香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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王子隊Ⅰ

 

 

『────────というワケよ。泣き言も文句も後で聞くわ。いいわね』

「…………分かった。すまん」

『それもいいから。じゃ、助けられるトコで華を助けといて。麓郎が出来る分だけでいいからね』

 

 短い激励の言葉と共に、香取は通信を終える。

 

 それを聞いていた若村は未だに俯いてはいたが、その顔は何処か複雑な感情を秘めた面持ちであった。

 

 自分は、失敗した。

 

 確かに、自分の作戦に応えてくれなかったのは樹里の方だ。

 

 しかし、そもそも隊に入って間もない彼女と事前の打ち合わせなしの作戦が成功すると思う事自体が間違いだったのだ。

 

 自分は、彼女の事を何も知らない。

 

 どうやら嫌われているというのは分かるし、その理由にも心当たりはある。

 

 樹里の自分に向ける視線は厳しいものであるし、まともな会話も成立した試しがない。

 

 だがそれは、戦場で背を預けるべきチームメイトとの関係性を放置して良い理由にはならない。

 

 確かに樹里が自分を避けていた様子なのは事実だが、それで諦めてしまっては問題解決など夢のまた夢だ。

 

 それを怠っていたのは間違いなく自分であるし、彼女との関係性を失念して捨て身の作戦を実行してしまったのもまた自分だ。

 

 ランク戦に於いて、捨て身の作戦は往々にして取り得る選択肢の一つである。

 

 しかしそれは、捨て身────────────────即ち、駒の犠牲を前提とした()()()()が無ければ選んではならない道でもある。

 

 だというのに自分は確たる成功の保証もなしに即興の作戦を実行し、結果として失敗した。

 

 その事は胸に刻まなければならないと、若村は思う。

 

 けれど、思うのだ。

 

 矢張り、自分では無理なのかと。

 

 自分程度では、眩い軌跡を歩む香取に追い縋る事すら出来ないのかと。

 

 そういった、自己評価の低さから来る自責の念が若村の心を蝕んでいた。

 

(結局、今回も隊の役には立てなかった。無駄死にして終わるなんて、オレは────────)

「若村くん」

「は、はい」

 

 そんな折。

 

 不意に、華から声がかかる。

 

 彼女は今も画面に集中しており、こちらを振り向いてすらいない。

 

 しかし幾分かの意識はこちらに向けてくれているのは、何となく分かった。

 

「今回は、樹里も若村くんもどっちも至らない所があった。けど、それはわたしも同じだから。わたしはこうなる事を分かっていて、何も言わずにいたんだから」

「…………華さん…………」

「だから、気にするなとは言わない。けれど、今は試合に集中して。手伝って欲しい時は言うから、その時はお願い」

「…………! 分かりました」

 

 華からの突然の激励に、若村の顔に幾分か色が戻る。

 

 彼女の発言の真意は分からないが、今は試合の最中。

 

 まだ仲間の三人は戦い続けており、若村を欠いた現状から逆転の手を探っている。

 

 ならば、少しでも役に立つ事があればやるべきだ。

 

 自分の不甲斐なさについては、一端棚上げする。

 

 今は、こちらに集中しなければならない。

 

 そう考えて、若村は華と並んで彼女のサポートを行い始めるのだった。

 

 

 

 

「おっと、逃がさないよ」

「…………!」

 

 若村が緊急脱出(ベイルアウト)した、その直後。

 

 撤退の構えを見せていた樫尾に、容赦なく犬飼の銃撃が襲い掛かる。

 

 樫尾はシールドを用いて、それを防御。

 

 物陰に隠れ、路地の先へ駆け出した。

 

「羽矢さん、二宮さんは…………っ!?」

『バッグワームを使ってるみたいで、詳しい位置は分からないわ。けれど、その近辺にはいる筈よ。犬飼くんに視認されている以上、いつハウンドが飛んできてもおかしくないと思った方がいいわ』

「了解しましたっ!」

 

 樫尾は羽矢からの情報提供を受け、周囲に気を配りつつ駆け出した。

 

 近くに二宮がいるのは、既に承知している。

 

 その上で彼は、この鉄火場に飛び込んだのだ。

 

 全ては王子の、指示の通りに。

 

 樫尾の脳裏に、先日のミーティングの光景が蘇った。

 

 

 

 

「ジュリアーナは、ジャクソンやミューラーとは即興の連携が出来ない。二宮さんは必ず、此処を突いて来る筈だ」

 

 ランク戦前日、王子隊室。

 

 そこでは王子がいつものように教鞭を持ち、作戦の最終確認を行っていた。

 

 樹里の、致命的な弱点。

 

 若村や三浦との、即興の連携の困難である事。

 

 それを此処で、彼は提示したのである。

 

