香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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二宮隊Ⅰ

 

 

「さて、試合が開始されました。今のところ全員がバッグワームを使用しているようですね」

「今回は狙撃手が木岐坂しかいないからな。何の策もなしに姿を晒すのは得策ではないと考えたんだろう」

 

 ランク戦ブース、実況席。

 

 そこでは綾辻達がモニターに映る映像を見ながら、解説を始めていた。

 

 映像では、バッグワームを纏った隊員達が夜の都市を駆けているのが見える。

 

 ネオン煌めく摩天楼の中を進んでいるだけあって、中々に映える光景であった。

 

「しかし、時刻設定を夜にして来たか。それなりに考えてはいるようだな」

「つまり、風間隊長はこの時刻設定にも何かしら理由があるとお考えなのですか?」

「ああ。これは恐らく、少しでも他チームから視認されるのを避ける為の工夫だろうな。見たところ香取隊は全員がバッグワームを黒く染めているようであるし、あれが夜間迷彩である事は明らかだろう」

 

 風間の言う通り、香取隊の面々は全員がバッグワームの色を黒に変更している。

 

 ただ装備の色を変えるだけならオペレーターの操作でどうとでもなるので、それ自体はそうおかしな事ではない。

 

 しかし、夜という時刻設定が此処で活きて来る。

 

 この状況下ならば、黒いバッグワームは効果的な迷彩として活きる筈だ。

 

 夜闇に紛れる事で視認される危険を減らし、行動の安全性を担保する。

 

 その有用性は、最早語るまでもなかった。

 

「成る程、つまり香取隊はその迷彩を活かした戦術を用意しているという事ですか」

「恐らくはな。おおかた、何かしらの準備を経た上で奇襲を仕掛ける算段なのは間違いないだろう」

 

 だが、と風間は続ける。

 

「生憎、二宮はそう気が長い男ではない。そろそろ、動くぞ」

 

 

 

 

「二宮さん、お待たせしました」

「────────来たか」

 

 摩天楼の大都市、その一角。

 

 そこで、二宮はやって来た犬飼を迎え入れていた。

 

 その表情はいつも通り仏頂面だが、何処か不機嫌そうなオーラが滲み出ている。

 

 色々と、思うところは多そうな二宮であった。

 

「しかし、夜とは考えましたね。少しでも自分達の発見を遅らせて、奇襲を仕掛けるつもりですかね」

「浅知恵だな。その程度、見れば分かる。無論、付き合うつもりはないがな」

 

 そう告げると二宮はバッグワームを解除、戦闘態勢に移行する。

 

 そしてトリオンキューブを展開し、常であれば行う分割は実行せずに狙いを定めた。

 

「────────始めるぞ」

 

 

 

 

(よし、この調子で)

 

 若村はバッグワームを纏ったまま、ビルの窓を壊して再び走り出した。

 

 現在、彼は指示されている()()()の為にこの摩天楼を駆け回っていた。

 

 この窓の破壊も、その一環である。

 

 今回はMAPの広さが広さなので前回と同じ方法が何処まで有効かは分からないが、それでも片手間で出来る事であればやらない理由はない。

 

 移動しながら窓や壁に穴を空けるといった作業は、そう手間がかかるものではないからだ。

 

 無論移動速度は多少落ちるが、このMAPの広大さを考えれば誤差の範疇であろう。

 

 樹里の超々遠距離狙撃の有用性を身を以て実感している今、その助けをする事に否やはなかった。

 

(とにかく、少しでもチームの役に立つよう努力するんだ。前回みたいな失敗は、しないようにしないと)

 

 特に、前回の試合で落ちた事を失態と考えている若村にとっては猶更であった。

 

 第一ラウンドに於いて、若村は漆間によって落とされてしまった。

 

 当然あれは作戦の内でもなんでもなく、ただ彼が漆間にしてやられただけの話だ。

 

 香取達はその事を責めなかったが、他のチームメイトは誰一人落とされる事がなかった事を考えると、自分だけが脱落したのは内心少々堪えたのだ。

 

 若村は基本的に、目に見える成果を求める。

 

 他者から励ましの言葉を貰ったとしても、明確な形で成果がなければチームに貢献したという実感が持てないのだ。

 

 そして現在に至るまで、若村はその()()()()()()()を感じた事はなかった。

 

 確かに、樹里との戦いでは最後の決め手となった。

 

 しかしあれは彼女が完全に若村を下に見ていて舐めきっていたからこそ成立した作戦であり、そもそもその戦術自体が犬飼から授けられた貰い物だった。

 

 実のところあれで樹里からの評価が変わった事は間違いないのだが、当然のように彼女は何も言わないので若村は知る由もない。

 

 大規模侵攻に於けるヒュース戦では、勝利の為の一助を担った。

 

