
決して、決して好物に釣られたワケではないが、佐鳥のお願いを引き受けるのも嫌ではない。
常日頃から多忙を極め、嵐山隊の広報部隊としての仕事と樹里の対処で時間を潰す彼の毎日は決して楽なものでは無いだろう。
そんな中でいつも申し訳なさそうな顔をしながらスケジュールの調整を頼んで来る佐鳥が、綾辻は嫌いではなかった。
無論男女の好きとは異なるが、というよりもそちらだと樹里が怖いのでまず有り得ないが。
そもそもの話として、身を粉にしながら大事な人の為に頑張っている少年を応援したくない者はいないと綾辻は思っている。
出来るなら直接色々助けてやりたいが、流石にそれは過干渉というものだ。
自分達は強い絆で結ばれたチームだが、だからといって個々人のプライベートに安易に踏み込んで良い理由はない。
樹里が色々と特別な立ち位置にいる事は知っているし、彼女を気に掛ける佐鳥自身も難しい立場に立たされている事も理解している。
何せ、仮にも多忙な広報部隊の一員である佐鳥が明らかに特別待遇で樹里の事を対応しているのだ。
しかも上層部がその状態を黙認している様子であり、気にならない方がおかしい。
綾辻は多少事情を知らされてはいるが、それはあくまでも「さわり」だけだ。
実のところ詳しい内容までは知らないし、彼女が知っているのは「樹里には特別な事情があり、特殊な対処が必要である」という事くらいだ。
彼女の診断に協力したりはしているが、それは彼女が佐鳥繋がりで樹里の
知らされている内容から推察する事は出来るが、綾辻はそうしようとは思わなかった。
それを追及すると言う事は、樹里のプライベートに踏み込む事と同義である。
加えて上層部が関わっており、上からは直々に「過度な干渉は控えて欲しい」という通達がなされている。
広報部隊の一員としての立場もある綾辻としては、そんな状態で軽々に動くワケにはいかなかった。
故にあくまでも公平な立ち位置を維持しつつ、必要なところではさり気なく手を伸ばす程度に留める事にしたのだ。
恐らくはそれが、自分に出来る精一杯であろうから。
(まあ、私が心配する事じゃないわよね。そのあたりは、佐鳥くんに任せようっと)
(大丈夫かな、樹里ちゃん)
佐鳥は一人、書類仕事をこなしながら現在試合時間間近である樹里の事を考えていた。
綾辻が実況を引き受けるにあたり、彼女の分の仕事を彼がこなす事になりこうしてデスクワークに精を出しているのだ。
広報部隊である嵐山隊は、他の隊と比べてもとにかく仕事量が多く多忙だ。
様々なメディアに出る以上それなりに手続きが必要な事もあるし、ある程度は根付の方でやってくれているとはいえ彼等自身が手掛けなければならない作業など幾らでもある。
テレビに出る華々しい仕事だけが、
芸能人における事務所と言えるメディア対策室もその本質はボーダーアンチの抑制が主であり、広報部隊はその為の策の一つに過ぎない。
と言うには根付の嵐山への入れ込み様は少々度が過ぎているようにも思えるが、そこはそれだ。
対策室に等身大の嵐山のプレートが置かれているのを見た時は頬がひくついた佐鳥であったが、余計な事は考えないようにする。
誰だって、上司のちょっとアレな一面など追及したくはないのだから。
(一応色々言っておいたけれど、多分今の状況じゃ二宮さん相手は無理だよなぁ。香取隊は確かに成長したけれど、その立役者はとうの二宮隊だし。二宮隊に教わった戦法だけじゃ、二宮隊には勝てないしね)
佐鳥は今回の試合、香取隊が勝つ目はほぼないと見ていた。
樹里の
確かに香取隊は強くなったが、それを教導したのは二宮隊だ。
つまり、その成長過程で得られた戦術等は二宮隊からの受け売りがベースとなっている。
無論彼女達なりにアレンジはしただろうが、原型は間違いなく残っているのだ。
その縁もあって、二宮隊にまともにぶつかれば勝ち目はまずないと見ている。
それだけならなんとかなったかもしれないが、樹里の現時点で抱えている
佐鳥もその事には気付いていたが、幾ら彼からそれを指摘したとしても、割と頑固者な樹里は受け入れはしないだろう。
基本的に樹里は佐鳥の言葉には従順だが、それはそれとして自分の意思を早々に曲げない意地っ張りな側面もある。
こればかりはその身で実感させるしか方法はなく、佐鳥は止む無くそのまま彼女を見送ったのだ。
苦い経験もまた、彼女の糧になると考えて。
彼は敢えて、樹里に何も言わずに傍観する事にしたのだ。
(後から責められるかもしんないけど、取り敢えずその時はその時だ。もしかすると勝つ事もあるかもしんないし、頑張ってね。樹里ちゃん)