「木岐坂さんが、ですか? それは彼女が、香取隊に入って間もない事と関係しているのでしょうか?」

「それもあるし、それ以外の要因もある。けれど、この内容自体に違いは無いよ。これ以上の説明が必要かな?」

「いえ、理解しました。結構です」

 

 よしよし、と王子は樫尾の返答に満足気に頷いた。

 

 正直なところ、王子は樹里と若村の確執についても何となく察している。

 

 当事者ではない為憶測にはなるが、彼は以前樹里が香取と口論を繰り広げている若村を険しい表情で睨みつけていた光景を偶然にも目にした事があったのだ。

 

 その場面を見た王子は、樹里が幼馴染である香取の足を引っ張り続ける若村に悪感情を抱いていた事を見抜いていたのだ。

 

 故に、今回の試合ではその負の感情こそが連携を綻ばせる要因になると、そう見ていたのである。

 

 しかしこれは、若干ではあるが樹里のプライベートに関わる事だ。

 

 基本唯我独尊を地で行く王子であるが、決してTPOを弁えないワケではない。

 

 普段から非常識に思われているだけで、知識として常識は知っているのだ。

 

 その常識を適用するかを場面場面で臨機応変に切り替えているだけで、彼は常識外れではあっても常識知らずではないのである。

 

 知った上で無視する方がより悪質であるという意見は、華麗に放り投げてはいるがそこはそれ。

 

 少なくともこの場で樹里のプライベートに関わる事を徒に公言するべきではないという自省は働いたのだから、充分である。

 

 それを何となく察した樫尾もまた、王子の教育の成果が出ていると言える。

 

 多少の事で気にしていては、王子(かれ)の下でやっていくなど不可能なのだから。

 

「話を戻すよ。二宮さんはジャクソンかミューラーを見付けたら、多分自分では追わずに澄晴(スミ)くんに任せる筈だ。だからそこに乱入して、彼等を点にしたい。転送位置次第ではあるけど、切り込み役はカシオに任せたいんだ。頼めるかな?」

「了解ですっ! 何としてでも点を取って見せますっ!」

 

 樫尾は王子に作戦を任され、意気揚々と頷いた。

 

 真面目で実直な彼にとって、重要な局面を任される事は誇らしさを覚える事はあっても苦に思う事はない。

 

 責任ある仕事をやり遂げる時にこそ、樫尾は充足感を感じるのだから。

 

「うん、良い返事だね。けど、気を付けて欲しいのは()()()だ。きっと、香取隊の点自体は取らせてくれるとは思うけど、二宮隊がその場からカシオを逃がす理由は無いよね。だから────────」

 

 

 

 

(可能な限り防御と逃走に徹して、決して無理な交戦はしない。そういう事でしたね、王子隊長…………っ!)

 

 樫尾は路地を駆けながら、以前聞かされた王子の言葉を反芻していた。

 

 若村を落とす事自体は、成功した。

 

 だが、今度は自分が追われる側となっている。

 

 あの場で最も狙い易い駒を落としたのだから、次は樫尾を狙うのは二宮隊としては当たり前の事だ。

 

 そして、独力では彼等から逃げ切るのは不可能である事も理解している。

 

 犬飼だけであれば状況次第ではやり様があったが、近くには確実に二宮が潜んでいるのだから完全な脱出が叶う確率は殆ど無い。

 

 何せ、二宮のハウンドは射程も弾数も桁違いだ。

 

 未だに狙撃手である樹里が姿を隠している現状両攻撃(フルアタック)の解禁は無いと思いたいが、万一辻が護衛に就いていればそれも普通に有り得るのが怖い所である。

 

 現在、位置が判明していないのは残る香取隊全員に加え、辻もその一人である。

 

 二宮もバッグワームを纏っているようだが、近くにいる事自体は分かっている。

 

 試合開始から、多少の時間が経過している。

 

 転送位置次第では、辻が二宮と合流してしまう可能性も普通に有り得る。

 

 この摩天楼という広大なMAPではその確率自体は低いが、決して絶無ではない。

 

(状況は、常に最悪を意識しながら行動しろ、でしたね。警戒しませんと…………っ!)

 

 王子から、戦場では予想外(イレギュラー)が起こる方が普通なのだから常に最悪を想定しろ、というのは常々言い聞かされて来た。

 

 同時に、あまり悪い方向ばかりに物事を考えるのも良くない、とも。

 

 正直どちらの言葉を優先すれば良いか分からなかったが、今回の場合は前者の方で正しい筈だ。

 

 何せ、相手は二宮隊だ。

 

 B級部隊の中でも桁違いの地力を誇るトップチーム相手には、最悪に最悪を重ねた想定で挑むくらいが正しいだろう。

 

 それに、王子の言う致命的な弱点が露呈した樹里であるが、その能力の高さは疑いようが無い。

 

 二宮に次ぐトリオンを持ち、爆撃と狙撃の二枚看板がある彼女を侮る事がどうして出来よう。

 

 忘れるな。

 

 王子は「やり様がある」と言っただけで、決して樹里を軽視してはいなかった事を。

 

 樹里には確かに重大な弱点があったが、それで彼女の地力自体がなくなったワケではない。

 

 つまり、条件次第では容易に蹂躙されるだけの相手である、という事に違いは無いのだ。

 

 少なくとも、彼女の居場所が判明するまでは決して気を抜く事など出来ない。

 

 何処から飛んで来るか分からない狙撃は、ランク戦である意味最も恐ろしい攻撃なのだから。

 

(銃撃が、まばら…………っ!? これは、やっぱり…………っ!)

