「おーっと、若村隊員が犬飼隊員に見つかった! 二宮隊長の
「矢張り見つかったか。厳しくなるな」
実況席にて、風間は画面の中で対峙する二人の銃手を見据え目を細めた。
奇しくも、先程の風間の指摘が現実となった形となる。
スクリーンに映る師弟の姿は、さながら獅子に睨まれた野兎、といったところだろうか。
犬飼が薄笑いを浮かべているのも相俟って、どうにも絵面が悪い。
ハッキリ言って、凶悪犯に追い詰められた被害者、と言っても問題ないような雰囲気が漂っていたりする。
周囲に瓦礫の山が広がっているのも、そのイメージに拍車をかけていたのだった。
「メテオラで地道に破壊活動を繰り返していたのは、あくまでも
「二宮隊の二人がバッグワームを予め外していたのは、単なる狙撃等の警戒の意味合いだけではなく、レーダーから合成弾の使用を事前に見抜かれないようにする為でもあったという事だな。木岐坂が二宮を直接視認出来る状態であれば察知出来た筈だが、広過ぎるMAPが仇となったな」
ともあれ、今回若村が引っかかったのは二宮隊の陽動と本命────────────────つまり、通常のメテオラと合成弾であるサラマンダーを組み合わせた奇襲戦法である。
二宮はメテオラで近場から順繰りに周囲を破壊していくと見せかけ、不意に
結果として若村は見事にその爆撃の対処を余儀なくされ、こうして炙り出されたワケだ。
風間の言うように樹里が二宮を視認出来ていれば察知出来た奇襲ではあるが、今回のMAPは相当に広くチームメイトによる
流石に樹里といえど障害物を透過してその先を視る事は出来ず、結果若村の危機は対応出来なかったという事だ。
「確かにこの摩天楼は香取や木岐坂にとって有利なMAPだが、MAPの性質を利用されればこういった事も起こり得る。丁度、ROUND1の荒船隊がそうだったようにな」
「そうね。この分だと二宮くんは、香取隊がこのMAPを選ぶ事は予め予測してたっぽいわね。これ、結構大きいと思うわよ」
奇しくも、今の香取隊はROUND1の荒船隊と似た状況下にあると風間達は言う。
この戦術は恐らく二宮隊側が予め香取隊が選ぶMAPを予想した上で準備していたものであり、即ちそれは香取隊の選択が露呈していたも同然である事を意味している。
確かにこれは加古の言う通り、今後大きく響くポイントとなりそうである。
「あとは、此処から若村にどれだけ
「犬飼、先輩…………っ!」
「やあろっくん、探したよ。思ってたより近くにいたようで、何よりだ」
軽い、いつもの調子で話しかけて来る犬飼。
その聞き慣れた声色には、此処が安全な隊室なのかと錯覚しそうになる。
だが、違う。
犬飼の眼は、普段のソレではない。
あれは、断じて師匠が弟子に向ける類の瞳では有り得ない。
狩人が、獲物を追い詰めた時に見せる獰猛な光。
それが、今の犬飼の眼には宿っていた。
「く…………っ!」
無論、その話術に付き合うのがどれだけ危険かを理解している若村はすぐさま踵を返して駆け出した。
同時に犬飼が走り出す音が聴こえるが、決して止まって銃撃などはしなかった。
自分では、犬飼には勝てない。
それは分かり切っている事であり、この状況では下手な交戦そのものが命取りになる。
二宮の姿が、見えない。
たった今まで犬飼と一緒にいた筈の二宮の姿が無い事が、若村の焦りに拍車をかけていた。
少なくとも、近くにはいる。
先程自分の眼で確かめたのだから、これは確実な筈だ。
なのに姿が見えないという事は、必ず何処かで機会を伺っている筈である。
以前の若村であればパニックになるだけでそこまで気付く事は出来なかっただろうが、今は対峙している相手が犬飼である事が幸いした。
────────ろっくん、予想外の状況に陥っても慌てちゃ駄目だよ。まずは現状をしっかり確認して、そこからどう動くか考えなきゃね────────
