香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取隊Ⅵ

 

『────────華。今、王子先輩がチラっと見えた。どうする?』

「場所を教えて。それを加味した上で作戦を微修正するわ」

『わかった』

 

 樹里からの報告を受け、華は手元のキーボードを操作して盤面に様々なマーキングを施していく。

 

 現在高所に陣取っている樹里ではあるが、彼女からこうして有用な報告を受ける頻度は実のところ今回の試合では目に見えて減っていた。

 

 それは彼女の視界を確保する為の準備役の一人である若村が早期脱落した事と、決して無関係ではない。

 

 樹里の副作用(サイドエフェクト)、強化視覚は遥か先の光景さえ目の前にあるかのように視認出来るが、流石に建物を透過してその先を視る事などは出来ず、物理的な障害は無視出来ない。

 

 この摩天楼Aは確かに広く、樹里の超々遠距離射程の狙撃が活きる環境ではある。

 

 しかしビルという巨大な障害物が乱立する関係上視界はそこまで良好とは言えず、充分な準備もなしにMAP全域を俯瞰するのは無理がある。

 

 今回はその為の仕込みをする片割れである若村が早々にやられてしまった為、それが響いている形だ。

 

 色々と自身を卑下する若村ではあるが、樹里がスムーズに任務を遂行する為の準備役として何気に重要な役割を果たしていたのである。

 

 故にこそ、彼が早期に脱落したのは大きかった。

 

 生き残っていれば色々と工作が行えただけに惜しいところだが、あれは樹里と若村の歪みを知りながら放置していた己にも責任があると考える華がそれを責める事はない。

 

 むしろ、その事で落ち込んでいた樹里が香取の激励ですぐさま持ち直した事に驚いたくらいである。

 

 華自身、樹里と若村の問題に気が付いてはいたものの一度しっかりと自覚させる必要があるという口実(いいわけ)の下傍観に徹していたのだが、まさか香取がこうまで完璧にフォローをこなしてくれるとまでは考えていなかったのだ。

 

 樹里との一件以来変わったと思うようになった香取だが、こうしてその成長をまざまざと見せつけられると思うところくらいはある。

 

 色々と達観してはいるが、華とて多感な16歳女子高生。

 

 幼馴染の急激な成長を前に、戸惑っている部分もあるのだ。

 

(本当に、変わったんだね葉子。わたしじゃなくて樹里の影響、ってところが少し悔しいけれど)

 

 華はチラリと、戦場で奮戦する幼馴染に意識を向ける。

 

 彼女がこうまで変わった原因が樹里にあるのは、火を見るよりも明らかだ。

 

 香取は物事を斜めに見る癖がありどうでもいい事には一切労力を傾けない人間であるが、反面自分にとって大事な人の為であれば驚く程の行動力を発揮する。

 

 幼い頃華の為にわざわざ窓を増設してくれたように、彼女は厄介な事情を抱えているらしい樹里の為に奮起し、隊長として目覚ましい成長を遂げた。

 

 その過程に自分が関われなかった事が少しだけ悔しく、けれど香取の成長自体は喜ばしい事である為複雑な心境の華であった。

 

 表に出難いだけで、華は身内相手の独占欲は割と強いタイプだ。

 

 樹里のように幼馴染が自分の良く知らない人間と仲良くしているだけでヘソを曲げるような事はしないが、それでも思うところはある。

 

 極論華は自分の身内だけがいればそれで充分と思うところのあるタイプであり、世界の閉じ具合で言えば樹里とどっこいどっこいだ。

 

 それが表に出る事が少ないだけで、幼馴染の面々と割と似たり寄ったりな部分のある華であった。

 

(想定通りなら、きっと王子先輩達は────────────────うん。これならなんとかなる、かな)

 

 華は余計な事を考えながらも思考は淀みなく、計算を終える。

 

 彼女はパラメータ上は並列処理の評価数値は5とあまり高くはないのだが、これは華が六田のように様々な情報を一気に処理する事が極端に苦手、という事ではない。

 

 華は情報を取得した後、それを精査した後そこから推察出来る状況を整理し、考え得る可能性を無数に模索するという作業に入るのが常だ。

 

 これは彼女の脳内で既に普段の行動(ルーチンワーク)化されているものであり、幼少期から知識の採集を欠かさなかった華らしい思考傾向と言える。

 

 要は膨大な情報を処理する頭自体はあるのだが、下手に知識量と洞察力が優れ過ぎている分あらゆる可能性に()()()()()()()()のだ。

 

 無論、それは悪い事だけではない。

 

 あらゆる可能性を模索出来るという事は、それだけ様々な局面に対応出来る証左でもある。

 

 しかし矢張り、デメリットはある。

 

