香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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王子隊Ⅱ

 

 

「樫尾隊員、狙撃により敢え無く脱落…………! これまで翻弄され続けていた香取隊が、点をもぎ取った…………!」

「見事だ。巧く場と状況を利用したな」

 

 風間は香取隊の鮮やかな手並みに対し、賞賛の言葉を述べる。

 

 あの風間が思わず誉めそやす程度には、今の戦果は偉業と言えた。

 

 何せ、これまで盤面の主導権を譲り続けて来た中での一点なのだ。

 

 この意味は、間違いなく大きい。

 

「そうね。最初に香取ちゃんが乱入して犬飼くんを狙うように見せた上で、ワイヤー機動で二宮くんの介入を誘発。そうして出来た射線から樫尾くんを狙い撃つ────────────────確かに、お見事としか言いようが無いわね」

「最初に香取が犬飼を狙ったのが効いたな。あれで樫尾は香取隊の標的は犬飼であるのだと誤認し、防御よりも攻撃に意識を割いた。いきなり目の前にチャンスが降って湧いたワケだから無理もないがな」

「チャンス、ですか?」

 

 ああ、と風間は頷く。

 

「樫尾にとって、自分自身は最早捨て駒だった筈だ。二宮隊の思惑に乗って囮役をこなしてはいたが、あそこから自分が生き残る芽がない事は自覚していた筈だ。二宮隊は、そこまで甘くはないからな」

 

 風間の言う通り、樫尾はあの場が死地であると承知の上で戦闘に介入した。

 

 犬飼に加え、近くに二宮まで控えているのだ。

 

 そこから生還出来る確率など、ゼロより上にはならないだろう事は彼自身が良く分かっていた。

 

「そんな時に、香取隊からではなく二宮隊から得点出来るチャンスが生まれた。正しく、棚から牡丹餅に等しい状況だったろう。だからこそ、隙を見て犬飼を倒すという()が生まれてしまった」

「香取隊は、そこを突いたのね。如何にもな釣り餌を用意して、そこに食いつかせた所を横から狙った。釣り餌を仕掛けられていた側からの、皮肉の返しとも取れるわね」

 

 だからこそ、降って湧いたチャンスに飛びついてしまった。

 

 加古達の言う通り、樫尾は自分ではなく犬飼が狙われたという光景を目の前で目撃して、欲が出てしまったのだ。

 

 自分達の一つ上の順位の香取隊からではなく、B級一位の二宮隊から点が取れるかもしれない。

 

 それは、向上心の強い樫尾からしてみればとても魅力的だったのだろう。

 

 上を目指す事を止めない者からすれば、トップの二宮隊から得点出来る機会は逃したくはなかった筈だ。

 

 故に、その心理をこそ突いた。

 

 本当に狙われているのが誰なのかを誤認させ、意識を防御から攻撃に移させた。

 

 そうして意識を誘導し、そこを狙撃で狙い撃った。

 

 まさしく、鮮やかとしか言いようのない手並みであったと言える。

 

「これまで香取隊が翻弄され続けていたのも、良い具合に作用したな。樫尾の眼から見ても、香取隊が自分達の作戦に良い様に踊らされているようにしか映らなかった筈だ────────────────優位の錯覚は、油断を生む。人の心理を、見事に活用したな」

「欲を出して犬飼くんを狙わずに、あくまでも樫尾くんを狙ったのも偉かったわね。狙撃手の最初の一発っていう切り札の切り方としては、ベストと言っても過言じゃないわ」

 

 狙撃は、発射位置が分かってしまえば大した脅威ではなくなる。

 

 これはボーダー隊員にとって共通の認識であり、事実だ。

 

 狙撃の最大の脅威は、いつ何処から飛んで来るか分からないという奇襲性だ。

 

 集中シールドでなければ防げないレベルの威力の攻撃が、いきなり飛来するという恐怖。

 

 それこそが狙撃手の最大の脅威であり、最も警戒すべき攻撃である。

 

 集中シールドは文字通り、展開範囲を縮小しトリオンを凝縮させて硬度を上げた代物だ。

 

 当然その守れる範囲は相当に限定され、当てが外れれば勿論防御は成功しない。

 

 狙撃の最初の一発に対し集中シールドでの防御を選ぶというのは、見かけ以上にリスキーな選択なのだ。

 

 それだけ、狙撃手の最初の攻撃は脅威となるのである。

 

 だからこそ、それを無駄に終わらせる事は敗北と同義だ。

 

 狙撃の脅威は、あくまでも何処から攻撃が飛んで来るか分からないという部分に集約される。

 

 それさえ分かってしまえば、集中シールドで攻撃を防ぐ事は難しくは無いからだ。

 

 狙撃トリガーは銃手トリガーと異なり、連射が利かない。

 

 一度撃てば装填の猶予期間(インターバル)を挟む事が必須である以上、撃った直後の狙撃手というのは隙だらけだ。

 

 唯一ライトニングのみ連射が可能だが、その威力を考えれば焼け石に水だ。

 

