香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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木岐坂樹里⑤

 

 

「若村隊員、犬飼隊員に挑むも敗退っ! 得点したのは、王子隊です…………!」

「矢張り、こうなったか」

 

 風間はたった今映し出された光景を前に頷き、溜め息を吐いた。

 

 傍目から見れば若村が犬飼に突っ込み、その隙を突かれて樫尾にやられたように見える。

 

 しかし、今のはそれだけのものではないと、風間は考えていた。

 

「若村が犬飼に突っ込んだのは、その隙に自分諸共木岐坂に狙撃させる為だろう。だが、そんな若村の意図を木岐坂は咄嗟に汲み取れなかった。結果として若村は無為に隙を晒すだけとなってしまい、落とされたワケだ」

「そうね。若村くんの咄嗟の機転に、樹里ちゃんは対応出来なかった。言ってみれば、それだけの事なのよね」

 

 若村が無謀にも思える特攻を敢行したのは、偏に自分ごと犬飼を樹里に狙撃させる為だった。

 

 自身の命数が最早長くないと悟った若村は、ならばと捨て身の策で部隊に貢献しようと奮起したのである。

 

 だが、そんな若村の心意気に樹里は応える事が出来なかった。

 

 加古の言う通り、これはそれだけの話なのである。

 

「それは、木岐坂隊員が香取隊に加入して日が浅かった、という事にも原因があるのでしょうか?」

「なくはない。だが、本質は別だ。木岐坂は、()()()()()()()()()に慣れていなかった。指示された連携なら問題なかったんだろうが、若村の咄嗟の機転に合わせる事までは出来なかったというワケだ」

 

 まず、と風間は続ける。

 

「木岐坂は、長くソロ隊員をやっていた。防衛任務で他部隊と組む事はあったし、先日の大規模侵攻でも連携自体は行っただろう。だが、()()()()()()()()()()()()()の経験値は圧倒的に足りていないんだ」

「そうね。彼女はチームランク戦に参加するのは、今期が初だもの。だから、他の隊員が身体で覚えているセオリーや咄嗟の動き方といったものを、彼女は知らなかった。これがまず、大きいわね」

 

 二人の言う通り、樹里はチームランク戦は今期が初参戦だ。

 

 単独(ソロ)でいた期間が長かった彼女は、そもそも集団戦のセオリーというものに慣れていない。

 

 個人戦と集団戦とでは、決定的に違う個所が幾つかある。

 

 その最たるものが、()()()()()である。

 

 何もかも一人でこなさなければならなかった個人戦と異なり、集団戦では仲間へのアシストや自身への支援を考慮に入れた上で戦う必要がある。

 

 人数が増える分出来る事は多くなるが、同時にそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を意味している。

 

 勿論作戦を事前に決めてその通りに動くだけなら、ぶっつけ本番でも問題は無いだろう。

 

 台本通りに進めるだけなら、そこまで難しくは無いからだ。

 

 しかし、問題となるのは即興の作戦(アドリブ)である。

 

 通常、用意していた作戦通りに試合が進む事など殆ど無いと言っても良い。

 

 戦場では常に何かしらのイレギュラーが起き、臨機応変に状況に対処する力が求められる。

 

 それを実行するには当然一分一秒を争う戦いの最中、仲間と相談する暇さえ無い状態で即座にその場で考え付いた作戦を実行しなければならない状況も出て来るだろう。

 

 そういったチームメイトの咄嗟の機転に、合わせられるか否か。

 

 これが、チームランク戦では重要になって来る。

 

 無論それには仲間に対する理解が必須であり、最低限どういった人物でどういった考え方をするのか、といった事を知っておく必要がある。

 

 普段からチームメイトとして交流を重ねていればこれは自然と分かるものであり、そこまで問題になる事は()()()無い。

 

 だが、樹里は。

 

 加入して間もない事も然る事ながら、何よりも。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、のである。

 

 普段雑談に興じない程度であればともかくとして、ミーティング等に於いても香取と華以外とは会話すら行わない。

 

 特に若村に対しては露骨に無視をする事もあり、間違っても関係が良好とは言えなかった。

 

 故に、彼女は知らないのだ。

 