 どんな求めにも的確に答えを返す事が出来る一方、自身でそれらの情報の中から即座に優先度の高いものを決定をするという作業に時間がかかってしまうのだ。

 

 作戦立案段階であればしっかりと考えを纏める時間がある為問題は無いのだが、試合中の一分一秒が重要な局面ではどうしても精査の時間が足りずにレスポンスが遅くなりがちだったのだ。

 

 だが、そんな彼女の負担は以前よりもずっと減っていた。

 

 何故なら、香取が隊長として自発的に指揮を執って動いていたからである。

 

 これまで香取は事前に決めた作戦通りに動く事はあっても、試合中は自分がどう動くかを考えるばかりで指揮を半ば放棄していた。

 

 故にその分華がある程度指揮を執る他なくなり、余計に彼女の処理能力を圧迫していたのである。

 

 指揮というのはリアルタイムで指示を下さなければならない関係上、相応のリソースを消費する。

 

 しかも得られた情報を即応させる必要がある為、何とか形にする為には大分意識を割かなければならない。

 

 それがこれまで華のオペレート能力の阻害になっていた部分は、確かにあったのだ。

 

 故に、香取が自発的に指揮を執り、方針を即座に決定するという華には出来ない真似をし始めた事が何より彼女の負担を減らしていたのだ。

 

 最初は付け焼刃でしかなかった香取の指揮であるが、彼女は持ち前の適応能力をフルに用いてそれをある程度形に出来てしまっている。

 

 その学習能力の高さは幼馴染ながら驚嘆する他なく、才覚だけで言えば彼女はどうしようもない天才の類なのだと、改めて理解する事になった。

 

 そして同時に、その才能が花開いたのはきっと、樹里の為という奮起する原動力があるからだ。

 

 恐らく、直感しているのだろう。

 

 この先、樹里を巡る()()を解決するにはあらゆる意味での()()が必要になるという事に。

 

 だからこそ今のままではその為の力が足りないと無意識に悟った香取は、成長する事を選んだ。

 

 理性よりも本能と直感を信じる彼女らしい、優しく暖かな動機と言えた。

 

 チラリと、隣で指示された通りMAPの状況を確認している若村の姿が目に入る。

 

 彼は、凡人だ。

 

 普通に悩み、普通に葛藤し、普通に自身の才覚のなさを嘆く真っ当な人間に過ぎない。

 

 自分のような厭世観も、香取のような天才性も持たない、普通の人だ。

 

 彼のような人物は本来、香取のような才人とは水と油だ。

 

 香取の天性の才覚から来る直感的な物言いの根拠を若村のような人種は理解出来ないし、彼女の基本的な言動が上から目線な事も相俟って相性は最悪と言って良い。

 

 それは彼が入隊する時から感じていたが、若村や香取の意思を尊重してその事を進言する事はなかった。

 

 だから、彼が樹里との戦いを切っ掛けに香取への態度を改めた事は正直言って驚いた。

 

 若村と香取の関係性が改善する事などある筈無いと諦めていただけに、その驚愕もひとしおだった。

 

 香取が幼馴染の為に大人になったのを見て、若村もまた自分だけが子供ではいられないと気付いたのだろうという事は理解出来た。

 

 正直言ってそんな風に彼が成長するとは思いもしなかったので、予想外だったと言って良い。

 

 今はまだ劣等感で燻っているが、樹里が自覚を経た今改善の切っ掛けは出来ている。

 

 未来は、そこまで暗くないように思えた。

 

(でも、若村くんだって成長出来たんだもの。わたしも、一歩を踏み出さないと駄目だよね)

 

 チームメイトが次々と成長の兆しを見せているのに、自分だけが停滞を選ぶワケにはいかない。

 

 求められなければ応えないのが華であるが、今回の件に限っては自分から足を進めた方が良いだろう。

 

 そんな事を考えながら、華は通信を繋いだ。

 

「葉子、そっちはどう? もう少し頑張れそう?」

 

 

 

 

「マジでキツイってのっ! 見れば分かるでしょうがっ!」

 

 香取は幼馴染からの通信を受け、思わず怒鳴り声をあげた。

 

 その間も犬飼の銃撃を必死に回避し、降り注ぐ二宮のハウンドの勢力圏からグラスホッパーを用いて全力で退避しているのだから大したものである。

 

 現在、香取は犬飼と二宮の二人の猛攻に晒されながら、何とか生き繋いでいた。

 

 正直に言って奇跡としか言いようが無く、犬飼はそんな彼女の頑張りに薄ら笑いが消えかけているし、二宮は何処か表情が柔らかくなっているように見える。

 

 勿論それはそれとして容赦など微塵もしてくれないので、彼等の心境など香取にとっては知った事ではないのだが。

 

『樹里の準備はある程度出来たけど、どうする? 一応介入出来なくはないけど』

(それで、それをやってどういう戦果が得られるワケ?)

