香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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動き出す歯車(さだめ)

 

 

「────────ようやく、()()か。彼が、最後のピースだね」

 

 警戒区域、その一角。

 

 そこに身を潜ませていた少年、迅悠一は視線の先で並んで歩く二人を見て目を細めた。

 

 彼の瞳には、困惑を隠さないままながらも迷いのない足取りで遊真を先導する、修の姿が映っていた。

 

 正確には。

 

 彼等を視認した結果によって生じた()()()()()を、彼は凝視していた。

 

「さて、これから忙しくなるな。まずは────────っ!」

 

 そこで、迅の顔が歪む。

 

 別段、周囲に変化は無い。

 

 変わったのは、彼の瞳に映る未来視(えいぞう)である。

 

 視界に無数に浮かび上がる未来の光景の中に、今の彼から見ても放置出来ない道筋(ケース)が存在していたのだ。

 

「…………あちゃ。これ、早いトコ対処しないといけないね。メガネくんにフォローを入れてやりたいけど、こっちが優先だな。流石に、これは読み逃がしてたよ」

 

 迅はそう呟き、大きく溜め息を吐いた。

 

 そして、顔を上げる。

 

 その視線の先には、警戒区域の境界線上に建つ一つのマンションが聳え立っていた。

 

 

 

 

「というワケなんだけど、どう思う?」

「うーん、ボーダーの規格にないトリガーを使う子供、かぁ」

 

 一方、樹里のマンションでは。

 

 すぐさま電話で佐鳥を呼び出した樹里が、先程見た一部始終を説明していた。

 

 本来、彼女に他人に対する関心は薄い。

 

 自分の害にならなければ誰が何処で何をしようが関係ない、というのが彼女のスタンスだ。

 

 だが。

 

 今回は、話が違う。

 

 明らかにボーダーの規格ではないトリガーを扱う、正体不明の少年。

 

 この情報の意味するところは、無視するには大き過ぎるものだと樹里は感じ取っていた。

 

 だからこそ、信頼が置ける佐鳥を即刻呼び出して事情を打ち明けたのである。

 

 彼ならば、悪いようにはならないと信じて。

 

「それ、かなりの面倒事だよねぇ。流石に、オレの一存じゃ決められないよ」

 

 しかし、佐鳥とてこの一件がただ事でない事は想像がつく。

 

 幾ら広報部隊に所属するA級隊員だからといって、彼の行使出来る権限などたかが知れている。

 

 故に此処は、隊長の嵐山に報告して指示を仰ぐべきだろう。

 

 城戸司令に報告するかどうかは、彼に委ねれば良い。

 

「仕方ない。一先ず、嵐山先輩に報告して────────っ!?」

 

 そう考えて、電話をしようとした刹那。

 

 彼の電話が鳴り、表示された相手の名前に息を呑む。

 

 ()()()

 

 携帯の画面には、ボーダー隊員であれば決して無視出来ないであろう類の名前が映し出されていた。

 

「…………もしもし?」

『突然ごめんね。今、大丈夫かな?』

「はい。一応聞きますが、ご用件は…………?」

『多分、想像が付いていると思うけど────────────────今君が樹里ちゃんから聞かされた、その内容に関してだね』

「…………!」

 

 電話を取った佐鳥は予想通りといえば予想通りの解答に、思わず息を呑んだ。

 

 あまりにも完璧過ぎるタイミングで電話が鳴った事を考えれば、この程度の邪推は当然の事だ。

 

 サイドエフェクト、未来視。

 

 その規格外の能力を持つ迅は、己が視た未来を前提に行動している。

 

 故に他者とは明確に視点の()()が異なり、その真意を推し量る事は非常に難しい。

 

 しかし、今回はあからさまだった。

 

 佐鳥が嵐山に報告をしようとしたそのタイミングでの、電話での横槍。

 

 つまり、これは。

 

『お察しの通り、その情報は君の所で留めて置いて欲しいんだ。嵐山は頼めば黙っていてくれるだろうけど、その過程で情報が洩れる可能性(みらい)があるみたいだからね。城戸さんがこれを知るのは()()早いし、お願いを聞いてくれると助かるな』

 

 情報の流出、それそのものを差し止める為の依頼。

 

 彼が佐鳥が嵐山に報告をした結果、それが上層部に伝わる可能性がある未来を視て妨害しに来たというワケだ。

 

 要するに、件の少年の存在はそれだけ迅にとって重要であるという事だ。

 

「えっと、それは構わないんですが…………」

『ああ、後で何か言われたら俺の指示だったって言ってくれて構わない。責任は全部俺が持つから、そこは心配しなくて良いよ』

「分かりました。迅さんがそう言うのであれば、従います」

 

 佐鳥としては、迅がボーダーにとって有害な判断を下すとは考えていない為、指示に従う事自体は吝かではなかった。

 

 しかし、事は明確な情報の隠蔽だ。

 