「では今回選ばれたMAPである摩天楼Aについて、お聞かせ願えますでしょうか」
「了解した。基本的に、選ばれる事が少ないMAPだからな。説明も必要だろう」
気持ちを切り替え、綾辻は今度はMAPの件に話題を移す。
その顔には、思い悩む感情など欠片も見せてはいない。
心の内がどれだけ荒れ狂っていようと、表面上は平静を取り繕える。
それは、彼女が嵐山隊として仕事をこなす中で身に着いた処世術であった。
「摩天楼Aは、大小様々なビル群で構成される大都市をイメージしたMAPだ。その特徴として、とにかく
「そうね。だからチームメイトとの合流もし難いし、組み合わせによっては泥試合も発生し易いからあまり好まれてないのよね。結構面白いMAPではあるんだけど」
二人はそれぞれ、摩天楼の特徴について説明する。
摩天楼Aは、大都市を模したMAPだ。
それ故にスタンダードな市街地A等と比べても圧倒的に広く、合流に時間がかかり易い。
合流を最優先する柿崎隊等にとっては最も選ばれたくないMAPであり、他のチームであっても敬遠する傾向にある。
何せ、仲間との合流だけでなく敵とのエンカウント率も割と低いのだ。
都市を模したMAPなだけに隠れる場所も多く、参加チームの動向によっては戦闘が全く起きない泥試合化する可能性も高い地形なのである。
参加する側にとっても見る側にとってもそれは出来れば避けたい事案であり、故にこそこのMAPは選択肢から除かれる事が多いのだ。
「けれど、機動力に長けた隊員がいるとなれば話が変わって来る。特に今回のように、香取のような三次元機動も得意なタイプがいれば大分有利に試合を運べるのは事実だ」
「ただ、王子隊も大分機動力が高い部隊だからね。三次元機動な得意な隊員はいないけど、言う程香取ちゃんの独壇場にはならないと思うわ」
それに、と加古は続ける。
「今回は、樹里ちゃんと二宮くんっていう高火力の爆撃役が二人もいるんだもの。場合によってはビルも悉く薙ぎ倒されるし、三次元機動が出来るからといって安心は出来ないでしょうね」
加古の言う通り、今回は樹里と二宮という盤面を爆撃で整地可能な隊員が二人もいる。
この二人が爆撃を行えば、ビル群が立ち並ぶ摩天楼も瞬く間に瓦礫の山に変えかねない。
そうなると三次元機動も何処まで頼れるかは不明であり、一方的な展開にはならない筈だと加古は言う。
遠距離からの爆撃、つまり
「あとは、広いMAPという事で樹里ちゃんの超々遠距離狙撃が活きるわね。もっとも、今回は二宮くんがいる以上前回の試合のように濫用は出来ないでしょうけれど」
「そうだな。トリオン量だけで言えば、木岐坂より二宮の方が上だ。下手な動きをすれば、即座にそこを突かれるだろうな」
また、前回と異なり樹里よりもトリオンが上である射手である二宮の存在は無視出来ない。
イーグレットはともかくとして、単純な射撃の射程で言えば二宮の方が上なのだ。
故に下手な真似をすれば即座に撃ち返されるし、火力で言えば二宮の方が上である以上正面からぶつかるのは得策ではない。
つまり、前回の試合のような火力に頼ったごり押しが通用しないのだ。
これは、明確に留意しておくべき事柄である事に間違いはないだろう。
「あとは、今回狙撃手が香取隊にしかいないのもポイントだな。これをどう活かすかで、試合内容も変わって来るだろう」
「ええ、そこは明確な有利ポイントね。何処まで樹里ちゃんを温存するかで、大分試合展開も変わると思うわ」
また、今回は狙撃手を擁する部隊が香取隊しか存在しない。
故に狙撃手の存在による縛りを、香取隊は一方的に設ける事が出来る。
当然それは樹里の位置がバレた瞬間なくなるので、何処まで彼女を温存するかでその後の展開も変わって来るだろう。
正面からでは二宮隊に勝てない以上、どう絡め手を使うかが肝要となるのだから。
「では、そろそろ時間ですね。全部隊、転送開始」
「────────」
一瞬の浮遊感の後、景色が切り替わる。
本部の一室から、目の眩むようなネオンの煌めく大都市へ。
上天に月が掲げられ、それは煌煌と夜の闇を照らしていた。
『全部隊、転送完了』
広がるは、見渡す限りのビル群。
外国の大都市でしか見られないような光景が、そこにはあった。
『MAP、摩天楼A。時刻、夜』
アナウンスが、MAPの名称と時刻設定を告知する。
事前に聞いていた通りの内容と目の前の光景に差異がないのを確認し、樹里はバッグワームを纏いつつゆっくりと顔を上げた。
『行くわよ、樹里。作戦通りに』
「了解」
幼馴染の号令で、樹里は動き出す。
夜の闇に包まれた大都市で、第二試合が幕を開けた。