お陰で、今自分を追いかけている当人から貰っていた言葉を思い出したからだ。
その張本人が自分を襲撃しているという状況自体は皮肉だが、このアドバイスを思い出さなければただパニックになっていただけであろうから、そこは割り切るしかない。
「────────!」
不意に、悪感がした。
嫌な予感を感じて振り向けば、犬飼が今まさに銃撃を行おうとしている所であった。
若村は咄嗟にシールドを展開し、銃撃を防御。
すぐさま曲がり角に飛び込み、狭い路地へと身を躍らせた。
そのすぐ背後を銃弾が通過し、若村は冷や汗をかく。
直線状の通路では、機動力で負けている自分では犬飼を振り払う事は出来ない。
故に複雑な路地で銃撃を掻い潜りながら逃げる他なく、下手な応戦など以ての外だ。
近くには、二宮がいる。
それを、忘れてはならない。
二宮に足が速いイメージはないが、そもそも彼には豊富なトリオンから成る長大な射程がある。
多少離れる事が出来たとしても、その射程範囲から逃れる事はまず出来ないだろう。
樹里から聞いた、彼女の最大射程の事を思えばそれ以上のトリオンを持つ彼がどれ程の距離を射程内に収めているかは想像出来てしまう。
ミーティングの最中香取が何気なく彼女に聞いた時の解答を覚えていて、本当に良かったと若村は思う。
実際に高いトリオンを持つ当人の言葉がなければ、あんな馬鹿げた射程が現実に有り得る事など思いもしなかっただろう。
若村の機転が利き難い原因の一つに、想像力の欠如がある。
彼は自分が見た範囲の物事しか判断材料に出来ず、そこから想像を発展させる能力に乏しい。
これは単に、彼の経験が不足している事が原因である。
今まで若村は、試行錯誤というものを全くして来なかった。
たとえ負けたとしても原因を香取に押し付け、自分を正当化する文句を垂れ流すばかり。
他のボーダー隊員であれば負けた原因を探り、そこから改善策を見つけ、自分なりに今後の糧にしていくところを、彼はそういった努力を全くしていなかった。
意識改革の末自分の不甲斐なさを実感し、ようやく試行錯誤を行うようにはなった。
しかし、それまでの負債はなかった事には出来ない。
若村の機転不足は、そっくりそのまま彼が足踏みを続けていた停滞期間の影響と断言して良い。
自分なりの覚悟を決めて、試行錯誤して鍛錬を行うのは
その上で具体的な勝利へのビジョンを組み上げ、実戦でそれを試してその結果を元に更なる改善策を実行し続ける。
それがB級中位以上のほぼ全員が行っている
たとえ、意識を改革し覚悟を決め直したとしても。
積み重ねが無いという現実は、決してなくならない。
覚悟を決めた直後に劇的に強くなるのは、物語の中だけだ。
現実は、そこまで甘くはない。
強さには鍛錬と試行錯誤が必須だし、当然それを積み重ねるには相応の時間が必要になる。
香取クラスの法外な才能がある人物であれば、ぶっつけ本番でも何とか形に出来るだろう。
それだけ彼女の才覚は常人とはかけ離れており、覚悟を決めた直後に動きのキレが段違いに上がるといった事も実際に起こり得る。
だがそれは、彼女が一握りの天才であるからに過ぎない。
常人の才覚しか持ち合わせない若村では、そんな才人の真似は決して出来ない。
彼は凡人であるからこそ、弛まぬ努力と試行錯誤で戦っていく他無いのだ。
それを怠って来た負債は、若村が思うより遥かに大きい。
勿論、今の香取隊にその事を責める人間はいない。
香取は足踏みをしていたのが彼だけではない事を理解しているし、三浦もまた同様だ。
華は現状に問題がある事を知っていながら傍観していた立場である為、そもそも口出しをするという選択肢が無い。
樹里に限ってはそもそも以前の一件で若村に対しては壁がある為、わざわざ話しかけるといった事をしない。
だが、誰からも追及されないからこそ、若村は自分が惨めに思えて仕方がなかったのだ。
これまで迷惑をかけた分、目に見える形で隊に貢献したい。