 何かあった時、迅の口添えが無ければ自分はともかく樹里の立場が悪くなりかねない。

 

 そこだけが懸念事項だったのだが、こうして言質を取ったからには心配は要るまい。

 

 迅は飄々とした態度で暗躍をしている傍から見れば胡散臭い男であるが、非常に義理堅く誠実な面がある事を佐鳥は知っている。

 

 それを知る事になった経緯も含め、佐鳥の迅への信頼は確かなものだった。

 

『ありがとう。それから、申し訳ないけどもう一つ言っておかなきゃいけない事があるんだ』

「…………なんです?」

 

 だが、次の迅の言葉に佐鳥はただならぬ予感を覚えた。

 

 嫌な予感、とでもいうべきものが膨れ上がる。

 

 あの迅が「申し訳ないけど」と、断りを入れて来るような事柄。

 

 どう考えても、碌な事ではないであろうからだ。

 

『────────近いうちに、上層部とやり合う事になるみたいでね。その時、嵐山隊には助力を頼むつもりでいるんだ。思いっきり面倒事に巻き込むけど、承知してくれると助かる』

「な…………っ!? え、ちょ…………っ!?」

『詳しい話は後でするよ。それじゃあ、またね』

「ちょ、迅さん…………っ!?」

 

 思いもしなかった内容に佐鳥は仰天し、慌てて聞き返すが既に通話は切れていた。

 

 もう一度かけ直すか、と考えていたところに自身に向けられた強い視線に気が付く。

 

 振り向けば、樹里が半眼でこちらを睨みつけていた。

 

 口はへの字に曲がっており、どう見ても拗ねている。

 

 ジトリと絡みつくような視線を受け、佐鳥は思わず冷や汗を流した。

 

「あの、樹里ちゃん…………?」

「賢、わたしと一緒にいるのになんで放っておくの? 賢は、迅さんの方が良いの…………?」

「いやいや、流石に迅さんの連絡を無視するワケにはいかないっしょ。ああ見えてボーダーの重要人物なんで、無碍にするワケにも────────」

「関係ない。わたしは、賢の方が大事」

 

 そう言って、樹里はぷい、とそっぽを向いた。

 

 佐鳥は理屈で説得しようとしているが、感情で動く少女に対してそれは悪手以外の何物でもない。

 

 そのあたり、女心を微妙に理解していない佐鳥らしくはあったが、このまま機嫌が直らなければどんな要求をされるか分かったものではない。

 

 元来、飄々としているように見えて押しに弱い佐鳥である。

 

 自分に非があると思ってしまえば、多少理不尽な要求でも頷いてしまいかねない。

 

 それだけ佐鳥は本人が気付いていないだけで樹里に甘く、彼女も半ばそれを自覚しているだけにタチが悪い。

 

 樹里を宥める事に全力を尽くした結果、脳内で燻っていた葛藤など何処かに吹き飛んでしまった佐鳥であった。

 

 

 

 

「まったく、ちゃんと説明して貰いますからね。あの後、大変だったんですから」

「ごめんごめん、流石にそっちの未来は視てなかったよ。でも、こうして一人で来てくれて助かるよ。彼女が一緒だと、話せない事もあるからね」

 

 その後。

 

 何とか樹里を宥めすかした佐鳥は、警戒区域の傍の路地で迅と対面していた。

 

 正確には、そこで待ち構えていた迅を発見し、先程の事もあって話しかけた、という塩梅だ。

 

 恐らく、彼は未来視で佐鳥が通る道を視ていたのだろう。

 

 そのくらいの芸当は軽々とこなすのが、迅悠一という少年なのだから。

 

「それで、上層部とやり合う、っていうよりニュアンスからして多分玉狛と本部の抗争ですよね? なんでそれに嵐山隊(ウチ)を巻き込むんです?」

「可能なら、おれ一人で片付けたかったけれどね。流石に、ボーダーのトップチーム3部隊に加えて三輪隊までいたんじゃ、一人で処理するには限界があるんだ。だから申し訳ないけど、忍田さんに頼んで嵐山隊に動いて貰う事にしたんだよ」

「成る程。そういう事なら、別に構いませんが」

 

 佐鳥は話を聞き、一先ず安堵の息を漏らした。

 

 無断で嵐山隊を動かすのであればともかく、実質的な上司である忍田本部長の指示で動くのであれば、佐鳥達嵐山隊に責任の所在を求められる事はあるまい。

 

 忍田本部長も抱きこむとなると本格的に派閥同士の抗争になってしまうが、そのあたりは巧くやるのだろう。

 

 暗躍の手腕に関しては、彼程卓越した人物はいないのだから。

 

 彼の活躍あってこそ、今のボーダーがあると言っても過言ではない。

 

 それだけ、迅はこの組織に於いて重要な存在であるのだから。

 