 今の若村がどういった考えを持ち、どのように行動するのかという事を。

 

 知りもしないし、知ろうともしなかった。

 

 だからこそ今回、彼女は若村の決死の行動に合わせる事が出来なかったのである。

 

「チームランク戦では、一分一秒が明暗を分ける事など幾らでもある。そんな中で、咄嗟の行動までいちいち相談していては間に合わない。だからこそ、チームメイトが機転を利かせた時に、即座にそれに呼応するだけの関係性の構築は必須事項だ」

「けれど、樹里ちゃんにはそれがなかった。以前から見知っていた香取ちゃんとならともかく、仲間となって日が浅い若村くんとの間には彼の咄嗟の行動に反応出来るだけの繋がりが無かったのね」

「当然ながら、これはチームランク戦に於いては致命的な弱点と成り得る。仲間と咄嗟の連携が出来ない者を抱えたまま勝てる程、B級上位は甘くはない」

 

 これこそが、少女の陥穽。

 

 樹里の抱える、最大の()()

 

 仲間と、咄嗟の連携を取る事が出来ない。

 

 経験不足と本人の認識から来る弱点が、目に見える形で露呈したのが先程の光景である。

 

 もしも、若村と普段から交流を重ねていれば。

 

 もしも、若村の事を色眼鏡で見ず、意地を張る事を止めていれば。

 

 これは、防げていた事態ではあった。

 

 だが、樹里はその工程を。

 

 若村との関係を改善する努力を、怠っていた。

 

 嫉妬から来る意地と、してやられた事に対する確執。

 

 その事に拘り、問題があると分かっていながらそれを直そうとしなかった。

 

 若村は窮地に焦っていた事もあるが、何よりも自分の失点を取り返そうと一杯一杯であった為に樹里のそんな状態に気付かず、彼女の呼応を前提とした作戦を実行し、失敗した。

 

 連携に応じる事が出来なかったのは樹里であるが、まともに信頼関係を結べていない彼女が自分の行動にしっかり応えてくれると錯覚して行動に移した若村の側にも問題が無いワケではない。

 

 樹里は仲間への理解を怠り、若村は目先の事ばかりに目が向きチームメイトの抱える問題に気付かなかった。

 

 どちらにも、一定以上の非があると言っても過言ではなかったのだ。

 

「これ、強くて才能溢れる子が陥り易い落とし穴なのよね。自分で大抵の事が出来ちゃうから、仲間との連携が疎かになる。()()()()()()()()()()っていう全能感は、自分から孤立して連携が出来なくなる最悪の道筋への片道切符に他ならないんだもの」

 

 チラリと、加古は画面の中で佇む二宮に眼を向ける。

 

 恐らく、東の教導を受ける以前。

 

 自身の才覚に酔い、若さ故の過ちに全力で陥っていた頃の彼を思い出したのだろう。

 

 割と彼女自身も東の教導を受けるまでは傍若無人なゴーイングマイウェイぶりが一層酷かった自覚はあるので、他人ごとでは無い。

 

 無いのだが、それは加古が二宮に対して手心を加える理由にはならなかった。

 

「だから、昔の自分を思い出すようで放っておけないのかもね。あれで結構ずるずる引きずるタイプの男だもの、二宮くんは」

 

 

 

 

『すみません二宮さん、点は王子隊に取られちゃいました』

「構わん。点なら、まだそこにいる。その程度、大した事ではない」

 

 二宮は部下の報告を受けながら、ふん、と鼻を鳴らした。

 

 今回の顛末は、彼が事前に想定した通りとなった。

 

 樹里は仲間と咄嗟の連携を行えず、結果として見殺しにする。

 

 彼女の性質や経緯を考えれば、これは自明の理と言えた。

 

 きっと樹里は、以前の自分と同じだ。

 

 高い能力を持っているが故に他人を軽視し、自分だけでも何でも出来るという全能感に酔っている。

 

 樹里を初めて見た時、感じた既視感はこれだったのだ。

 

 心当たりがあり過ぎるだけに、二宮は彼女を放っておけなかったのである。

 

 その気遣いの出力方法に二宮語(もんだい)があり過ぎただけで、割と真っ当に彼は樹里を心配していたのだ。

 

 彼女は、以前の自分と同じてつを踏むのではないか。

 

 そんな懸念が、今回は見事に現実化した形となる。

 

 想定した通りであれど、あまり気分の良いものではない。

 

 結局のところ、彼女の失敗は以前の自分と同じ、偽りの全能感に依るものである事に相違は無いのだから。

 

(自分の問題点を自覚出来るか、そしてそれに対する解答を用意出来るか。それが出来なければ、後は堕ちていくだけだ。お前が何を選ぶのか、見せて貰うぞ)

 

 

 

 

(…………今の、わたしのせい…………?)