『…………一応、葉子がそこから脱出する芽は見えるかな』

(却下。戦果に繋がらないならやる意味はないわ。正直、アタシの生存は度外視して良いから得点を優先するわよ。こっから逃げ出せてもその後に繋がらないんじゃ、アタシが頑張った意味がないじゃない)

 

 香取はそう言って、華の提案を棄却する。

 

 たった今怒声をあげた人物とは思えない程、彼女の頭は冷静に状況を俯瞰していた。

 

 確かに現状は厳し過ぎるが、だからといって自分が脱出する為だけに樹里という最大の駒を動かすワケにはいかない。

 

 たとえ此処から逃げ出せてもその後得点出来る芽が無いのでは、脱出する意味などないからだ。

 

 最悪なのは、このまま点を得られない事。

 

 失点を覚悟しても得点を目指さなければ、上位残留が本当に危うくなる。

 

 一応一点は確保出来たが、少々心もとないのは確かなのだ。

 

 ならば、失点は覚悟の上で点を狙った方が良いだろう。

 

 香取はそう直感し、ヘルプコールを棄却したワケだ。

 

 本能と直感を信じる彼女らしい、即断即決の判断だったと言える。

 

(王子隊の動きは?)

『樹里が視認したから大体予測は出来るよ。多分だけど、葉子の予想した動きで合ってると思う』

(やっぱりね。あの陰険男ならそうするって思ってたわ)

 

 香取はニヤリと笑い、闘争心に漲らせた声で幼馴染に告げた。

 

 今後の、絶対方針を。

 

(作戦に変更はないわ。準備が整い次第、始めるわよ)

『了解』

 

 少女二人はお互いに同意し、香取は改めて自分に襲い来る二宮隊の弾幕と対峙する。

 

 香取は笑みすら浮かべてその光の雨を前に意気込み、回避行動を継続していくのであった。

 

 

 

 

『というワケでまだ待機よ。条件が揃ったら始めるわ』

「わかった。葉子は大丈夫?」

『大丈夫じゃないけど大丈夫って事にしておいて。とうの葉子がその気だから』

「了解」

 

 ビルの窓の遥か先に視える光景を視認しながら、樹里は了解の返事を寄越した。

 

 正直すぐにでも暴れたかったが、こう言われては我慢するしかない。

 

 先程の失態の傷は誤魔化したが、それでも失敗した事自体は尾を引いている。

 

 普段であれば駄々をこねるところを素直に従っているあたり、彼女自身あの失態が堪えたのが見て取れる。

 

 香取の激励で持ち直しはしたものの、傷自体がなくなったワケではない。

 

 後で仲間との話し合い(かぞくかいぎ)が必要になるのは、目に見えていたのだった。

 

『そっちはどう? 王子先輩は見えた?』

「さっきから何度かは見えたかな。予定通りのルートを辿ってるっぽい」

『あとどれくらいで、()()()()?』

「多分、もうすぐ。あの速さなら、そこまで時間は掛からない筈」

 

 樹里は端的に、華に聞かれた事を答える。

 

 先程から樹里は言われた通り視認での索敵を行い、王子の動きをある程度掴んでいた。

 

 彼は香取の提言通りならば恐らく、()()()()()()()()()であろうからだ。

 

 樹里の大まかな位置は、先程の狙撃で割れている。

 

 故に、王子隊が彼女を狙って来る事は眼に見えていた。

 

 主戦場となっているあちらはエース級ばかりが揃っており、こちらに向かうのは正直狙い易い駒を主に狙う王子隊の主戦略とは噛み合わない。

 

 犬飼や二宮は言わずもがな、香取もあの二人の猛攻を凌げているだけで大概だ。

 

 そちらを馬鹿正直に狙って無駄死にするよりは距離さえ詰めれば何とかなるこちらに標的を定めて来てもおかしくはないと、香取は考えたワケである。

 

 そしてその予感は的中し、王子は樹里の視覚情報から取得した移動ルートを考えれば確実に此処を目指している。

 

 正直自分が舐められているようで気分は良くないが、犬飼や二宮を相手にするリスクと比べられては流石に仕方ないと思う部分はある。

 

 理解は出来るだけで、納得出来るかは話が別だが。

 

「────────来たよ。華」

 

 そして。

 

 そんな彼女の視線の先に、バッグワームを纏った王子の姿が確認される。

 

 彼がいるのは、このビルの直下の物陰。

 

 遂に、王子は樹里の潜むこの場所へ辿り着いたのであった。

 

『作戦開始よ。始めるわ』

「了解」

 

 華の号令で、樹里が動き出す。

 

 試合は佳境を迎え、盤面が大きく動こうとしていた。

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