「ただ、ね。まだ不確定ではあるんだけれど、その場に樹里ちゃんが乱入する可能性(みらい)があるんだ」

「…………! それ、は…………」

 

 だが。

 

 次の彼の言葉は、聞き逃せなかった。

 

 樹里が。

 

 あの少女が。

 

 自分と違ってどの派閥にも所属しておらず、ある事情もあって立場が非常に不安定な少女が。

 

 派閥同士の抗争に、巻き込まれる。

 

 否。

 

 彼の言葉通りならば、飛び込んで来るのだろう。

 

 そして。

 

 その原因は、恐らく。

 

「察しの通り、君を追いかけてってのが一番多いパターンみたいだ。一応聞くけど、樹里ちゃんを()()事って出来る?」

「…………すみません。少なくとも一週間は姿を晦ますとかしないと、無理です。ただ」

「うん、それをやると彼女の精神が著しく不安定になるね。君の特別任務(しごと)の内容を鑑みても、その展開は避けたい。申し訳ないけれど────────」

「樹里ちゃんの参加は不可避、ですか…………」

 

 佐鳥を追いかけた結果、巻き込まれる。

 

 その可能性が最も高く、そして避け難いものでもあった。

 

 心底申し訳なさそうにする迅に対し、佐鳥は何も言えずに大きなため息を吐いた。

 

 色々な意味で()()()、勘も良い少女相手に完全に動向を隠し通す事は不可能だ。

 

 それこそ本格的に姿を隠すくらいしなければまず無理であり、かといってそれをすれば樹里の精神の不安定化という最悪の事態を招きかねない。

 

 少し機嫌が悪くなる程度ならば、良い。

 

 しかし、本格的に情緒が乱れる状態まで行くのは、危険だ。

 

 故にこそ、仮にも広報部隊の一人でもある佐鳥が彼女に張り付いているのだから。

 

「一応、俺の方でも彼女の立場が悪くならないよう全力を尽くすよ。ある程度、抜け道はある事だしね」

「すみません。助かります」

「いや、迷惑をかけているのはこっちだからね。このくらい、当然の筋さ」

 

 頭を下げる佐鳥に、迅は申し訳なさそうに苦笑する。

 

 これが他の誰かであったら、余計な面倒を、と食って掛かる所だが、迅相手では致し方ない。

 

 何せ、此処で彼の協力を断った結果、悪い未来が訪れてしまう、という可能性が決して低くはないのだから。

 

 迅の行動を阻むという事は、そういう事だ。

 

 彼はいつ如何なる時もより良い未来の為に動いているのだから、その妨げは悪い未来を自ら引き寄せる愚行に等しい。

 

 それを過去の経験から実感してしまっている佐鳥は、ただ頷く事しか出来ない。

 

 そうさせているのを分かっているから、迅はこんなにも罪悪感を滲ませているのだ。

 

 お願いという体を取っているが、事実上の強要に等しいのだから。

 

「さて、そろそろおれはお暇するよ。樹里ちゃんによろしくね」

「はい、お疲れ様です。樹里には、オレから巧く言っておきます」

「頼むよ。じゃあ、またね」

 

 迅はそう告げると踵を返し、街の方へ歩いて行った。

 

 その後姿を見据えながら、佐鳥ははぁ、とため息を吐く。

 

(面倒な事になったけど、迅さん案件ならしょうがないか。取り敢えず、可能な限り樹里ちゃんの機嫌を取ってある程度言う事を聞いて貰えるようにしないとね)

 

 樹里のご機嫌取りという難題を前に葛藤しながら、佐鳥は脳内に叩き込んだスケジュールを確認する。

 

 好物の「いいとこのどら焼き」でも買っていくかな、と思案しながら。

 

 佐鳥は、夕日に染まる三門の街へと繰り出していった。

 

 

 

 

「────────迅め。わざわざ佐鳥と接触して、何を企んでいる」

 

 その光景を、遠くから見ている者がいた。

 

 不機嫌そうに眉を顰めている少年の名は、三輪秀次。

 

 A級7位部隊、三輪隊の隊長を務める万能手である。

 

 誰も到着していない筈なのに派手に壊されているバムスターの残骸、という明らかに不審な事案を報告したその矢先。

 

 街中で佐鳥に話しかける迅、という構図を偶然見てしまったのだ。

 

 本部でならともかく、迅が何の意図もなく特定の隊員に話しかける事は基本有り得ない。

 

 少なくとも、三輪の認識の上ではそうだった。

 

 迅が能動的に動いているという事は、何らかの企み事が進んでいる証拠。

 

 彼に対して極度の偏見を持つ三輪は、そう確信していた。

 

「あのバムスターの一件も、奴が絡んでいる可能性が高いな。首を洗って待っていろ、迅。必ず、お前の尻尾を掴んでやる」

 

 復讐に縛られる少年は、己の衝動のままに歩み始める。

 

 運命の歯車は、着々とその時を刻んでいた。

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