それが、現在の若村が自分の成長を否定している根幹だった。
今まで足を引っ張り続けた負債を、どうにか返済したい。
その負い目と香取の急激な成長を間近で見た焦りが、彼に自分の成長を素直に受け入れる土壌を奪っていた。
若村は良くも悪くも、常識的な人間だ。
香取程思い切り良くはなれず、かといって三浦のように自身を押し殺して場を取り持つような気遣いも出来ない。
思い込みが割と激しい事も相俟って、行動も衝動的になりがちだ。
そして自分に非があると感じれば、改善策よりもまずは自身の不甲斐なさに落ち込み、塞ぎ込む。
これまで馬鹿をやって来た自覚がある以上、その罪悪感もひとしおなのだ。
他のボーダー隊員のように、「なら失敗を次に繋げれば良い」と割り切る事が彼には難しい。
自分の力不足から眼を背け続け、責任を他者に放り投げて来た負債が意識改革の結果目の前に広がり、否応なく自覚を迫らせたのである。
確かに、成長してはいる。
だが、それまでの負債は決してなくならずその事を今も尚引きずっている。
その現状が、彼の思考を
そもそも、稀代の才人である香取と常人である自身の成長スピードを比べる事自体、本来であればナンセンスだ。
ずば抜けた才覚を持ち、努力が苦手ながらも才能のみでB級上位という魔窟を戦い続けて来た香取と、凡人並みの能力しか持ち合わせない若村では成長速度が違って当たり前だ。
香取が激的に成長しているように見えるのは、元からあった才覚が花開いただけに過ぎない。
下地はきっちり積み上げられており、それを意識改革によって表に出す方法を編み出した結果なのだ。
だが、良くも悪くも香取を意識し過ぎている若村は、その成長速度を無視出来ない。
また、心の奥底ではこれまで文句を言い続けて来た相手が自分の一歩どころか十歩以上先に進んでいくのを素直に認めたくないという思春期特有の意地もあった。
だからこそ彼は香取の成長にばかり目が向き、自分の成長について顧みない。
自分も確かに成長はしているのに、それを素直に受け入れる事が出来ない。
それが己の心を蝕んでいると、自覚しないまま。
彼は、心理の袋小路に追い詰められつつあった。
『若村くん、今から指示するポイントまで何とか犬飼先輩を誘導出来る? 隙を見て、樹里に狙撃させるわ』
「…………! え、ええ。やってみます」
『ルートはこっちで指示するわ。二宮さんは今はバッグワームをしているみたいで位置が分からないのはネックだけど、進行ルートを推測したからそれも表示するね』
華の指示を聞き、自身の役割を与えられたと若村は奮起する。
正直、此処で見捨てられても仕方のない状況だと半ば諦めていただけに、若村はより一層気合いを入れた。
想いを寄せる少女からの要請である事も相俟って、その力の入り用もひとしおである。
若村は視界に表示された進行ルートに従い、路地を駆ける。
背後から追いかけて来る犬飼の靴音を聴きながら、華の指示した通りの道筋を進んで行く。
流石隊随一の才媛と言うべきか、華の指定したルートは犬飼の銃撃から身を隠すのに最適な道筋であった。
曲がり角が多く、その上で袋小路には行き着かない。
そんなルートを走っているお陰で、先程から犬飼からまともに銃撃を喰らう機会はなくなっていた。
これなら、行ける。
そう考え、若村は指示された通りのルートに従い、最早何度目か分からない曲がり角を曲がった。
「な…………っ!?」
────────だが。
その先に待っていたのは、バッグワームを纏い弧月を構えている樫尾の姿だった。
鋭い眼光の樫尾と目が合い、一気に焦燥が駆け巡る。
失念していた。
この戦場に居るのは、自分達と二宮隊だけではない。
試合開始から一切音沙汰のなかった王子隊もまた、目的を持って潜伏していたのである。
樫尾もまた、その一人。
彼は此処で、若村がやって来るのを待っていたのである。