 あの時は若村もそれなりに満足出来る結果を出せたと思っていたのだが、続くヴィザ戦では当然のように瞬殺された事で「多少お膳立てが出来た程度で浮かれるんじゃなかった」と喜びは一瞬で奈落に落ちた。

 

 実のところ陽動という役目はしっかり担っていたので彼の奮闘は決して無駄ではなかったのだが、そんな事を言われても若村には慰めにしか受け取れなかったのである。

 

 それに続いて、先日の試合での失態だ。

 

 チームメイトは全員健在のままだったというのに、自分だけが落とされて脱落。

 

 その対比が、若村をより惨めな気持ちにさせていたのだ。

 

 だからこそ、現在若村は奮起していた。

 

 今度こそ、しっかりとチームに目に見える形で貢献しようと。

 

 そう、願いながら。

 

「え…………?」

 

 だが。

 

 そんな願いを嘲笑うかのように、事態は加速する。

 

 轟音。

 

 それと共に大都市の一角を担うビルが倒壊し、他のビルを直撃。

 

 ドミノ倒しのようにビルが崩れていく地獄のような光景が、若村の目の前に広がっていた。

 

 

 

 

「おーっと、此処で二宮隊長、炸裂弾(メテオラ)でビルを破壊! それによって崩れたビルが、連鎖的に他のビルを巻き込んで大破壊を引き起こした…………っ!」

「相変わらず派手好きなんだから。派手なら良い、ってものじゃないのに」

 

 二宮の引き起こした大破壊に割と本気で目を丸くしている綾辻に対し、加古は皮肉屋な態度のままため息を吐いた。

 

 かつて同じチームに所属していた彼女からすれば、二宮の今回の行動も特段驚くには値しないのであろう。

 

 水と油のような関係性の加古と二宮であるが、昔のチームメイトだけあってお互いの解像度は高い。

 

 二宮は可能な限り関りを避けているが、加古は機会さえあれば昔の彼を知っている事に起因する事柄でマウントを取りたがる傾向がある。

 

 理解者を気取るつもりはないが、その様は正直元カノムーブに見えなくもないので、彼女達の仲を噂する者もいなくはない。

 

 無論、それが二人の耳に入ればどんな結果が待っているかは語るまでもないのだが。

 

「ビルを薙ぎ倒した二宮隊長ですが、この行動の狙いは何でしょうか?」

「恐らく、障害物であるビルを破壊する事で香取隊の奇襲をやり難くする為だろうな。香取隊は、ビルという物体(オブジェクト)を最大限利用する形で作戦を組んでいる筈だ。その前提条件を崩す事が狙いの一つである事は、まず間違いないだろう」

 

 風間の言う通り、この摩天楼というMAPに於いて最大の特徴が無数のビル群の存在である。

 

 天を衝く摩天楼のビル群はこのフィールドを形成する最も重要なファクターであり、このMAPを選んだ以上それを利用しない手はない。

 

 故にこそ、その前提条件を破壊する為に二宮は動いたのだ。

 

 純粋な火力という、この場で彼が最も優れる手段を以て。

 

 二宮は、開戦の号砲としたのである。

 

「加えて、視界を強引に開けさせる事で奇襲の対処をやり易くすると同時に、隠れている香取隊のメンバーを炙り出すのも目的だろう。ビルという隠れ場所がなくなれば行動が制限されるのは間違いないし、下手をすれば爆発に巻き込まれるのだから相当にやり難くなる筈だ」

 

 そして、強引に建造物を破壊していく事で香取隊の隠れ場所を潰すのもまた狙いの一つである。

 

 力任せのごり押しにも見える作戦だが、現状最も効率的な方法である事は疑うべくもない。

 

 細かな作戦を否定するワケではないが、時として単純なパワーこそが最適解となる場合もある。

 

 今回は、この方法こそがそれであったというだけの話だ。

 

「特に、近くに転送されてしまった若村にとってはかなりの脅威になる筈だ。見つかるのは、時間の問題だろうな」

 

 

 

 

(おいおい嘘だろっ!? まさかこんな方法で来るなんて…………っ!)