 

 そして、樫尾は既に現状の違和感にも気が付いていた。

 

 先程から、犬飼による銃撃が殆ど無いのだ。

 

 追って、来てはいる。

 

 可能な限り曲がり角を曲がって追跡を撒こうとはしているが、それでもある程度距離のある直線に差し掛からなかったワケではない。

 

 だというのに、犬飼からの銃撃が殆ど飛んで来ないのだ。

 

 散発的に銃撃自体は行っているが、逃げる樫尾を追撃中である事を考えてもその弾数と頻度が少な過ぎる。

 

 普通ならば、おかしいと思い警戒するだろう。

 

 しかし樫尾は、この()()()についても王子から既に言及を受けていた。

 

 ────────二宮隊は、すぐに君を落とそうとはしない筈だ。むしろ出来る限り逃げ回らせて、()になって欲しいと思っている。だから、それを利用するんだ────────

 

 王子の言葉が、蘇る。

 

 彼は、確かに言った。

 

 二宮隊は自分を追撃はしても、すぐ落とそうとする事は無いであろうと。

 

 そして、その真意は。

 

(おれを囮に、残る香取隊を引っ張り出す…………っ! そういう事ですね、王子隊長…………っ!)

 

 

 

 

「犬飼隊員が、樫尾隊員を追撃…………っ! しかし、これは…………っ!」

「陽動だな。どうやら二宮隊は樫尾という釣り餌を使って、香取隊をおびき寄せるつもりらしいな」

 

 風間は画面の中の犬飼の動きを、そう断じた。

 

 それも、無理はない。

 

 こうして外から見ると、分かり易いにも程があった。

 

 確かに犬飼は樫尾を追っているが、不思議なくらいに銃撃の気配がない。

 

 時折思い出したように撃ってはいるが、本気で追い詰める動きでないのは明らかだ。

 

 それは、つまり。

 

 樫尾にまだ()()()()がある事の、何よりの証明であった。

 

「現在、香取隊の生き残りは三人揃って位置が判明していない。此処からあの三人を引っ張り出すには、炙り出しを続けるか向こうから出て来て貰うかのどちらかしかないだろう。そして二宮隊は、後者を選んだというワケだ」

「香取隊は、点が欲しい筈だからね。既に若村くんが落とされた以上後は無いでしょうし、そこまでポイントに余裕があるワケでもない。だから、釣りだと分かっていても餌をチラつかされれば食いつく以外の選択肢は取り難いでしょうね」

 

 香取隊は現在、全員がバッグワームを用いて潜伏している。

 

 正面からでは二宮隊に勝てない以上正しい判断だが、その膠着状態を良しとする程二宮は気の長い男ではない。

 

 故に、既に盤上に配置された駒を用いて彼等を釣り上げる手を打ったのだ。

 

 樫尾は、あくまでも囮。

 

 本命は、逃げる彼を狙う為に出て来た香取隊を迎撃し、墜とす事だ。

 

 犬飼の動きからその目論見は露見している可能性は高いものの、点が欲しい香取隊としては此処で乗る以外の手は無いのも事実なのだ。

 

 若村という実働部隊の一角を落とされた以上、何が何でも香取隊は点を持ち帰りたい筈だ。

 

 既に盤面のイニシアチブを握られた現状、勝つ事は不可能なまでも得点自体は取っておきたい。

 

 そういう心理が、彼等に働いているからである。

 

 現在、彼女達のポイントは13Ptの6位。

 

 7位の東隊とは、1ポイントの差しかないのだ。

 

 今日の試合結果次第で、普通に中位落ちが有り得る計算なのである。

 

 故に、少なくとも0点は避けたい筈だ。

 

 何が何でも、ポイントを持ち帰る。

 

 これは彼女達がB級上位に留まる前提に於いて、決して避けては通れない条件なのだから。

 

「二宮隊に踊らされて終わるか、それともその思惑を食い破るか。そこは、樹里や香取の使い方に懸かっている。躓いたまま立ち上がれないかそうでないかは、これから見せて貰うとしよう」

 

 風間はそう締め括り、画面を見据えた。

 

 その視線の先では、スクリーンの中で香取が不敵な表情を浮かべながら夜の街を駆けていたのだった。

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