 広げたシールドすら突破出来ない程度の威力では、連射が出来ても大した脅威にはならない。

 

 狙撃手の特性を最大限に活かすには、イーグレットクラスの威力が必須であるからだ。

 

 だからこそその最初の一発を見事に成功させた香取隊の動きは、賞賛に値する。

 

 この試合で彼女達が得ていたアドバンテージ、即ち「自部隊のみ狙撃手がいる」という利点を最高の形で使い切ったのだから。

 

「しかし、問題は此処からだな。樫尾を狙い撃った手腕は見事だったが、それは同時に香取単独で犬飼と二宮相手に抗戦しなければならない状況に陥った事と同義だ。あそこから香取を無事に帰すつもりは、二宮隊には欠片も無いだろうからな」

「そうね。してやられた分、お返ししなきゃ気が済まない筈よ。圧倒的に有利な状況から、一矢報われたんだもの。何が何でも、失点を取り返そうとするでしょうね。二宮くんは、そういう男よ」

 

 ニヤリと笑って加古は二宮を揶揄しつつ、スクリーンに目を向けた。

 

「香取ちゃんが狙われている事を、どう利用するか。それが、此処からの展開じゃ重要になって来るでしょうね」

 

 

 

 

「逃がさないよ」

「…………!」

 

 犬飼は樫尾が落とされた直後、容赦なく香取に銃撃を見舞った。

 

 香取は無論それをタダで受ける事はなく、大きく横に跳んで回避する。

 

 グラスホッパーを利用して距離を取るという選択肢もあったが、今この瞬間それをすれば致命的な隙を晒す事に他ならないと理解していた。

 

「ハウンド」

 

 何故ならば。

 

 今この場には、二宮が控えていたのだから。

 

 二宮より放たれる、弾丸の豪雨。

 

 それが、一斉に香取に向かって襲い掛かった。

 

 香取は今度こそ、グラスホッパーを利用して跳躍を開始。

 

 凄まじい弾数と弾速を誇る光の雨から、間一髪で逃れる事に成功する。

 

 防御、という選択肢は有り得ない。

 

 二宮のハウンドに対し防御姿勢を取った瞬間、そこから固められて詰まされるのが眼に見えているからだ。

 

 ボーダーでも随一のトリオン量を誇る二宮のハウンドは、威力も弾数も他とは比較にならない。

 

 威力が低い筈のハウンドでさえ、集中して叩き込まれればシールドの上から削り殺される。

 

 或いは、固めた所をアステロイドを用いて突破される。

 

 どちらにしろ、足を止めた時点で脱落が必定である事に違いは無い。

 

 二宮を相手にする以上、防御という選択肢は先の無い袋小路に自ら進むのと同義なのだから。

 

「まだだよ」

「────────!」

 

 だが、二宮隊は手を緩めない。

 

 犬飼はあくまでも冷静に、香取が逃げた先へ弾丸をばら撒いていく。

 

 成る程、足を止めればそのまま削り殺されるのは確かだろう。

 

 だがそれは、攻撃を仕掛けている二宮隊にとって既知の事柄でしかない。

 

 故に、香取が回避一辺倒の選択肢を取るであろう事は眼に見えていた。

 

 当然追撃の手を緩める事などある筈もなく、犬飼は容赦なく攻撃を見舞ったのだ。

 

 無論、その程度で落ちる香取ではない。

 

 持ち前の身のこなしを駆使し、グラスホッパーなしで再び犬飼の銃撃を回避する。

 

「────────」

「────────!」

 

 だが、それで問題は無い。

 

 犬飼の役目は、二宮の次弾装填までの時間稼ぎ。

 

 射手トリガーという、発射までにタイムラグが存在する武器を再装填させるまでの時を稼ぐ事こそが彼の役割であった。

 

 二宮に依る第二射が、容赦なく香取に襲い掛かる。

 

 それを香取は今度こそグラスホッパーを用いて、大きく横に跳んで回避。

 

 射手の王による追撃を、何とか躱し切った。

 

 そしてそのまま、ビルが存在する場所へ向かおうとする。

 

 この開けた場所では、明らかに香取が不利である。

 

 グラスホッパーがあるとはいえ、壁を使った三次元機動が出来ない状態でこの二人を相手にするには流石に無謀が過ぎる。

 

 彼等は、二宮隊は。

 

 盾にして足場でもある障害物もなしに、まともに相手取れる存在ではないのだから。

 

「逃がさない、って言ったよ」

「…………!」

 

 しかし、それを易々と許す程犬飼は甘くはない。

 

 弾丸を香取の進路上に置く形で銃撃を展開し、その動きを牽制。

 

 この場からの離脱を、ピンポイントで阻害した。

 

「アステロイド」

 

 そして当然、次に来るのは二宮に依る攻撃だ。

 

 敢えて音声認識で弾丸を発射した二宮の斉射が、香取へ襲い掛かる。

 

 香取はシールドを張って犬飼の銃撃を掻い潜りながら、即座にその場から跳躍。

 

 何とか二宮の弾幕の効果圏内を抜け、速やかに着地する。

 