 

 若村は響く轟音と倒壊するビルを見て、内心で悲鳴を上げていた。

 

 否、訂正しよう。

 

 既に悲鳴自体はあげているが、口元に手を当てて何とかそれを押し隠しただけである。

 

 それだけ、目の前の光景は非常識極まりなかったのだから。

 

 爆撃によって街が瓦礫の山と化していく光景は、前回目撃している。

 

 しかし家屋が吹き飛ばされていく光景と比べても、巨大なビルが次々と倒壊していく様は迫力の面でも段違いだった。

 

 まるで怪獣映画の中にでも迷い込んだかのような錯覚が、若村に襲い掛かる。

 

 それだけ、今起きている大破壊は現実感がなくインパクトも絶大であった。

 

『若村くん、落ち着いて。二宮さんの様子は見える?』

「え、ええ。遠目からですけど、見えます。えっと」

『近くに、誰かいる?』

「────────犬飼先輩が見えます。どっちも、バッグワームは着ていません」

 

 故に華からの通信にも、彼女の求める答えを告げるまで多少まごついてしまった。

 

 すかさず華がフォローしたので致命的なタイムロスとはならなかったが、動揺が隠し切れていない。

 

 無理もないだろう。

 

 目の前で大破壊が起きている最中で、冷静であれと言う方が無茶だ。

 

 それが出来るのがボーダー(此処)の上位層なのだが、若村は成長はしたとはいえ精神的には未だ未熟な部分が目立つ。

 

 どんな状況でも冷静に現状を俯瞰する、という段階まで至るにはまだまだ時間が必要だろう。

 

『分かった。若村くんは、仕込みはもういいからそこから離れて。そのままじゃ、見つかるだけよ』

「は、はい。じゃあ、二宮隊から離れて、別の場所で仕込みをやった方が良いですか?」

『…………二宮さんがこういう戦術を取って来た以上、それをやったところで何処まで有効かは分からない。一度、作戦の練り直しが必要かも』

「…………そうですか」

 

 華の言葉に、若村は項垂れる。

 

 当初の想定では、二宮はこちらが仕掛けるのを待って正面から迎撃して来るだろうという前提であった。

 

 二宮はこれまでのランク戦でも挑戦者は真っ向から迎え撃っていたし、王子隊のように盤面を敢えて複雑化させようとした事もない。

 

 故に、それなりの確率でこちらが先手を取れると考えていたのだが、その思考こそが致命的であったのだ。

 

 確かに、二宮は挑まれた勝負は基本的に受ける傾向にある。

 

 しかしそれは、確かな勝算があるが故の行動に過ぎない。

 

 攻撃されれば反撃するのは当然であり、自分が優位に立てるのならば先制攻撃も基本的には辞さない。

 

 今回はあまりにも判断が即決に過ぎるが、恐らく摩天楼というMAPを見た段階でこうすると決めていたのであろう。

 

 或いは、どんなMAPであろうと関係なく今回はこの力押し戦法を使うと考えていたのかもしれない。

 

 どちらにせよ、ビルという障害物を利用した戦術が瓦解し始めた事は間違いない。

 

 盤面の主導権は最早、二宮隊に取られたと言っても差し支えないのだから。

 

『とにかく、そこから移動して。ルートはこっちで指示するわ』

「分かりました」

 

 ともあれ、このままこの場所に居続けるワケにはいかない。

 

 現在若村のいる位置は、二宮達のそれと近い。

 

 至近距離ではないが、さりとて遠方と言える程離れてはいない。

 

 一刻も早く此処から離れなければ、あの大破壊の巻き添えを喰らうであろう。

 

 視界に移動ルートが表示され、若村はそれに従って駆け出した。

 

『────────っ!? 若村くん、飛び降りて…………ッ!』

「え…………?」

()()よっ!』

 

 だが。

 

 次の瞬間耳に飛び込んでいた華の緊急警報(アラート)を聞き、若村は一瞬呆然となった。

 

 その、次の瞬間。

 

 花火のような音と共に上空から無数の弾丸が飛来し、若村の潜んでいたビルをその大火力で吹き飛ばした。

 

 

 

 

「あっぶねぇ…………っ! いきなり爆撃とか、マジかよ…………っ!」

 

 ビルの瓦礫、その直近。

 

 辛うじて間一髪で窓から飛び降りる事に成功した若村は、瓦礫から這い出しながら目の前に広がる瓦礫の山を見て悪態をついた。

 

 まさか、あの場面でいきなり誘導炸裂弾(サラマンダー)を撃って来るなど予想外にも程がある。

 

 それまでは地道に炸裂弾(メテオラ)でビルのドミノ倒しを続けていた分、心理的にも完全に虚を突かれた形となった。

 

 機転が利き難く、判断も遅い若村にしてはあの爆撃から命を拾えただけでも充分な成果と言える。

 

 瓦礫の倒壊事態には巻き込まれてしまったが、直撃は避けられた為大した量は被らずに済み、這い出す事には成功した。

 

 完全に埋まってしまえば流石に身動きは取れなかったであろうから、不幸中の幸いと言える。

 

「────────ろっくん、みーつけた」

「…………っ!」

 

 だが。

 

 幸運は、長くは続かなかった。

 

 聞き覚えのあり過ぎる声に反応し、振り向く。

 

 そこには、見慣れた薄ら笑いを浮かべる自分の師匠が。

 

 犬飼澄晴が、突撃銃型(アサルトライフル)を構えてこちらを見据えていたのだった。

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