 

 イーグレットを構えたまま、彼女は裸眼で視ていた一部始終を目に焼き付けて呆然となっていた。

 

 当初の予定では、若村がやられそうになった時に助け舟を出す予定であった。

 

 華の指示を彼女はそのように解釈していたし、それ自体は間違っていない。

 

 若村と犬飼の実力差では、遅かれ早かれ追い込まれるであろう事は自明の理であったからだ。

 

 だが。

 

 若村は、その実力差を覆すべく、捨て身の手を打った。

 

 不意打ちで犬飼に突進し、千載一遇の機会を作ってくれたのだ。

 

 それに呼応出来ず、彼の献身をドブに捨てたのは自分だ。

 

 その自覚が、今の樹里にはあった。

 

 あの時、自分が咄嗟に彼の行動に合わせる事が出来ていれば。

 

 彼の犠牲を、無駄にする事はなかっただろう。

 

 それが出来なかったのは、若村がまさかあんな捨て身の策を決行出来るとは思いもしなかったからだ。

 

 樹里は、若村を侮っていた。

 

 以前にしてやられた事に対する執心や、自分より先に香取と共に戦っていた事に対する嫉妬心。

 

 それに「昔は文句ばかりを垂れ流して香取の足を引っ張り続けた」という免罪符(こうじつ)が重なり、常に若村の事を下に見る傾向が強くなっていた。

 

 人は、もっともらしい攻撃材料があれば自分の非を棚上げにして相手を責め立てる生き物である。

 

 若村の場合は以前の醜態としか言いようのない有り様があった為に、樹里は彼の事を非難する材料ばかりを集め、その内面に一切意識を向けようとしなかった。

 

 一方的に非難し、自身の行動を客観視する事なく無責任に責め立てる。

 

 或いは、相手を思い込みで軽視して自分の醜態にこそに気が付かない。

 

 そんな、能力の高い人間の陥り易い陥穽に樹里は嵌まっていたのだ。

 

 自身の能力が高い人間は、ある種の全能感に酔う事がある。

 

 自分だけでも、何でも出来る。

 

 大抵の事は、自分がやれば巧くいく。

 

 ワンマンアーミーとも呼ぶべき強さを持っていた樹里は、しっかりとこの陥穽に嵌まっていた。

 

 自分で何でも出来る故に、他者への理解を怠った。

 

 戦力的に他人を必要としないからこそ、歩み寄りの必要性を軽視する。

 

 そんな性質が、樹里にはあった。

 

 黒トリガー争奪戦での経験もまた、この傾向に拍車をかけていたと言える。

 

 あの時、樹里はA級のトップチーム相手に多大な戦果を挙げ、勝利に大きな貢献をしてみせた。

 

 しかし、それが出来たのはあくまでも佐鳥の指示に全面的に従い、その通りに行動したからに過ぎない。

 

 だが、「A級部隊相手に無双出来た」という経験は、ある種の毒となって樹里の全能感を助長していた。

 

 若村にしてやられた事で多少は鳴りを潜めてはいたが、自身の実力への過信は無くなってはいなかったのだ。

 

 結局のところ、樹里はこれまで鉄火場で()()()()()で作戦を成功させた経験など殆ど無い。

 

 ROUND1の試合にしても、予め指示された内容を実行していたに過ぎなかった。

 

 今回のように、仲間の咄嗟の機転に合わせて行動しなければならない、といった場面に遭遇する事が殆ど無かったのである。

 

 しかも今回は若村という樹里自身が確執を抱く相手であった事も相俟って、完全に彼を無駄に犠牲にする結果となってしまった。

 