 そして無論、彼女が躱した弾はそのまま直進し、その先にある建造物を直撃する。

 

 二宮の高トリオンの暴威に晒された壁面は大きく抉れ、吹き飛ばされる。

 

 本来大規模な破壊には向かない通常弾(アステロイド)であっても、二宮が扱えばこうなる。

 

 基礎威力が高過ぎて、集中して叩き込めば障害物の破壊も容易なのだ。

 

 これによって、香取はまた一つ逃げ先を失った。

 

 向かおうとしていた路地は瓦礫が崩れて入り口が塞がっており、侵入するには相当高い場所から入り込むしかない。

 

 しかし徒に高所に向かえば、そこを狙い撃たれる事は眼に見えている。

 

 幾らグラスホッパーがあるとはいえ、犬飼と二宮の集中砲火を喰らえば避け切れるものではない。

 

 そして、一度でも足を止めればそれが致命になる以上、防御を選ばざるを得なくなるような行動は厳禁だった。

 

 香取は止むを得ず、別の方向へ足を向ける。

 

 此処から逃げる事は出来そうにないが、少しでも時間を稼いでチャンスを作る。

 

 それが、自分の今出来る最適解だと理解しているが故に。

 

 香取は迷いなく、逃げの一手を打ったのだった。

 

(とにかく、時間を稼ぐしかない。それしか、今出来る事はないんだから…………!)

 

 

 

 

『すみません、王子先輩。不甲斐なくやられてしまいました』

「あれは仕方ない。そもそも指示したのはぼくなんだし、カシオが責任を感じる事はないよ」

 

 すみません、とひたすら通信の先で恐縮する樫尾の言葉を聴きながら、王子は苦笑いを浮かべた。

 

 香取が犬飼を狙ったその時、樫尾に犬飼を狙うよう指示を出したのは他ならぬ自分である。

 

 故に樫尾がやられてしまった責任の幾分かは王子に帰結し、それは当然彼自身も認めるところだ。

 

 犬飼を、即ち二宮隊から直接点を取るチャンスである。

 

 その誘惑は、上を目指す彼等からしてみれば魅力的に過ぎた。

 

 高順位を狙うのならば、現時点で高得点を取っているチームから直接点を取るのがもっとも手っ取り早い。

 

 独走を続けている二宮隊から点を取れるのであれば、多少のリスクには眼を瞑るだけの価値があるのは間違いないのだから。

 

 だが、今回はそこをこそ突かれた。

 

 最初に犬飼を狙ったのは、あくまでもこちらの警戒を緩める為の陽動。

 

 香取隊は結局、最初から最後まで樫尾を落とす事にのみ執心していたのだ。

 

 それを見誤り、偽りのチャンスに飛びついた結果樫尾は落とされる事になった。

 

 これまでが順風満帆だった分、そのショックはひとしおだろう。

 

「けど、これでジュリアーナの位置が判明したのは大きい。狙撃の脅威はぐっと減ったんだから、今はその情報を利用する事にこそ意識を傾けるべきだね」

『そうだな。何処から飛んで来るかが分かった以上、突然の奇襲は避けられる。ただ、問題は』

「ジュリアーナが何処まで()()()()()、だね」

 

 蔵内の言葉に、王子は静かに頷く。

 

 其れは当然、彼も考えていた事であったからだ。

 

「ジュリアーナには、爆撃と言う手札がある。当然それを使うには両攻撃(フルアタック)状態になるから無防備になるし、レーダーにもしっかりと映る事になる。果たして今の彼女がそのリスクを何処まで許容するか、という事だね」

『そうだな。現在、香取隊の側から見て位置が分からないのは俺達二人と二宮隊の辻の合計三人。迂闊に合成弾を使えば、そこを狙われるのは分かっている筈だが』

「けれど、今のままじゃカトリーヌがやられるのは時間の問題だ。その事を踏まえて、リスクを呑み込んででも動いて来る可能性は充分に有り得る」

 

 現在、香取隊から見て位置が分からないのは王子と蔵内、そして辻の三人だ。

 

 樹里の狙撃した位置は、香取がいる主戦場からはそれなりに離れている。

 

 故に二宮達から直接狙われる事はないだろうが、それでも姿を隠している者達に隙を晒してしまうリスクはある。

 

 しかし、このまま手を拱いていれば香取は遠からず落とされるだろう。

 

 犬飼と組んだ二宮はそういったレベルの脅威であるし、それは誰しもが理解している。

 

 故に、樹里がどういった選択を取るか。

 

 それが、此処からの分水嶺になると言えた。

 

「きっと、遠からずジュリアーナは動くだろう。だからぼく等はそれを踏まえた上で、動き方を決めるとしようじゃないか」

 

 王子はそう言って、薄く笑みを浮かべた。

 

 少々想定外の事は起こったが、まだ取り返せないワケではない。

 

 戦術力のみでB級上位で渡り合っている巧緻の指し手たる少年は、獰猛な闘争心を隠す事なく次の盤面へ向けて駒を進めるのであった。

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