「────────」
樫尾は若村の姿を視認するとバッグワームを解除し、旋空を放つ。
振り下ろされた旋空を若村は間一髪で躱し、すぐさま銃撃を行った。
それを回避する樫尾を確認し、若村は銃撃を続けた。
本当なら此処で戦闘などしたくはないが、そうも言っていられない事情がある。
樫尾には、旋空とハウンドという二つの中距離攻撃手段がある。
そのどちらにも言える事が、発動までに若干のタイムラグがある事だ。
旋空は伸びる斬撃という性質上居合抜きのような形で放てるのはそれを極めたと言える生駒くらいであるし、ハウンドは射撃トリガーである為キューブの展開・分割・射出という工程を挟む必要がある。
それらに対し若村が明確に有利を取れるのは、銃手トリガーの持つ即応性しかない。
銃手トリガーは射手トリガーと比べ、引き金を引くだけで弾丸を発射可能という利点がある。
射手トリガーのような応用性は存在しないが、その分取り回しの容易さと至近距離での即応性という無視出来ないメリットがあるのだ。
近付かれた相手に対し即座に反撃出来るのは、射手トリガーには無い点である。
故に、今は撃ち続ける他無い。
樫尾には、グラスホッパーがある。
一度機動戦に持ち込まれれば、明確に不利になるのは眼に見えている。
攻勢に出られれば、終わる。
そんな予感が、若村を焦らせていた。
「おっと、樫尾くんか」
「…………!」
そして、そんな事をしていれば犬飼が追い付くのは自明の理である。
彼にとっては、自分も樫尾も等しく敵。
この状況で、犬飼が手を緩める理由は存在しなかった。
己が師より、容赦のない銃撃が浴びせかけられる。
幸い狙っているのは若村だけではなく、樫尾もだ。
弾丸がバラけている為に、咄嗟に張ったシールドで何とかガードは出来ている。
この状況下でどちらかに弾丸を集中すればもう片方から反撃を喰らうのは眼に見えているので、当然の選択ではある。
三つ巴の状況下では、これがベターと言えるだろう。
盤面の調整を主とする、犬飼らしい立ち回りであった。
『ごめんなさい、王子隊の動きを予想し切れなかった私のミスよ。少し、二人を今から指定した位置まで引き付けられるかしら? 何とか樹里に援護させてみるわ』
(…………! 分かりました!)
謝罪と共に華に指示された内容を聞き、若村はシールドを張り銃撃を行いながら慎重に動き出す。
現在は銃手二人の銃撃により、三者共シールドを解く事が出来ず膠着状態に陥っている。
トリオンには左程差が無い為、すぐにシールドが割られる事は無いだろう。
この閉所では、二宮による射撃介入もほぼ無いと見て良い。
流石に此処にハウンドを撃ち込めば、犬飼も巻き添えになるのは眼に見えているからだ。
二宮のハウンドは弾数が多く、一発一発の威力も相応に高い。
無論アステロイドと比べれば貫通力は低いが、まともに受け続ければ削り殺される事になる。
だからこそ、この状況下であればその火力が仇となる。
自分達二人を潰す為に犬飼を巻き添えにするのは、正直に言って割に合わない。
これが香取のようなエースや王子のような隊長であればその判断も有り得たかもしれないが、自分の戦場での価値はたかが知れているし、樫尾も優秀な攻撃手ではあるが犬飼というチームの要を引き換えにしてまで落とす必要があるかと言われれば疑問が残る。
無論必要な状況であれば躊躇う事は無いだろうが、今現在盤面をリードしているのは二宮隊だ。
そんな状況で下手な犠牲を出す策を、あの暴君が許す筈がない。
それが一週間の間とはいえ彼等の教導を受けた若村の結論であり、これは決して間違ってはいないだろうとも思う。
(今は、とにかく堪えて引き付ける…………っ! 何とか、役に立つんだ…………っ!)
若村は改めて奮起し、防御しながらの銃撃を続ける。
戦況は、加速していく。
彼の思うよりも、ずっと速く。
試合の転換点が、訪れようとしていた。