 こと此処に至り、それを自覚してしまった樹里は呆然となっていた。

 

 これでは、以前の若村と同じだ。

 

 他人を顧みず、他者の粗ばかりを探して悦に浸る。

 

 そんな、よりにもよって自分が軽蔑した相手と同じてつを踏んでしまった。

 

 その事が、樹里の心を追い詰める。

 

 自分が、チームの足を引っ張る。

 

 そんな、考えもしなかった事態に樹里は恐慌一歩手前の状態に陥っていた。

 

 自分の所為で、チームに。

 

 香取や華に、迷惑をかける。

 

 それは、決して。

 

 決して、あってはならない事だったのだから。

 

(どうしよう、どうしよう…………っ! 強い事だけが、わたしの存在価値だったのに。それがなくなったら、わたしは、わたしは────────!)

 

 こんな失態を犯した自分を、香取達はどう見るのか。

 

 失望しやしないか、呆れてはいやしないか。

 

 幼馴染に、見放されるのではないか。

 

 そんな恐怖が、樹里に襲い掛かる。

 

 身内との関係を何よりも重要視にする樹里にとって、その相手に見放される事は最大の恐怖と言って良い。

 

 今回のように自分の非が明らかである場合は、猶更だ。

 

 突然の事態を受け入れ切れず、樹里は今が試合中である事も忘れて半ばパニック状態に陥る。

 

 このままでは、試合どころではない。

 

 それは明らかであるが、どうしても自罰と怯えの感情が捨てきれない。

 

 今のままじゃ駄目なのは、分かっている。

 

 けれど、どうしたらいいか分からない。

 

 そんな状態に陥っていた、樹里は。

 

『樹里。次の作戦を始めるわ。聞きなさい』

「え…………?」

 

 ────────不意に響いた、幼馴染からの通信にびくりと震えた。

 

 予想していた罵倒は、何も無い。

 

 失望の感情さえも、その声色からは感じられなかった。

 

 彼女は、香取は。

 

 樹里を責める言葉の一つも吐く事なく、次の行動へ移ろうと声をかけて来たのだ。

 

「葉子、わ、わたし────────」

『泣き言なら後で聞くわ。今回アンタがやらかしたのは事実だし、それについて思うところだってあるわよ』

 

 けどね、と香取は続ける。

 

『────────試合中にやる()()()ほど、時間を無駄にする行為は無いわ。そういうのは、試合の後でじっくりやれば良いんだから。それをやっていてまともにチームを改善出来なかったのが、昔のアタシ達なんだしね』

 

 確かに、今回樹里が失態を犯した事は誰の眼から見ても明らかである。

 

 しかし、それを此処で指摘し責めたところで何一つ建設的な結果には繋がらない。

 

 改善点の洗い出しは、試合の後で時間のある時にじっくり行うべき事項である。

 

 間違っても、一分一秒も無駄に出来ない試合中に行うような事ではない。

 

 そんな馬鹿な真似をしていて燻り続けていたのが、以前の香取隊だったのだから。

 

 それを自覚した今の香取が、そんな愚を犯す筈がなかったのである。

 

『とにかく、その話は後よ後。今はウチの麓郎(バカ)をやってくれた連中にお礼参りしなちゃいけないんだから、さっさと協力しなさい。アンタがいなくちゃ、こっからそんな真似出来る筈ないんだから』

「────────分かった。ごめん、葉子。迷惑、かけた」

『いいのよ。迷惑なんて、幾らだってかけてくれれば。そういう所をフォローするのも、幼馴染の役目だしね』

 

 香取の優し気な声色の言葉に、樹里はようやく顔を上げる。

 

 そうだ、今は落ち込んでいる場合ではない。

 

 若村が落とされ、四人部隊としての数の優位はなくなった。

 

 幸い未だに自分の位置は露見はしていないが、このまま二宮隊の好きにさせればどうなるか分からない。

 

 今は、前を見据えないと。

 

 幼馴染の発破で気力を取り戻した樹里は、己の役目を果たすべく標的を見据えた。

 

 視線の遥か先に居る二宮が、「来るなら来い」と。

 

 何処か、笑っているように感じた。

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